海賊党議員に聞いた「液体民主主義」の可能性 「民主主義は学ぶもの」

    アイスランドの動きに注目

    「海賊」と聞いて、どんなイメージを持つだろうか。

    暴力を背景に金品を奪う、海の荒くれ者。もしくは宝物を探して冒険するロマンあふれる集団というイメージだろうか。

    模倣品や偽物を「海賊版」と呼ぶこともある。いずれの言葉にも「非合法行為」という意味が含まれている。

    そんな「海賊」の名を冠した政党がある。2006年1月にスウェーデンで産声をあげた海賊党(Pirate party)だ。

    ヨーロッパで躍進する海賊党

    ヨーロッパで海賊党の躍進は著しい。発祥地のスウェーデンだけでなく、ドイツ、オーストリア、チェコ、スペインと各地に海賊党がある。

    今では世界60カ国以上に活動の範囲が広がっている。ドイツやスペインなど、地方議会で議席を獲得した国もあれば、日本のように政治団体として立ち上がっただけのレベルにとどまっている国もある。

    怪しい政党名とは対照的に、デジタル時代における著作権のあり方や行政の透明性向上など、掲げる政策は真摯で幅広い。

    海賊党で唯一の欧州議会議員ジュリア・レダさんの来日を機に、BuzzFeed Newsは海賊党と民主主義の可能性について聞いた。

    海賊党が掲げる「民主主義」

    海賊党は、ファイル共有ソフトが著作権法に反したとして開発者のスウェーデン人プログラマーが逮捕されたことをきっかけに誕生した。

    現行の著作権法に反する模造品などは「海賊版」と呼ばれている。デジタル時代にあった著作権法の見直しを求める党の立場を比喩的に表現し、「海賊党」と名付けられた。

    著作権法の改正やファイル共有ソフトの合法化などを目指したスウェーデン海賊党の勢いは、ドイツにも波及。スウェーデン海賊党誕生から8か月後、ドイツでも海賊党が設立された。

    2009年の欧州議会選挙ではスウェーデン海賊党が2議席を獲得。2014年の選挙では、スウェーデンの議員が落選したものの、ドイツ海賊党のレダさんが当選した。

    海賊党の提言の中でも、注目を集めたのが「液体民主主義(リキッド・デモクラシー)」。市民の政治参加を促進する新しい思想だ。

    液体民主主義とは何か。なぜ、それが必要と考えるのか。

    海賊党は「間接民主主義では住民の意思が政策に反映されにくい」と主張する。

    かといって、すべての政策決定を一つずつ全員参加で決める直接民主主義は、現実的ではない。

    直接民主主義(右)と代議制民主主義(左)のイメージ

    海賊党が主張する「液体民主主義」は直接民主主義と間接民主主義の中間的な役割を果たすものだ。政党や個々の政治家に縛られず、政策ごとに市民が判断できる環境を整える。

    液体民主主義のイメージ

    例えば、「安全保障分野では政党Aを支持したいが、環境問題では政党Bを支持したい」という有権者が現実社会では多くいる。その結果、A、Bどちらの党に投票しても、すべての政策決定に満足することはない。

    すべての政策に同意できる政党が出てこない限り、有権者は不満を持ち続けることになる。液体民主主義は、インターネット技術を駆使して、この民主主義の壁を乗り越える。

    政策決定には全員が参加

    まず、液体民主主義においては政策決定をするのは政治家などの一部の代表者だけではない。直接民主主義のように市民全員が政策形成過程から議論に参加する。ネット技術がそれを可能にする。

    議論だけでなく、投票もネットを通じて可能になる。だが、すべての政策について、全員が議論するのはあまりにも手間がかかるのではないか。すべての政策に関心がある人なんて、現実の世界にはあまりいない。

    その壁を乗り越えるのが、液体民主主義のもう一つの特徴だ。

    投票権の移譲を認める

    「安全保障は興味があるから長時間の議論でも参加する。でも、インターネット規制に関しては知識がないので、信頼するAさんに投票権を委譲しよう」

    液体民主主義ならば、そんな柔軟性のある投票が可能だ。政策論議に費やす労力を自分で選択できるとルール化している。

    すべての政策決定過程に市民全員が加わるのではなく、自分が関心ある政策決定にだけ、自ら参加し、それ以外は自分が信頼する人に任せる。

    まさに「直接」&「間接」民主主義だ。

    実際にうまくいっているのか?

    理論だけを聞くと、いいことづくめに感じる。しかし、世界中の民主国家や政治団体では、代議制民主主義が採用されている。

    「インターネット技術を使って政治参加を促進する」と理想を語っても、国民全員が海賊党員レベルのインターネット技術や知識を持っているわけでもない。

    代議制民主主義に代わって、国家レベルで液体民主主義を定着させるという考えは、現実的ではないのではないか。

    心に抱いていた疑問を率直にレダさんへぶつけてみた。

    実際の議会では実用的でない?

