Updated on 2020年8月7日. Posted on 2020年3月24日

    「恋をしても告白禁止」「先輩から飲みに誘わない」平田オリザが“厳しすぎる”パワハラ・セクハラ規定を作った背景

    「ハラスメント」という言葉が一般的になる前から、パワハラ・セクハラに厳しい対応を取ってきた平田オリザさんと劇団「青年団」。指導の名のもとに暴言や暴力が見過ごされがちな演劇界で、厳しく具体的な規定を定めている背景を聞いた。

    劇作家・演出家として第一線で活躍し続ける平田オリザさんが、劇団「青年団」を立ち上げたのは1982年のこと。約40年で社会は大きく変わった。

    Haruna Yamazaki / BuzzFeed

    例えば、セクハラやパワハラに対する社会の目。

    一般企業に向けられる視線はどんどん厳しくなっているが、「演劇界では、残念ながらまだハラスメントは日常茶飯事」と言う。

    演劇の世界は女性が多いうえ、演出家と役者、ベテランと若手など、上下関係が発生しやすい。演出や指導という名目のもと、暴言や暴力、性的・精神的な苦痛が見過ごされてきた。

    青年団は、劇団員の「家庭と演劇」の両立を助ける子育て支援だけでなく、パワハラ・セクハラの防止にもいち早く取り組んできた実績がある。

    「ハラスメント」という言葉が一般的になる前から、自身の大学教員としての経験も踏まえ、独自の規定を定めてきた。

    「何より大事なのは、とにかくトップが厳しく対応すること」と毅然と語る平田さん。インタビュー第3回では、演劇界に根強く残るハラスメントをどう防ぎ、根絶していくかについて聞いた。

    青年団 提供

    1994年の初演から世界中で上演され続けている代表作『東京ノート』。2019年には、近未来の東京を舞台に複数言語が飛び交う『インターナショナルバージョン』(写真)が制作された

    「演劇の世界では当たり前」はもう古い

    ――青年団は、かなり早くから厳しく具体的なパワハラ、セクハラ規定を設けてきたと聞きました。

    明文化してからもう17〜18年くらいになるでしょうか。きっかけは僕が大学の教員になってハラスメント講習を受けたことです。

    当時はまだ一般的でなかったですが、「この考え方は世の中の主流になる、演劇界にも取り入れよう」とすぐに思いました。

    ――規定の中で「演劇の世界では当たり前と思わないように」と強調している箇所が印象的でした。

    パワハラは、それが深刻になると、被害者も加害者も深く傷つき、集団内外の人間関係を崩します。ですから「たかがパワハラ」と絶対に考えないでください。劇団としては、常に断固たる態度で臨みます。


    特に注意して欲しいのは、「この程度は演劇の世界では当たり前だろう」「舞台の世界で生きていくなら、このくらいのことは我慢しろ」という考え方を持たないようにして欲しいと言うことです。


    セクハラ、パワハラの基準は、時代と共に変化していきます。5年前には許されたことでも、いまは裁判で負けるということはよくあります。自分の受けてきた教育や環境にとらわれず、相手(いまの若い世代)の気持ちに立って考えるようにしてください。

    演劇界では、残念ながらまだハラスメントは日常茶飯事です。圧倒的に女性が多い業界ですし、表現に関わる仕事なので、性や身体に関する会話も発生しやすい。

    そして、最も大きいのは、力関係が発生することですね。

    演出家やベテランスタッフなどにどうしても権力が集中する上に、俳優志望の人間が需要よりも極端に多く、対等な関係になりがたい。

    一般社会ではありえない暴力や暴言も、演出や芸術の名の下に正当化されがちです。

    個々人の意識の遅れもあります。学生時代から演劇の世界にどっぷりで、外の世界を知らず、びっくりするほど知識がない人も多いのです。

    Haruna Yamazaki / BuzzFeed

    パワハラ規定を定めた書面の一部

    長年あらゆるケースを見てきました。演劇界のセクハラの多くは「勘違い」から生まれます。

    誤解を生む表現になるかもしれませんが、現実として、女優は容姿端麗で自己アピールがうまい人が多いです。

    そんな女性に優しくされたり持ち上げられたりすると「自分のこと好きなのかな?」と勘違いしちゃうんでしょうね……。「それは仕事だからですよ!」と何度も思い出してもらわなくてはいけません。

    提供写真 / Via makuake.com

    東京・駒場から兵庫・豊岡に移転予定の青年団。建設中の「江原湖畔劇場」には広い稽古場も併設される予定だ。クラウドファンディングで4000万円近くを集めている(現在も受付中)

    同僚に恋をしても、告白禁止

    ――時代に合わせて内容をアップデートされているそうですが、特徴的な規定について教えてください。

    例えば「食事や飲み会に誘う場合は、個人にではなく、できるだけ幅広く声をかけましょう」

    1対1のサシ飲みに限らず、年長者から誘うこと自体がハラスメントになりかねないという考え方です。基本的には年下から誘うことを推奨しています。

    それから、人間関係のトラブルの代表格といえば恋愛ですよね。

    「権力関係で下位にある人をどうしても好きになってしまったら第三者に相談する、直接告白しない」というものもあります。

    一見厳しく感じられるかもしれませんが、教育機関に近いコンプライアンス意識、「先生と生徒が付き合うのはダメ」に近い考え方だと思います。

    Haruna Yamazaki / BuzzFeed

    セクハラになりえる言動としてあげられている一部。「性的な経験や性生活について質問すること」「『男のくせに』『女のくせに』などと発言すること」「食事やデートにしつこく誘うこと」など具体的に注意喚起している

