「愛があれば大丈夫」なんて言わせない。今なおパワハラ・セクハラが残る映画業界で、ある監督が声を上げた。

    「それは指導でも教育でもなく、マウンティングと考えます」。暴力やセクハラが根深く残る映画業界。一人の監督が、個人のSNSで発表したハラスメントに対する「心構え」が注目を集めている。

    『淵に立つ』などの代表作を持つ映画監督・深田晃司さんが、映画の現場でのパワハラ、セクハラを防ぐための「心構え」をステートメントとしてTwitterで発表し、話題を呼んでいる。

    突然ですがハラスメント等についての覚書のようなステートメントを書きました。企業なら会社の公式サイトに理念として掲げられますが、私は個人の映画監督ですのでSNSの場を活用させて頂きます。突然と書きましたが、本当はもっと早く書きたいと思っていました。気持ちとしては結構切迫してます。

    全文は記事末に記載

    パワハラ・セクハラが根深く残っているとしばしば指摘される映画や演劇業界。

    監督やプロデューサーと、俳優やスタッフとのあいだでは、キャスティングやスタッフ採用においてどうしても権力や上下関係が発生しうる。「よりよい演出のため」という名目で、指導に罵声や暴力が伴うことも少なくないという。

    今回このステートメントを公開した理由、映画業界におけるハラスメント対策をめぐる現状をどう見ているかを深田監督に聞いた。

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    深田晃司監督/1980年生まれ。大学在学時より映画美学校にて映画制作を学ぶ。2005年、平田オリザ主宰・劇団青年団に演出部として入団。2016年『淵に立つ』が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞。最新作は『よこがお』。現在放送中のドラマ『本気のしるし』では演出を手掛けている

    殴られ蹴られるのは「当たり前だと思っていた」20代

    ――今回このステートメントを作成するに至ったきっかけを教えてください。

    前提として、私は20代の頃から撮影現場の労働環境の問題について比較的強い関心がありました。

    自分自身の経験で言っても、21歳の頃に入ったある映画の装飾助手の仕事の際に、上司にあたる助手の先輩から連日殴られたり蹴られたりしました。

    しかし、その頃はそれが当たり前なのだろうと思っていましたし、自分が仕事ができないことに引け目も感じていて仕方がないとも思っていました。

    その後、自主制作で映画を作り、海外の映画祭に呼ばれ話を聞いたり、他国の事例を耳にするうちに、自分が当たり前だと思っていた環境が当たり前ではないと思うようになりました。

    2005年に演出部として入団した劇団「青年団」のハラスメントに対する厳しい規約を知ることができたことも私の意識を変えるうえで大きかったです。

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    今回、SNSにこのようなステートメントをアップした理由は、私の映画の現場からハラスメントや暴力をなくすため、私自身の考え方をこれから仕事する可能性のある人たちと共有するためです。また、私自身が加害者にならないよう自戒の意味も込めています。

    映画の撮影の現場はフリーランスの集まりです。そのため、一般企業のように組織としての緊密な関係の中でハラスメントや労働環境についてのリテラシーを共有し向上させていくことは難しいです。

    毎回、自分が見知っているキャスト、スタッフとのみ仕事ができる訳ではなく、プロデューサーと一緒にそのときどきの製作条件に合わせて決めていくことが通例です。

    そのためにも、自分のハラスメントに対する立ち位置を明確にした方が、今後の創作の環境に良い影響が出ると考えました。結果として、こういったステートメントの発表が、まわりまわって業界全体のリテラシーの向上に結びつくことも期待しています。

    「愛があれば大丈夫」を許さない

    ――「愛があれば大丈夫」「あなたのためを思って言ってる」という言葉など、具体的な描写も含まれています。 あえてこのように記した意図はありますか?

