医療のコストカットの先に待ち受けていたもの 刑務所は最大級の精神医療施設に

    「文字どおり『幽閉』されている、複雑で困難な社会問題の小さな暗い片隅に、このプロジェクトが光をあてることを私は願っている」

    リリ・コビエルスキは、ニューヨークを拠点として活動するフォトジャーナリストだ。現代のアメリカにおける逆境を取り巻く複雑な社会問題にメスを入れることを得意としている。2015年にDaylight Booksから出版された『Rockabye』は、2012年にハリケーン「サンディ」に襲われたニューヨーク市クイーンズ・ロッカウェイの人々が、後遺症から立ち直ろうと奮闘し、勝利する様子を視覚的にとらえている。

    powerHouse Booksから出版された彼女の新著『I Refuse for the Devil to Take My Soul: Inside Cook County Jail』は、心の病に苦しみながら、イリノイ州シカゴにあるクック郡刑務所に収容されている囚人にとって、投獄とはどのような体験なのかを繊細に描写するインタビューと写真で構成されている。

    この記事では、リリ・コビエルスキがBuzzFeed Newsに寄せてくれた、同書からの選りすぐりの写真と、単一としてはアメリカ最大級の敷地面積を誇る同刑務所(おもに公判前の被告を収容している)での撮影はどのようなものだったのかについて、本人のコメントを紹介したい。


    この本は読者に対して、一種の「窓」を提供している。その窓は、鉄格子の奥の生活をのぞき見るだけではない。投獄へとつながった社会的な不平等や貧困、有害な政策をのぞき見ることができる窓だ。

    私はこの本を、自分の言葉で埋めたいとは考えなかった。収容されている人々の言葉や、刑務所で毎日働く刑務官や医師、ソーシャルワーカーの言葉で埋めたかった。

    この本に収録されているインタビューは、すべてそのまま文字に起こされている。ポートレイトの撮影は、参加者を募って行われた。各フォトセッションに際して、参加者が積極的に自分を表現できるように、私は一人ひとりに「どんなふうに撮ってほしいですか?」と尋ねた。

    このプロジェクトが始まったのは2015年だった。デジタルパブリケーション「Narratively」が、ヴェラ・インスティチュート・オブ・ジャスティスとのコラボ企画で、刑務所に関するストーリーをさがしており、同サイトから何かいい提案はないかと私のところに電話がかかってきたのだ。

    私がこの本の提案をしたところ、ヴェラ・インスティチュートは非常に協力的な姿勢で、私がクック郡刑務所に出入りできるように尽力してくれた。私は過去3年の間に、クック郡刑務所を数回訪れている。

    最初の訪問では、クック郡刑務所の広報課が、私のインタビューを受けてくれる囚人を4人選んでいた。しかしその後の訪問では、刑務所は私にもっと柔軟な対応をしてくれるようになった。

    撮影当日、私は刑務官に付き添われて、区画のひとつ(精神障害の治療が行われる区画が多かった)に入っていった。なかに入ると私は自己紹介し、プロジェクトの趣旨を説明して、参加希望者を募った。たいていは、与えられた時間内では処理しきれないほどたくさんの参加希望者が手をあげてくれた。

    囚人たちにもあらかじめ予告があったのかもしれないが、自身の物語を私に語ってくれる彼らの開かれた心と寛大さには驚かされっぱなしだった。私に協力してくれた職員、とりわけソーシャルワーカーたちの囚人に対する献身的な姿勢にも驚かされた。本当に彼らは、ひたむきに仕事に打ち込んでいる。

    私は刑務所制度全体に詳しいわけではない(興味がある方には、ヴェラ・インスティチュート・オブ・ジャスティスのサイトを訪問することを強くおすすめしたい。同機関は、投獄に関するさまざまな情報を集めており、刑事司法制度の改革にも意欲的に取り組んでいる)。私がクック郡刑務所に特に興味を持ったのは、州の政策と拘禁される者の増加のあいだに、極めて直接的な相関関係があるからだった。

    イリノイ州は2009~12年にかけて、メンタルヘルス・サービスに割く予算を1億1370万ドル(約125.8億円)削減した。これにより2009年以降、州営の入院施設が2ヶ所、シカゴ市のメンタルヘスルクリニックが6ヶ所、閉鎖に追い込まれた。

    そしてその結果、医療ケアを受けられなくなった患者の多くは、クック郡刑務所に収容された。たいていは、浮浪や万引きなどの軽犯罪でだ。こうしてクック郡刑務所は、アメリカ最大級の精神医療提供施設になったのだ。

    過去数年にわたってインタビューをいくつもするうちに、私は、機会や教育、予算、メンタルヘルスケアなどのサービスにおける不足が、差別や貧困と相まって、アメリカ各地の大量投獄に直結していると確信するようになった。

    刑務所改革の少なくとも一部は、コミュニティーから始めるべきだと私は思っている。バランスの取れた予算や、誰もがヘルスケアや教育を受けられる環境、暴力のないコミュニティーの実現といったものだ(暴力は多くの場合、チャンスの少なさが原因になっている)。

    私が見てきたところ、クック郡刑務所はいま、独自のプログラムを介して、こうした問題の多くに取り組んでいる。さまざまな授業やセラピー、医療的なケアを囚人に提供しているのだ。とはいえ、彼らが釈放されたときにコミュニティーにリソースがなければ、その一部は刑務所にまた戻ってくる羽目になる。

    ヴェラ・インスティチュートの調査によれば、2015年にアメリカでは428億8353万7590ドル(約4兆7475億円)が刑務所に費やされたという。囚人一人当たりでは、平均3万3274ドル(約368万円)が費やされたことになる。

    クック郡保安局は、一般の囚人の収容にかかる費用を一日当たり143ドル(約1万5800円)と見積もっているが、精神障害を抱える囚人にかかる治療や薬、安全対策を計算に入れると、その費用は2倍にも3倍にもなる。

    これらの写真から感じてもらいたいと思うのは、共感や思いやりだ。文字どおり「幽閉」されている、複雑で困難な社会問題の小さな暗い片隅に、このプロジェクトが光をあてることを私は願っている。読者がこの本に刺激されて、正義の問題に取り組む非営利団体に寄付するようになってくれることを願っている。心の病に苦しむ人々が刑務所に収容されることのないよう、地元のメンタルヘルスクリニックに力を貸すことを願っている。精神障害を抱えながら、100ドルの保釈金が支払えない軽犯罪者を救い出してくれることを願っている。

    そして、この本を読んだ為政者が、コミュニティーのヘルスケアとサービスにより多くの予算を割く方針を推進して、必要とされている治療が、刑務所ではなく自宅で受けられるように、釈放されてからも継続して治療を受けられるようにしてくれることを願っている。

    こうした写真とインタビューによって、精神障害を抱える囚人たちも人間であることを知ってほしいと願っている。それにより、社会としての私たちが、刑罰ではなく助けを必要としている人々を、隔離したり、無視したりしなくなることを願っている。


    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:阪本博希/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan