“普通に”生きていた人が、ある日突然。あなたも私も「ひきこもり」にならない保証なんてない

    「普通に生きていた、働いていた人でも、ちょっとしたきっかけで突然生活が立ち行かなくなることがある――そのリアリティを今多くの人が感じていると思います。他人事じゃないですよね」

    NHKが、「ひきこもり」について考える番組横断プロジェクト「#こもりびと」を開始した。

    近年、社会問題として顕在化しつつある中高年ひきこもりのリアルを描いたスペシャルドラマ「こもりびと」に始まり、ドキュメンタリーやラジオなど、さまざまな番組で同じテーマを考えていく。当事者や家族、支援者など多様な視点から見つめるのが目的だ。

    当初は5月に予定していたプロジェクトだが、新型コロナの影響で一時中止に。

    「ステイホーム」が叫ばれる中で、ひきこもっている人々がいかに外に出ていくかを考えるこの企画が成立するのか、悩んだ時期もあったという。

    激動の2020年が終わりを迎えそうな今、改めて「ひきこもり」という社会現象について考える意味とは?

    ドラマ班の清水拓哉さん、ドキュメンタリー班の松本卓臣さん、2人のプロデューサーに聞いた。

    世界中が「ひきこもれ!」と叫ぶ中で

    主演に松山ケンイチさんを迎えて制作されたドラマ「こもりびと」は、Nスペドキュメンタリー班の膨大な取材をもとに作られた異色の局内“共作”だ。

    新型コロナの感染拡大の動向を見ながら、3月に撮影を開始したが、緊急事態宣言を受け、最後の2日を残して撮影中止に追い込まれた。

    大河ドラマや朝ドラをはじめ、NHKが制作するすべてのドラマの撮影がストップ。いつ再開できるのか先が見えなかった。この作品も放映できるのか、そもそも完成するのか、不透明な日々が続いたという。

    ドキュメンタリー班の取材も動けなくなった。

    家庭内で閉じた世界であることが多いひきこもりの現場の取材は、ただでさえカメラが入るのが難しい。「しばらく来ないでください」と断られることの連続だった。

    2人はこう振り返る。

    世界中で『家にひきこもれ!』と言われている中で、ひきこもりの人がどうやったら外に出られるかもがいている作品が成立するのか? と悩み、このドラマで描くべき本質は何か、と改めて考えました」(清水さん)

    「ひきこもっている方が安全だし、それが正しい世の中になってしまったわけですからね……。この(番組横断の)プロジェクト自体が頓挫するかもと頭をよぎりました。ですが、夏頃に『逆に、今こそやる意味があるのでは?』と以前と違った視点で考え始めたんです」(松本さん)

    ひきこもりは「個人の問題」なのか?

    ひきこもりという言葉は、以前は主に若年層の社会問題として、不登校の延長のように捉えられることが多かった。

    しかし2019年、内閣府が全国100万人のうち、61万人が中高年(40〜64歳)と推計するデータを発表。大きな衝撃を持って受け止められた。

    「中高年のひきこもり」の実態に光があたり、「8050問題」(80代の親が50代の子の生活を支えている状態)という言葉が生まれたのは最近のことだ。

    事態は新たな局面をむかえ、年老いた親が亡くなり、残された子どもが生活できず衰弱死するなど深刻な事態も相次いでいる。

    ドキュメンタリー班が精力的に取材する中で、この年齢層の当事者たちには共通点が多いことに気づいたという。

    そのひとつが、バブル崩壊やリーマン・ショックなどの不況をきっかけに仕事を失い、苦境に立たされている過去があるということだ。

    米国から始まった2009年のリーマン・ショックは、世界的な大不況となり、日本も例外ではなく失業者が増えた。その時に、なんらかの事情でふるい落とされてしまった人が今もひきこもり生活を続けているケースも多い――と松本さんは言う。

    「ひきこもり、というと怠けている人、甘えている人、というイメージがまだ世の中にはあるかもしれませんが、そんなことはありません。話してみると、皆さん本当に真面目で繊細。熱心に仕事に打ち込んでいた人もかなり多い