    一緒に映画を作る同僚を厳しい口調で罵倒すること、怒鳴ることをしません。「愛があれば大丈夫」「あなたのためを思って言ってる」という言葉も忌避します。それは指導でも教育でもなく、マウンティングと考えます。

    これらは実際、この手の問題について話しているとよく耳にする言葉です。

    ステートメントにところどころ具体的な表現を挟んでいるのは、ハラスメントや体罰をどう捉えるか、曖昧な理念だけだと認識の共有が難しいからです。

    「ハラスメントはダメだよね」「手を出すのはよくないよ」と同じ意識で話し合っていたと思ったら、「そこに愛がなければダメだよ」と突然条件付きOKな話をされ戸惑うことも良くあります。

    私は条件付きOKで体罰を認めることはしたくないので、なるべく具体的な言葉にしました。

    ――特に書き方に悩んだ項目、絶対に言葉にしておきたかった項目などはありますか?

    基本理念である「年齢や経験値に関わらず他者を一個の人格として尊重しながら行動すること」という一文は欠かせないと思いました。

    また、こういった議論になると、「よい作品にするため」とクオリティの向上がハラスメントの正当化に使われることが多々あるので、それも否定しておきたいと思います。クオリティとハラスメントの問題は、そもそも問題の本質が違います。

    映画のクオリティを上記の行動の言い訳にしません。仮にそれによって映画のクオリティが上がったとしても、それはドーピングによって得られた結果と同様のものと考えます。

    自分には優しい誰かが「加害者」かもしれない

    ――「本当はもっと早く書きたいと思っていました。気持ちとしては結構切迫してます」というツイートの結びにはどんな思いがあるのでしょうか。

    上述のように私自身は2000年代よりこの問題に関心がありましたし、ずっとこういった意思表明は行いたいと思っていました。

    ただ、私が監督した現場で働くスタッフから「別の現場で最近殴られた」という証言をここ1年の間に数件耳にしたこと、また逆に座組の人間がハラスメントの加害者になっている可能性を知ってしまったことにも背中を押されました。

    誰かにハラスメントを為す人間も往々にして私には優しい顔を見せます。そのため、現場の死角で何が起きているか監督が知り得ないことも多いです。

    そういった中で、私の友人知人の映画関係者に最も広く迅速に注意喚起を促せる方法を選びました。

    実際、TwitterやFacebookで広くリツイート、シェアという形で賛同をしてもらい、中には多くの映画関係者、演劇関係者がいました。自身のスタッフからも何名かから賛同する声が届きました。

    まずは、話しやすい環境を作ることから

    ――監督の現場で、ハラスメントの相談や報告をしやすいよう設けている具体的な対策はありますか。

    ケースバイケースですが、まず、最初のスタッフが全員集まるミーティングで、ハラスメントへの注意喚起を口頭ないし文書で行います。合わせて、何かあったときは遠慮なく私や、私ではなくとも身近な話しやすい人に相談するように話しています。ただ、ハラスメント通報部署を明確に設けているわけではないので、今後はそういったことも考える必要があります。

    現状は、①事前に全体にハラスメントへの注意喚起を行う、②抱えている問題を話しやすい雰囲気作りをする、③ハラスメントに気づいた時点で注意を促す――といった方法しか取れてはいません。

    しかし、②は案外に重要で、監督の大事な仕事のひとつは現場の雰囲気作りです。往々にして「自分が被害を訴えたら現場が止まりみんなに迷惑をかけてしまう」という不安が被害者に口を閉ざさせてしまいます。そうはならないよう、できるだけ風通しの良い現場を作りたいとは思っています。

    ちなみに私の座組ではありませんが、最近若い俳優から演劇における労働問題について相談を受けたときには、労働組合を紹介しました。

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    「楽観的な状況ではない」根深く残るハラスメント

    ――今回あえてこのように文書にしたということは「映画業界全体にはまだまだこのような状況がある」ように監督には見えているのでしょうか。

    はい。そう思っています。

    少なくとも20年前に比べればそれなりに改善されてきた――特に若い映画人で横暴な振る舞いをする人は減った気がします。しかし、「もう手を出すような人はいない」と楽観できる状況ではないと思います。

    私の現場で暴力を振るうようなスタッフはいませんが、しかしそれはたまたま私の視界にないだけで、話としてはまだまだ耳にします。

    ――社会的にパワハラ、セクハラへの目が厳しくなる中、未だに「殴られる」ような明らかな暴力が珍しくないことに正直驚きました。

    映画の演劇の世界は、作品のクオリティがハラスメントの免罪符になりやすいことや、仕事の獲得や円滑な集団創作の維持のために人と人の繋がりが重要になるため、人間関係を壊すようなアクションを忌避する傾向にあるのではないかと思います。つまり、被害者の告発をためらわせたり、加害を見過ごさせてしまったりします。

