「フィンセン文書」極秘文書の徹底調査で明らかになった、疑惑の対象とは

    いまだかつて公表されたことのない2万2000ページに上る政府文書。数十万件もの金融取引。総額2兆ドル(約209兆円)を超える不正資金。BuzzFeed Newsは、入手した前代未聞の膨大な文書の山にどう挑んだのか。

    この記事は、「フィンセン文書」によって暴かれた金融機関の不正に関して、BuzzFeed Newsが独自に実施した調査のパート2である。パート1はこちらから。

    1年以上前のこと。BuzzFeed Newsのもとに、目を見張るほど大量の政府極秘文書が届いた。

    膨大な数に上るそれらの文書は、2016年米大統領選挙や、犯罪や違反などさまざまな問題を調査する法執行機関と米議会委員会の要請で集められたものだ。

    そこには、世界中の著名人や政府高官、さらには犯罪容疑者やテロとつながりのある組織の銀行取引をめぐる個人的な秘密情報が含まれていた。

    そうした文書のうち、2100件以上が「不審行為報告書(SAR)」だった。

    SARとは、銀行や金融機関がマネーロンダリング(資金洗浄)など不正行為と思われる取引を発見した際に、米財務省の「金融犯罪取締ネットワーク(Financial Crimes Enforcement Network)」、通称「FinCEN(フィンセン)」に提出する報告書だ。

    SARは捜査や極秘情報の収集に役立つが、それ自体が犯罪の証拠になるわけではない。

    SARはそれ自体が極秘扱いとされており、情報自由法に基づく開示請求や公文書開示請求や召喚状をもってしても、一般市民の入手は不可能だ。

    さらに、金融機関はSARの存在自体を認めることすら許されていない。たとえ他の銀行相手でも、口外してはならないことになっている。

    今回の報道以前に、存在が明らかになったSARはほとんどない。そのような文書であるSARを、BuzzFeed Newsは大量に入手した。

    2100以上の文書は、2万2000以上のページにものぼる。170以上の国と地域を対象に、1万件以上が対象となっている。

    2,100+ Reports
    22,000+ Pages
    10,000+ Subjects
    170+ countries and territories

    日付はほとんどが2011年から2017年にかけてだが、古いものでは1999年に実行された取引が記載されている。

    それらの文書では、世界的規模で行われている資金洗浄について、これまでに知られていなかった実態を垣間見ることができる

    BuzzFeed Newsは、データを処理して内容を分析すべく、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)および88か国、計100以上にのぼる報道機関とともに調査した。

    それから1年にわたり、共同で文書の分析を実施。手動でデータを入力したり、専用のデジタルツールや機械学習、検証ソフトウェアを開発したりするのに何千時間もの月日を要した。

