「72歳のおじいちゃんがつくったスタンプ熱い」。2016年1月、そんなTwitterのつぶやきが話題になりました。


「まずいよ脱脂粉乳」「月賦でテレビ買ったよ」ーー独特な味わいをもつこちらのLINEスタンプ。制作者は田澤誠司さん(72)。
なんとExcelで描いているそうです。他にも「どんぐり君」、「河童天国」などユニークなシリーズがたくさんあります。
使いどころは? なぜ、どんぐりなの? 多くの謎を抱えながら、BuzzFeedは茨城県ひたちなか市の田澤さん家へ向かいました。
取材前のやりとりから期待が高まります。


田澤誠司さん登場です

隣は奥さんの慶子さん(68)。「最近は取材が多いのよね」と話します。さっそくいろいろ質問してみました。
孫娘の「作ってみれば?」ではじめたスタンプ制作
ーーLINEスタンプを作りはじめた経緯について教えていただけますか?
田澤誠司さん(以下誠司):71歳まで日立製作所で働いていました。でも、退職しましてね。暇だったから半年くらい絵を描いていたんです。そしたら、孫娘が「おじいちゃん、絵が好きなんだから、LINEスタンプっていうのがあるから作ってみれば?」って言ってくれて。

スタンプって言ったら、最初は駅のスタンプとかそういうのをイメージしてたんですよ。そのときはLINEがよくわからなかったから。
それから、スマホを買ってLINEというのはどういうアプリなのか研究してみました。「なるほど」って思って。さっそく作ってみることにしたんです。
でも、何を作ったらいいかわからなくて。もともと仕事で若い人たちに安全教育とかしてたから、その経験を活かせないかと思ったんです。昔からExcelで注意喚起のポスターや紙芝居を作っていたから。
それでできあがったのが第一作目の『工事現場の安全促進スタンプです!』なんです。

スタンプって同じ目線で交換できるでしょ? 安全教育をしていたとき、自分は年上だから気をつかわれていたんです。でも、スタンプでコミュニケーションすれば目線がみんな同じになる。これはいいなと思って。どんどん教育に使えるな、と。
ところが、教育用として作ったもんだから文章も多かったわけよ。そしたら、LINEからクレームがきちゃって。やり直しながら文字を削っていくうちに、なんだか訳のわかんないスタンプになっちゃったわけだ。
それでも、なんとか半年かかって承認されました。それから、だーっといっぱい作って今では30作あるんですよ。
実際の制作風景はこんな感じ
スタンプに使う言葉は、孫に教えてもらうことも

慶子さんとの二人三脚で制作スピードがアップ
誠司:最初は、1個のスタンプを作るのに2時間かかっていたんです。でも、女房に手伝ってもらうようになってから、1時間でできるようになりました。私が絵を描いた後、ドットの修正など微調整をしてもらっているんです。

ーー慶子さん(奥さん)も、もともと機械に強かったのでしょうか?
田澤慶子さん(以下慶子):パソコンを使いはじめたのは、去年(2015年)からですね。それまで使ったことはなかったけど、主人に教えてもらいながらなんとか。
スマホも1年前に購入したんです。孫とLINEもしてます。友達ともやりたいんだけど、みんなガラケーなんですよ。
調べれば何でもでてくるから、本当に便利ですよね。でも、スマホのことで主人に質問すると怒られるの。「自分で調べろ」って。ふふふ。

誠司:自分で触らなきゃダメなんだよ。壊れるっていうことはないんだから。やればできるんだよ。
ーーははは。厳しいんですね。
慶子:でもね、(誠司さんの)自分を曲げないところは大したもんですよ。
誠司:スタンプを作ったときは、息子や女房から散々言われましたよ。「お父さん、もっと可愛いの作らないとダメだ」って。
でもね、可愛いスタンプなんていくらでもあるでしょ? 誰がなんと言おうと自分の個性を出そうって思ったんです。売れたって売れなくたってどうってことないって。
ーーまさか、こんなに売れるとは思っていなかったんですね。
誠司:最初は、月に数千円しか売れていなかったんです。ところが、1月にTwitterに書いてくれた人のおかげで一気に注目されるようになりました。一番売れたときは、1日で数万円くらいだね。でも、そういうのは2、3日しか続かないから。
よく「儲かってっぺ?」って聞かれるんですよ。でもね、手元に入ってくるお金は3分の1くらいだから。1セット31円くらいだったかな。それで、儲かるわけねぇだろ?
慶子:ふふふ。儲かればいんですけどね。
ーーそれでも、作るのが好きなんですね。やっぱり楽しいですか?
誠司:楽しいですよ。
慶子:やっぱり生活にハリが出ますよね。
誠司:常に新しいものに触れるのが好きですからね。うちの親父も好きだったんです。親父は、70歳くらいのときに動画の編集をやっていました。音楽つけたりして。
そんな姿を見ていたからか、私もMacで動画編集しているんですよ。旅行で撮った写真をまとめたり。葬式のときに流してもらいたくてね。ははは。


