映画「3月のライオン」の前編が3月18日、後編が4月22日に公開される。
原作は、羽海野チカさんによる人気漫画。中学生でプロ棋士となった若き天才、17歳の桐山零が、将棋や周囲の人との交流を通して成長していく物語だ。
主演の神木隆之介さんをはじめ、佐々木蔵之介さんや加瀬亮さん演じる個性的な棋士の面々、零に複雑な感情を持つ義姉・香子を演じる有村架純さんなど、原作漫画から抜け出てきたようなキャスティングも話題を呼んでいる。
BuzzFeed Newsは、メガホンを取る大友監督にインタビュー。神木さんとの撮影のエピソード、漫画を実写化する上でのこだわりを聞いた。
脚本作りに1年以上
――連載中の原作を映画化する上で、難しい点はありましたか。
ストーリーが進行中という難しさもありますが、“豊かな物語”であることを映像でどう表現するかを苦労しました。
シリアスな勝ち負けの世界だけでなく、支えてくれる人たちとの温かい交流、向き合わなければならない家族との確執もある。その“豊かさ”をどう脚本に取り込むかをずっと考えていました。
いいエピソードも、いいキャラクターも多いので、どこを削るか悩みましたね……おじいちゃん棋士「松永さん」のエピソードなんかも個人的には大好きだったのですが。
結局、脚本は1年以上かけて練り上げていきました。製作プロセスの中で最も時間をかけています。
物語の核になるテーマは「桐山零の成長」。映画では、その縦軸をしっかり決めて、作り上げたつもりです。
彼自身のさまざまな面での成長を見せるには、1本では足りないと前後編に分けることを提案しました。
キャストが少しずつ決まっていく中で「これだけ素晴らしい人たちが集まるなら各人に見せ場をきちんと作りたい」と思ったこともありますね。それぞれの立場から、零くんに影響を与えていくわけですから、一人一人を大事に描きたい思いがありました。
後編の脚本作りでは、羽海野先生に、考えているラストとそこまでのいくつかのエピソードをいただいて、まだ原作では描かれていない部分にも踏み込んでいます。
――キャストが発表される度に「イメージぴったり!」の声が上がっていましたね。
実は僕個人としては、ビジュアルが似ている/似ていないは実はそんなに意識していませんでした。
もちろん原作の雰囲気は踏襲しつつ、芝居がきちんとできて、零に影響を与えられるほど、存在感が際立った役者であることを何より大事にしました。腕一本で活躍していく棋士という職業、現実でもすごく個性的な方々が多いので。
島田八段役の佐々木蔵之介さんは、製作サイドの希望としてお持ちしたら、羽海野先生から「佐々木さんの頭蓋骨をモデルに描いていた」という話が出てきてうれしかったです。
一番難航したのは、宗谷名人。地に足がついた“人間”として演じてもらえるイメージがなかなかわきませんでした。加瀬亮さんにお会いして「この人なら」と思いましたね。
「フィクションの申し子」を信じて
――神木隆之介さんのキャスティングは、監督の希望でもあったと聞きました。
そうですね、ごく最初の頃にプロデューサーに誰がいいかと聞かれて即座に「神木くん」と答えた覚えがあります。「子どもの頃からプロだった」部分でプロフィールが重なるのが大きかった。
僕は彼のことを「フィクションの申し子」だと感じていたんです。4、5歳の頃から俳優として、映画やドラマの現場で大人に囲まれて、架空の人物を生きてきた。母親に「あなたはプロなんだから泣きごと言っちゃダメ」と怒られたこともあるそうです。
零くんの「10代でプロ」の感覚って、きっと普通の人は共有できないはず。でも、神木くんならできると思った。僕らが思いつかない、思い至らないようなところで、彼だから発見できる感情や表現があるんじゃないかなって。
でも、その頃はまだ確信ではなく、これまでの彼自身の経験が参考に“なるかもしれない”という予感ですね。
――その予感が確信になったのは……。
「将棋しかねぇんだよ!」と感情を爆発させて叫ぶシーンは……すごかったですね。すごかった。
ああいう見せ場のシーンって、撮る側もうまくいくかなぁって考えちゃうんですが、神木くんにまかせて安心して撮れました。彼の演技があったのでほとんど迷わなかったです。撮る前は「カメラのアングルどうしようかな?」とか考えていたんですが、結局1アングル、5テイクくらいで終えました。
「思った以上の画が撮れた」とよく言いますが、それ以上に「ガチッとハマった」感覚でした。撮影スケジュール的にも終盤だったのですが、こっちも見ながら「ああ、零くんだ」と感動しちゃいましたね。
予告編にもこのシーンが登場している(50秒前後)
「実写化」を成功させるには
――原作ありきの実写映画は賛否両論になることも少なくありません。監督ご自身にプレッシャーはあったのでしょうか?
「るろうに剣心」が漫画原作、「龍馬伝」もある意味で坂本龍馬という熱狂的なファンがいる人物を題材にしているので、その意味では、これまでの作品で「そういうもんだよね」と構えられるくらいの余裕が僕の中でも生まれていたかもしれません。
言い方が難しいですが、原作に配慮しすぎるのって、単純に映像のクオリティを求めていく上では“邪魔”なんですよ。そこから離れるために最も大事なのは、やはり脚本です。
物語の核にあるものをきちんと見つけて、本質を捕まえられれば、それを元に俳優たちと映像を作り込んでいく作業になるんです。なので、早い段階で映画の作り方に持ち込む。目指すものを先に決めて、現場で試行錯誤していく時間を長くとるのが大事だと思います。
その方が、最終的には原作ファンにも喜んでもらえると思うんです。漫画と映画は別の表現ですからね。原作は尊重しつつ、引きずられないようにやる。
――確かに、前後編合わせて4時間40分の中で、ここまでのストーリーがきれいにまとまっていると感じました。取り上げられていないエピソードもいくつもあったはずですが、芯がしっかりあったからでしょうか。
「3月のライオン」は将棋の漫画ではなくて、戦いを通して彼がどう成長したか、何を得たかの物語なんですよね。ただ勝ち負けを描いているわけではありません。将棋しかなかった彼が、違う世界に目を向ける中で、彼の将棋自体が変化していく。
川本家の3姉妹と出会って、これまで触れてこなかった愛情に触れて、どう受け取ればいいのか、返せばいいのか悩む。
外に目を向ければ四季の移り変わりがあって、川本家と過ごす季節のイベントがあって、お盆には亡くなった人を弔って、元気がなくなったらごはんを食べて元気を出す。
その全部が零にとって大事な成長の糧だということを、映像できちんと伝えたかった。
羽海野先生はかわいらしくやさしい少女漫画風のタッチで描いているけれど、僕は僕のやり方で彼の成長に向き合おうと思いました。
運命の歯車が回る瞬間
――映画の中で、監督ご自身が好きなセリフはありますか。
「その答えは決してこの横顔に問うてはならない」「嵐の中で自らに問うしかないのだ」
この零のモノローグ(原作では4巻に登場)は、第1稿の完成間際に脚本に加えました。かっこいい言葉、というより、当たり前のことをきちんと言ってくれているフレーズで好きです。
僕も「映画監督になりたいのですが、若い頃は何をしていましたか?」と聞かれることがありますが、僕と同じことをしても同じになれるなんてありえない。結局、他の誰かではなく自分に問い続けるしかないんです。
そのシーンに限らず、零くんが“気づく”瞬間は美しいですよね。「3月のライオン」は、運命の歯車が回る瞬間を捉え続ける物語なのだと思います。
いろんなことが起こりますが、零くんの意思が明確にそこにあるかっていうとそうではないんですよ。何か大きなものに導かれるような、逆らわないように生きているような……。
零くんの将棋人生は、育ての父である幸田に「君は将棋、好きか」と尋ねられて「はい」と嘘をつくところから始まります。「自分にとって将棋とはなんなのか」、複雑な愛憎がずっとあり続けるわけです。
迷い悩み続けた先に、何があるのか。零くんが何かを知る瞬間を見守ってもらえればと思います。