「なぜ女性だけ優遇されるんですか?」悪気なくそう言った青年に、平田オリザはこう答えた。

    約20年前と早い時期から、劇団員たち、特に女性の子育て支援を積極的に打ち出してきた平田オリザさん。まだまだ女性の活躍は難しいとされる演劇界。家庭と仕事…ならぬ「家庭と演劇」の両立についてどう考え、実践してきたかを聞いた。

    主宰する劇団「青年団」の本拠地を、東京・駒場から兵庫・豊岡市に移転すると発表した平田オリザさん。


    新たな拠点となる「江原河畔劇場」設立のためのクラウドファンディングは、全国から3000万円以上を集めている。

    東京を離れる理由のひとつとして「明らかに子育てと仕事を両立しやすい環境だから」と話した平田さん。

    演劇の世界は、若手を見ると圧倒的に女性が多いが、上の世代はほとんどが男性が占める。「まだまだいびつな、女性には厳しい構造だと思います」(平田さん)。

    大学時代に、学生劇団として始まった「青年団」。約20年前から子育て支援に取り組み、女性の俳優やスタッフを“やめさせない”ことに尽力してきた。

    平成の半ば、まだまだ「寿退社」「妊娠したら仕事はやめる」が当然だった時代。

    今でさえ働く女性に向けた「子育て支援」は当たり前だが、当時は物珍しかった。厳しい労働環境で知られる演劇界ではなおさらだ。

    インタビュー第2回では、いち早く先進的に取り組んできた背景にどんな考えがあったのか聞いた。

    “大黒柱”は母だった

    ――前回、青年団は「子育てをしながら俳優活動を続けられる劇団」をずっと目指してきたとお話していましたが、設立当初から掲げていたのでしょうか。

    最初はみんな学生でしたし、全然。考えてもいませんでした。

    30歳前後から団員の結婚や出産が増えてきて、なるべく彼らが続けやすいように……と考え始めたんです。なので、試行錯誤をはじめて20年ちょっとですかね。

    最初は本当に簡単なものでしたよ、貧乏劇団で立派な福利厚生もないですし。「妊娠・子育て中は受付の手伝いに入らなくていい」とかそれくらい。

    新劇場での稽古を見守る子どもたち

    ――当時は「結婚したら、子どもが生まれたら、俳優をやめる」風潮が今よりはずっと強かった時代だと思います。「なるべく続けてもらおう」という発想に至ったのには理由があったのでしょうか。

    一番大きいのは、自分の育った環境ですね。古い言葉でいうと、我が家の“大黒柱”は母で、公務員の母が主に働いていました。

    大学時代、僕が韓国に留学する直前に、親戚から「あなたのお母さんもすごく留学したがっていたんだよ」と聞かされたんです。

    大学院まで修了して、結婚して、僕が生まれて……どこの時点かわからないけど留学はあきらめたんだよ、と。全然知らなかったので本当にびっくりしました。

    女性が夢を諦めなきゃいけないっておかしくないか? と考えるようになった原体験はそこだと思います。自他ともに認めるマザコンなので(笑)。

    「なんで女性だけ優遇措置があるんですか?」

    ――今でこそ女性に向けた子育て支援策は一般的ですが、当時は反発もあったのでは。

    ありましたね。20代の若い男性に「なんで女性だけこんな優遇措置があるんですか?」って聞かれたりね。彼も全然悪気はなかったと思うんですけど。

    でも、別に「女性に優しい」ことを目指したわけじゃなくて。組織運営上も意味があると思ったんです。

    彼にも、「多分、こうしないと優秀な人材が集まってこない、残らない時代になる。全体のためにもいいんだ」「人権の問題でもあるけど、会社経営として意味があるんだ」と答えたと思います。

    クラウドファンディング開始を明日に控え余念がありません。 我が劇団の制作陣たちです。 私は最近、この人達を羨望と尊敬の眼差しで見てます。 仕事が早い!細やか!体力ある!柔軟! どんなに忙しくてもTwitterの相談に乗ってくれる! そんな制作陣も明日のクラファン、ドキドキしてます!(村井)

    現実にこの10年、「青年団だと無理なく俳優を続けられる」と評判を聞いて受けにくる人はすごく多いです。実を結んでいる実感はとてもありますね。

    ――リクルーティングに直結しているんですね。

    とはいえ、演劇界が特別遅れているので、特徴的に見えるだけという面もあるんじゃないですか。多くの企業にとっては、すでに当たり前だと思いますよ。

    演劇の世界は、全体を見ると女性の方が圧倒的に多く、若手の才気あふれる演出家や役者には女性が目立ちます。でも、上の世代を見ると、僕を含め圧倒的に男性が占めている。

    少しずつ変わりつつあるとはいえ、まだまだいびつな、女性には厳しい構造だと思います。

    常に代役がいる、という強み

    ――「会社経営として意味がある」という点についても、もう少し詳しく教えてください。

    青年団は同じ演目を繰り返し上演するレパートリー劇団なので、同じ役でも演じる俳優が変わっていくんです。どの劇団でも「この役はこの人しかできない!」となる瞬間は必ずあるものですが、それでもいつか違う誰かが演る時がくる。

    常に代役がいることは組織として強みであり、リスクヘッジでもあるんです。出産や育児で「抜ける」ことに対応できるようになると、他の不測の事態にも強くなります。

    ――なるほど。誰か一人のためでなく、組織のためと捉えると、周りの受け止め方も変わりそうです。

    そうそう。「妊娠しました」の報告に、同僚たちがちょっとでも「え?」「困るんだけど……」という空気を出すのが一番ダメ。

    子どもを持つこと自体を躊躇しちゃうでしょう。大事なのはまず雰囲気です。

    この1年以内でも、役が決まっていて妊娠した人が3人くらいいますよ。日本特有の謙虚さで「座組の方にはご迷惑おかけしますが……」なんて言いますが、周りの連中は迷惑って全然思ってない。よくあることだから。

    それが当たり前になると、いい意味で慣れて、みんながスムーズに対応できるようになるんです。


    <第3回は、演劇界に根強く残るパワハラ・セクハラをどう防いでいくかを聞きます。>

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    平田オリザ

    1962年、東京生まれ。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」結成。劇作家・演出家として活躍しつつ、演劇教育にも深く関わる。

    戯曲の代表作に『東京ノート』『その河をこえて、五月』『日本文学盛衰史』など。著書に『演劇入門』『芸術立国論』『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』など。3月に『22世紀を見る君たちへ これからを生きるための「練習問題」』を刊行した。