和田華子さん、32歳。職業は舞台俳優。役者として作品に出演する傍ら、個人として「俳優・劇作家・演出家・制作者に向けたLGBTQ勉強会」を精力的に行っている。
コロナ禍でもオンラインで活動を続け、現在は多い時に週1回ペースで開催。2019年秋に知り合いを集めて小さく始めた会だが、口コミで評判が広がり、延べ参加人数は200人を超えた。
勉強会を始めた目的は主に2つ。1つは、LGBTQへの理解を深め、よりよい作品づくりに役立ててもらうこと。もう1つは演劇界を性的マイノリティーがもっと働きやすい場所にすることだ。
和田さん自身もFtMトランスジェンダー(性自認が男性で、出生時に割り当てられた性別が女性)であり、自分が俳優として「働く」上で「同じ職場」の人に知ってほしいことを伝えている。
「同性愛者の苦悩、生きづらさを作品のテーマにしながら、実際の稽古場では性的マイノリティーの存在がまったく想定されていないことも少なくありません。作品内で描く理想と現実のズレに年々違和感を感じるようになってきました」
「ここにいる数十人の中にもしかしたらいるかもしれない、と想像して場作りをしてもらえるだけで、働きやすさはまったく変わってくる」
「カミングアウト、というと、涙を流して抱き合うような感動物語を連想されることも多いですが、私たちが職場や同僚に望むのは、もっと淡白で事務的なこと。感情に寄り添う前に、基礎的な知識を知ってもらうことで、そのあたりの温度差を埋めていければと思っています」
「ゲイの友達がいるからわかる」わけじゃない
和田さんが勉強会を始めた背景には、LGBTQがメインキャストとなっている映画やドラマ、舞台作品が日本でもかなり増えてきたことがある。
演出家や劇作家が作品のテーマとして扱ったり、俳優が自身と違うセクシュアリティーの人物、親子や同僚にあたる役を演じたりする可能性が高まってきた。
「例えば、ある時代を舞台にした作品を作る際は、当時の時代背景や風俗について、特定の職業を描く時は彼らの働き方について、正しい知識を学ぶのが当たり前ですよね。ですが正直、性に関する理解や勉強は個々人に委ねられているのが現状です」
「ゲイの友達がいるから大体わかるよ」「テレビに出てるオネエタレントを参考にした」「異性愛者の自分と“逆”をやったらいいんでしょ」
勝手な思い込みで作られ演じられた、偏見やステレオタイプを助長するような作品を、和田さんも何度も目にしてきた。
勉強会ではそんな不幸を避けるため、まずは作品を作るために最低限必要な基礎知識を持ってもらうことを目指している。
LGBTQに関する最近のニュースの解説、「LGBTQ」の頭文字はそれぞれ何を指しているか、「オカマ」「ホモ」「そっち系」などの言葉はなぜ避けるべきか……これまで受講してきた参加者の質問も織り交ぜながら、基本的なところから丁寧にレクチャーしていく。
参加者からは「なんとなく知っていた言葉の輪郭がはっきりした」「LGBとTがごっちゃになっていたことに気づいた」などの声が寄せられる。
和田さんと同年代を中心とした俳優たちの参加が多いが、年代やポジションはさまざま。
50代や60代の劇団主宰者や劇作家、舞台の現場に欠かす事の出来ない「制作」サイドの人(予算の管理や楽屋の割り振り、宣伝などの業務を一挙に引き受ける役割)も増えてきた。
「私は昭和63年生まれですが、ジェンダーについて学校で習ったことはほとんどありません。私より上の世代だったらなおさらですよね。なので、知らないことは恥ずかしくない、悪くない、と毎回強く伝えるようにしています」
「私たちはいいんですよ。でも…」
京都の大学で演劇を学んだのち、上京し、本格的に俳優として活動し始めた。京都時代は周囲にゲイやレズビアンの当事者も多く、自身がトランスジェンダーであることも「ほとんど隠したことがなかった」と振り返る。
師事したトレーナーも理解があり、話しやすい環境だった。女性更衣室での着替えが難しいと相談した時は、保健室での着替えを了承してくれた。和田さんの一人称を矯正したり、からかったりすることもなかった。
しかし、そんな人ばかりではない。「大学の外に出て、私がいた場所がたまたま生きやすい環境だったんだなと思いました」。
ある養成所では、入所を検討している段階で呼び出され、こう言われた。
「私たちは全然大丈夫ですよ、あなたみたいな人がいても。でも、周りの生徒さんはどう思うかわからないでしょう? 」
