是枝裕和監督の最新作『真実』が10月11日に公開された。

主演はフランスの大女優、カトリーヌ・ドヌーヴ。
共演にジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークを迎え、世界のトップ俳優たちと作り上げた意欲作だ。

撮影は、秋から冬に移り変わっていくパリで10週間にわたりおこなわれた。
クルーのほとんどがフランス人で、飛び交う言語は99%フランス語。日本での普段の撮影とは勝手の違う異文化の中で、どんな風に作品を作り上げていったのか。
完全週休2日制を貫くフランス流の働き方。公権力とアートと助成金の関係について。世界を駆ける是枝監督に、今考えていることを聞いた。

100年前から変わらない街で
――ヴェネチア国際映画祭でも上映され、公開前から注目が集まっています。反応はいかがですか?
僕の映画はどうも暗いイメージが定着しているようで(笑)、「意外に明るかった」と言ってくださる方が多いですね。軽やかな読後感の作品にしたかったので、うれしいです。

――パリの街の色彩の美しさが印象的でした。
本当に美しい街ですよね。何百年にわたる歴史の積み重ねがそのまま残っていて。「100年前からこの街並みはほとんど変わってないんだろうな」と思うと時間の重みを感じました。
今回はパリに暮らす人々のお話なので、観光客の目線ではないパリを撮ろうとは意識していました。なので、観光スポットは意図的に外しています。

フランス流の働き方を通して考えたこと
――撮影は1日8時間まで、夜間や土日は休み、夏には3週間のバカンス。フランスでの撮影スケジュールは日本とはずいぶん違ったそうですが、いかがでしたか?
時間的な制約は最初から聞いていたので戸惑いはなかったです。非常に優秀なスタッフたちが集まってくれたので効率よく進められました。とはいえ、これまで20年間以上やってきたやり方を変えなければならない部分はやはりたくさんありましたね。

――撮影が早く終わったとしても、編集作業などを含めると、監督の総労働時間は変わらないのでしょうか?
いえ、そんなことはないですよ、体力的にはずっと楽でした。
日本だと24時に撮影が終わって午前2時3時まで編集、なんてことはザラですが、フランスでは撮影が午後8時前には終わるので、その後にある程度作業しても午後10〜11時くらいには終えられます。フランス人に言わせれば、それでも十二分に働きすぎですが(笑)。
その上、土日も休みなんでね。休みがあることで台本をブラッシュアップしたり、撮影スケジュールを調整し直せたりするメリットもありました。
――なるほど。詰め込みすぎないからこそ効率がいい面もあるんですね。
そうですね。でも、調子がいい時は、夜撮影が終わって「もっと球投げられるのに、肩は大丈夫なのに!5回で代えられてしまった!」と若干物足りない気持ちになることはありましたよ。
それに僕は、日本の映画の現場の寝食をともにして祭をやっていく感じ、文字通り「同じ釜の飯を食う」雰囲気も好きなんですよね。もちろん、そういう現場では誰かに負担を強いている面があるのは間違いないのですが。
「変えていかないと、もう無理ですよ」
――フランスの現場を体験してみて、日本の映画の現場でも取り入れたい点はありましたか?
好むと好まざるとにかかわらず、変えていかないともう無理ですよ。続けられない。映画という仕事を、若い人たちが選ばなくなっていくと思います。
同時に、それって映画産業だけでなく日本全体の問題ですよね。

