「両親ともに医療従事者の高校3年生です。家族ぐるみで1年以上に渡って自粛生活を続けています」
「医療の現場だけでなく、周りの家族も日々これだけ我慢を強いられていると知ってほしいです」
中部地方に住む裕美さん(仮名)は、もし自分が感染したら、父母を通じて大規模な院内感染につながってしまうかもしれない――そんな不安を抱えながら厳しい自粛生活を続けている。
あの子たちはタピオカ片手におしゃべりしてるのに
母の勤める総合病院は、地域医療を支える大きな病院のひとつだ。ちょっとしたきっかけでウイルスが入り込み、院内感染が起こってしまうかもしれない。
新型コロナの患者を直接受け入れてはいないが、入院患者への面会禁止をはじめ、病院全体で厳戒態勢が続いている。
2020年1月末、裕美さんの家では世間の空気より早めに自粛生活が始まった。家族での外出や外食を極力控えるようになり、裕美さんも小学生の妹も、放課後や休日に友達と遊ぶのをやめた。
繁華街に遊びに出ることも少なくなり、服も買わなくなった。
「こんな時だからこそファッションやメイクで気分を上げよう!」と言われても響かない。雑誌を読んでも楽しくない。遊び歩いている友人たちとの温度差に辟易し、インスタのアカウントも消した。
映画を見るのが趣味だったが、混雑した映画館に行くこと、電車に乗って人の多い街まで行くことが億劫で、今も足が遠ざかっている。自宅で時間を持て余す裕美さんを見かねた父が、Netflixを契約してくれた。
「友達と長電話したり、ネトフリでいろんな映画を観たり、マイペースに勉強したり。寝る時間も多く取れてむしろ前よりも元気になったかも」
「なので、私個人としては正直そこまでしんどくなく、結構楽しく過ごしてるんです。が、やっぱり周りと比べてしまうと……モヤモヤしちゃう気持ちはどうしてもあります」
久しぶりに電車で移動している時に、同世代の女子がタピオカを片手に数人乗り込んできた。マスクを外し、時折ドリンクを飲みながら車内でしゃべっている姿を見て、急に悲しくなった。
「ああ、ああいう『普通の生活』を楽しめている子たちもいるんだ、親が看護師なだけでこんなに違うんだ」
「責める気持ちというより、『いいなぁ』『別世界だな』って感じ。私はカラオケもファミレスも生活からなくなった1年だったので」
娘すら感じた「差別」
母が勤める病院では、職員の県外への移動が制限されている。
昨年秋、裕美さんの推薦受験のために2人で名古屋に赴いた。母はその後2週間、万が一感染していた場合に備えて、勤務先の病院で同僚たちとは別室でお昼ごはんを食べたという。
医療従事者の家族であるという理由で差別を受けたことも忘れられない。
親子で通っていた美容院に予約を入れようとしたら、母がコロナ患者を診ているか聞かれた上、どの日を聞いても「その日は無理」と何度も断られた。裕美さんの友人は、後から同じ日にすんなり予約できたと知った。
「母も大変ですよね、ずっと緊張状態だと思います。時たま一人でホテルに泊まってくることもあります。そうやって息抜きしているみたい」
「でも、私や妹のような子どもはどうしようもない、逃げ場がない。子どもは親の職業を選べない」
「万が一自分が感染したら、家族だけでなく病院に、そして多くの患者さんたちに迷惑をかけてしまうかもしれない……そう思うと怖いです」
「医療従事者の皆さんの苦労はもちろんですが、周りの家族も生活が制限され、偏見の目を向けられているんだと知ってほしい」
ノーマスクの同級生にイライラ…学校でも緊張の日々
温度差は学校でも感じた。昨年3月には一斉休校となり、高2のクラスメイトとは挨拶もなく別れた。高3の1年で学校に通ったのは、6月から12月までの半年ほどだった。
「登校時はマスク必須ですが、休み時間にはノーマスクでしゃべったり、お弁当やお菓子を一緒に食べたり。久しぶりに友達と過ごせて楽しい気持ちもあったのですが、周りのゆるさにちょっと驚きました」
「『え、それダメでしょ?』とイライラしちゃう瞬間もあって。楽しい学校生活って感じでは正直なかったですね」
長い休校期間はマイナスに捉えられがちだが、裕美さんにとってはメリットもあったという。
「高2の最後は、いじめられ気味で居心地が悪かったので、休校期間に入ってむしろ気が楽でした。陰口叩かれたり、ものを隠されたりしないし、学校行かないだけでこんなにストレスないんだ! って」
「勉強面でも、オンライン予備校を使って自分のペースでできたので、むしろ学校に通うよりも成績は上がった気がします。こういう選択肢があるのはありがたいな、ラッキーだなと思う面もありました」
私たち、卒業式もなしですか?
4月からは名古屋の大学に進学することになっている。「楽しみよりも不安の方が大きいです。どんな大学生活になるのか」。
今は本来なら下宿先を探するなど新生活の準備を始める時期だが、まだまだ新型コロナへの厳戒態勢は収まらず、母も疲れきった日々が続く。そもそも、授業がオンライン主体だったら一人暮らしをする意味はあるんだろうか?
1年上の先輩たちには「キャンパスライフなんてないよ」と言われた。
「結局1回も大学に行ってない」「友達ゼロ」「念願の北海道暮らしだけど、全然環境を満喫できていない」……大学生活が楽しみになるような明るい話はほとんど聞かない。
区切りである高校の卒業式が実施されるかもわからない。クラス単位で小規模にやるかも、という噂も聞いた。
「成人式や旅行、政治家の会食はOKなのに卒業式はダメなんでしょうか? 黙って式典に参加するだけだし、地方をまたいで移動する人もいないし、終わったあと飲み会もしないのに」
「高校生活でしたかったこと、かぁ……。なんだろう? 高1、高2でもっと楽しんでおけばよかったな、とは思います。体育祭や文化祭で頑張るとか、みんなでカラオケに行くとか、そういう普通のこと」
「でも、結果論ですよね。こんな1年になるって誰も予想してなかったですし。未来にやろうと先延ばしにしたらダメなんだな、とは思いました」
またディズニーランドに行ける日まで
GoToトラベルで賑わっている京都の映像を、緊急事態宣言下でも往来の多い街の映像を見て苦い気持ちになった。
「経済回さなきゃ!って気持ちも、コロナと関係ないところで金銭的な理由で苦しむ人がいるのもよくわかります。仕事がなくなって生活が立ち行かなくなっている人の報道を見ると本当に辛い」
「だからこそ今、我慢できる人はちゃんとしてほしい。変わらず過ごせているのだとしたら、それが恵まれている証拠。さまざまな意味でしわ寄せが来ている人がいることを知ってほしいです」
裕美さんが最後に遠出したのは2019年末。親しい友人と東京ディズニーシーを満喫した。彼女もたまたま親が医療関係者だ。
「高校卒業する頃にまた来ようね、今度はランドに、と言ってたんですけど……ちょっと無理そうですよね」
「何より、なかなか終わりが見えないのが一番辛いです。約束した『また』はいつになるんだろう」