    「むしろ頑張って働いていたのに成果が思うように出せなかったり、非正規労働で心や体をすり減らしたり、人間関係で疲弊したり。組織や社会の要請に応えようとしすぎたゆえに壊れてしまう」

    「ひきこもりに至る経緯や、過去にショックを受けたできごとがどなたも似ていて、とても時代と無縁じゃない気がするんです。個人の問題ではなく、社会のひずみというか」

    新型コロナの「後」に起こること

    観光業や飲食業を筆頭に、新型コロナの影響で大きな打撃を受けた業界はいくつもあり、従業員を解雇する企業も出てきた。景気後退は間違いなく、影響は長引くだろう。

    「リーマン・ショック後の状況に、これから似てくるのでは」

    「新たなひきこもりの人たちが生まれるきっかけになる可能性がある」

    取材の中でそう確信した時、このプロジェクトに新しい意味が生まれたと松本さんは話す。

    普通に生きていた、働いていた人でも、ちょっとしたきっかけで突然生活が立ち行かなくなることがある――そのリアリティを今多くの人が感じていると思います。他人事じゃないですよね。今すぐどうにかなるわけでなくとも、来年にはどうなるかわからない、と不安を抱えている人もたくさんいるはず」

    「不況などの時代背景から、中高年のひきこもりの問題が表面化するまで、時間がかかりました。同じように新型コロナの影響も5年後10年後に出てくる。今だからこそ、ひきこもりの人たちの現実について考えることは意味があると思いました」

    「もう1回、以前のような社会に戻したいですか?」

    当然ながら、ドラマや報道が今すぐ何かを変えられるわけではない。ひきこもりをめぐる問題は複雑で、明確な対策があるものでもない。

    社会はすぐには動かない。でも、まずは個人のレベルで意識を変えられたら。ドラマを制作しながら、清水さんはそんなことを考えていたという。

    「僕自身、去年ゲイの高校生のドラマを作ったことで、自分の振る舞いが変わったとはっきり思います。クラスに1人はセクシュアル・マイノリティーの子がいると知ると、例えば職場での発言も全然変わってくる

    「今回のドラマを通じて親が子どもにかける言葉や、お互いの向き合い方がきっと変わってくると思う。実際、局内試写では、当事者の思いを知り『自分の子どもへの接し方を反省した』という感想もありました」

    「特別に優しくしよう、甘やかそうと言いたいわけじゃなく、ちゃんと個人をリスペクトしようということ。それはひきこもりのことだけでなく、巡り巡ってみんなが生きやすい社会につながるわけですよね」

    松本さんも、クローズアップ現代で「中高年のひきこもり」を特集した際に、当事者や親世代だけでなく若い人たちからも大きな反響があったことが強く印象に残っていると語る。

    『とにかく就職して働け! それで俺たちは成功してきたんだ!』という価値観はなんか違うよね、それじゃうまくいかないよね、ってずいぶん前から薄々みんな気づいている。だからこそ、昔よりこのテーマに関心がある人が増えているんだろうと番組をやっていてひしひしと感じます」

    それくらい、社会全体が曲がり角なんでしょうね。効率化、競争に勝つ……そういうことに疲れてきた。特に若い人たちは、もう少しみんなが生きやすい社会をつくれるんじゃないか? と考えている人が多いのでは」

    「そんなタイミングでたまたまコロナが来て、これまでなんとなく見逃していたものを立ち止まって考えるようになった。今、社会全体が、『もう1回、以前のように戻したいですか?』と問われているような気がしています

    #NHKスペシャル ドラマ #こもりびと 再放送は24(火)夜11時45分〜[総合] 出演 #松山ケンイチ #武田鉄矢 #NHKプラス では、29(日)夜10時13分まで見逃し配信中です。視聴にはID登録が必要です。 https://t.co/5utTVMhCnV ドキュメンタリーは29(日)に放送。当事者の声を届けます。

    スペシャルドラマの再放送は24日(火)夜11時45分〜。ドキュメンタリーは29日(日)夜9時〜