フランスでは、映画や演劇、音楽産業に関わるアーティストや技術者は、年間507時間以上働くと、最大12カ月の失業保険を受け取れる――要するに、給料がある程度保証される制度があるんです。
なので、僕の映画が終わったら演出部も制作部もみんなバカンスに3カ月とか行くんですよ。制度からして、バカンスを目指して働けるようになっている(笑)。
今回フランス人スタッフと仕事をしたことで、そもそも労働というものへの考え方が根本的に違うと強く感じました。
僕の中にも日本人的な「勤勉であることが美徳」という価値観は強くあって、「バカンスのために働いている」フランス人とはまったく異なるんですよね。単純にどちらがよい悪いではなく、勤勉さがプラスになることもあるし、「美徳」という言葉の下で搾取されることもある。いきなりすべてをフランス流に変えろとはもちろん思いません。
でも現実問題、現場はもう限界なので、これまでと同じやり方で通用していくとは思わないです。
映画は国境を越えられる
――『真実』は色彩や音楽はフランス映画チックなのに、映像の印象は是枝作品で新鮮でした。これは邦画なのか、洋画なのか、そもそもその区分に意味はあったんだっけ……と考えさせられました。
いいですね。「これ、何映画?」と観ている人の価値観を揺さぶりたいです。
日本では、言語の問題もあって日本人が作って日本人が見ることが前提の映画が多いですが、一口に「フランス映画」と言っても作り手にはいろんな人がいますからね。映画って国単位で囲えるようなクローズドなものではないはずで。

――是枝作品は世界中に届いていますが、世界で戦える作品を作ろうという気持ちは強いのでしょうか。
戦おうとは思っていないですが、国境をなくしていきたい、積極的に越えていきたい……とは思います。映画は国旗を掲げて作るものじゃないですから。
公権力とアートと助成金
――『万引き家族』がカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した際、文科省からの祝意を辞退したこと、そしてそれに関するコメントが話題を呼びました。「公権力とは潔く距離を保つ」という言葉が非常に印象的だったのですが、今「あいちトリエンナーレ」の件で、公権力とアートの関係はまたクローズアップされているように思います。監督は今の状況をどうご覧になっていますか?
潔く距離を保つというのは、政治に介入させないという意味です。映画が「国益」とか「国策」と一体化した過去を反省するなら、それはお互いに守るべき倫理感だと考えています。

先進国における文化助成は「金は出すが口は出さない、出させない」が大前提なんです。
そもそも、文化助成は国の施しではないので。未来につながる文化の多様性を、私たちの税金でどう担保していくかという話であって、「助成に頼る」「頼らない」という物言いがまずおかしい。
政府の顔色をうかがう必要は本来ないはずなんです。言うまでもなく、介入させてよいはずがない。
美術も映画も、すべての人が不快に思わないものを作ることはできません。むしろ、みんなが心地よく思うものであれば、市場原理の中でも自然にお金が集まっていくはずですよね。
そうではないものを価値あるものとして、次の時代につなぐために税金を投じる。当然そこには「国益」などという刹那的な基準ではなく、100年後を視野に入れた判断が求められます。
――ご自身も助成金をもらう側として、もっとこうあってほしいという要望はありますか?
今回の『万引き家族』は文化庁の助成金を頂いております。ありがとうございます。助かりました。しかし、日本の映画産業の規模を考えるとまだまだ映画文化振興の為の予算は少ないです。映画製作の「現場を鼓舞する」方法はこのような「祝意」以外の形で野党のみなさんも一緒にご検討頂ければ幸いです。以上。(是枝裕和 公式サイトより)
少なくとも映画関連予算は「これをやってくれ」と言いにくい程度の額ですからね……。圧倒的に予算が少ない。
フランスや韓国の手厚い映画助成と比べると、金額の規模はもちろん発想の根本が違うなと思います。
映画という芸術をどう豊かにしていくか。結果的に、文化的な社会をどう実現するか。そういうある意味で遠回しな投資であって、その先にあるのは目先の国益ではないんですよ。そんなチンケな発想に基づいてやるべきじゃない。
――国のためではなく、文化そのものの発展のために。
そう。映画が歩んできた百数十年の歴史という縦軸と、映画が表現してきた多様性という横軸、両方をより広げていくためにお金を使うからこそ「文化助成」なんです。そういう考えの人が選考委員にいることを前提としているんです。
「国のために」を最優先にするなら、それ政府広報ですからね。官房機密費ででもやってください。

僕の件も今回の件も、「そもそも文化助成ってなんだっけ?」「なんのためにあるんだっけ?」を考え直すにはいい教材じゃないでしょうか。
正直、もうそんな悠長なことを言っている状況ではないのかもしれないですが……。