    それらはすべて、これらの疑わしい取引の報告を解明するためだった。

    不審行為報告書(SAR)を徹底調査:どうやって分析したのか

    SARはすべて、データテーブルと記述の2項目で構成されている。

    記述部分には、必要最低限の情報しか書かれていない場合もあれば、個々の取引やほかの関係者、資金の使用目的と思われることなどの詳細が記されている場合もある。

    フィンセン文書では、この記述部分だけでも8000ページ以上、約300万ワードにおよんでいる。

    私たちは、それらのきわめて重要な情報を自動抽出できるコンピュータープログラムを開発しようとしたが、それが不可能であることを早々に思い知った。

    結局、ほかに手段はないということで、昔ながらのやり方で作業に臨むことになった。つまり、全ページに目を通したのだ。

    BuzzFeed Newsと提携報道機関は、ICIJのデータ共有プラットフォームの力を借りて、80人を超す記者で分析作業を分担した。

    記者たちは、各文書内に記載されている取引をひとつ残らず記録。続いて、「抽出された各取引」をICIJが複数回にわたって検証した。

    きわめて骨の折れる作業だったが、おかげで私たちは、SARに記載されていた20万件以上の取引をマップ化することができた。

    こうした作業を経て、記者たちはフィンセンが捜査官に提供したものよりもはるかに体系化された詳細情報を検索できるようになった。

    BuzzFeed Newsは、SARの文書のみならず、銀行がフィンセンに提出したスプレッドシートも大量に入手した。

    それらのファイルには、文書に比べれば背景や前後関係に乏しい場合が多かったとはいえ、10万件を超える取引が列挙されていた。

    ただし、ファイルの作成方法は銀行によって若干異なっているため、ICIJはフィールド名とアドレス形式を統一し、提携報道機関が使いやすくした。


    2兆ドルを超える不正資金:億ではなく「兆」

    こうした文書やファイルは、金額にして総額2兆ドルを超える取引を警告していた。以下では、分析内容を詳しく見ていこう。

    フィンセン文書には、銀行と金融機関およそ90社から提出されたSARが含まれていた。これらのSARは、銀行全般が提出するような典型的な文書とは異なっている。

    銀行というくくりで見ると、SARの提出件数が飛び抜けて多かったのがドイツ銀行だ。

    下の表は、フィンセン文書に最も多く登場した銀行/金融機関の上位10社と、各銀行が疑わしいと判断した取引の総額だ。

    JPモルガン・チェースが2014年8月に提出した1件のSARでは、3350億ドル(約35兆1,263億円)を超える疑わしい取引が明らかにされている。

    10年以上の間に「送金・受取・処理」された10万件を超える電信送金に関係したものだ。取引を実施したのは、スイスに拠点を置く貴金属商MKSだ。

    「MKSは、5年前に提出されたSARとされる文書に心当たりがなく、それに関するあなたがたのレポートを確認することはできません」とMKSの広報担当者は、BuzzFeed NewsとICIFの取材に対して述べた。

    「しかし、12年間にわたるとされる電子取引において3350億ドルの取引が行われたと述べることは、MKSが行う貴金属事業の規模と範囲について誤解や誤った印象を生じさせると危惧しています」

    広報担当者は、さらに続けた。

    「MKSは、業界をリードする法令順守プログラムを維持してきたことを誇りにしています。さらに、世界中の金融市場に途切れのないアクセスを維持してきた長い歴史も誇りにしています」

    130件のSARは、合計10億ドル(約1,048億円)を超える取引を財務省に警告していた。

    そういった巨額が絡んだ報告は、文書に含まれていた「不審行為」全体の90%以上を占めている。

    銀行は、疑わしい取引を発見した場合、30日以内に報告書を提出することになっている。しかし、だからといって情報すべてがタイムリーに報告されるわけではない。

    SARでは、長期間を経た取引が取り上げられていることが少なくなく、なかには10年以上前の取引もある。こうした状況は、銀行が以前の取引やクライアントに関して、新たな情報を入手したときによく起こる。

    その一例が、ICIJがパナマ文書を公開したときだ。

    2016年にパナマの法律事務所から租税回避の証拠となる機密文書が流出し、世界の権力者や著名人の脱税、犯罪者の資金隠しなどが明らかになった事件だ。

    ほかのケースについては理由が明らかになっていない。


    疑惑の対象

    フィンセン文書では、170以上の国や地域の、1万を超す人物や組織について情報が得られた。また、アメリカのほぼすべての州の名前が挙がっていた。

    アメリカ国内に住所を持つ人物が言及されていたSARは250件以上、ロシア国内に住所を持つ人物が言及されていたSARは120件以上だった。

    また、イギリス、中国、ドイツ、アラブ首長国連邦、カナダ、ウクライナの住所も多く、それぞれ少なくとも20件の報告書で確認されている。

    SARで名前が挙がっていた対象人物のうち少なくとも25人は、米経済誌『フォーブス』が発表した2018年、2019年、2020年のビリオネア番付にランクインしていたことが、ICIJとBuzzFeed Newsの分析で明らかになっている。