「(トランスジェンダーであることを)隠して過ごせるのであれば願書を受理します」
「ここでは僕、俺という一人称は使わないで。常に『私』と言うと約束してください」
結局、この養成所には入所することはなかった。
寄り添う気持ちがあっても、それはダメ
この数年で性的マイノリティーをめぐる状況はだいぶ改善しているとはいえ、こんなことがもう起こらないとは言い切れない。
近年は、理解しよう、受け入れようという気持ちが先走ったゆえのカジュアルなアウティング(本人の許可なく、他人のセクシュアリティーを第三者に吹聴すること)の被害も悩まされていると言う。
「あの人は絶対理解があるから平気だよ!」「話が早いだろうから先に伝えておいたよ」
明確な悪意や差別意識があるわけではなく、むしろ「よかれと思って」「私たちはわかっている側だから」という一見ポジティブな気持ちから生まれるからこそ防ぎにくい。
「マイノリティーに寄り添う気持ちがある人はたくさんいる。ただ、その気持ちと知識の釣り合ってなさが本当にもどかしくて……」
「LGBTQに関する話題が世の中に増え、理解したいと思う人が増えているからこそ、いくら善意でもそれはダメなんです! という点はちゃんと伝えたいと思っています」
和田さん自身も「当事者」だが、勉強会では自分の経験や半生を語ることはあえて重視していない。「“身の上話”をすると、どうしても感情的に聞かれてしまって、逆に言いたいことが伝わらないので」と実感を語る。
「親子や恋人ならまだしも、職場の人には『自分の存在を丸ごと受け入れてほしい』とまで重たいことは思っていないんです。むしろ現実的に困っていること、改善できることを聞いてほしい」
働きやすい場を作るためにできること
「理解がある職場」とはどういう環境か? それを考える上で、今所属している劇団・青年団への入団面接は印象的だった。
「自分がトランスジェンダーであることはすでに伝えていたのですが、最終面接の中で『和田は具体的に何が困るの? お風呂? お手洗い? 着替え? どうしたらやりやすい?』とこちらから申し出る前に向こうから聞いてくれたんです」
「でも、面接って普通そのため――働く条件をすり合わせるためですよね。こうあるべきだし、こうやって聞いてくれるとありがたいな、と思いました」
「当事者が誰か分からなければ配慮しようがないのでは?」「何を工夫したらいいのか」。勉強会の参加者からは時たま戸惑う声も上がる。
カミングアウトしていなくても当事者は必ずいる。和田さんは、その前提で稽古場や職場を構築する事をすすめている。
男女更衣室以外に「空き部屋」を用意し、希望者は個室で着替えられるようにしたり、旅公演の時は大浴場だけでなくシャワールームを用意したり――。
ひとつ選択肢をプラスすれば、当事者はもちろん、生理中の人や他人に身体を見られることに抵抗がある人も安心できる。
ある会で、参加者の60代の男性が言った。
「自分は性的マイノリティーではないが、大浴場が苦手。でも『みんな好きでしょ、温泉』という空気に押されがち。自分もシャワーの選択肢があったらうれしいと思った」
「トランスジェンダー“だから”必要、ではなくて、みんなが選べるのが当たり前になったらいいですね」
和田さんはこう振り返る。
「この言葉はすごくうれしかったです。必要なのは、特定の誰かを特別扱いすることではなく、選択肢を提示すること、少しだけ広く想像力を持つことなんですよね」
「LGBTQを異物や腫れ物のように扱うのではなく、気持ちよく作品を作っていく上でどうしていくべきか、勉強会を通して一緒に考えていけたら」
表現する側の責任
演劇や映像には、人を動かす力がある。プラスにもマイナスにも。間違った描き方をすることは、少なからずマイノリティーへの偏見やネガティブなイメージを強めることにつながる。
「作品を超えて、その思い込みが全く関係ないところで暮らしている当事者たちの生活を圧迫する可能性だってある。現実に存在している人たちを描くというのは、そういうことですよね」
「表現を仕事にする人には、その責任の大きさを改めて感じてほしい。そして、使うならよりよい方向にその力を使ってほしいです」
和田さんは今後も不定期に、演劇・映像・表現に関わる人に従事している人向けの勉強会を開催していく予定だ。依頼があれば、個人や団体・会社単位でも引き受けている。連絡はTwitterから。