日本人は、なぜこんなにもジャニーズに心をつかまれているのか――。
50年以上にわたり日本の芸能を支えてきたジャニーズ事務所の歩みから、日本の現代史をひもとく「ジャニーズと日本」(講談社現代新書)が発売された。
これまでジャニーズに関する本は、ファンのために作られたものやスキャンダラスな関心に応えるものが多かったが、本書のテーマは「日本の戦後文化」。単なる芸能史にとどまらず、日米関係や社会の変化と照らし合わせて論じている。
“ジャニーズ帝国”が産んだ国民的アイドル「SMAP」は、12月31日に解散を予定している。ひとつの時代の終わりを、著者はどう見ているのだろうか。
BuzzFeed Newsは、自身もSMAP(特に中居正広さん)のファンという、著者の矢野利裕さんに話を聞いた。
楽曲に惹かれ、ジャニーズの世界へ
矢野さんは文芸や音楽を専門とする批評家。ジャニーズに興味を持ったのも、アイドル的な側面からではなく、楽曲のレベルの高さに魅了されたからと話す。
2000年代に差し掛かったころ、90年代後半の「渋谷系」のムーブメントを洗い直す中で、SMAPの楽曲のクオリティの高さにあらためて気付いたのが、本格的にジャニーズの音楽を追いかけ始めるきっかけだったという。
「ジャニーズ楽曲は基本的に、世界の音楽の中心と言えるアメリカの動向を見て作られています。日本ではまだ流行していない音やリズムを使った、前衛的でエッジの立った曲も多いです」
ジャニーズの各グループは、それぞれ楽曲そのものにアイデンティティがある。
矢野さんによると、SMAPのコアは「洗練されたディスコ・ミュージック」、しかも「ディスコ全盛期ではなく、90年代のクラブで流行ったディスコ・サウンド、レア・グルーヴ」だという。
「一言で説明できないのですが、この説明できなさ、ニッチさが重要。時代に合わせたさまざまな音楽をやりながら、アレンジのベースにあるし、大事なタイミングで『これがSMAPだ』と思える楽曲に戻ってくる安心感もある。ファンはそこに『SMAPらしさ』を感じるんです」
他にも、V6は「ユーロビートで派手なシンセサイザーが似合う感じ。SMAPと同時代でも違う音楽」、KinKi Kidsは「マイナー調、ラテン調」、嵐は「ベースにあるのはヒップホップ。時代的にも打ち込みが似合う楽曲になってくる」。
「そもそも、いろいろなタイプの楽曲を持っていること自体が、アイドルならでは。自分で曲を作るアーティストになると、ある程度狭いジャンルを追求していく傾向になりがちです。他者から曲提供を受ける立場だからこそ、楽曲が幅広く多様になっている面はあると思います」
SMAPの楽曲で、特に好きな4つをあげてもらった。
らいおんハート(2000年)
「解散騒動後、これまでの曲をたくさん聞き直して、改めてすごさに気付いた曲。とにかく音の数が少ないのが特徴で、ほぼギターとリズムだけ」
「渋く地味になりがちなところを飽きずに聞けるのは、リズムの変化が多様だから。J-POPはリズムをいじることはほとんどないのですが、ジャニーズはSMAPに限らずかなり挑戦的にチャレンジしています」
「ここまで生々しいR&Bをそのまま日本に持ってきたことも、ポップスとして浸透し、代表曲の1曲になっていることも含めてすごい」
しようよ(1995年)
「音楽通が大好きなアルバム『SMAP 007〜Gold Singer」の1曲。バックバンドにジャズ、フュージョン系の海外の一流ミュージシャンが参加し、楽曲も演奏も豪華!」
「曲もいいし、歌詞もいい。『正直にとにかくなんでも隠さずに話をしようよ』……解散騒動を受けてさらに思い入れが強まりました」
Joy!!(2013年)
「生楽器の音が多くて華やかで、90年代のSMAPを思い出します。森(且行)くん脱退後2枚目のシングル、『SHAKE』(1996年)とメロディが似てますよね」
「リリース翌年の2014年の27時間テレビで、森くんからSMAPに宛てた手紙が読まれたのもあって、僕の中では、これは森くんとともにある曲です」
マラソン(1996年)
「5人体制になってから初のアルバム『SMAP 009』の収録曲。クラブミュージックを基調に、SMAPのアイデンティティがよくあらわれていて好きです」
「7〜9枚目のアルバムは『SMAPらしさ』を感じられる曲が多く、聴き応えがあっておすすめです」
「SMAPは自由な存在だったのに」
この書籍の企画は昨年の秋頃、つまりSMAPの解散騒動が持ち上がる前に立ち上がっていた。ファンのひとりとして、矢野さんは今どんな思いを抱いているのだろうか。
「さみしいですね。新曲がもう聞けないのが何より悲しいです。解散そのものは、本人たちのさまざまな判断の結果だと思うので、反対ではありません」
「ただやり方が……ああやって裏側が見えてしまったのはショックでした。僕らが見てきたSMAPはあんなに自由だったのに」
SMAPがデビューした90年代初頭は「アイドル冬の時代」。
テレビの歌謡番組が減少し、バブルが弾け、駆け出しアイドルがこれまでのやり方で売れていくのは難しかった。
そんな中、バラエティ番組やトレンディドラマへの出演など、ジャニーズ本流の美学とは離れた「歌って踊る」以外の領域に活動を広げていく。この努力が「国民的アイドル」への道を開いた。
身近で気さくな存在だけど、ステージの上ではスター。80年代の「アイドル」の常識を打ち破り、現実的な日常を歌い、励ました。ジーンズにシャツの等身大の姿を見せ、木村拓哉さんはアイドルを続けながら結婚する。
ジャニーズの、アイドルの文脈の中で、SMAPは特段自由で開放的な存在として映っていたからこそ、硬い表情でカメラの前に並ぶ1月の「緊急謝罪」はショックが大きかったと振り返る。
「意志を持って自由でいられる道を切り拓いてきたのが『SMAPらしさ』だと思っていたのに、僕らがこれまで見てきたものはどれだけ抑圧の下にあったかと思うと……複雑な気持ちになりますよね」
文化政策としてのジャニーズ
そんな「自由」と「抑圧」の芸能史を、本書の中では日本とアメリカの関係になぞらえて描く。
「アメリカへの憧れに端を発するジャニーズがこれだけ日本に浸透していく過程こそが、文化政策と言ってもいいと思います」
「アイドルが日本の土着の文化だと思っている人には、ぜひ読んでほしい。普段意識しない戦後の米国と日本の関係について考えさせられると思います」