ここで誠司さんのDVDを見せていただく流れに
誠司:ちょっとお見せしますよ。 去年、紅葉めぐりをしたときのやつ。








ーー自撮りもされるんですね!
誠司:そうそう。自撮り棒を使って撮ってるんですよ。

ーー慣れていらっしゃる! よくお二人で旅行されるんですか?
慶子:そうね。ふふふ。
誠司:時間はいっぱいありますからね。
ーー仲がいいんですね。ところで、お二人はどこで出会ったんですか?
慶子:もう47、8年前だね。ふふふ。記憶にありませんね。
誠司:出会ったのは、昔だからダンスホールとかだったね。ダンス仲間だったんです。でも、ダンスって言っても社交ダンスとかじゃないですよ。
当時ツイストなんてのが流行っていてね。それは、スタンプにもなっているんです。

楽しい思い出をもとに作ったスタンプたち
ーーこの「団塊の世代」のスタンプはご自身の経験がもとになっているんですね。
誠司:そうそう。例えばさ、この「まずいよ脱脂粉乳」。

脱脂粉乳、本当にまずかったんだよね。飲んだことないでしょ?
ーーないですね。
よく「使いどころがわからない」って言われるんだけどさ。こんなふうに、スタンプをきっかけに会話がうまれればいいなと思って。
ーーなるほど。たしかに、いろいろ話したくなりますね。「月賦でテレビ買ったよ」っていうスタンプも気になります。

誠司:ああ、これね。当時は、大きな買い物は全部月賦だったんですよね。月賦っていうのは、いわゆる分割払いなんだけどさ。
テレビが10万円くらいだったんだけど、月給1万円とかだったから。ボーナス貰ったって5万円とかで。
ーーへぇ!
誠司:まあ、当時はラーメン1杯40円とかだったんだけど。金にならなくても、がむしゃらに仕事をやったよ。この頃は、高度経済成長期だったから。忙しかったね。

いくら残業しても金にならなかった。遊びたくて、定時で帰ろうとしたら怒られたりね。「今日は定時で帰らせてください」って職制に言ったら、「なんで今日は残業やんねぇんだ」って言われたり。
残業分くらいお説教くらってさ。結果的に、残業やった方がよくなっちゃうんだよ。へへへ。そういう時代だったね、昔は。そういう点では大変でしたよ。
どんぐりスタンプに込められた若者へのメッセージ
誠司:でも、今の人も大変ですよね。自分でいろいろ管理しなきゃいけないから。どっちがいいとは言えないよね。
この「どんぐり君」というキャラクターは、今の人に向けたものなんです。

「どんぐりの背比べ」って言うでしょ? どんぐりの世界はみんな同じ。貧乏人もいなければ、金持ちもいない。だから平和。
それと同じで、今はみんな幸せで平和で。でも、そのせいで平和が平和じゃなくなっているんじゃないかって思うんです。
今ある幸せを忘れて、違うところばっかり見すぎないようにね。みんな都会に出ていかなくてもいいじゃないかって。
いつか、そんな「どんぐり君」の絵本を出そうと思っています。今、その夢を応援してくれているところ(「72歳 田澤誠司おじいちゃんの夢をかなえるサイト」)があるので。
ーースタンプにはそんな想いが込められていたんですね。
誠司:そうだねぇ。これは私の自叙伝みたいなものだよね。技術の伝承とか。後につないでいくために作っているようなもんだから。使いづらいって言われても仕方ないね。
「自叙伝」だというスタンプには、誠司さんの家族も登場


夢が叶わなくても、その想いは永遠に残る
ーーどんなことを、後につないでいきたいのですか?
誠司:やっぱり、若い人には夢を持っていろいろ挑戦してもらいたいんですよね。仮に、その夢が叶わなくても、その想いは永遠に残るから。それでいいじゃねぇかって。
若い人だけじゃないよ? 自分らと同じ世代もね。希望とか望みを持ってもらいてぇな、と。

71歳で仕事を辞めた後、最初は「俺の人生、こんなもんで終わりかなぁ」っていうのは正直ありました。年金暮らしで、毎日が日曜日で。
でも、スタンプを作ってから、本当に世界が広がりました。たまに言われるんですよ、「もう少し早く作っていたらよかったね」って。でもね、71にならなきゃ作れなかったと思うんです。この歳になって、じっくりと考える時間があったからこそ作れたものなんですよね。
慶子:本当、大したもんですよね。ふふふ。
