この世には「ペット探偵」という不思議な仕事がある。

    思ったより過酷で、でもとっても幸せそうだ。

    「ペット探偵」という仕事をご存知ですか? 迷子になったペットたちを探す専門の「探偵」です。

    依頼は、イヌやネコをはじめ、インコやウサギ、時にはモモンガやトカゲ、昆虫まで。

    探偵たちにとっては、住宅街も山奥も「事件現場」。時には灼熱の太陽に焼かれながら、時には寒さに凍えながら、飼い主さんの思いと祈りを背負って大事な家族を探します。

    「ペットレスキュー」代表の藤原博史さんも、日本で数少ないペット探偵の一人。

    「引っ越しの翌日に兄妹ネコが消えた」

    「買い物から戻ったらヨークシャー・テリアがこつ然といなくなっていて…」

    「東日本大震災で離れ離れになってしまったイヌともう一度再会したい」

    全国各地から毎日のように寄せられる依頼はさまざまです。

    ペット探偵って一体どんな仕事なの? 『210日ぶりに帰ってきた奇跡のネコ―ペット探偵の奮闘記―』(新潮社)を上梓した藤原さんに、聞き慣れないこの仕事の実態、聞いてきました。

    富士山でネコちゃんが迷子に

    ――今日は、依頼は大丈夫ですか?

    ええと、絶賛お待たせしています。この取材が終わったら向かいます(笑)。

    ――なんと、すみません! この瞬間にも迷子の飼い主さんが!

    いえいえ、毎日ですから。問い合わせの電話は毎日途切れずありますからね。だいたい1日3〜4件……多いと10件くらいでしょうか。

    昨日は富士山でネコが迷子になってしまって、という電話がありましたよ。

    ――ふ、富士山? どういう状況ですか?

    車で連れていったらしく、トイレをさせるためにちょっと降ろしたら、パッと山の中にいなくなっちゃったそうです。早めに探した方がよさそうなので、うちのもう一人のスタッフが今日現地に向かいました。

    ――真冬の山中ってだけでどう考えても探すのが大変そうですね……。

    そうなんです、山はちょっと大変なんですよね〜。聞き込みにも限界がありますし、特にこの季節ですし。うまくトラップに引っかかってくれるといいのですが。

    ――家からいなくなった! ではなく出先でというケースもあるんですね。

    もちろん一番多いのは依頼者の自宅ですけどね。家族でキャンプに出かけた山奥、なんてケースもたまにありますよ。

    僕もつい最近、兵庫の竹林に――これはご自宅が隣接していたんですけど――入りました。ネコが野生動物の作ったこの洞窟のような巣穴に入り込んじゃっていて。排水管工事に使うような細いカメラを入れて穴の中を探しました。

    ――そんなものまで使うんですね! まさかネコ探しに使われるとは想定されていないのでは。

    この子は1ヶ月くらい竹林の中で行方不明だったそうで、見つかった時は脱水症状になっていてガリガリでした。あと少し遅ければ命に関わっていたかも……。見つけられてよかったです。

    ――しょうもない質問ですが、やっぱり「ちゅ〜る」はすごいんですか?

    できるだけ早く保護するのがいいですから、私もスペシャルな餌を捕獲器に仕掛けていました。数粒入りの小分けになっているカリカリに、大人気の「チャオ ちゅ〜る」をかけ、さらにまたたびの粉をまぶしたもの。いわば“三種盛り”で、ネコにはものすごく良い香りがするのでしょう、ここ最近はこれで一発で入ってくれるのです。

    「ちゅ〜る」は本当にすごいです!

    どのネコも大好き。何かヤバいものが入ってるのかな?って思っちゃうくらいすごいです。「ちゅ〜る」のおかげで捕獲できたネコ、冗談じゃなく結構いますよ(笑)。

    「捜索依頼はネコが9割」の理由

    ――藤原さんの「ペット探偵」歴は20年以上。これまでどれくらいの依頼を受けてきたのですか?

    累計すると約3000件ですね。そのうち約7割、ネコに限ると約8割を飼い主さんの元にお戻ししてきました。

    ――依頼は、やっぱりイヌやネコが多いんですか?

