「東京で子育てって、もう限界じゃないですか?」平田オリザが東京“ではない”場所に劇場を作る理由

    「明らかに子育てと演劇を両立しやすい」「東京一極集中の現状に、一矢報いたい」……決断の背景を聞きました。

    平田オリザさんが主宰する劇団「青年団」が、本拠地を東京・駒場から兵庫・豊岡市に移転する。

    この数年でじわじわ “演劇のまち”として知られつつある豊岡。2014年に城崎温泉街にオープンした滞在型創作施設・城崎国際アートセンター(KIAC)は、世界中から一流アーティストたちが入れかわり立ちかわり訪れる。

    海外からの注目も高く、たった数年で、地方自治体における文化政策の成功例となった。

    劇団の移転にあたって、新たな拠点となる「江原河畔劇場」設立のためのクラウドファンディングをMakuakeで開始。開始から1カ月で1000人以上から、3000万円を超える費用を集めている(現在も受付中)。

    日本を代表する劇作家である平田さんの新たな挑戦。演劇ファンや地域の人々の高い期待を感じる大きな金額だ。

    平田さんは、検討段階からKIACに携わり、現在も芸術監督を務めている。豊岡と演劇の結びつきをゼロから作り上げてきた張本人でもある。

    2021年4月には、演劇やダンスを専門に教える日本初の公立大学(兵庫県立国際観光芸術専門職大学・仮称・認可申請中)の学長にも就任予定だ。

    2020年の今、東京「ではない」場所を創作の地に選んだ理由は。東京ではなく地方「だからこそ」できることをどう考えているのだろうか。

    「東京以外」を選ぶ意味

    ――豊岡への移転は、いつ頃から考えていたのでしょうか。

    豊岡に限らず「東京以外で」を考え始めたのは、かなり前からですね。

    2007年、埼玉県富士見市にある劇場の芸術監督の任期を終えた後には、劇団員に「今後、地方から芸術監督の声がかかった時、条件が合えば移転する可能性があります」と伝えていました。

    ――10年以上前からなんですね。外から見るとかなり思い切った決断に見えますが、平田さんとしては自然な流れだったのでしょうか。

    いや、それはもちろん大きな決断で、迷いもありました。今も「どうなっちゃうのかな」「うまくやっていけるのかな」と不安は大きいです。

    よくも悪くも、今の日本は東京に文化芸術に関する資源が集中していますからね。でも、地方移転はその不安をはるかに超える魅力がありますし、団員たちもそう感じていると思います。

    マスコミ向けには向こう5年くらいで20家族、50人程度が移住する予定と話していたのですが、2020年いっぱいで、子育て世代を中心に10家族30人以上が豊岡に住み始めることになりそうです。

    想像したよりもかなり早いペースでついてきてくれました。

    子育てと演劇の両立を目指して

    ――それはどういう理由なんでしょう?

    明らかに子育てと仕事を両立しやすい環境だからですね。

    青年団はずっと「子育てをしながら俳優活動を続けられる劇団」を目指してきたので、その意味ではおっしゃる通り、自然な流れと言ってもいいかもしれません。

    東京で子どもを育てるって、今もういろんな意味で限界じゃないですか。

    保育園に入るのがまず激戦で、のびのび遊べる場所もほとんどない。両立以前にまず子育てでいっぱいいっぱいですよね。

    その点、豊岡は、助け合える地域コミュニティーがあって、子どもが遊べるスペースも広々とある。そして職住近接できる。

    例えば、今僕が住んでいる家は、劇場兼稽古場から徒歩2分。これはもう……ものすごく楽です(笑)。

    新しくできる劇場はスタジオが2つあるので、「稽古中は子どもたちに別の部屋で遊んでいてもらう」も可能です。スタッフが誰か1人ついていれば仮設のキッズスペースになる。東京ではそんな風に贅沢に空間を使うのはなかなかできません。

    外からやってくる「アートさん」

    ――他に、東京「ではない」場所で制作するメリットはありますか?

    一番大きいのは、お芝居に集中できることですね。東京だと満員電車に乗るだけで消耗しますから。

    集中して5〜6時間稽古しても、電車に揺られて家に帰るまでに感覚が抜けちゃう。稽古場と劇場と自宅が近くにあれば、気持ちを切らさないでいられる。それは何より大きいです。

    ――城崎国際アートセンターは、まさにその創作と宿泊が同じ空間で可能な施設ですよね。

    城崎国際アートセンター(KIAC)

    城崎温泉街に位置するスタジオやホール、宿泊施設が一体になったアーティスト・イン・レジデンスの施設。審査を経た団体が、最長3ヶ月まで無料で滞在・利用できる。世界中から常にアーティストが訪れており、演劇やダンスの公演も多数行われるなど、豊岡市の文化と国際交流の拠点となっている。

    そうですね。城崎国際アートセンターの成功と、そこから生まれた街の雰囲気は移転を決める上でとても大きかったです。

    城崎の皆さんは、世界中からやってくるアーティストの皆さんを「アートさん」と呼んで親しんでいるんです。素敵でしょ? 僕ら青年団も新たな「アートさん」として温かく迎えてもらえるのだろう、と思えました。

