「会社に命じられた転勤を断れない」のは現代のサラリーマンだけではない。その昔、武士たちも幕府の無茶ぶりに苦しんでいたことをご存知だろうか?
江戸時代の藩士たちの“引っ越し”のドタバタを描いた映画『引っ越し大名!』が8月30日に公開される。
監督は『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』などの代表作を持つ犬童一心、原作・脚本は『超高速!参勤交代』の土橋章宏。犬童監督にとっては、『のぼうの城』以来7年ぶりの時代劇となる。
「こんな高橋一生さんが見たかった!」
時は江戸時代、舞台は幕府から国替え――つまり、お国まるごとの“引っ越し”を命じられた姫路藩。
藩士やその家族計1万人とともに、城いっぱいの家財道具を抱えた600キロの大移動という、莫大な資金と労力が必要な一大プロジェクトが走り出す。
主人公は、総責任者である“引っ越し奉行”を任された片桐春之介(星野源)。
幼馴染の武芸の達人・鷹村源右衛門(高橋一生)、前任の引っ越し奉行の娘・於蘭(高畑充希)とともに、この難局を切り抜けていく。
「国替え」という史実を元にした時代劇でありながら、誰もが楽しめる娯楽映画でもある。
「昔のことは誰も知らないから、逆に想像力を駆使して面白くふくらませられるのが時代劇のいいところ。現代劇だと“やりすぎ”になってしまうキャラクターも馴染むんです。例えば(高橋)一生くんの鷹村みたいな侍、絶対現実にはいないよね(笑)」
監督自身も「まさに時代劇だからできるブッ飛び方」と太鼓判を押す鷹村は、大声でガハガハ笑い、気弱な春之介に発破をかける、体力自慢の明るいキャラクター。
高橋さんの知的でスマートなパブリックイメージと異なる役で新鮮だ。試写を見たファンからは「こんな一生さんが見たかった!」という声も多い。
「僕が一生くんのことをすごい! と思ったのは『シン・ゴジラ』の安田。会議室の中であることに気づいて突然走り回る、そのシーンの演技が抜群によくて、大好きで」
「この人は絶対デキる俳優だ、彼なら相当やれるぞ! とお願いしたら、僕が思っている以上にやりきってくれた。鷹村は一貫して成長せずバカなんだけど、そこがまたいい(笑)」
「ありえないくらい人を斬る」娯楽時代劇の呼吸
終盤、迫力の大立ち回りでは、鷹村が巨大な「御手杵の槍」を使ってダイナミックな殺陣を披露する。
「このシーンでこだわったのは、絶対にありえないくらい人を斬りまくること。中途半端に殺すとリアルになっちゃう」
「だから、血しぶきも出ないし、死体も残らない。斬られたはずの人も、次の瞬間にはいきなりいなくなっている(笑)。これが娯楽時代劇の呼吸ですよね、ミュージカルのダンスシーンのようなイメージで撮っています」
星野源だからできる、スマートなダメさ
対して、春之介(星野)は、本を愛する人付き合いが苦手な引きこもり侍。ひょんなことから引っ越し奉行を命ぜられ、右往左往する中で、徐々にリーダーとしての才能を開花させていく。コメディ要素の強いストーリーだが、一人の青年の成長物語でもあるのだ。
「星野さんは細かい仕草、例えば転び方とかが本当にスマートでうまい。春之介が城内を『まいったなぁ』とうなだれながら歩いていて、何もないところでコテッとつまずいてしまうシーンがあるんですが、星野さんはこの一連の動作をとても自然にやるんです」
「一瞬のつまずきで、見ている人に春之介のダメっぷりと愛しさがビジュアルで伝わるし、後々まで頭に残る。星野さんは何気なくやるけど、わざとらしくなく自然に笑えるようにやりきるのは本当はすっごく難しい。でも、彼には難しくないんだよね。できるからさらっとやっちゃう、すごいよね!」
紅一点は、強くたくましく生きる女性に
高畑演じる於蘭は、原作小説からキャラクターが大きく変わっている。原作では楚々とした控えめな独身女性だったところが、やんちゃな一人息子がいるバツイチに。強さと可愛らしさを併せ持つ年上女房として春之介を引っ張っていく。
「於蘭は『春之介が伴侶に迎えるならどんな人だろう?』というところから考えていきました。成長した彼がずっと一緒にいたいと思える人は、お互い対等でいられる大人の女性なんじゃないかって」
「江戸時代は男尊女卑、ひどい女性差別の時代。そんな中でも強く生きるたくましい女性を、時代劇だからこそ出したかったんです」
監督自身の高畑への印象も反映されている。
「高畑さんのことは10代の頃から知っているんですが、最初に会った時から『怒られたい』感じがあるんですよね(笑)。厳しそうとか怖そうって意味じゃなくて、本当の意味で芯がある人だって伝わってきて、こっちも背筋が伸びる」
ミュージカル風と思いきや…まさかの下ネタ?
『のぼうの城』と同じく、今回も劇中で「引っ越し唄」と題した歌と踊りのシーンがある。「物語をつなぐのに、場面の変わり目に字幕を出したりしがちだけど、それじゃつまらない」。振付は『のぼうの城』に続き、野村萬斎が手掛けた。
「萬斎さんは忙しい人だから、宿題にすると一切考えてくれないの(笑)。その分、一緒にいる間はすごく真剣だし、必ずいいアイデアが出せる人。直接稽古場にうかがって、目の前でひたすら待つ。それが萬斎さんとうまく仕事するコツです」
「萬斎さんが、時代劇で笑える踊りを作る時は絶対下ネタなんだよね。娯楽がない時代にみんなが共通に笑えるのって下ネタだから」
「なので、『今回も下ネタになっちゃうのかな?』と思って打ち合わせに行ったら、予想通り『うん、ここは下ネタですかね』って、もう最初から(笑)。劇中の踊り、出だしからそういう感じだもんね。萬斎さんは、自分がやれば何をやっても下品にならない自信があるので堂々とできるんです。自分が上品だからね!」
“友達同士感”にジェネレーションギャップ
メインキャスト3人だけでなく、及川光博、小澤征悦、濱田岳、松重豊と脇を固める共演陣も名優ばかり。撮影の合間も和やかに過ごしていたそうだが、犬童監督が特に印象的な光景があったという。
「星野源、高橋一生、濱田岳の3人は、撮影の合間に世間話しすぎ! びっくりしちゃった。ずーっと楽しそうに、何気ないネタを見つけて延々しゃべっているの。それがあまりにも友達同士の会話なんだよね」
「大人の男が集まってあんな風にワイワイ楽しくおしゃべりしているの、今まで嵐しか見たことないですよ! でも、彼らはそもそもグループじゃない? その上小さい頃から一緒にいるし、わかるな、って思ったんだけど」
「これって世代の問題なのかな? 俺らの世代は仕事仲間とあんなにフラットでゆるい空気でいられなかった気がします。羨ましいというか……時代が変わったのを感じました」
「もちろん、僕も同世代の仲の良い仕事仲間はいるんですよ。でも、あくまで映画好きで集まって映画の話をしている感じだから」
「……あ、もしかして映画の話ばっかりしすぎてきたのが悪かった? もう今日から話すのやめようかな!?」