    ネコが圧倒的です。8〜9割がネコかな。

    というのは、イヌは比較的見つけやすいんです。行動パターンが違うんですよ。

    イヌの場合は「線」で動く……つまり、平面的に、広範囲に移動します。

    もちろん犬種や性格によりますが、1キロ以上離れた場所で見つかることも少なくありません。それだけ人の目につくことも多いんですよね。

    だから、インターネットやポスターを使って情報を発信し「線を抑える」ことで見つかりやすいのです。

    対して、ネコは「面」で動く。高いところに上ったり、床下に潜り込んだり、狭い範囲で立体的に移動します。

    警戒心が強いネコなら、1ヶ月経っても自宅や隣の家の敷地内に潜んでいる可能性も十分あるくらい。そうなると、そもそも人目につきませんから、当然情報を募っても見つからない。

    なので、闇雲に遠くに行かずに近場を「面でつぶす」のが重要になります。

    とはいえ、ネコの気持ちになってネコがいそうな場所を探すのは慣れていないとなかなか大変です。自分でどんなに探しても見つからない……と憔悴しきった方が私たちに連絡をくださるので、ネコの依頼が多くなります。

    ――そうですよね。皆さん自分ではどうしようもないからワラにもすがる思いで。

    大抵の飼い主さんは「人生で今日が一番体調悪いです」っておっしゃいます(笑)。「夫と離婚した時より辛い」とか「親が亡くなった時より悲しい」とか。

    精神的にどん底なことが多いので、まずは冷静になる、パニックになった飼い主さんたちに落ち着いていただくのが、僕らの最初の仕事ですね。

    百戦錬磨のカンで「見える」

    ――書籍の中では、発見まで7ヶ月、6度の捜索を重ねた大分での例が紹介されていますが、今まで一番長かったのはどれくらいですか?

    自分で通って探したケースで言うと7ヶ月はかなり長かったです。電話で何度かアドバイスをした方ではもっと長い人もいますね。2年半とか。

    ――2年半! そんなに長い戦いになることもあるんですね。逆に一番短いのだと……?

    それはもう、3秒とか(笑)。着いた瞬間「あ、きっとここだ」と玄関脇の低い場所を覗き込んだらいて。

    ――それは飼い主さんもびっくりじゃないですか!?

    当然そのあたりは散々探しているはずですからね、エスパーに見えるかも(笑)。

    なんか、もや〜っとしているんですよ。「ここが怪しいぞ」とゆらゆらして見える。

    ――百戦錬磨のカンで「見える」んだ……カッコいい。

    言語化できないものも含めて、自分の中でのノウハウはやっぱりありますよね。

    今は、いただく依頼すべてには残念ながら応じられないので、電話やLINEでアドバイスをすることも多いですが、なるべく具体的にポイントを伝えるように気をつけています。

    ――電話口でも十分アドバイスできるんですね。

    今はスマホがありますからね。住所をいただけば周辺の地形がわかりますし、動画や写真を送ってもらえばその子の性格もある程度わかるし、アドバイスしやすいです。

    職業病ってありますか?

    ――ちなみに、ペット探偵ならではの職業病ってありますか? つい道を歩いていて低いところが気になっちゃう、とか。

    それはありますね。こないだ車で走っていて、「あの草の陰にカメがいるね」って一緒に乗っていた人に言ったらびっくりされました。

    ――普通、路上にカメがいると想定して生きていないですからね。

    物陰に入り込む瞬間の甲羅の端っこがチラッと視界の端に見えたんです。ウソでしょ!? と言われて確認しに行ったら、ちゃんといました。

    もうだいぶ薄暗い時間でしたけど「見えた」んですよね。多分アンテナが違うんでしょうね、動物の目線で世界を見ているんだと思います。

    「変人でしょうね」

    ――日々全国を飛び回っていますが、藤原さん自身は家には帰れているんでしょうか。

    家でごはんを食べることはほとんどないですね。車の中でトラップ見張りながらちょっと食べる、とかそんなんばっかりです。

    ――まるで迷子ネコのような生活を……。

    あはは、本当にそうですね。現に今この瞬間、明日の予定決まっていませんからね。九州にいるかもしれないし東北にいるかもしれない。依頼に合わせて飛んでいくので。

    ――その生活を25年、大変ですね!?

