「めちゃくちゃいいなぁ!」「自分が子どもの頃にほしかった」「次男のはこれにしようかな」
あの「モンベル」がランドセルを作った――。2022年秋、そのニュースはSNSで大きな話題を呼んだ。
国産アウトドアブランドとして高い人気を誇るモンベル。機能的で丈夫な製品が多く、登山家やキャンパーに親しまれている。
そんなモンベルが「通学用バックパック」を開発したとなれば注目が集まるのも当然だ。
育ち盛りの子どもたちが6年間毎日使うランドセルの代わりは、タフでないと務まらない。
「あのモンベルなら」と信頼と期待を寄せる声が多数上がった。
進む高級化、購入が負担になる家庭も
近年、高価格化が進むランドセル。2022年の平均購入額は5万円を超え(ランドセル工業会調査)、本革を使用した高級品だと10万円以上するものもある。
6年間と長く使うことが前提とは言え、購入が負担になっている家庭も少なくない。
そして、もうひとつ社会問題化しているのは、持ち運ぶ荷物の重さだ。
小学校の教科書や教材は大型化し、タブレットなどの電子機器を追加で持ち歩くシーンも増えた。
ランドセルメーカー「セイバン」による2018年の調査によると、1週間のうち、ランドセルが最も重い日の重さや平均約4.7キロ。
ランドセル自体の重量も含めると平均約6キロのランドセルを背負って登校しているという。
モンベルの通学用バックパック「わんパック」は、重さ約900グラムと軽く、価格も1万4850円(税込)と、既存のランドセルに比べかなり低く抑えられている。
まさに「ほしかった」要素が詰まった商品。今までなかったのが不思議なくらい、「アウトドアブランドが作るランドセル」はぴったりな組み合わせだ。
BuzzFeed Newsは、モンベルが通学用バックパックの開発に至った理由、機能面でのこだわりを聞いた。
はじまりは、町長の一言
開発のきっかけは、富山県立山町の舟橋貴之町長からの相談だった。
立山連峰を有する立山町は、登山やサイクリングを目的とした訪問者が多い。
同社も2017年から包括連携協定を結んで協業しているほか、「モンベルヴィレッジ 立山」という大型店舗を営業しており、ゆかりの深い土地だったという。
町長から相談があったのは2021年夏頃。
「ランドセルの価格が年々上がっており、負担になっている家庭もあるようだ」「機能的で軽く、経済的にも負担にならないものを、子どもたちに町からプレゼントしたい」という内容だったという。
ランドセルといえば、おじいちゃんやおばあちゃんの出番というイメージですが、すべての子どもたちに経済的に余裕のある祖父母がいらっしゃるわけではありません。
また、これからは、タブレット端末(立山町ではChromebook)を、自宅に持ち帰ることもあり得るので、子どもたちの身体的負担軽減のために軽くて、雨にも強い通学用リュックが求められると思いました。
(2021年8月10日町長コラムより)
公募審査を経て、正式に開発に着手。普段は登山用のアイテムを手掛けるチームが、約1年かけて取り組んだ。
毎日使うものだから耐久性は欠かせない。6年間で身長や体格が大きく変わることを見越して柔軟に調整できるようにしたい。タブレットを持ち歩けるポケットもほしい。小さな子どもでも使いやすくしなければ――。
アウトドア用のバックパックの開発は豊富な同社だが、それをそのまま転用したわけではない。子どもたちの意見も聞きながら、機能面を検討し、20回以上試作を繰り返したという。
「通常のバックパックとは必要な要素がまったく異なります。現行の製品をアレンジしたというよりは、まったくゼロから新製品として開発しました」
モンベル広報部の大塚孝頼さんは、こう振り返る。
小さな子でも使いやすいものを…素材から吟味
まず、注力したのが、素材の選定だった。モンベル製品開発のノウハウを生かし、行き着いたのが「840デニールナイロン」。
選び抜かれた軽くて丈夫なナイロン素材に、雨の日も使えるよう、防水ラミネート加工を施した。
