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夫や姉も食事が喉を通らなくなった。差別され続けた彼女が、それでも故郷を思う理由。

迫害によって去ることを余儀なくされた故郷の危機に、彼女はいま、何を思うのか。

「最悪の場合、『あなたたちはデモに参加しちゃダメ』と言われるかなと思っていました。でも、『来てくれてありがとう』と言われたんです。一緒に闘おうと思ってくれる人がいるんだなと、ホッとしました」

ミャンマーで国軍がクーデターを起こしたことに、日本でも在日ミャンマー人の抗議デモが続いている。そこに、ミャンマーの少数民族ロヒンギャ出身の女性も参加した。

ミャンマーは多民族国家。そして多くは仏教徒だ。イスラム教徒のロヒンギャは差別や迫害を受けてきた。しかし、軍が再び全権を握るミャンマー民主化の危機に直面し、ロヒンギャの人々も日本で、在日ミャンマー人らと手を取り合い抗議している。

迫害を受けて去ることを余儀なくされた故郷ミャンマーの危機に、彼女はいま、何を思うのか。

BuzzFeed/ Hana Shimada

Zoomで取材に応じた長谷川留理華さん。

故郷で迫害を受け、日本へ。

世界各地で続く、ミャンマー国軍のクーデターへの抗議デモ。2月14日、東京都内で行われたデモに、長谷川留理華さん(31)の姿があった。

長谷川さんは、ミャンマーで少数民族ロヒンギャの家庭に生まれ育ち、2001年に日本に渡った。先に逃れた父が日本で難民申請し、在留特別許可を得ていたのだ。小学校の卒業を間近に、全く日本語がわからない状態から日本での暮らしを始めた。

仏教徒が多数派を占めるミャンマーで、イスラム教徒のロヒンギャは差別されてきた。ミャンマー政府はロヒンギャを「外国人」扱いして国籍を認めず、長谷川さんも8年前に日本国籍を得るまでは「無国籍」だった。

AFP=時事

2017年に起こった弾圧の影響で、隣国のバングラデシュに逃れるロヒンギャ難民たち。

ロヒンギャが国際的な注目を集めたのは、2017年8月。ミャンマー・ラカイン州で起きた武力衝突がきっかけで、「民族浄化」とも称されるミャンマー国軍と治安部隊によるロヒンギャ掃討作戦が始まった。これまでに100万人以上がバングラデシュなどの周辺国に逃れた。

長谷川さんは2017年の人道危機の直接的な被害者ではないが、ロヒンギャに対する迫害は、以前からずっと続いていた。

日本に逃れて約20年が経ち、長谷川さんは東京都内で夫と5人の子どもたちと暮らしている。そして日本で、ミャンマーの危機を知ることとなった。

「目の前が真っ暗になりました」。故郷でのクーデターを知った瞬間のショック。

BuzzFeed/ Hana Shimada

長谷川さんがクーデターの発生を知ったのは、2月1日の朝7時頃。子ども達の朝の準備のために目覚め、LINE Newsの速報で事態を知った。

「急いで(ミャンマーにいる)親戚に連絡したのですが、その時にはもうネットが遮断されて連絡がつかなくなっていました」

その後、耳に入った「アウンサンスーチー国家顧問兼外相、拘束」の知らせは、さらなるショックとなった。

「スーチー氏が捕まったと聞いた時は、目の前が真っ暗になりました」

「(アウンサンスーチー氏の国家顧問就任後の)この5年間でミャンマーがよくなってきたなと思っていたのに、またミャンマーはどん底に戻るんだ、と。私の夫や姉も食事が喉を通らないほど、動揺していていました。これまでも悪かった自分たちの状況が、さらに悪くなってしまうのではないか、それしか考えられなくなりました」

ロヒンギャ問題で国際社会からはアウンサンスーチー氏への批判が出た。それでも、「スーチー氏のおかげで希望を持つことができる」。

Sopa Images / Getty Images

ミャンマーのヤンゴンではアウンサンスーチー氏の解放を求めて多くの市民によるデモが行われている。(2021年2月24日)

1962年から2011年という長い間、軍事政権下に置かれてきたミャンマーで、アウンサンスーチー氏は民主化運動を続け、氏が率いた国民民主連盟(NLD)は2015年総選挙で圧勝。NLD中心の政権が発足し、2016年4月に事実上の国家元首となる国家顧問に就任した。その後、ロヒンギャの人道危機が発生した。