    いやぁ、天職ですよ。自分にはぴったり! 明日の予定わかっていたら退屈で仕方ないじゃないですか!

    ――ペット探偵に向いている人はどんな人ですか?

    変人でしょうね。変態。

    ――迷わず即答でした。

    やっぱりどこかずれてないと無理でしょうね。人間社会とずれていて、動物の感覚の方があっているというか……自分ではそう思いたくないですけど(笑)。

    と同時に、飼い主さんとコミュニケーションをしっかり取れることもとても大事なので、「対人間用」にチューニングできる能力も必要だと思います。

    ペット探偵の仕事に興味を持って門戸を叩いてくれる方もいるのですが、「人間が苦手だから動物と関わる仕事をしたい」という動機の方は続かないですね。むしろ普通の仕事よりずっと濃厚な人間関係を築く必要があります。

    震災後、誰もいない街で

    ――東日本大震災のあと、避難指示が出された福島県双葉町に向かったエピソードが印象的でした。

    着の身着のままで避難した人たちの多くが、ペットを置いて行かざるをえなかったでしょう。置き去りになったイヌやネコ、そのほかのペットはどうなってしまったのか。大震災は、飼い主さんとペットとの暮らしも引き裂きました。

    これほどの規模の災害には自分にできることなどわずかでしかありませんが、とりあえず現地に行かなければと思ったのです。

    「ペットレスキュー」という名前を掲げている以上、何かしないわけにはいけない、という思いでしたね……。

    震災から1ヶ月ほど経った4月初めに、ペットフードを詰めるだけ積み込んだ車を走らせたんです。

    ゴーストタウンのように静まり返った異様な雰囲気の中で、ネコも尋常じゃない形相なんですよ。まるで夜叉のような……あの表情は忘れられないですね。

    2日間かけてペットフードをまいて、出会ったイヌやネコは30頭くらいでしょうか。うろうろ出歩いたり、群れを作ったりしているのではと思っていたのですが、ほとんどは自宅に留まっていました。

    リードをしていないイヌなんて、きっと逃げようと思えば1ヶ月でいくらでも移動できたはずなんです。きっと、ずっと家族の帰りを待っていたんでしょうね。

    飼い主さんも断腸の思いで置いていったことでしょうし、お互いの気持ちを思うと本当に胸が張り裂けそうになりました。

    ――2019年秋の台風被害の際も、ペットとの「同行避難」の難しさについては話題になりました。

    政府も同行避難を促すガイドラインを公表している(2018年「人とペットの災害対策ガイドライン」)のですが、なかなか現場での対応は難しいですよね。

    昨今の気象の変化を考えると、今後、避難が必要な程度の大型台風は増加する可能性が高いでしょう。制度が整うのを待つのではなく、みなさんで非常時の対応はぜひ考えてほしいと思います。

    私がおすすめするのは、災害時の情報をまとめておくこと。

    避難指示が出た時に備え、災害時の避難場所の所在地や避難ルートを調べておく。「ペットと一緒に避難できるか」「飼育環境はどうなるか」などを問い合わせる。ペットを含めた「避難訓練」をしておくのもよいと思います。

    家族の一員と離れ離れになったら

    ――迷子になった時、災害にあった時。いざという時のシミュレーションをしておくだけでも違うでしょうね。

    この仕事を20年以上やってきて思うのは、「ペットが迷子になる」「ペットと離れ離れになる」ことに対しての理解の差が人によって激しいということです。

    家族の一員と思っている飼い主にとっては大変なことでも、「イヌがいなくなっただけでしょう」なんて言葉をぶつける人もいる。

    僕らの仕事に対しても「どうせ見つからないのに、弱みにつけこんでお金だけせしめて」と偏見を持っている人は少なくありません。

    この本では、ペットを飼っている方がいざという時に役立つ情報はもちろん、「ペットが迷子になるとはどういうことか」について理解を深める情報も盛り込んだつもりです。

    ペットを飼っていない皆さんも含めてお願いができるとしたら、「探しています」というチラシやポスターにぜひ目を通していただきたいです。あなたの電話一本が、誰かの「人生最良の日」につながるかもしれません。