難民と「共に生きた」。緒方貞子さん死去、写真で振り返るその生涯
日本人で初めての国連難民高等弁務官として、難民に寄り添う支援をし続けた緒方貞子さん。その生涯を14枚の写真で振り返る。
日本人で初めての国連難民高等弁務官として10年間の任期を務めた緒方貞子さんが、亡くなった。
1. その生涯を写真で振り返る。
初の女性国連公使になり、会見で抱負を述べる 国際基督教大学の緒方貞子準教授(東京・千代田区の外務省、1976年)
2.
タイ国境のカンボジア難民の現地調査を終えた緒方貞子難民調査団長(左)から帰国報告を受ける大平正芳首相(東京・首相官邸、1979年)
3.
サラエボ空港に到着し、マッケンジー国連保護軍司令官(左)の出迎えを受ける緒方貞子国連難民高等弁務官(ボスニア・ヘルツェゴビナ サラエボ、1992年)
4.
バングラデシュのグンダム難民キャンプを視察する緒方貞子国連難民高等弁務官(バングラデシュ・グンダム、1993年)
5.
ザイール(現コンゴ)東部の町ブカブにある難民キャンプで、ルワンダ難民の歓迎を受ける緒方貞子・国連難民高等弁務官(左)。緒方氏は、フツ族による脅威から難民と救援隊を守るために派遣されたザイール治安部隊を視察するため、当地を訪れた(ザイール・ブカブ、1995年)
6.
マニラのマラカニアン宮殿でラモス・フィリピン大統領(左)からマグサイサイ賞を受け取る緒方貞子・国連難民高等弁務官(フィリピン・マニラ、1998年)
7.
ボスニア、ソマリア、イランなど世界各国からの難民の生徒を受け入れている米メリーランド州の小学校で、子供たちと会う緒方貞子国連難民高等弁務官(右)(アメリカ、1998年)
8.
ギニア南東の難民キャンプで、手を振ってシエラレオネ難民を迎える緒方貞子国連高等難民弁務官(ギニア、1999年)
9.
ユーゴスラビアの首都ベオグラードの南東約70キロにあるコソボ難民キャンプを訪れ、子供たちと話をする緒方貞子国連難民高等弁務官(右)(ユーゴスラビア・スメデレボ、2000年)
10.
ミャンマー国境付近の難民キャンプを訪れ、子供たちに手を振る緒方貞子国連難民高等弁務官(タイ、2000年)
11.
9日、アフガニスタンの首都カブール北部にあるエスタリフの避難民キャンプを訪れた緒方貞子アフガン支援首相特別代表。アフガン復興に向け、避難民の状況を把握するために足を運んだ(アフガニスタン・エスタリフ、2002年)
12.
ルワンダ北部の難民キャンプを訪れ、子どもを抱き上げる緒方貞子・国連難民高等弁務官(ルワンダ、2000年)
13. 2000年に国連難民高等弁務官を退任。その後、独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長などを歴任した。
パレスチナ自治政府のアッバス議長(右)から勲章を受け取り、握手する国際協力機構(JICA)の緒方貞子理事長(東京・千代田区)
「一番大事なのは人間」。緒方さんは自身のスピーチでそう語っている。
結局のところ、一番大事なのは人間です。私はよく、元気の源は何かと聞かれることがあります。私はしばしば、キャンプや村々、一時収容施設、スラム街などで出会った多くの難民のことを考えます。私がここまで続けてこられたのは、私たちの集団的な努力で、避難生活の恐怖や苦痛を、家族や友人の安全と結束に変えられると確信しているからだと思います。国連の活動はこれまでも、そして今後も、世界各地のすべての人々の未来と幸福にとって、価値のある取り組みでなければなりません。
UPDATE
一部表記を修正しました。