民主化運動への功績から1991年にはノーベル平和賞を受賞し、民主化の象徴とされてきた同氏だが、国家顧問就任後はロヒンギャ問題に対し、人道面での解決に向けた動きを取らなかったと指摘され、国際社会からは批判の声があがった。

NLD中心の政権が発足したとはいえ、ミャンマーでは国軍が影響力を保ち、ロヒンギャへの迫害を主導した。国連は2018年、軍幹部を訴追すべきとする調査報告書をまとめた。なお、この報告書はアウンサンスーチー氏が「事実上の国家元首として軍の行動を止めなかった」と指摘している。

長谷川さんは「スーチー氏が政権を握ったら、私たち(ロヒンギャへの差別)の状況は変わると思っていたけれど、そうではなかったことはとても残念だった」という。それでも民主化への功績を支持し、解放を強く求めている。

「彼女が私たちを直接迫害したわけではないし、軍事政権と板挟みだった状況で、あれだけのことをやってきた事はすごいと思うんです」

「ミャンマーの政権はこれまでもこれからも、どんどん変わっていくだろうけれど、スーチー氏が私たちにとって、ベストだと思う。彼女のおかげで、これからの政権がよくなっていくと希望を持つことができるし、そう信じています」

「これまでとはレベルが違う」。今回のクーデターがミャンマーの人々にとって意味すること。

Getty Images

ヤンゴンで行われたデモの様子。(2021年2月21日)デモ参加者は抗議を象徴する、3本指を立てるサインを送っている。

今回のクーデターは、国際社会で以前から懸念されていた事態だった。

ミャンマーでは2020年、総選挙が行われ、NLDが再び圧勝。国軍系の野党は敗れた。それ以来、軍は「選挙に不正があった」といった批判を公然と行うようになった。

2021年2月1日に予定されていた国会開催を控え、「軍がクーデターを起こすのではないか」という観測がミャンマー内外で高まり、国連のグテレス事務総長も1月28日付で「選挙に関する議論は合法的に解決されるべきだ」とする声明を出していた。

懸念通り国軍が起こしたクーデターから3週間余。ミャンマーでは混乱が続いている。

BBCによると、2月1日の軍事クーデター以降、国軍はインターネット上で起こっている反対運動を抑えるために4回、インターネットを遮断(2021年2月16日現在)、現地の人はネットを利用して国内の状況を把握することが困難になっているという。

長谷川さんは、ミャンマーに暮らす叔父と叔母のために、日本からミャンマー国内の状況について情報収集をしてまとめ、電話が繋がった際に伝えている。

現地報道によると、ネピドーでは、警察はゴム弾や実弾でデモ隊や市民を銃撃し、死傷者が出ている。治安部隊の弾圧は激しく、緊張感が高まっている。

AFP=時事

ミャンマー第2の都市マンダレーで、国軍への抗議デモ後、負傷して手当てを受ける男性。

「(国民と軍の)どちらが先に手を引くかの問題だと思います。ここでデモを止めたら軍の思うつぼ。ここまで3週間やってきたのだから、今後も踏ん張ってほしいです」

国内でクーデターが起きるのは、これが初めてではない。国軍は、1962年、1988年、そして今回とこれまでに3回クーデターを起こしている

「正直クーデターが始まった時点では、国民がこれほど行動するとは思っていませんでした。きっと今回もこれまでのように、みんな結局黙って見ているしかなく、このままこの問題がお蔵入りしてしまうと思っていたので」

しかし今回のクーデターとそれに伴うデモは、これまでと「レベルが違う」と、長谷川さんは語気を強める。

国民は軍政に後戻りすることを恐れて、これまでより一層決意をもってデモに参加している。デモの長期化に伴い、仕事に行くことができない国民に対しての援助を目的とした募金活動も活発だという。

「日本と違い、ミャンマーでは1人の稼ぎで家族大勢を養っているということがほとんどなんです。だから、デモに参加するために仕事に行けないと生活が出来なくなってしまう。そこで、デモに参加する人たちの生活を支えるための募金が始まり、国内の芸能人も積極的に募金を募っています」

AFP=時事

国軍に抗議するデモ隊。

ロヒンギャの人々は、なぜリスクを負ってまでデモに参加するのか?

