新型コロナウイルスの流行以後、アーティストや俳優など著名人の自殺が相次いでいる。
「ニュースになるような人はある程度名が売れた方たちだが、経済的にも不安定で弱い立場の人たちの中には、このコロナ禍で追い込まれている人がもっといるんじゃないか」
そう警鐘を鳴らすのは、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』などの書籍を持つ産業カウンセラーの手島将彦さんだ。

音楽学校の講師として若い世代に接する中で、働き方に対する姿勢にも変化を感じるという手島さん。
ミュージシャン専用の相談窓口設置の必要性を訴える前編に続き、業界内の意識がなかなか変わらない背景、今を生きる人たちに伝えたい健康な心の保ち方を聞いた。
「これで生き残ってきた」成功体験がある世代はなかなか変われない
――書籍の中では、いざ心療内科や精神科にかかっても、医者やカウンセラーがアーティストの仕事そのものに理解がなく、きちんと相談できなかった……というケースも紹介されていました。
これは実際に複数人から聞いたことがあります。もちろん、話を聞く側からしたら、普通の会社員の働き方と違うクライアントの状況を詳しく知るのは当然ではあるんですよね。
でも、心が疲弊している人はそれだけで疲れてしまう、「この人はわかってくれない」と足が遠のいてしまうのもよくわかるので……。
音楽ビジネスや芸能界の知識がある程度ある上で話を聞き入れてもらえる専用窓口があれば、というのはそういう側面もあります。仕事柄、人目が気になる人も多いでしょうしね。
――手島さんが長く音楽業界を見ていて、働き方やメンタルヘルスに対する考え方に変化は感じますか?
音楽業界に限らないと思いますが、成功体験がある上の世代はなかなか抜け出せないんですよ。
アーティスト側に過酷な労働環境を強いても、「こういうやり方で“生き残った”やつが売れたんだから、これでいいんだ」と思ってしまう。潰れてきた人の中に未来のスターがいたかもしれないのに、一握りのメガヒットの裏で対策が講じられないまま、時間が過ぎている。
今私が接している学生たちは、宇多田ヒカルさんがデビューした後に生まれた世代です。200万枚、300万枚CDが売れた時代なんて目撃していない。ビジネスとしての音楽に対する感覚がまったく違うんですよね。

なので、今の若い世代は音楽を続けながら他の仕事も持つ、パラレルワークを志向する人が増えている印象があります。TikTokですごく話題になる楽曲を作った人でも、「今後、音楽一本でやっていこうとは思っていません」とか。
でもその方が、もしかしたら自分を守りながらクオリティを保って、心身ともに健康な状態で創作を続けられるかもしれないとも思うんですよね。夢のために心や体を壊したら元も子もないわけで。そのバランスをどうとっていくか? の意識はかなり高まっていると思います。
もちろん「ビッグになるぜ!」という野心を持っている人はどの時代にもいて、それは素晴らしいと思うのですが、マネジメント側、プロデュース側が「そうあるべき」「辛くても今は頑張れ」と美学を押し付けるのはもう時代とは乖離しているのかなと思います。
「でも、夢はかなったんだから」
――デビュー前の若手からブレイクしたメジャーアーティストまでを見てきて、どの段階でつまずきやすいと思いますか?
個々の家庭環境にもよりますが、デビューするにあたってアルバイトがしにくくなる、収入が減ってしまう、という時は不安が増大する人がやはり多いです。
また、これは変えていくべき慣習だと思うのですが、デビューするにあたってビジネスとして何が求められるのか事前に説明されるケースってほとんどないんです。
「一緒にいい曲作ろうよ!」くらいのノリで制作面から協業がスタートして、曲作りやライブの過程は想像通りでも、リリースしたらキャンペーンや宣伝のために稼働しなくてはいけないとか、こんなに時間が拘束されるものなんだとか、初めてのことがどんどん出てくるんですよね。
気が進まないことであってもノーも言いにくい状況でストレスがかかるわりに、若手のうちは収入も安定しない。「今まで曲作ってライブだけしていればよかったのに!」と苦しむ人は見かけますね。

――なるほど……。辛くても「でも、夢はかなったんだから」と押し殺してしまいそうですね。
音楽業界においてそこは大きいです。“やりがい搾取”じゃないですが、「好きなことやっているんだから、我慢しなきゃ」という気持ちもあるでしょうし、マネジメント側も「好きなことできているんだから、これくらいやって」という意識の人もいるでしょう。
でも、「好きなことをやっている」と言っても、アーティスト側がすべての裁量権を持っていることはないわけです。ツアーやリリースの日程など、レコード会社からの要求や制約の中で無理してやらなきゃいけないことはたくさんある。好きなことを仕事にしていても、当然ストレスはゼロじゃないですよね。
自死やうつ病の公表などでニュースになるような人はある程度名が売れた方たちですが、経済的にも不安定で、交渉もしにくい弱い立場の人たちの中には、このコロナ禍で追い込まれている人がもっといるんじゃないかと危惧しています。
みんなが知識を持てば、明日から世界は変わる
――改めて、音楽業界に今必要なメンタルケアをどう考えますか?
第三者的な相談窓口の設置がすぐにできなくても、メンタルヘルスの基礎的な知識をマネジメント側もアーティスト側問わず学ぶことはとても大事だと思います。「うつ病って何?」「どういう理由でなるの?」レベルのことを、まずは広く知ってほしいです。
本人も周りも適切な対処を知らないから、間違った方向や根性論で解決しようとしてしまう。最低限必要なことを抑えていれば、心のケアが必要になった時に周囲がとれる行動がまったく変わってくると思います。
――自分もなってしまうかもという意識、誰かの心を守る側の意識を両方持とうということですね。
その通りです。この業界に限らず、今日1億人がうつ病に関する基礎知識を持つだけで、社会は明日からかなり変わると思いますよ。
「それ休んだ方がいいんじゃない?」「病院行った方がいいんじゃない?」とお互いに声をかけられるだけで、壊れないで済む人がたくさんいると思います。
メンタルヘルスの問題は、すべてが解決する有効な対策がひとつあるわけじゃなくて、最終的には周りの理解ですから。
アーティストはうつ病の割合が高いという統計もありますが、“変わり者”が多い彼らが生きやすい世界は、回り回ってみんなが生きやすい世界でもあるはずです。

手島将彦(てしま・まさひこ)
ミュージシャンとして数作品発表後、音楽事務所にて音楽制作・マネジメントスタッフを経て、専門学校ミューズ音楽院にて新人開発室、ミュージック・ビジネス専攻講師を担当。産業カウンセラー、保育士資格保持者でもある。
主な著書に、精神科医の本田秀夫氏との共著『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』 (リットーミュージック/2016年4月)、『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』(SW/2019年9月)などがある。また、『RollingStoneJapan』にて「世界の方が狂っている〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」を連載中。