18枚の写真が物語る、アメリカで続いてきた人種差別との闘争の歴史

    警察官に首を押さえつけられたアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさん(46)が死亡した事件から2週間余。アメリカで続いてきた人種差別との闘いの歴史を写真で振り返る。

    アメリカ北部のミネソタ州ミネアポリスで、警察官に首を押さえつけられたアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさん(46)が死亡してから2週間余。

    警察による暴力に反対し、「黒人の命は大切だ」(#BlackLivesMatter)と訴える抗議活動が、全米だけでなく世界各地に広がっている。

    アメリカでの、アフリカ系アメリカ人への差別と今日まで400年以上続く差別との闘いの歴史を、写真や絵画とともに振り返る。

    1863 年 リンカーンによる「奴隷解放宣言」

    しかし、南部諸州では人種の隔離が続いた

    南北戦争終結によって米国の奴隷制は終わりを告げたが、南部全体で「ジム・クロウ」と呼ばれる人種隔離制度がつくられ、アフリカ系アメリカ人の政治的な前進を妨げた。

    1954年 ブラウン判決

    自宅の近くに白人用の小学校があるにも関わらず、わざわざ遠方の黒人用の小学校に通わなくてはならなかったカンザス州の少女の父、オリバー・ブラウン氏が提訴した裁判。

    連邦最高裁は「公教育において施設を白人用と黒人用に分離するのは不平等である」と判断した。

    1955年 バス=ボイコット事件

    1955年、アラバマ州モントゴメリーで、ローザ・パークスさん(写真右)が仕事帰りに市営バスに乗った際、後から来た白人に席を譲るよう運転手に命じられた。パークスさんは、これを拒否したことが原因で逮捕された。

    これに怒ったアフリカ系アメリカ人らがモントゴメリー改善協会を結成し、市バスのボイコット運動を行った。

    この協会を率いたのが、当時26歳の牧師マーチン・ルーサー・キング・ジュニア師だった。

    1956年、連邦最高裁はモントゴメリー市にバスでの人種隔離を禁じる判決を出した。

    1957年 リトルロック高校事件

    アーカンソー州リトルロックのセントラル高校で、アフリカ系アメリカ人9人の新入学が決まったが、人種差別的な政策を続ける地元州政府当局は登校を阻止しようとした。

    事態を懸念したアイゼンハワー大統領が介入し、州政府や白人住民からアフリカ系生徒らを守るため、米軍を派遣した。

    1963年 ワシントン大行進

    人種差別の撤廃を求める公民権運動は大きなうねりとなった。

    1963年8月28日、ワシントンのリンカーン記念堂で開催された大集会で、キング牧師が演説を行った。

    「I have a Dream」

    1964年 公民権法制定

    公民権法と、1965年の投票権法の制定によって、アフリカ系アメリカ人の法的平等がようやく確立された。

    1992年 ロサンゼルス暴動

    警察によるアフリカ系市民への過剰な暴力は、法的平等が確立したあとも続いてきた。

    ロサンゼルスで1991年、ロドニー・キングさんは4人の白人警官に木製の警棒で50回以上殴打され、スタンガンを当てられた。住民がその様子を撮影し、テレビ局が報じたことで事態が明るみとなった。

    警官らは過剰な暴力を振るったとして起訴されたが、1992年4月29日に無罪となった。これをきっかけにロサンゼルスで大規模な抗議行動が起き、暴動に発展した。

    2009年 バラク・オバマ氏がアフリカ系アメリカ人として初の米大統領に就任

    2014年 エリック・ガーナー氏窒息死事件

    2014年にはニューヨーク市で、アフリカ系アメリカ人男性のエリック・ガーナーさん(43)が警察官に逮捕される際に窒息死する事件が起きた。

    また同年、当時18歳のマイケル・ブラウンさんがミズーリ州で警官に射殺される事件が発生した。

    こうした一連の警察による残虐な行為に抗議が相次ぎ、「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」と訴える運動の発端となった。

    2020年 ジョージ・フロイドさん殺害事件

    ミネアポリスで5月25日、警察官に首を押さえつけられたジョージ・フロイドさん(46)が死亡する事件が起きた。

    「息ができない」と繰り返すフロイドさんの首が警官によって地面に固定されている様子が映った動画がSNSに投稿されたことで、激しい抗議デモが続いている。