Updated on 2020年1月21日. Posted on 2020年1月21日

    ハリー王子はなぜ英王室を離れたのか。母・ダイアナ元妃の写真からわかる理由

    「私が最も恐れているのは、歴史が繰り返されることです。私は、愛する人が本当の人間として扱われなくなったり、人間として認識されなくなるまで商品化されたときに、何が起こるかを自分の目で見たのです」

    by ,

    「私の妻は、結果がどうなるかを考えずに個人に対して攻撃を行う、イギリスのタブロイド紙の新しい被害者の1人になりました。過去1年間、妊娠中または生まれたばかりの息子の育児中の妻に、彼らは冷酷な攻撃を加速させてきたのです」

    「私が最も恐れているのは、歴史が繰り返されることです。私は、愛する人が本当の人間として扱われなくなったり、人間として認識されなくなるまで商品化されたときに、何が起こるかを自分の目で見ました」

    「私は母を亡くし、また現在自分の妻が、同じ強力な力の犠牲になっているのを目の当たりにしているのです」

    サセックス公爵ハリー王子 2019年10月1日

    イギリス王室メンバーから公式に外れることとなったハリー王子とメーガン妃。春以降は公務から完全に離れ、殿下・妃殿下の称号も今後は使われない。

    王室の主要メンバーから「距離を置く」と2人が表明した背景には、イギリスのメディアがメーガン妃に注ぐ厳しい視線や「不公平な報道」があった。

    ハリー王子がメディアを警戒する最も大きな理由の一つに、母・ダイアナ元妃の体験がある。ダイアナ妃がカメラに追われ続けていた当時の様子を、写真で振り返る。

    Ian Tyas / Getty Images

    1980年5月13日、ウェールズ公チャールズとの婚約が発表される少し前。カメラマンに囲まれるダイアナ・スペンサーは、後にウェールズ公妃ダイアナ。

    Pa Images / Getty Images

    1980年11月13日、ロンドンのマンションの近くでカメラマンに追われるダイアナ妃。

    John Minihan / Getty Images

    1980年11月17日、顔を隠してロンドンの通りを歩くダイアナ妃。

    Princess Diana Archive / Getty Images

    1980年、ロンドンの自宅の外で撮影されたダイアナ妃。

    Jacob Sutton / Getty Images

    1980年11月20日、カメラマンに待ち伏せされる中、車に乗り込むダイアナ妃。

    Princess Diana Archive / Getty Images

    1981年3月、バークシャーのランボーンの競走馬調教師のニック・ガゼリーの馬小屋に到着する、チャールズ皇太子とダイアナ妃。

    Julian Parker / Getty Images

    1987年8月18日、ダイアナ妃とハリー王子が、スコットランドのバルモラルでの休暇の間に、バルモラル城近くのディー川のほとりで遊んでいる。

    Julian Parker / Getty Images

    1989年1月9日、イギリス領ヴァージン諸島ネッカー島での休暇中に撮影された写真。ダイアナ妃とハリー王子、ウィリアム王子、そしてダイアナ妃の甥と姪が確認できる。

    Mirrorpix / Getty Images

    1992年6月10日、ロンドンで友人のキャロリン・バーソロミューを訪ねるダイアナ妃。

    Peter Macdiarmid / Getty Images

    1993年11月7日、イギリスの雑誌と新聞が並べられている。中央には、物議を醸したダイアナ妃の盗撮写真が掲載されたサンデー・ミラー紙がある。

    Ricardo Figueroa / ASSOCIATED PRESS

    1995年12月、ダイアナ妃が休暇を過ごしているカリブ海のバーブーダ島にあるビーチに、カメラマンたちが望遠レンズを向けている。

    Mike Segar

    1993年12月30日、ニューヨークのラガーディア空港を通るときに、ニューヨーク市の警察官に護衛されるダイアナ妃。

    Jim Bourg

    1994年8月11日、マサチューセッツ州のマーサズヴィニヤード島の人里離れた邸宅の中での休暇中、周囲にカメラマンがいないかを双眼鏡で確認するダイアナ妃。

    Winslow Townson / The LIFE Images Collection via G

    1994年8月9日、マーサズヴィニヤード島での休暇中に人里離れた場所から撮影されているダイアナ妃。

    Martin Godwin

    1996年7月12日、ウェールズ公チャールズとの離婚が発表された日にロンドンで撮影されたダイアナ妃。警官が別のカメラマンを制止しようとしている。

    Russell Boyce

    1996年2月21日、パパラッチのカメラマンたちが、パキスタンのラホールに到着したダイアナ妃の写真を撮ろうとしている。

    Reuters

    1996年5月3日、スペインのアリカンテにあるホテルに到着した時に撮影されたダイアナ妃。ダイアナ妃は、撮影を拒否するようなジェスチャーをみせている。

    Bob Barclay / AP

    1997年5月26日、ダイアナ妃が一緒に昼食をとったゲストの写真を撮ろうとして、車の前に立ちはだかるカメラマン。

    Jacques Langevin / Getty Images

    この写真は、1997年8月31日の夜にパリでダイアナ妃が死亡した事故の直前にジャック・ランジュバンが撮影したもので、ダイアナ妃、ボディーガードのトレバー・リースジョーンズ(左)、およびドライバーのアンリ・ポールが写っている。

    Jerome Delay / AP

    ダイアナ妃がパリのポン・ドゥ・ラルマで乗っていた車。

    Jeff J. Mitchell / Getty Images

    左からチャールズ皇太子、ハリー王子、スペンサー伯爵、ウィリアム王子、エディンバラ公。

    1997年9月6日、葬儀でウェストミンスター寺院に運ばれていくダイアナ妃の棺に続いて、5人も寺院に入っていく。この日、ロンドンでは数十万人が通りに並んで葬儀を見た。

    Gerry Penny / AP

    ダイアナ妃の棺に飾られた花の中に、「Mummy(お母さん)」という文字が書かれたカードがある。この棺は、1997年9月6日に行われた葬儀で砲車によってウェストミンスター寺院に運ばれた。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。

    BuzzFeed Daily

    Keep up with the latest daily buzz with the BuzzFeed Daily newsletter!

    Newsletter signup form