    レダさんは有力政党、ドイツ社会民主党(SPD)から海賊党に鞍替えした政治家だ。レダさんは自身の体験に触れながら、液体民主主義の魅力を語る。

    「ドイツでインターネット規制に関する議論がされた時、SPDは若手を完全に無視して話を進めました。一部の有力者による強硬的な手続きに反発して、私を含む多くの若手メンバーがSPDを去りました」

    海賊党では、個人の政治経験や有力者の意向に関係なく、平等に政策議論に参加する。レダさんは、民主的な政策形成方法が海賊党の魅力だと強調した。

    液体民主主義はどのように運用されているのか

    レダさんによると、海賊党内の議論は液体民主主義方式。だが、党外の政治活動では、欧州議会や各国の地方議会など従来の代議制民主主義にしたがっている。

    「液体民主主義は、政党の方針を決定する時には有効ですが、欧州議会で特定の議題を審議・投票するにはあまり実用的ではありません」

    現実の政治で海賊党の政策を実現するには、代議制民主主義の制度を経なければならないからだ。

    レダさん自身、欧州議会では会派「緑の党・欧州自由同盟」に所属している。インターネット規制や著作権問題など海賊党が重要視している政策以外は、基本的に会派の方針に従っている。

    ドイツ海賊党は昔ながらの手法に逆戻り

    世界で統一された液体民主主義の形式は存在しない。それぞれの海賊党が異なるルールを採用している。

    インターネット上で政策議論をするが、投票権の委譲を認めない海賊党もある。政策議論において「参加者の匿名性」を重視するか、「議論の透明性」を優先するかも、各国の海賊党で方針が違う。

    ドイツ海賊党は「参加者の匿名性」優先派と、「議論の透明性」を重視する勢力の意見に折り合いがつかず、デジタル技術を使った政策論議を中止した。今では、党員が会議室に集まり論議をしているという。

    ドイツの事例を知ると、海賊党がうたう液体民主主義が国家単位で普及するのは不可能かのような印象も受ける。

    そう冷水を浴びせると、レダさんは反論した。

    注目のアイスランド海賊党

    「アイスランドでは、どの国でも見られなかったほど、海賊党が高く評価されています。海賊党が一過性の運動ではなくて、一国の政治運営を担えるかどうかは、アイスランドの次期選挙の結果を踏まえるべきでしょう」

    アイスランドでは、タックスヘイブン(租税回避地)の利用実態が暴露されたパナマ文書にグンロイグソン首相の名前が記載されていたことが発覚。国民の反発が強まり、首相は辞任に追い込まれた。

    パナマ文書の衝撃は首相辞任にとどまらなかった。アイスランド政府は、総選挙を半年前倒し、10月29日に実施すると決めた。

    政府に対する国民の不満が高まる中、アイスランド海賊党は支持率1位の政党に躍り出た。このまま選挙戦が進めば、海賊党が次期政権を担う可能性もあると報じられている。

    液体民主主義の可能性

    イギリスが国民投票でEU離脱を決めたとき、結果が決まってから「EUとは何か」を検索する人が増えたことが話題になった。米国大統領選で国民の敵意を煽るトランプ氏の台頭など、民主主義の限界を指摘する声が広がっている。

    仮に、液体民主主義が浸透していれば、多くの国民の意思がより効率的に反映され、英国のEU離脱やトランプ現象は防げたのだろうか。

    レダさんは、そのような考えに否定的だ。間接民主主義や液体民主主義など、システムや手法だけで民主主義が抱える問題を解決することはないと強調する。

    「液体民主主義はすべての問題を解決するものではありません。民主的な熟議を踏まえるからこそ、より良い社会ができる」

    国家の行く末を決めるような投票では、前段階で責任ある決断を下す市民を育成することが重要だという。

    「教育や職場など実際の社会で民主的な意思決定方法を学ばないまま、国の未来をかけた国民投票を行うのは賢明ではありません」

    「民主主義は幼い時から学び取っていくものです。液体民主主義を教育の場で活用することは、自身の生活に直接影響する決断を下す訓練にもなり、非常に有効です」

    「例えば、体育館を改築するか、新しい機材を購入するか、学校関係者が決めるのではなく、液体民主主義の手法で学生に決断させる。そうすれば、決断に責任を持つことに慣れていくでしょう」

    国民投票を前に

    日本でも、安倍政権のもと、戦後初めて憲法改正のための国民投票が実施される可能性が高まっている。

    英国のEU離脱を決めた国民投票と同様の「間接民主主義の中の直接民主主義」。レダさんは、こういう時にこそ、液体民主主義の考え方が生きるのではないか、と指摘する。

    憲法改正は、国の未来をかけた国民投票だ。

    関心のある人たちが議論の過程から参加し、関心のない人は信頼できる人に投票権を委譲する。大前提として、レダさんが強調するように「民主的な意思決定方法を学んでおく」。

    そうすることによって、より多くの人が納得する結果が得られるのではないか。