「頑丈さを求めると重くなる。軽さだけ追求するとすぐに壊れてしまう。そのバランスをうまく実現できたと思います」
素材が決まれば、次は形だ。小学生が使うことを想定し、操作性を試行錯誤した。
通常のランドセルはフラップ(かぶせ)をめくるような動きで開くが、「わんパック」はトップの開け口がダブルジッパーになっている。
テープを持って引くだけで、一気に2本のジッパーが動き、ガバッと大きく開く。
「これは、通常のバックパックでは採用していない構造です。特に低学年にはテープを引くだけのワンアクションが開きやすいだろうと採用しました」
「開きやすさという点に加えて、教科書や教材を入れる時、机の上に置けるよう自立させたいという点もありました。登山用のバックパックでは立てることは想定しないので」
アウトドアブランドならではの工夫も
もちろん、モンベルの豊富な登山用グッズの技術を生かした仕様もある。
重い荷物でも負担感を軽減するため、肩ベルトの部分はフレキシブルに動く可動式に。肩幅の大きさに合わせてフィットするように工夫されている。
小学1年生と高学年では体格が大きく変わる通学用にはピッタリだ。
雨の日対策も使いやすさを重視した。
ボディー自体が防水性を備えているため、防水カバーは水が入るのをどうしても防ぎたい上面だけの最小限に。
2箇所をベロクロで留めると、ランドセルが「帽子」をかぶったような見た目になる。
通常のランドセルは、雨用カバーが別になっており、持ち歩くのは面倒という声が多い。小さなカバーなので、晴天時はサイドポケットに収納しておけるのも特徴だ。
「失敗してる?」「わざとなんです」
他にも、見逃してしまいそうな小さなこだわりがいくつもある。
例えば、ジッパーの持ち手となる布テープの部分は、小さな手でもつかみやすいようにねじりを加えた。
なるほど、触ってみると指がひっかかりやすく、力もかけやすい。通常の大人向け製品では平たいままのところ、ひと手間加えているのだ。
見慣れない形に、開発中には「あれ、これ失敗していません?」「いや、それわざとなんです」という会話もあったらしい。
修理も通常の製品と同じように対応し、モンベルのユーザーサポートを通じて申し込める(有料)。子どもが使うものは壊れたり破れたりが当たり前。アフターサービスもしっかりあるのは安心だ。
年内販売分はすぐに完売
2021年7月に試作品を発表した時も反響は大きかったが、今年10月に立山町でおこなわれた「完成お披露目」の様子が新聞やテレビ、そしてネットニュースで大きく報道されると、問い合わせが殺到した。
「我が家でもほしい、一般発売しないのか」「立山町でしか買えないのか」などの声が多数寄せられ、「通学用かばんのニーズの大きさに驚いた」と大塚さんは話す。
この反響を受け、立山町の子どもたちに配布するブルーに加え、レッド系とブラウン系の2色を追加し、全国で一般発売に踏み切った。
オンラインサイトで先んじて予約を受け付け、12月には店頭にも展示したが、年内販売分はすぐに完売。
特にブルーとブラウンの2色が好評だったそうで、大塚さんは「多数のお客様にご支持いただき大変ありがたい」と手応えを語る。
次回入荷は来春を予定しており、来年以降も継続的に販売していく予定だ。
「ランドセルは否定しない、選択肢を広げたい」
大塚さんは、既存のランドセルと比べて遜色ない機能を持たせることはもちろん目指したが、「従来のランドセルを否定しているわけではない」と強調する。
「今までのランドセルをこれに置き換えよう、というよりは、親御さんやお子さんたちの選択肢を広げるイメージ。こんなタイプもあるんだ、こういう発想もあるんだ、と目に留めてもらえらうれしい」
「モンベルの製品開発のコンセプトの1つは『Light & Fast』。アウトドアで行動する上で軽量でコンパクトな装備だと速く動け、安全につながる――という意味です」
「この発想が根本にあるのは同じ。子どもたちが日々動きやすく、安全に家に帰って来られることを一番に考えています」