    「憧れだけで東京に行かせない」

    ――市民の皆さんにとっても舞台芸術との距離が縮まっているんですね。

    「演劇のまち」という意識は、ゆっくりですが確実に高まっているように思います。

    豊岡市では、3年前からすべての小中学校でコミュニケーション教育の一環として演劇教育を取り入れているんです。

    「なぜ全校で?」とよく聞かれるのですが、答えは「それが世界標準だから」

    というのも、豊岡市のモットーが、「東京標準でなく世界標準で考える」なんです。演劇教育は、多くの先進国で当たり前のように取り入れられています。日本で、東京でやっていないのがむしろ異端なくらい。

    東京に合わせずに、世界規準のよいものから学ぶ。KIACが立ち上がる際も、中貝宗治市長に「東京で人気の演目をやってもらう必要はまったくない」「世界標準で魅力的なものをやってほしい」と強く言われました。

    ――たった数年で大きな変化ですね。とはいえ、それをすぐに「国」あるいは「東京」に導入できるかというと、巨大すぎて動きにくい部分もありそうです。

    本当に! 地方都市は、市長と教育長のやる気があれば明らかに変わる、その手応えがあります。

    豊岡の皆さんにとって僕は「演劇の先生」なんですよ。こないだもスーパーで買い物していたらレジ打ちの女性に「平田さん! うちの孫が演劇の授業大好きで!」と話しかけられて(笑)。

    それくらい演劇を身近に感じてもらっている、あって当たり前のものになってきているのってすごいなぁって。

    ――世代を越えて! クラウドファンディングのリターンにも、高校生の観劇無料、児童劇団の創設と、若い世代をターゲットにした施策が多いです。

    まだ詳細は決定していませんが、小学生を中心としたキッズチームと、中高生を中心としたシニアチームを作る予定です。

    一番の目的は、放課後や週末の子供の居場所づくりです。塾や習い事の代わりに、安心して子供を預けられる場所。そして子供ものびのび遊べる場所を目指します。

    参加費は原則無料です。劇遊びから徐々に本格的な舞台発表までつなげていければと思います。

    豊岡に限らず地方都市はそうなのかもしれませんが、地域全体で子どもを育てなきゃ、という気持ちがとても強いんです。

    「集めたお金で、子どもたちのためになることをしたい」と言った時に「高齢者も無料にしろ」なんて人はまずいない。むしろ「俺たちはもっと出すから子どもに還元してやってくれ」という人ばかりです。

    今、豊岡の子どもたちの7割が18歳で進学や就職のために出ていきます。それはなぜかというと、「東京には何かありそう」という漠然とした憧れなんですよ。

    豊岡から世界にダイレクトにつながれば、若い頃に視野を広く持つことができれば、「なんとなく」東京を目指すことは少なくなると思うんです。

    市長がよく言っているのは、「目的を持ってパリやニューヨークに行くならいいけど、憧れだけで東京に行かせない」。いいですよね。

    ――単に「演劇で街を盛り上げよう」「これからの時代、コミュニケーション教育って大事だよね」に留まらず、もっと大きなものにつながっているんですね。そこに生きる人々のアイデンティティーを育てるというか……。

    まさにそうですね。まずは住んでいる人に、自分の街に誇りを持って面白がってもらう、それが「地方創生」のあるべき姿だと思っています。

    東京生まれが圧倒的に有利な現実

    ――先ほど「演劇教育は世界標準」というお話がありましたが、長くコミュニケーション教育や文化政策に携わる平田さんから見て、日本の変化のスピードはどう感じますか?

    微妙だなぁ(笑)。僕は結構楽観的なので「後退しなきゃいいや」、くらいですかね。

    こういうのって、やっているところがだんだん増えて目立っていくと、ある時一気に全面展開する、それが当たり前になるものなんです。とはいえ、「もうちょっと」と言い続けてもう20年ですけど。

    ――演劇をはじめとした文化資本は今どうしても東京に一極集中しがちです。今回の移転にはそのあたりへの問題意識もあるのでしょうか。

    「なんとかしたい」ほどの大それた覚悟はないです。僕らだけでそんな大きなこともできませんしね。でも……「一矢報いたい」くらいはあるかもしれないなぁ。

    身体的文化資本の面では、今は東京に家がある人が圧倒的に有利ですよね。

    美術館や映画館、劇場の数も圧倒的に多くて幼い頃から触れるチャンスがある。演劇を続ける場合も、経済的に「実家に住む」選択肢があります。

    生まれ育つ場所で明らかに文化格差がある今の状況がいいとは、多分みんな思っていないでしょうから。

    江原河畔劇場というチャレンジが、何か少しでも次の世代につながればいいなとは思っています。

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    平田オリザ

    1962年、東京生まれ。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」結成。劇作家・演出家として活躍しつつ、演劇教育にも深く関わる。

    戯曲の代表作に『東京ノート』『その河をこえて、五月』『日本文学盛衰史』など。著書に『演劇入門』『芸術立国論』『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』など。3月に『22世紀を見る君たちへ これからを生きるための「練習問題」』を刊行した。