    ――理念を掲げるのではなく、行動レベルの規定なんですね。

    それは、細かく言わないとわからないから。「そんなつもりじゃなかった」が必ず起きるので、なるべく具体的な行動で説明しています。

    20年前はありえなかった、稽古ハラスメント

    最近追加したのは稽古ハラスメント――「ケーハラ」なんて冗談っぽく呼んでいますが――に関して。先輩から後輩への「もうちょっと残って稽古しようよ」を禁止しました。

    ――稽古!それもハラスメントなんですか。

    俳優にとって稽古は正義ですから、「もう少し」と誘われたらやっぱり断りにくいんですよね。目上の人に言われたらなおさら。でも、バイトや家庭などそれぞれの事情があるわけで。

    「みんないい作品を作ろうとしているのは同じ」という信頼を前提に、弱い立場の人を一番尊重しましょう、と明示しました。

    ――「働き方改革は、残業したい人の自由を奪うのでは?」という話に近い?

    モーレツな働き方からの脱却、という意味ではそうかもしれません。でも、演劇って一人で練習してもほとんど意味がなくて、相手役とのやりとりなんですよね。誰かを巻き込むという点で、単なる残業とはまた違います。

    20年前はこんなこと考えもしませんでしたね。「稽古なんかやった方がいいに決まっている!」が常識だったので。時代の変化に敏感になることがハラスメントを防ぐ最初のステップだと思います。

    江原湖畔劇場公式Twitter / Via Twitter: @ERST_info

    青年団の稽古風景

    大事なのはトップの意識

    ――人間関係が濃密な劇団という環境で、ハラスメントを防ぐために一番大事なことはなんですか?

    とにかくトップが厳しく対応することです。

    多くの場合、加害者も一緒にやってきた仲間ですが、それでも「絶対に許さない」という毅然とした態度が必要です。被害者に「まあまあ」「あいつの気持ちもわかってやれよ」なんて言ってしまったらすべてが水の泡です。

    僕は、ハラスメント関連に関しては、どんなに忙しくても最優先で時間を取って話を聞くようにしています。絶対に面倒くさそうにしない。何よりも真剣に対応する。

    何かあればトップである僕が直接話を聞く用意がある、必ず厳しい態度を取る、と団員に伝わることがものすごく大事だと思っているので。

    Haruna Yamazaki / BuzzFeed

    「人は勝手に権力性を獲得していきます」

    ――強い言葉や態度、これまで「厳しい指導」の範ちゅうで許されていたものが許されなくなる面もあるでしょうね。

    どこから、何が、ハラスメントになるかは難しいところですよね。

    見落としがちですが、人は年齢と経験を重ねていく中で勝手に権力性を獲得していきます。若手〜中堅の頃は許されていた粗暴な態度が、ある年齢、立場になったら許されないことは当然ありえます。

    権力に反抗する若者だったはずが、自分が権力者そのものになっていく。

    偉くなると周囲に注意されにくなりますから、ますます気づけなくなってしまう……という負のループもありますね。

    Makuake 活動報告 / Via makuake.com

    新劇場の2階から

    ――先ほど「個々人の意識の遅れもある」と話していましたが、演劇界全体の意識改革についてはどう考えますか?

    こういうのは注目されるタイミング、波があるので、一気に啓発や制度の整備が進んでいけばいいなと思っています。

    「#metoo」運動の高まりも受け、最近は若手の女性演出家、俳優を中心に勉強会のチャンスも増えています。まさに少しずつ業界が変わりつつある最中だと思います。

    私も所属する日本劇作家協会が「セクシャル・ハラスメント事案への対応に関する基本要綱」を発表しました。 https://t.co/1uDqSyjDTx ここまで来るのにも紆余曲折がありました。要綱作成に尽力した皆さんに敬意を表します。

    2020年2月、日本劇作家協会が「セクシャル・ハラスメント事案への対応に関する基本要綱」を発表。少しずつ制度の整備が進んでいる

    ――平田さんの長年に渡るハラスメントへの毅然とした一貫した姿勢は、どう培ってきたのでしょうか。

    やっぱり母がフェミニズムの人だった、その影響は大きいと思います。幼い頃から叩き込まれた考え方が今に生きていると感じます。

    でも、育った環境が全てじゃない。現状、明らかに男性優位な社会構造の中で、「仕方ない」と終わらせてはいけないですよね。

    年を取ってからこれまでのやり方を変えるのはもちろん難しい。それは確かにあると思いますが、「自分がそういう体質だ」と自覚するだけで全然違うと思います。

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    平田オリザ

    1962年、東京生まれ。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」結成。劇作家・演出家として活躍しつつ、演劇教育にも深く関わる。

    戯曲の代表作に『東京ノート』『その河をこえて、五月』『日本文学盛衰史』など。著書に『演劇入門』『芸術立国論』『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』など。3月に

    『22世紀を見る君たちへ これからを生きるための「練習問題」』

    を刊行した。