    一方で、SARでは、人物名より組織名に言及されていることのほうがずっと多い。さらにその所在地は、蓄財や資産管理で有名な場所だ。

    イギリス領ヴァージン諸島が所在地となっている企業は400社以上で、香港は300社以上だった。この2つは、さほど詮索をされずに資産隠しができることで人気の場所だ。

    フィンセン文書に含まれていたSARの5分の1以上では、「所在地」が実質的に空白になっている対象が確認されている。

    番地も都市名も州名もなく、ときには国さえも記されていない。なかには、SARを提出した銀行の関連企業が抱える顧客の所在地が空白になっているケースもあった。

    フィンセン文書では、幾度となく名前が挙がっている組織がある。登場回数が最も多かったのは、オンライン決済企業Mayzus Financial Services(以降、Mayzus社)だ。

    同社は、ビットコインを使ってマネーロンダリングを行う業者をクライアントに持つ企業であり、36件のSARで疑惑対象として名前が挙げられていた。

    2番目に多かったのは、Kaloti Jewellery International(以降、Kaloti社)という、ドバイを拠点とする貴金属企業で、銀行8社が提出した34件のSARで名前が確認された。

    以下は、名前が最も多く挙がっていた組織の上位5社だ。

    Mayzus社にコメントを求めたところ、代表者から回答が得られた。

    Mayzus社はコンプライアンスに真剣に取り組んでおり、「オンラインやオフラインで活動する詐欺師や不正送金代行業者、マネーロンダリング組織の逮捕や、不法取得された何億ドル分もの資産の把握に貢献してきました」と代表者は語る。

    「Mayzus社はやるべきことをやっているというのが、私の考えです」

    一方、Kaloti社の弁護士によると、同社が言及されているSARの件数は、業界のなかでは「数字的に見て微々たるもの」だという。

    また、同社はICIJとBuzzFeed Newsに対し、「Kaloti社は、最近であろうが10年前であろうが、いかなる不正行為についても断固否定します」と述べている。

    3番目に多いTrafigura社はコメントを拒否。Veles International社とBufalo Management社からは回答がなかった。


    政府は全貌を把握できていない

    銀行や金融機関から提出されたSARの数は、2019年に200万件を超えた。

    資金洗浄の防止に取り組む政府捜査官はBuzzFeed Newsに対し、SARの提出件数は膨大であり、そのすべてを精査するのは不可能だと述べた。

    カリフォルニア州東部地区の元連邦検事リチャード・エライアスは、「すべてのSARの中身を丁寧に吟味できるほどのリソースは政府にはないと思います」と述べた。

    SARの提出件数は年々増えているが、その一方で、フィンセンの職員数は過去10年で10%以上削減されたことが、財務省の公式報告書でわかっている。フィンセンは、フルタイムの職員に加えて契約スタッフを雇用して、SARの分析を行っている。

    フィンセンの局長代理は2017年に米議会で証言し、同局は雇用問題を抱えており、その一因として、採用予定者の身元調査に時間がかかることを挙げた。

    BuzzFeed Newsは今回の調査結果についてフィンセンにコメントを求めたが、回答はなかった。

    ただし、フィンセンは声明を発表し、「SARの情報を不正に公開することは犯罪である」とし、この件については米司法省ならびに財務省の監察総監室(OIG)に一任していると述べた。

    フィンセンは、全米の450を超える法執行機関や規制機関に対してSARのデータベースを公開しており、1万3000人以上の利用者が、年に数百万回のシステム照会を行っている。

    フィンセンは銀行に対し、各取引を詳述したスプレッドシートの提出を義務づけていないが、自発的に提出している銀行もある。とはいえ、そうした詳細情報こそが何よりも重要だという。

    フィンセンの元アナリストでSARシステム立ち上げに携わったピーター・ジニスは、「電信送金や出入金の履歴に目を通せることほど有益なことはありません」と話す。

    「そうした情報はどれも非常に役立ちます」

    銀行が取引内容を記録したファイルを添付しない場合は、アナリストが各報告書を徹底的に精査するか、記録を提出するよう、銀行に直接請求しなければならない。

    BuzzFeed NewsとICIJが作成したデータベースは、個々の提出書類そのものよりもはるかにわかりやすい情報を提供している。

    そして、世界中を流れる不正資金をくい止めようとする国際的な記者ネットワークが、政府や銀行の怠慢を検証するために役立っている。

    Emilia Díaz-Struck and Agustin Armendariz of ICIJ contributed reporting.

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:遠藤康子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan