プロのクリエイターだけでなく、一般層にも手にとってもらえるデザインの専門誌を作りたい――そんな異色の挑戦を続けるのが「月刊MdN」だ。
2016年に刊行した号の表紙を見ると、「おそ松さん」「君の名は。」「シン・ゴジラ」「欅坂46」と、世間で話題を集めた名前が並ぶ。
とはいえ、決して後追い的に“流行り物”を取り上げているわけではない。新海誠監督へのロング・インタビューを含む、64ページにわたる「君の名は。」特集号は、公開からわずか1週間後に発売し、重版を重ねた。
いち早くトレンドのコンテンツをキャッチし、専門誌の領域に落とし込んだ上で、「売れる企画」を作るには。本信光理編集長に、それぞれの特集が生まれるまでを聞いた。
【前編:乃木坂46から神社まで…「めちゃくちゃ売れる専門誌」は作れるか?攻めのデザイン誌の挑戦】
「いいデザイン」とは何か?
――あらためて2016年の特集を並べて見ると、定番のテーマから、話題になった作品をはじめ、アイドルまで広くカバーしています。
話題だから、人気があるからという理由で決めている企画はないんですよね。さまざまなものを見比べるなかで「内容もクリエイティブ面での試みも面白い、特集したい!」と思ったものが、結果的にそうなっているというか。
そもそも、デザイン“だけ”がよいものはなくて、映画や音楽作品の核となる魅力、作り手のビジョンがしっかりある上で、多くの人に伝えようとしているからこそ「いいデザイン」「いい視覚表現」になるんです。だから、必然的にヒット作を取り上げているように見えるのだと思います。
――いくつか主要なものを振り返りたいと思います。まずは「絶対フォント感を身につける。2」(2016年11月号)。フォントの特集はデザイン誌の定番ですね。
同じタイトルの特集(2015年7月号)の好評を受けた、第2弾でした。そもそものスタートは、「絶対フォント感を身につける」という言葉を見つけたことですね。響きが気に入ってしまって。とある方がツイートしていて、ご本人に許可をいただいて特集名にしたのでした。
「フォント」自体はデザインの専門誌ではよくあるテーマですが、どうしてもマニアックな視点になってしまうんですよね。専門家でない人に面白さを伝えたいという思いで、編集担当者と相談しながら特集を組みました。表紙も、一般の方々にも手に取りやすい写真を選んでいます。
フォントに限らずデザインって、基本的には目的に合わせて機能的に作られているものなので、丁寧に噛み砕いて説明したら誰にでもきちんと伝わるはずなんです。
この特集は、月刊誌ながらバックナンバーが未だに動いていて、書籍のように長く売れているようでありがたいですね。
――続いて、「君の名は。」特集(2016年10月号)。発売は映画の公開直後(9月6日)で、ここまでの大ヒットになると想像していなかった頃でした。この企画は前々から進んでいたのでしょうか。
いや、むしろどちらかというとギリギリのタイミングで実現したものです。6月末に試写を観させてもらって「これは、ひょっとすると化けるぞ」と感じたのがきっかけでした。
その時点ではまだラッシュ(未完成の映像)だったのですが、それでも感じるものがありました。新海誠監督の独特のアート性を保ちつつ、本気で大衆映画にシフトした点でも記念碑的な作品ですよね。そんな経緯や思いも含めて「賭けたい」と思えたので、特集しようと決めました。
――春には「おそ松さん」を特集(2016年4月号)。振り返ると、結果的に大ヒットアニメを2つも取り上げています。
こちらはもう少し早めの段階で打診していました。10月の放送開始から2カ月ほど、12月頃ですね。
もともと僕自身が赤塚不二夫の大ファンで「おそ松さん」もいち視聴者として面白く見ていたんです。話を重ねる度に、ただ「おそ松くん」をモチーフにしているだけでなく“赤塚イズム”自体を現代にアップデートしている作品なんだと感じました。
それを形にするデザインの指針、核にあるものを掘り下げたくて「60ページ、特集したいです」とお声かけした――という経緯です。特集が決まった直後に「おそ松さん」を表紙にしたアニメ雑誌に重版がかかって、その時初めて「そんなに人気あるの!?」と驚きました(笑)。
MdNはアニメ業界でも音楽業界でも無名の雑誌ですし、コネもツテもないので、特集の依頼は正面からですね、いつも。
結果的に、この号は過去最高の反響でした。「おそ松さん」自体の力を感じたのはもちろん、同時期に他の雑誌でもたくさん特集されている中で、これだけの方に手にとってもらえたこともうれしかったです。
「他の雑誌と違う」を感じてもらう
――毎号まったく違うテーマで、異なる層に訴えなくてはいけないわけですが、工夫していることはありますか。
表紙ですね。他の雑誌と違うビジュアルを作る。
特にアニメやアイドルなどを特集する時は、ファンの気持ちも、それらを知らない人の気持ちを想像して「こういうの、みんな見たいんじゃない?」を捉えようと腐心しています。
例えば、乃木坂46特集(2015年4月)の表紙の写真、よく見るとメンバーの西野(七瀬)さんにピントがあってないんですよ。
西野さんの手前に撮影スタッフがいて、本人が少し隠れている。撮影の合間にリボンを直してもらってるほんの一瞬なのですが、普通はボツになる1枚です。
でも、こんなに生々しい写真ってなかなかなくて、つまりファンの皆さんは見たことがない瞬間じゃないですか。きっとこういうものを見たいはず、と想像して選んでますね。
――確かに。アイドル雑誌の表紙にはできない気がします。
満面の笑顔の表紙はアイドル雑誌がやりますから、同じことをやっても。「王道」からあえて外すことで、MdNならではの魅力を出したいと思っています。僕個人の生理として、アイドルの素の感じを垣間見た時にドキッとするのもあります。
そんな生々しさを意識しつつ「ファンは何を見たいのか」「見たことないものは何か」を考えて……イラストも同じ発想でディレクションすることが多いです。
「君の名は。」の描き下ろしの表紙もそうですね。
「瀧と三葉があの時、東京のどこかで知らない間にすれ違っていたら」。そんなイメージでイラストをお願いしました。映画を観た人であれば想像を膨らませてくれる人も多いのでは、と。
劇中に出てくる場所の中で、すれ違ったのに気づかなくてもおかしくないくらい、人が多くて雑多な場所となるとここしかない、と「背景は新宿南口で」とお願いしました。
実は映画の中のリアリティを追求すると、2人とも制服が別だったりするのですが、そこはちょっと嘘をつかせてもらいました(笑)。
――「他の雑誌と違う」と感じた点では「おそ松さん」特集の表紙が印象的でした。どこかセンチメンタルな雰囲気で。
「おそ松さん」は、ストーリーが進むにつれて六つ子の個性がはっきりしていきました。アニメ雑誌で取り上げられるものを見ても、キャラクター性を強調するために、わかりやすく楽しげに特徴を誇張しているイラストが多かった。
でも、彼らはもともと六つ子じゃないですか。いろいろ考えて、そこが原点だよなぁ、と。同じところから生まれた、よく似た存在であることが。
この特集号の発売日(3月6日)は「おそ松さん」最終回の少し前でした(注:最終回は同月末)。ここまで見てきたファンは、もう十分に六つ子と付き合ってきています。彼らがほとんど差がなく「よく似た存在」として描かれていても、誰が誰なのかわかるようになっているはずだと思いました。
桜の咲く季節は、出会いと別れがある。それも最終回とリンクする。この表紙を通して、作品への愛と思い入れを深めてもらえればいいな、と考えていました。
――すごい、そこまで……! 作品に対する愛がありつつ、単にファンに媚びているわけでもないところがまたすごいです。
何よりすごいのは、描いてくれたキャラクターデザインの浅野直之さんです。今説明したような難しい要望を、期待のはるか上を行くレベルで形にしてくださいました。
鉛筆画のラフが上がってきた時、浅野さんの志なのか、そもそも絵の素晴らしさなのか、理由はわからないのですが涙が出そうになりました。それを背景の田村せいきさん、色彩、特効効果の垣田由紀子さんがさらにエモーショナルに仕上げてくれて……。アニメスタッフのみなさんの力です。
僕自身、とがったセンスを持ってないんですよ、みんなが面白いと思ったものを普通に面白いと思ってる。「なぜ?」と踏み込む力は鍛えられているかもしれないですけど、見ている世界は同じ。
攻め続ける宿命
――専門誌の立場で「売れる企画」「多くの人に手にとってもらえる雑誌」を作る上で意識していることはありますか。
前提として、すでに売れてるコンテンツに乗っかるのは難しいんです。なぜなら、僕らはマイナー雑誌、弱小媒体だから(笑)。向こうから「特集、組みませんか」と話が来ることは基本的にないです。
だからとにかく、早い段階で他の媒体と違う切り口でお願いすること。「なんだかよくわからないけど、面白そうな企画だな」と相手に思ってもらって初めてスタートです。それぞれの特集で協力的になってくれる人がいたからこそ、エッジの立った企画が実現できているとも言えます。
それから、MdNは読者にとって「最初の1冊」ではないことは意識しています。アイドルもアニメも専門誌がありますし、MdNはファンになりたての人が入門編として手に取る本ではないですよね。
その上で「もう1冊」を1490円払ってまで手に入れたいと思えるか、他の雑誌と違う価値をどう提供するかをずっと考えています。むしろ、そうならざるを得ない。……宿命ですね。
どんなテーマでも「MdNが取り上げるんだったら面白いのかも」と信用してもらえるところまで、たどり着きたいです。