「生きていて良いんだと思えた」性同一性障害のジム利用者、コナミと和解成立

    性別適合手術を受け、女性として暮らしているのに「男性」と呼ばれ……。

    「性別適合手術を受けて身体が女性に変わるので、もう男性用ロッカーは使えない。配慮してほしい」

    通っていたスポーツジムにそう求めたのに、ことさらに「男性」扱いされたとして、コナミスポーツクラブ(本社・東京)を訴えた京都市内の甲野友紀さん(仮名・50代会社経営)が6月19日、京都地裁で記者会見し、和解成立を報告した。

    女性として生きる甲野さんは「裁判官が私の訴える内容を理解し、私の口惜しく行き場のない怒りと悲しみを受け止めてくださった」と、京都地裁(伊藤由紀子裁判長)の和解勧告を受け入れた理由を述べた。

    コナミ側は裁判で、最後まで「戸籍が男性の場合、男性として扱う」という姿勢を崩さなかった。謝罪の言葉もなかったという。

    それでも、甲野さんが、和解に応じることにしたのは、裁判官の和解勧告に、次のように書いてあったからだという。

    「自らの性自認を他者から受容されることは、人の生存に関わる重要な利益である」

    「契約上のサービスを受ける場においても、性自認にしたがった取り扱いを求めたことのみを理由として、冷遇されたり排除されたりすることがあってはならない」

    これを見て、「私たちも普通に生きていて良いんだと思うことができた」「それが和解した理由」と、甲野さんは語った。

    経緯を振り返る。

    甲野さんは2009年からスポーツジムに通っていた。性同一性障害と診断を受け、2014年3月に性別適合手術を受けた。

    既婚で、20歳未満の子がいたことから、「性同一性障害特例法」の要件を一部満たさず、戸籍の性別を変えられない状態だった。

    甲野さんは手術を受けることを機に「この身体では、とても男性用更衣室は使えない」として、コナミ側に「配慮」を求めた。

    それに対して、コナミ側の反応は冷ややかなものだった。

    店長に面談を申し込んでも、なかなか会ってもらえない。本社に苦情を入れて、やっと会ってもらえた2014年3月5日、店長はいったん「手術後なら、女性用ロッカーを使える」と認めた。「女性」としての新しい会員証の話まで出ていたという。

    ところが、この話は後に「本社からの指示」として撤回された。そして、「他の人の迷惑にならないように戸籍の性別の男性の格好をして男性の更衣室を使え」と一方的に言われた。

    甲野さんは驚いた。

    「なぜ、急に話をひっくり返すのか。なぜ、私に会ったこともない本社の人が一方的に決めるのか?」

    「私は女性です。胸もあるし、性別適合手術も受けたので、上半身も下半身も女性で、むしろ服を脱いだら全く混乱は起きません。会ってみてもらったらわかるはずなのに…」

    その後、店長は「戸籍に従って、男性の格好をして、男性用のシャワーや更衣室を使って」と主張。甲野さんがそれは差別だと反論すると、店長からは「(裁判を)やるならどうぞ」と言われたという。

    甲野さんは熟慮の末、2015年12月に京都地裁に訴えを起こした。

    コナミ側の方針

    コナミ側は「戸籍が男性なら、男性として扱う」という方針を、一貫して示している。

    裁判で示された内部資料によると、コナミ側は2003年以降、「性同一性障害」の人の利用を「断らない」が、「戸籍主義に基づいて対処する」という方針を示していた。

    2008年に作成された社内資料では「性別が不明瞭な方の入会基準」として、次のような方針を掲げている。

    • 戸籍での性別を基準として施設をご利用いただくこととします。
    • お客様の態度や姿勢に左右されずに、一貫して統一した対応をとります。
    • 他のお客様に不快感を与えないよう十分に配慮します。

    店舗に置かれた「フロントスタッフ 重要伝達ノート」

    今回、店員向けの内部ノートには、甲野さんについて「女性の姿で来店されますが『男性』ですので、ロッカーキーは必ず『青』を渡してください」と書かれていた。青のロッカーキーは男性用という意味だ。

    性同一性障害の診断を受け、性別適合手術まで受けたが、特例法によって戸籍を変えられないという特殊な事情を、コナミ側は「男性」とひと言で切り捨てているのだ。

    戸籍主義でいいのか?

