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男と女を分けるものって何? "男女の境を超えた人"が問う「性別」の意味

戸籍の性別を変更するには、手術で身体を作り替えないといけない——。トランスジェンダー(性別越境者)の臼井崇来人さんは、そのルールに真っ向から戦いを挑んだ。

岡山県の臼井崇来人(たかきーと)さんは昨年12月、「手術なしで、戸籍の性別を女性から男性に変えて欲しい」「トランスジェンダーが手術を実質的に強制されるのは憲法違反だ」と、家庭裁判所に審判を申し立てた。

背景にあるのが、戸籍の性別を変えるためのルール「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(性同一性障害特例法)」だ。2003年にできたこの法律では、変更を認める条件の一つとして、生殖腺がないことがあげられている。臼井さんの場合、外科手術で卵巣を取らなければならないのだ。

臼井さんは審判を申し立てることで、そのルールに挑戦した。

そこに至る経緯を聞いた1月7日の記事に続き、臼井さんの特例法に対する考え、そして、なぜ手術を受けないのかを詳しく語ってもらった。

——特例法についての考えを聞かせてください。

2003年に特例法ができたことは、個人的には良かったと思います。法律を作った方々には、感謝しています。

ただ、トランスジェンダーに対する理解は、あの法律ができた時代に比べるとずいぶん変化してきました。特例法だって、いつまでも同じでいいとは限りません。

私たちが、自身の存在のあり方を、特例法の枠組みに合わせなければならないのは、おかしいと思います。

——トランスジェンダーの中には、身体に違和感があるから手術を受けたいという人もいます。臼井さんの場合、違和感はないのですか?

私も生まれた時の体つきや、社会が押し付けてくる性別に対して、違和感があります。いらだっていますし、納得がいってない。

しかし、150cmの身長の私が、これを変えられない。身長からパッと見、なかなか男性のカテゴリーに入れてもらいにくい。そういう体験をしてきていますから、身体で性別を表現することには限界を感じているんです。

セクシュアル・アイデンティティーを身体つきで判断するという考えを社会が維持していたら、性の本質は捉えきれません。

——臼井さんのセクシュアル・アイデンティティーについて、教えてください。

あなたは、いつから男性だと思うようになったのですか、と問われることがあります。

そういう質問をされたら、「私という存在や性別は、もとから変わっていないのだ」と答えています。

私は、生まれた時から、私そのものでした。この身体も含めてそうでした。

——自身が男性だと確信されているのですか?

性別が男と女しかないとする「男女二元論」自体に疑問を持っています。その枠組みを越境しているという確信ならあります。トランスジェンダーを「性別越境者」と捉える解釈がしっくりきています。

私自身の身体は、完全に女型です。それは認識しています。周囲からも「あなたは男じゃないから」とも言われてきました。お付き合いをしている人たちから、「いつか治るよ」と言われたこともあります。

「戸籍が女子だから」

「身体が女子だから」

長い間、こんな風に言われるたび、何度も自分自身に問いかけてきました。

今、私は「男女二元論」の社会の枠組みの中では、男として生きていこうと思っています。

——身体に違和感があるままでもいいんでしょうか?

いいのかと問われれば、答えは「仕方ない」ですね。

身体か、社会的な扱われ方か、その優先順位なんですよ。

身体は個人の意識で、なんとか折り合いをつけられます。他人に見せるものでもないし、多少の違和感があったままでも、命に別状はないわけです。

違和感がありつつも、まずこの身体を受容すること、そのなかでできることを考えるのが、私の課題だと思っています。

一方で、社会的な自分の立ち位置は、身体とは異なります。

それは、恋愛の争奪戦にも関わるし、アイデンティティーとか、自尊心とか、人生の土台が揺さぶられる。自分がありたいように生きる障害として、高く立ちふさがっています。

だから、私の場合は、扱われ方に対する違和感を解消することから(つまり一般認識とのギャップを伝えることから)手をつけている、そこに優先順位があるというだけのことです。

確かに手術をすれば、外見はそれらしく変わります。私自身、手術をしたいという気持ちがないわけじゃない。

でも、現在の医療でやれることには、限界があります。

たとえば、私が手術で卵巣を取っても、精子が作れるようになるわけではありません。やれることは全てやっても、私の違和感がなくなるとは限らないのです。

私が言いたいのは、手術の安全性とその効果です。私にとっては結局フェイクである身体を得るために、なぜリスクを承知で手術をする必要があるのでしょうか。

価値観も身体の状況も、人の置かれた状況はそれぞれです。それに合わせた選択をさせてほしい。

——今回でいえば、手術なしで戸籍の性別を変更するということですね。

女は女の身体をしていなくてはならない、男は男の身体をしていなくてはならないと、トランスジェンダー当事者ですら「身体と性別」をセットで考えすぎている気がします。身体的特徴を、セクシュアル・アイデンティティーにしすぎと言っても良いかもしれません。

身体を変えたら男として認めてもらえる……。逆に言えば、身体を変えないと認めてもらえないと思い込んでいる当事者は、少なくありません。

だから、大きなリスクを背負って手術を受ける。そこから自由になろうって、私は言いたい。

生理があるのはいやだ。胸があるのはいやだ。だから、手術でその違和感をぬぐい去ろうとする。

その感覚はわかります。だけど一方で、いろいろな人がいていいじゃん、という考え方もある。

私は、たまたまこういう身体と、こういう心の組み合わせです。こういうのもアリだなって、考えて欲しい。受け止めてくれるくらいの社会であって欲しい。

——手術なしで性別変更ができるというルールは、実現可能なものでしょうか?

アルゼンチンなど、性別変更に手術を必要としない国はすでにあります。実現不可能なことではありません。

私のように訴え出る人が何人も出てくれば、当事者たちの悩みが可視化され、国の制度も変わるかも知れないと思っています。


性別とは何か。世界の議論

世界を見ると、トランスジェンダーをめぐる議論は、大きく変化しつつある。

人権の国際的な専門家が2007年に発表したジョグジャカルタ原則では、「ジェンダー・アイデンティティーの法的認定のための条件として、性別適合手術やホルモン療法などの医療的措置が強制されてはならない」とされた。

2015年4月にWHOなどが出した共同声明でも、「子どもを作れなくなる措置が、性別変更の前提条件とされないように」とされている。

「性同一性障害」という考え方そのものも揺れている。

性同一性障害はこれまで、精神疾患として扱われてきた。現実的に医療的措置を必要とするケースもあり、保険適用などの観点から、こうした扱いを受け入れる人もいる。だが近年、多様なセクシュアリティ・ジェンダーの在り方を尊重すべきで、「精神病として扱うべきではない」という声も高まっている。

こうした流れを受け、アメリカ精神医学会が2013年に発表したマニュアル(DSM-5)では、「性同一性障害」という診断名は「性別違和」に変更された。

近く改訂される予定の、WHOの疾病及び関連保健問題の国際統計分類でも、精神疾患ではない位置づけが検討されている。草稿を見ると、分類名は性同一性障害ではなく「性別不一致(Gender incongruence)」とされている。

性別とは何なのか——。ひとりのトランスジェンダーが始めた挑戦。そのすぐ先には、日本が社会全体で考えなければならない、大きな課題がある。


バズフィード・ジャパン ニュース記者

Kazuki Watanabeに連絡する メールアドレス:Kazuki.Watanabe@buzzfeed.com.

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