「定年後も70歳までは雇う」という20年前の口約束。「そんな説明はあったかわからない」「あったとしても事情が変わったのはわかるはず」とする大学と、「信じていた」とする教員が争った裁判で、教員側が勝訴した。
尚美学園大学(埼玉県)で声楽を教えていた女性Aさん(70歳)は6月12日、「雇い止めは無効」とする東京高裁判決(小野洋一裁判長・5月31日付)を受け、厚生労働省で記者会見した。
Aさんに経緯を聞いた。
声楽家のAさんは1996年3月、助教授として大学に採用された。そして2004年4月、教授に昇格し2012年に定年(65歳)を迎えた。
Aさんはその後もこの大学で教え続けようと考えていた。採用時に「定年後も70歳までは雇う」と説明を受けていたからだ。
実際、Aさんは定年後、2014年4月までの2年間は「特別専任教員」として雇用されていた。給与は定年前の7割に減ったが、週4日拘束、教授会への参加など、大学運営上の責任もある立場だった。
ところが2013年11月、Aさんは2014年度から時給制の非常勤講師として契約するよう求められた。Aさんは「約束が違う」と争い、裁判になった。後に試算したところ、給与は「特別専任講師」時代のおよそ半分の水準になっていたという。
裁判のポイント
最大の争点は、特別専任教員としての「雇い止め」が有効なのかどうかだった。
労働契約法には、(1)契約更新への期待に合理的な理由があり、(2)雇い止めする客観的に合理的な理由がない場合などには、雇い止めが無効とするルールがある。
1審・東京地裁
地裁判決は、Aさんが20年前に採用担当者から告げられた口約束について、「どこまで具体的な話がされたのか定かではないところもある」とした。
しかし、元学長(2000年〜2008年)が「新設大学として人材確保する必要から、70歳までは特別専任教員として雇用継続という説明をしていた」と証言したことから、「少なくともその程度の期待をさせる内容の説明があったものと認めるのが相当である」として、その信用性を認めた。
また、この学長の証言などから(1)「70歳までは契約更新」と期待することには合理的な理由があり、一方で(2)雇い止めする客観的に合理的な理由はないと判断。雇い止めを無効とした。
2審・東京高裁
この判決を受け、大学側は2審で次のように主張した。
- 採用時に期待させる説明があってもそれは昔のことで、その説明は理由にならない。
- 学生数が減っていたので、教員数も減らさなければならないことはわかっていたはずだ。
- 70歳まで契約更新された先例は3人だけで、数が少ない。
これに対し、東京高裁判決は次のように判断し、「(大学側の)主張は理由がない」と切り捨てた。
- 元学長の説明した運用方針は、教員が雇用継続を期待する「重要な事実」だ。
- もしこの運用を変えるなら、学内での議論や周知などきちんとした手順が必要だが、それをした証拠がない。
- 先例の数は3人だけだが、希望者は100%契約更新されていた。
そして、1審に続いて、雇い止めを無効とした。
Aさんの代理人・平井哲史弁護士は「私立大学の雇用トラブルは相次いでいる。今回の判決は、他のケースにも影響を与えるだろう」と話していた。
一方、尚美学園大学側はBuzzFeed Newsの取材に対し、「上告するかどうかを検討中。それ以上は答えられない」とコメントした。