    このコナミの方針は問題があると、甲野さんの代理人を勤める南和行弁護士は言う。

    「人は、生活の中で関わる人を、男性・女性と振り分けていますが、それは戸籍を見て判断しているわけではなく、服装や髪型やお化粧といった容貌、声や仕草や話し言葉、体つきなど、見て聞いてわかる情報から、無意識に振り分けています。少なくとも目の前の人の、『戸籍』を探り当てて、それに基づいて目の前の人を男だ、女だと判断する人はいないと思います」

    「そうするとスポーツクラブが、男女別になっている施設をどう利用させるかを判断する際、『戸籍の性別』だけを唯一の基準とするのは、多くの無理が生じます」

    コナミ側「戸籍基準」への驚愕

    甲野さんは述べる。

    「裁判の中でコナミスポーツクラブは、これまでにも過剰なまでに戸籍にこだわり、性同一性障害とともに生きる多くの人を排除している記録を開示してきました。 その内容をこの場では細かく言えませんが、それを見て驚愕をともなう大きな怒りを覚えました」

    「今の私が『男性更衣室』『男性浴室』で男性たちに肌を見せること、しかも裸を見られることは屈辱以外の何物でもありません。コナミスポーツクラブから、この屈辱的な利用制限を受けているのは私だけではなかったのです。これらのコナミスポーツクラブの対応は偏見だけでなく明らかな差別です」

    では、どういう基準ならいいのか?

    南弁護士によると、コナミスポーツ側は、「それでは、どういう基準にすべきか?」と原告側に尋ねてきたという。

    南弁護士の答えはこうだ。

    「逆に、私たちは基準を求めすぎることには、懸念を感じました。なんらかの目安となる基準をもうけることは、たくさんの会員がいる限りやむを得ないと思います。しかし、どんな基準でも、こぼれてしまう人が必ずいる。その人から相談を受けたとき、高度な個別対応をすることはできないのでしょうか」

    なぜ、高度な個別対応を?

    「『そんなんまで気を遣うのはめんどうだ』『その人も少しは我慢してほしい』という意見も分からないでもありません。僕も、自分の性別には何の違和感もありませんので」

    「でも、そう言うなら、しっかり受け止めて欲しいことがあります」

    「なぜ、性別に何の違和感もない人は『気を遣う必要がない』のに、性別に違和感のある人だけは『他の人に気を遣って、我慢しなければならない』のでしょうか。それはその人が性同一性障害やトランスジェンダーだからでしょうか」

    「ということは、性同一性障害やトランスジェンダーの人は、やっぱり世の中で、『当然に我慢して生きていかねばならない存在だ』ということでしょうか」

    「『少数派が我慢するのは、しょうがない』というのであれば、少数派ではない人は、自分自身もその人の心を傷つけている一人であるということを受け止めて、自覚した上で、生きていかないといけないと思います」

    自分を「基準」にはしてほしくない。

    甲野さんは述べる。

    「性同一性障害の当事者には、望む性の服装をしていても、ホルモン投与をしていても、性別適合手術を受けていない人は多くいます。私のように手術していることが新たな基準になってしまうと、今の社会理解のもとでは、それらの人たちが、女子トイレや、その他の女性用の施設から排除されてしまうことにもなりかねないのです」

    「それらを踏まえ、私は、あくまでも『私の尊厳』を回復させるために裁判を起こしましたが、悩みに悩んだ末に、和解勧告書の前文に込められた裁判官の優しさと差別に対する怒りを理解し、その考えに得心することができたので和解に応じました」

    今後はどうなるのか?

    甲野さん側は「具体的な和解内容は明らかにできない」とした。和解内容については、口外しないという約束があるとみられる。

    今回の和解を受けて、コナミスポーツ側は「戸籍主義」を変えるのか。それとも、これまでと変わらない対応を続けるのか……。

    BuzzFeed Newsは、会社側と代理人にコメントを求めたが、「回答は控えさせていただく」と告げられた。

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