• medicaljp badge

緊急避妊薬(アフターピル)市販薬化の是非 市民的な議論は熟しているか?

緊急避妊薬の市販化見送りについて、薬局薬剤師の立場から考察した2回連載後編です。そもそも日本では市民が主体的に薬を選ぶ環境が育まれているのでしょうか?

昨年、緊急避妊薬の市販薬化が厚生労働省で議論され、否決されました。

市販薬化の見送りについて、今も大きな批判が続いていますが、果たして日本人は緊急避妊薬を市販で主体的に手に入れる準備ができているのでしょうか?

薬局薬剤師の視点から、考えます。

市販薬化に関する市民的な議論

「公・私の二元論」「お上意識」といった言葉で語られる日本人の国民性と、「公・共(パブリック)・私」の意識、人権を重視する欧州の文化は異なります。

「公(国や行政)」と「私」の間に、「共(コミュニティあるいは社会、またそこで共有される価値観)」の存在を意識する文化と違い、日本では規制緩和や市場化への期待が大きく、法や規制以外に言動を批判・制限されることを嫌う傾向があると指摘されます。

海外での緊急避妊薬の市販薬化は、フェミニズム団体から主張されることが多いようです。私は昨年来、ツイッターを中心に緊急避妊薬の市販薬化を求める議論を追っています。

日本のツイッターなどでフェミニストが主に言及していたのは、メディア等での「女性の客体化(女性の性的な部分だけを切り離してモノ化、商品化する)」や女性蔑視、マンガやアダルトビデオ作品における性加虐表現・子どもを性の対象として描くことへの批判でした。

その多くは「(性)表現の自由論者」とされる方たちとの対立構造の中で行われています。

緊急避妊薬市販薬化を主張する方たち(解禁派)の中には、表現の自由論者と主張の親和性が高い方が少なくありませんでした。

市販薬化の反対派・慎重派はどんな主張なのか

現状、日本では性行為や避妊方法の選択は男性優位の状況にあり、女性の主体性は確保されていません。

男性が消費している性的なコンテンツには膣内射精を願望の成就として描くなど、性行為に関するファンタジーに溢れ、そういった表現・理解は強化される一方である。

緊急避妊薬へのアクセスを拡大すべきという意見には同意するものの、市販薬化がその解決策かといえば不安がある。

そんな懸念を抱いている方が多くみられました。

指摘のとおり、日本は男女格差を示す「ジェンダーギャップ指数」114位(144か国中)であり、避妊方法の選択について男性主体の傾向が根強いことが厚労省の会議でも示されています。

「性行為の際に男性がコンドームをつけてくれず、困っている」という声が少なくない日本、性交中に合意なくコンドームを外す行為を性犯罪として法制化しようとする海外の動きを考えると、そういった懸念も理解できます。

未成年や学生の利用には保険適用とする、養護教諭が学生に交付できるようにするといった方法も確かに一案ですし、そうした案を採用する国もあります。現行の制度と市販薬化の二択でないというのは、その通りです。

解禁派の反論

一方、解禁派の主張には、

性行為、あるいは避妊方法の選択は個人に委ねられるべきであり、価格やアクセスに関する障壁があってはならない。

緊急避妊薬の適正使用に関しても、医師など医療従事者からの『指導』といった形で押し付けられるべきものではない。

緊急避妊薬を入手する際の選択肢は多い方がよいことは明らか。

といった意見が多くみられました。

緊急避妊薬の常用といった懸念に対しては、「避妊効果が高くないことは明白であり、そういった恐れはない」とする意見、「それもまた個人の選択であり、自由なのだ」とする意見など様々でした。

日本人の感覚からすると違和感があるかもしれませんが、上記の「表現の自由」に対する批判に関して、国連女子差別撤廃委員会はすでに「女性や少女に対する性暴力を助長するゲームやアニメ」の規制を日本政府に勧告し、諸外国においては、創作を含む「子どもポルノ」の規制が進みつつあります

そこには、権利の尊重・保護を重視するパブリックの視点があります。

他方、日本では「表現の自由」が重視される風潮が根強く、これと同様の「行動選択の自由」の観点からの市販薬化の声が少なくないことは、特徴的と感じます。

ただこうした議論に伴って、「自由と自己責任論」が拡大することには警戒が必要です。

「社会やコミュニティは、女性の権利が実現し個々人にとって適切な避妊方法が選択されることを願っている」との価値観が人々の意識に根付かなければ、女性が主体的に医療従事者に相談し、自分に合った避妊方法を考える文化を醸成することはできません。

むしろ、市販薬化は逆のメッセージになってしまいます。ただ入手が容易になるだけでは、会議で指摘されたように、コンドームを使わず緊急避妊薬を使用する避妊方法を選択するなど、逆に意図しない妊娠を招く可能性があります。

この点で、オンラインのみで診療が完結してはならず、対面診療を組み合わせる必要があるとする厚労省の方針(ネット上のみでの緊急避妊薬にかかる診察・郵送を認めない)は、決して一方的に非難されるべきものではありません。

オンライン診療を実施する医療機関が多数になればなるほど、「医師の説教は聞き流せばよく、ただ入手できればよい」との要求は満たされやすくなり、また「緊急避妊薬を多く売りたいだけだ」といった医療機関があったとしても、指導・監督することは容易ではありません。

厚労省の懸念は的外れではないと感じます。

市販薬化が可能となる社会へ、建設的な議論を

緊急避妊薬が市販薬化の議論の俎上に載ったのは、これまで医薬関連団体・業界からのみ候補薬を募っていたものを、広く国民・消費者からも募集するよう規定を変更したからです。

これは、公的医療費の逼迫から、市販薬利用(セルフメディケーション)の拡大が求められる状況にあるものの、業界のパワーバランスからはそれが叶わないという現状が背景にあります。