前述の通り、ロヒンギャへの迫害は2017年に世界的に注目されることになったが、それ以前から国内での差別や迫害は日常的に続いてきた。

「ムスリムであること、他の民族との外見の違いを理由に物を売ってもらえなかったこともありました」

現在もミャンマー国内で暮らす長谷川さんの叔母は、生活を続けるためにイスラム教の信仰の証でもある黒いヴェールを外す決断をしたという。

「叔母は自分を守るために、カモフラージュとして自分の見た目を変えるなどをしてきたのです」

母国で生きていくために、自身の信条よりも周りの環境への順応を余儀なくされてきた。仏教徒が大半であるミャンマー国内で安心して生活するには、イスラム教徒、ロヒンギャであることを隠すことが、これまでのやりかただった。

心を動かしたのは、普段は平穏な叔母の意外な行動だった。

BuzzFeed/ Hana Shimada

長谷川さんが驚いたのは、その叔母が今回、国内のデモに参加したことだった。

見た目を理由に差別を受けることもあるロヒンギャの女性が、他民族が多く参加する公の場のデモに参加することは、リスクも伴う行動といえる。しかし、叔母の決意は固かったという。

「今まで状況に応じた対応をし、物事を平穏に終わらせようとしてきた叔母が『今回は、何が何でも政権を(民主主義政権に)変えるために、行動しなくてはいけない時だ』と話している様子をみて、今回は隠れている場合じゃなく、一人一人が自分たちの力を発揮しなくてはいけない時がきたんだなと実感しました」

実際にラカイン州に住むロヒンギャを中心に構成された団体「ラカイン・ムスリム(ロヒンギャ)コミュニティ」は、「私たちは平和的な共存と、それに基づく新しい社会の構築の重要性に同意し」、「私たちの団結、繁栄、法の支配に害を及ぼすような過激主義やイデオロギーには全面的に反対する」との声明を出している。

勇気を振り絞って、都内のデモに参加。かけられたのは「来てくれてありがとう」の言葉。

新畑克也さん(@kman57move)提供

14日、都内で行われたデモの様子。

遠く離れた日本の地でも、これまでロヒンギャが受けてきた差別や迫害の記憶はなくなることはない。だからこそ、ロヒンギャ民族以外のミャンマー人たちが参加するデモに参加するかどうか、悩んだ。

「正直『ロヒンギャ』という肩書きで差別されてきた私たちが参加したら、浮いてしまうのではないかと抵抗があったんです。最悪の場合、『あなたたちはデモに参加しちゃダメ』と言われるかなと思っていました」

しかし長谷川さんは叔母の行動に感化され、2月14日都内で行われたデモに参加した。不安を抱えながら参加したデモの場で、集まった人々から向けられたのは、差別の目線ではなく「来てくれてありがとう」という言葉だった。

言葉をかけてくれた人の中には、ミャンマー国内でロヒンギャへの迫害に加担していた民族と同じ民族出身の人もいたという。

「私たちを気持ちよく受け入れてくれたんです。一部の人かもしれないけれど、こういう国の問題になった時に、一緒に闘おうと思ってくれる人がいるんだなと、ホッとしました」

故郷の危機。「今回はロヒンギャだけの問題ではない」

有元愛美子さん提供

2月14日、群馬県館林市で開かれた在日ビルマロヒンギャ協会による会見の様子。

迫害・差別を受け、国籍を認められてこなかったロヒンギャの人々。しかし長谷川さんは、今だからこそ、故郷を思う気持ちが他のミャンマー人と変わらないことを、示すことが大切だと考えている。

日本に住むロヒンギャの人々がつくる在日ビルマロヒンギャ協会は、2月14日に群馬県館林市で会見を開き、「ミャンマーの民主主義を取り戻すため、日本の皆さんや政府に協力をお願いしたい」と求め、「ミャンマーの民族が一丸となり、民主主義に向けて活動していきたい」と語った。

長谷川さんは「ロヒンギャがミャンマー国民として認められたわけではないけれど、少しずつ勇気を振りしぼって参加することで、自分たちがこの国の国民だということを示すことが大事だと思っています」と話す。

故郷に望むのは、自分たちが受けてきたような差別がなくなること、そして民主主義を取り戻すことだ。

アウンサンスーチー氏が政治家としてロヒンギャ迫害の解決にすぐ動かなかったからといって、軍に拘束されてもいいという話にはならない。まずは、2020年総選挙でNLDが改めて勝った選挙結果を尊重するという民主主義の原則を大事にすることが基本なのだ。

「スーチー氏が解放されて民主主義政権になることが必要。私も日本に住む他のロヒンギャの人々に対して、共にデモに参加しようと働きかけをしていくつもりです」

BuzzFeed/ Hana Shimada