    また、これは映画や演劇の世界に限りませんが、力関係の差異をベースにしたハラスメントをする人の多くは必然的にキャリアが長かったり年長だったり、ある組織や集団創作において代替の難しい重要な役割を担っていることが多いはずです。

    そういった人がハラスメント加害者として告発を受けたとき、つい組織は告発した被害者よりも組織やクリエイティビティの安定を優先し、問題を先送りにしがちです。

    例え、自分個人にとっては問題のない人物であったり創作に貢献をしてきた人であっても、その彼(彼女)に重大な加害が発覚した際に被害者の側に立った判断や決断が行えるかどうかが重要だと思います。断腸の思いになるかも知れませんが、安心して働ける業界を作っていくためには必要なことです。

    私自身、とても不完全な人間で、清廉潔白でもありません。今後、自分が加害者にならないためにも、ハラスメントについての知見を更新していきたいと思っています。

    言うまでもありませんが、自分は聖人君子的な人間では全然ありません。人の気持ちを察せられず傷つけてきましたし自分自身の欲に今も昔も負けっぱなしです。それに八方美人なので面と向かって注意すること指摘することがかなり苦手です。だからこそこうして書面にしています。

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    深田監督の最新作『よこがお』予告編

    深田監督のステートメント全文は以下の通り。

    以下は、ハラスメント等についての覚書のようなステートメントです。

    映画作りを中心とした映像の仕事に関して、私(深田晃司)が私自身に課する心構えであり、また共に仕事する仲間に期待する心構えです。

    ・年齢や経験値に関わらず他者を一個の人格として尊重しながら行動します。

    ・映画の撮影現場において殴打などの暴力で感情を発散しません。またそれらの行為に対し教育的意義を認めません。

    ・一緒に映画を作る同僚を厳しい口調で罵倒すること、怒鳴ることをしません。「愛があれば大丈夫」「あなたのためを思って言ってる」という言葉も忌避します。それは指導でも教育でもなく、マウンティングと考えます。もちろん指導は必要です。それがどこから「罵倒」「威圧」になるのか、線引は曖昧ですが、その曖昧さを逃げ道にせず、常に相手の心を傷つける可能性を意識します。もし傷つけてしまったときはまず謝罪し、傷つけた相手の回復のために何ができるかを考えます。

    ・個人的な創作への意気込みや覚悟、人生観を他者に強要しません。

    ・映画のクオリティを上記の行動の言い訳にしません。仮にそれによって映画のクオリティが上がったとしても、それはドーピングによって得られた結果と同様のものと考えます。

    ・自分の立場を利用して相手の心身を服従させません。特に監督やプロデューサーのような立場にある人間が、自分よりも立場の弱い、年の離れた若い俳優やスタッフに対し、キャスティング、スタッフィングに関わることのできる強い立場を誇示しながらコントールしようとすること、特に性的な関係や男女の付き合いを求めることはあってはなりません(ただし自由恋愛まで否定はしません。ただ、自身の持つ種々の権力に十分に慎重でなくてはなりません。その立場を自覚的あるいは無自覚を装い利用するような行動を忌避します)。

    ・上記、当然私自身も強く自戒しなければなりませんが、私との映画作りに今後関わるプロデューサーの皆さんにも同じ態度を求めます。私は個人的な縁故から俳優やスタッフを決めることはありません。最終的にはすべて資質と人柄で判断します。

    ・仮に私の名前の持つ微々たる名声や、私の未来の映画が持つキャスティング権、スタッフィング権がセクシャルハラスメントに利用されていたことが明らかになった場合、そのスタッフ、プロデューサーとの仕事を取りやめます。

    ・ただし、風評のみで判断しません。当事者含む関係者への十分なヒアリング、調査を行ったうえで私自身の責任で判断します。

    ・以上の内容を、今後私自身の経験やリテラシーの向上に合わせて常に更新していきます。

    2019.11.12 深田晃司