それを打開するためには、年々増大する医療費をどう抑えるかという議論への国民参加、世論・メディアによる監視や批判といった突破口が必要と厚労省が考えたためです。

市販薬化の会議の冒頭、厚労省担当者が市販薬化拡大の必要性について話すと、医師会委員が「当初からこの結果については全会一致で進めることになっております(委員の一人でも反対すれば、市販薬化は否決)」「セルフメディケーションは…薬剤師のメディケーションではない」と強調するのは、そういった背景を反映しています。

緊急避妊薬は、業界が共有してきた予定調和からは決して候補薬として上がらないものであり、その初めてのケースとして、多くの業界あるいは医療文化の課題を明らかにしました。

もちろん、いずれの立場もポジショントークの呪縛から自由とはいえないものの、会議の各出席者、特に日本産婦人科医会、日本産科婦人科学会は真摯に問題について語り、自らの立場を明らかにしました。

各委員が市販薬化はできないとする中、「現状では時期尚早かもしれないが、会議で指摘された問題が解決できたら、将来的には可かもしれない。多種多様な価値観を持つ国民サイドから御意見を頂くことも、その周知につながるのでは」として、パブリックコメント募集への同意を促した座長の姿勢も誠実であったと思います。

「お上意識」において、自由とは「お上」にうるさく主張すれば貰えるもの等と否定的なニュアンスで語られます。「お上意識」とパターナリズムは相性が良く、そうではない関係性について話し合う必要があります。

特に、オピニオンリーダーとされる方々には「市販薬化を阻む厚労省や医師・薬剤師らの団体はひどい」と言い募るだけでなく、会議での議論を踏まえた建設的な意見を期待します。

市販薬化を求める市民(あるいは団体)、市販薬化を後押しする専門家(例えば女性薬剤師会)が議論に参加することも重要です。声を上げるべき立場の人々は声を上げ、またメディアもそういった声を拾い上げてくれることを願います。

性教育活動に取り組む市民団体「NPO法人ピルコン」が署名活動を開始しているのは、望ましいことだと思います。

議論が進展し、また多くの医療機関で処方されるなどアクセスが改善し、できるだけ早期に薬局でも緊急避妊薬を交付できる状況が来ることを願っています。

すでに緊急避妊薬は日本以外の海外では広く市販されており、しかも多くの国では、薬剤師による関与を必須とする販売(BPC)から薬局内でのオープンな販売方法へと移行しつつあります。

※BPC(Bihind the Pharmacy Counter):購入者から手に取れない(見えない)棚に置かれ、薬剤師によるコンサルティング(介入)を必須とする医薬品のカテゴリー

(今回の会議において日本産科婦人科学会は「もし仮に市販薬化するのであれば、BPCとすべき」と言及しています)

そこに伴うべきは、「自己責任」ではなく「自己決定」の視点であり、いずれの段階・販売(交付)方法であっても、医療や社会保障政策が本質的に掲げている「包摂」「連帯」といった、立場を超えた助け合いのメッセージを伴う必要があります。

医療提供側が果たすべき責務は

ただ実際のところ、これまで書き連ねてきた内容を読んで頂いてもなお、「自己責任で構わないから、市販薬化してほしい」と希望する方は少なくないのではと私には感じられます。

その背景には、「包摂」や「連帯」といった理念を実感する機会などなく、そのようなものが「お題目」に過ぎないとの諦め・不信感があるのではないでしょうか。

厚労省や医療職能団体、各医療者が、緊急避妊薬の入手へのハードルが高いことは望ましくないと認識していながら、諸外国に比べ大幅に高い価格が設定されているのは事実であり、未成年者には保険を適用するといった仕組みもありません。

また、「産婦人科が遠い」「生活圏の産婦人科医が高圧的で困っている」といった相談を内科等の医師に持ち掛けたとして、どれだけの医師が親身に対応し、あるいは処方してくれるかといえば、私も不安を感じます。

会議において、日本薬剤師会委員は「要指導医薬品」や「第1類医薬品」について言及しました。

しかし、日本産科婦人科学会が挙げたBPCに相当する医薬品カテゴリーは、要指導や第1類ではなく、『処方箋医薬品以外の(医療用)医薬品』です(医師が処方する医療用医薬品は、医師の診察なしに交付することができない「処方箋医薬品」と「処方箋医薬品以外の医薬品」に分かれています)。

薬剤師会や厚労省、そしてこれまで厚労省会議に出席してきた多くの委員や有識者は、医師会への忖度のため、「処方箋医薬品以外の医薬品」の存在に触れることはありませんでした。今回の会議でも同様です。

もし過去のいずれかの時点で、そういった態度・方針を改め、その利用拡大と広報に力を尽くしていたならば、今回の緊急避妊薬の市販薬化の否決によって多くの女性が抱える困難を切り捨てるのではなく、あっさりと解決に導くことができたのではないかと私は考えています。

そうした薬局利用についての患者・薬剤師の関係性の下地ができていたならば、緊急避妊薬を「処方箋医薬品」から「処方箋医薬品以外の医薬品」に変更するだけで、状況を一歩進めることができたはずです。

厚労省や医師会、薬剤師会といった制度設計側が、患者や国民に向けて価値や信頼を示すべき責務を果たしているとも思えません。

【前編】緊急避妊薬(アフターピル)市販薬化の是非 日本での薬剤師の立ち位置は?

【高橋 秀和(たかはし ひでかず)】薬剤師

1997年、神戸学院大学卒。病院、薬局、厚生労働省勤務を経て2006年より現職。医療・薬事・医薬品利用についてメディア等で記事の監修や執筆をしている。ツイッターはこちら(@chihayaflu