「子どもの晴れの日に口紅ひとつない…」経済的に困窮する女性たちに化粧品を届けるプロジェクト。きっかけはシングルマザーの一言だった

    「化粧品を買うことができず悲しんでいる女性たちがいる一方で、行き場を失った化粧品が沢山ある。これはもう、両者をお繋ぎしない理由はないなと思いました」。プロジェクトを立ち上げた山田メユミさんはこう話します。

    品質には何ら問題ないものの、余剰在庫になってしまったり、型落ちしてメーカーに返品されてしまったり、様々な理由から「行き場のない」化粧品。

    こうした化粧品をメーカーから募り、経済的に困難な状況にある女性たちに贈るプロジェクトがある。

    その名は「コスメバンク プロジェクト」。立ち上げたのは、化粧品口コミサイト「アットコスメ」の共同創業者・山田メユミさんら有志のメンバーだ。

    貧困支援は衣食住に関するものが中心で、化粧品支援にはこれまであまり光が当てられてこなかった。

    しかし、山田さんは「化粧品は女性が自尊心を維持していくために間違いなく必要なもの」と訴える。

    子どもの晴れの日に口紅ひとつなく…

    山田さんがコスメバンクプロジェクトを立ち上げたきっかけ──それは、シングルマザーを支援するNPOの代表からたまたま耳にした、ある女性の話だった。

    「お子さんの卒業式という晴れの日に、手元に口紅ひとつなく、マスクで顔を隠しながら参列したという女性の話を聞いたんです」

    「私は、化粧品は女性の人生を幸せに豊かにするものだと信じてこの業界に長年従事してきましたが、化粧品がないことで悲しい思いをされている方がこの日本にいらっしゃるということに大きなショックを受けました」

    シングルマザーの貧困は社会的な問題だ。母子世帯が9割近くを占めるひとり親世帯のうち、半数が相対的貧困にあると言われている。

    こうした現実を知り、山田さんの頭に浮かんだのが「化粧品ロス」の問題だった。

    流行の移り変わりが早い化粧品業界。新商品が発売されると、旧仕様品は売り場からはじかれ、メーカー側に返品されてしまう。

    「化粧品を買うことができず悲しんでいる女性たちがいる一方で、行き場を失った化粧品が沢山ある。これはもう、両者をお繋ぎしない理由はないなと思いました」

    販売が難しくなった化粧品の在庫を支援団体を通して女性たちに届けられないか──。

    化粧品メーカーに相談して回ると、「反響は思った以上だった」。

    「多くの企業が、化粧品を手にできない方がいらっしゃることに対して、驚きと悲しみをもって受け止めていました。自分たちにできることがあればと協力を申し出てくれた企業が本当に多かったです」

    中には「販売が難しくなった商品を弱い立場の女性たちに配るのは失礼ではないだろうか」という懸念の声もあった。だが、支援団体から「それでも必要とする声がある」「化粧品のニーズが高いのは分かっていたが、手が回らなかった。メーカーが支援してくれるならありがたい」などと後押しをしてもらったという。

    2021年10月、企業17社が参加し、パイロット配送を実施。化粧品は単品ではなく、スキンケアやベースメイク、ポイントメイクなど各種を詰め合わせた「ギフト」のかたちで提供することにした。

    プロジェクトが2022年に正式にスタートしてからは、4月の母の日、12月のクリスマスに合わせて配送を実施。12月の回には、38社の協力を受け、約3万世帯にギフトを届けた。

    化粧品の支援「スタートラインに立つきっかけに」

    化粧品を受け取った女性たちからは、喜びの声が多数届いている。

    《普段は生きていくだけで精一杯なので、こういった贅沢品まで支援して頂けるなんて、とても感動しました。人生に疲れ切っていましたが、幸せな気持ちにして頂きました》

    《コスメは無くても命には関わらないけど、ないと心に栄養が届かないものだと感じます。最低限しか購入できていなかったので、本当に有難いです》

    (アンケートの声より)

    山田さんもこう話す。

    「お子さんに食べさせることが最優先で、自分の身なりに構っている余裕なんて経済的にも精神的にもない、という方が沢山いらっしゃる。そうした中、思いがけず受け取った化粧品を通して『自分のことをもっとケアしていいんだと気づいた』という声を多数頂きました」

    こうした反響を受け取る中で、女性にとって化粧は、日々の暮らしの充足となるだけではなく、長期的に人生を切り開く上でも重要なものであると認識するようになったという。

    「たとえば、ノーメイクで人と会ったとき、相手の顔が真っ直ぐ見れないという経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。

    化粧は社会と関わる際になくてはならないもの。その意味では、化粧品がほしいのに手に入らないという状況は、普通の人が当たり前に立てている社会参画のスタートラインに立てていないということだと思うんです。

    もちろん、貧困の根本的な解決が望まれますが、私たちは化粧品をお届けすることを通して、その方がスタートラインに立つお手伝いができればいいなと考えています」

    必要なのは“モノ”を贈るだけではなく…

    プロジェクトは今後、より多くの女性たちに化粧品を届けるため、自治体との連携にも力を入れていく予定だ。

    2022年8月には千葉県・柏市と連携。児童扶養手当の申請手続きのため役所を訪れた女性たちに、化粧品のギフトを渡す取り組みをした。

    「行政からの手当を必要としながらも、日々の生活に手一杯で、手続きをする余裕もないという女性が多いそうです。市役所もこうした状況に課題意識を抱いていたとのことですが、化粧品をもらえるという柔らかい接点があるおかげで役所に足を運んでもらいやすくなったというお声を頂きました」

    同年10月には、経済的な困難を抱える女性の就労支援として、メイクアップ講座も実施した。

    そこでは、新たな課題も見えてきたという。

    「化粧から遠ざかっていたせいで、化粧品を受け取っても、どう使っていいか分からないと感じる女性がいることが分かりました。中には生まれて初めて化粧をするという女性も。今後は、化粧品というモノをお渡しするだけではなく、化粧の楽しみ方を伝えるようなソフト面での支援も必要だと考えています」

    その上で、こうした化粧をめぐる女性支援は、企業など「民間」の貢献が試せる領域だと強く訴える。

    「化粧品の支援は、女性のQOL(生活の質)を考えれば、決して優先度の低いものではありません。ですが、やはり公助の枠には入りにくい分野だと思います。だからこそ、民間のネットワークでやれること、やるべきことをもっと探していきたいと思います」