行き着く先は「犯罪表現できない駅」 手口まねされた漫画家に警察が「配慮」要請

    「殺人事件のない名探偵コナンの時代」が来るのか

    強制わいせつの疑いで逮捕された容疑者が「漫画をまねた」と供述したことを受けて、埼玉県警が漫画の作者に対して「配慮」を要請したことが物議を醸している。

    逮捕容疑は昨年1月、「放射能の調査」だとして家に上がり、玄関で女子中学生を脅して体を触った疑い。そして、この漫画では「放射能検査」を口実に少女宅に上がり込み、性的暴行をするというシーンが描かれている。

    毎日新聞は6月14日にこう報じた。

    県警は今月7日に漫画家を訪ね、作品内容が模倣されないような配慮と、作中の行為が犯罪に当たると注意喚起を促すことなどを要請した。漫画家は「少女が性的被害に遭うような漫画は今後描かない」と了承したという。

    この報道を受け、警察が漫画家を訪問し配慮や注意喚起を要請した点、さらには漫画家が「今後描かないと了承した」という点について、相次いで懸念が表明された。

    「殺人事件のない名探偵コナンの時代がやって来ます」

    元参議院議員の山田太郎氏はツイッターに「これは懸念していた最悪の事案です。真似た犯罪が発生するかも知れないと警察指導で自主規制が進む事態」「殺人事件のない名探偵コナンの時代がやって来ます」と書き込んだ。

    「創作物の中で、犯罪を描けなくなる」

    表現規制に詳しい山口貴士弁護士もツイートで次のように指摘した。

    警察が作品内容が犯罪者に模倣されないように配慮することを求めることを認めれば、作品の受け取り方は人それぞれなので、「社会に与える影響」を口実として、警察は、いかなる作品についてもは「因縁」をつけられるようになります。非常に危険な動きです。

    犯罪者に模倣されそうな作品は、映画でもドラマでも小説でも、エロではないマンガでも幾らでもあるのに、埼玉県警が「エロ同人誌」をわざわざ選んだところに、先例を作り、突破口を開きたいという意図を感じます。

    「作品内容が犯罪者に模倣されないように配慮する」線の終点は、「犯罪表現はしない」駅ですよ。

    「申し入れ、慎重であるべき」

    「表現の自由」を守るNPO法人「うぐいすリボン」の荻野幸太郎さんはBuzzFeed Newsの取材に対して、「場合によっては、警察が犯罪抑止のため表現者に協力を呼びかけることはあり得る」と話す。

    「たとえば、作品で描かれた犯罪の手口が非常に巧妙だったり、技術的に精巧だったりして、模倣されると警察では対応できないといった緊急性の高い状況であれば、警察が非公式に『お願い』せざるを得ないケースはあると思います」

    「ただ今回の作品では、確かに卑劣な犯罪シーンが描かれているものの、その手口は斬新なものではありません。『〜〜から来ました、検査です』などといって家に上がり込む手口は、何十年も前からあるものです。たまたま『真似した』という供述があったからといって、警察にそこまでの手段を認めるべきでしょうか」

    表現問題に詳しく、BPO委員を務める曽我部真裕・京都大学教授(憲法学)は、うぐいすリボンを通して発表したコメントで、次のように指摘している。

    「一般論として、警察が犯罪予防等の使命の達成のために企業や市民に対して任意の協力要請を行うことは認められている」

    「しかし、こうした手法は透明性や基準の明確性に欠けるところがあり、こと表現の自由に関してこうした申し入れをすることには慎重であるべきだろう。少なくとも、こうした申し入れをした際には必ず詳細な事案や理由を公表し、外部からの検証が可能であるようにしておく必要がある」

    検証は?

    BuzzFeed Newsは事実確認のため、埼玉県警に取材を申し込んだが、広報担当者に「取材には応じない」と告げられた。

    荻野さんは続ける。

    「警察は今回、対応するメディアを選んで、一方的に情報発信をしています。被害者や申し入れた相手先の名誉・プライバシーの保護のためにコメントできないことがあるのは分かりますが、それ以外の部分についてまで取材を受け付けようとしない。そのため警察と漫画家との間で、実際にどういう会話があったのかなど、事実がよくわからない。検証もできません」

    「報告と相談といった感じ」

    漫画家自身はツイッターで、警察官とのやりとりについて「報告と相談といった感じだった」と説明した。

    ネットで波紋を呼んだ「今後描かない発言」については、その作品を描いて数年がたち、描きたいものが変わってきていたところに、犯罪者が漫画を見て真似をしたという報告を受け、それっぽいものはいよいよ描く気にならないと思う、という趣旨だとした。

    「『こんな事件2度と起こらなければいいのに』という気持ちは同じ」だとして、警察の圧力に屈したわけではない、とも表明している。

    警察が自宅に来る、ということ

    ただ、一般的に言って、警察が自宅に来るというプレッシャーは少なからぬものだろうと荻野さんは言う。

    「今回は、漫画家の名前や作品名が報道されませんでしたが、例えば同様のケースで警察が表現者をより強く批判するようなニュアンスで情報をリークすれば、報道もそのようなものになって、表現者は社会からバッシングを受けていたかもしれません。そうなれば事実上の名誉刑です。そのような力関係がある中で、警察から突然の訪問を受けて、何かを要望されて、それにノーと言うのは難しいでしょう」

    毎日新聞によると、埼玉県警幹部は「表現の自由との兼ね合いもあり難しいが、社会に与える影響を考慮した。同様のケースがあれば今後も申し入れを検討する」と話したという。

    荻野さんは言う。

    「このやり方は、表現者にとっては大きなプレッシャーになります。今回のような『お願い』は、表現者を萎縮させ、不安にさせかねないですし、警察組織の統制という観点からも問題があるように思います」