幼い頃『スター・ウォーズ』に釘付けになった研究者が、作品のあらゆる資料を徹底的に調査した

    「スター・ウォーズは、自分の心を将来の可能性に向けて開くきっかけとなった。私は、現在の人生に向かってまっすぐに歩み始めた」

    Courtesy TASCHEN/TM & © 2018 LFL. All Rights Reserved.

    美術担当のアレックス・タボラリスが最初に描いた、オープニング・ロールのスケッチ。1930年代に公開された古い「フラッシュ・ゴードン」シリーズからインスピレーションを得ている。

    多くの人にとって『スター・ウォーズ』は、単なるアクション満載のスペースオペラではない。単なる興行収入40億ドル超のシリーズでもない。この作品は多くの人にとって、「自己実現」にまつわる特定の時や場所を表す作品でもある。

    1977年、あの象徴的な黄色の文字が映画館のスクリーンに現れ、スター・ウォーズが初めて全世界に紹介されたとき、それは、奇妙で興奮と希望に満ちた世界への招待状だった。そして、多くの子供たちの人生に影響を与えたのだ。

    そうした子供たちのなかに、映画史研究者のポール・ダンカンがいた。ダンカンは、映画史に残る作品を掘り下げ、讃える本を何十冊も出版している。2018年にドイツの出版社タッシェンから出版された『The Star Wars Archives: 1977–1983』では、ルーカスフィルムのアーカイブ(記録庫)を徹底的に調査し、スター・ウォーズの知られざる物語を紹介している。

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    貴重な舞台裏の写真やイラスト、絵コンテはすべて、ジョージ・ルーカス本人の解説付きだ。ルーカスはダンカンの執筆に協力し、各画像の背後にあった実話を伝えてくれたのだ。

    そのダンカンがこの記事のために、お気に入りの写真と物語を共有してくれた。さらに、自身がスター・ウォーズの驚くべき世界に引き込まれた経緯も語っている。

    1970年代前半の世界には、ベトナム戦争やウォーターゲート事件、リチャード・ニクソン米大統領の辞任などがあり、悲観主義、絶望、憂鬱、被害妄想が充満していた。これは文化にも反映されていた。

    例えば、ジョージ・ルーカスのデビュー作『THX 1138』(1971年)では、未来の権威主義的な社会が描かれていた。人々はすべてのものを与えられるが、自由意志だけは与えられないという世界だ。

    しかし、ルーカスが共同脚本と監督を務めた1973年の作品『アメリカン・グラフィティ』は、楽観的で、より肯定的な人生経験を描いている。この作品が興行的に成功を収めた後、ルーカスはその流れで行くことを決意し、スター・ウォーズが生まれた。

    1977年に公開されたスター・ウォーズは、非常に多くの人々に喜びを与えた。とても展開が速く、景色やキャラクターは風変わりで、子供にもわかりやすい単刀直入な語り口を採用していた。

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    砂が舞う中、「C-3PO」のロボットスーツを俳優のアンソニー・ダニエルズに着せるスタッフたち。

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    撮影の合間に談笑するハリソン・フォード、ピーター・メイヒュー、マーク・ハミル、キャリー・フィッシャー。フォードは次のように述べている。

    「ジョージ(ルーカス)は、マーク・ハミル、アレック・ギネス、キャリー、私の4人をアンサンブルとしてキャスティングしました。例えば、私がキャスティングされなかったら、残りの2人あるいは3人も起用されなかったでしょう。そのような打ち解けた雰囲気はスクリーンにも表れていると思います」

    スター・ウォーズが興行収入の記録を打ち立てると、業界はすぐさま、SF独特の表現や直接的な語り口、視覚効果(VFX)をコピーした。ただし、シリーズの根底にある哲学は理解していなかった。この本を出版することにした理由の一つは、この哲学に焦点を当て、ルーカスに語ってもらうことだった。

    技術面で言えば、スター・ウォーズは映画世界にダイナミックなエネルギーをもたらした。撮影監督のギャレット・ブラウンが自ら開発した「ステディカム」が、『ロッキー』(1976年)や『シャイニング』(1980年)といった作品で、どこでも行くことができるカメラを実現したように、ルーカスの映画制作会社インダストリアル・ライト&マジックはスター・ウォーズで、監督が望むところに動くVFXカメラを実現したのだ。

    さらに、ビジネスの観点から見ると、スター・ウォーズやロッキーは業界に向けて、複数の作品で構成されるブランド/シリーズを構築することは可能だと証明した。そして、『エイリアン』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『ロード・オブ・ザ・リング』など、多様な三部作やシリーズの道を切り開いた。

    芸術的な面では、スター・ウォーズはシンプルなメッセージを持つ教訓的なおとぎ話を提示した。シンプルなメッセージとは、愛情と思いやり、優しさ、厳しい訓練と努力、規律があれば、帝国だって倒すことができるというものだ。

    スター・ウォーズは全世界でファンを獲得した。作品から刺激を受けたファンたちのなかには、クリエイティブな業界で働く人たちや、慈善活動に取り組む人たちが現れた。

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    ダース・ベイダーとの因縁の対決に臨むオビ=ワン・ケノービ(アレック・ギネス)。ギネスは、ケノービが自分を犠牲にするというアイデアに反対したが、ルーカス(右)は、ケノービと映画にとって良いことだと説得した。

    執筆のための調査を始めて約1年、私が本当に興味を持っているのはジョージ・ルーカスとその創作プロセス、映画制作と監督に関する彼の考え方だということに気付いた。それがわかったとき、本の焦点が明確になり、可能な限り彼の視点で語られる口述歴史にしようと決定した。ジョージは親切にも、取材のための時間を3日間確保し、私の質問すべてに答えてくれた。素晴らしい体験だった。

    私が驚いたことの一つは、ジョージのユーモアのセンスが最高だったことだ。ジョージのユーモアはドライで、その点は私と同じだった。読者の皆さんにもジョージと直接会った気分を味わってもらいたいと思い、本の中では私たちのふざけたやり取りをいくつか紹介している。

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    左:皇帝と対面するため、ダース・ベイダー(デビッド・プラウズ)と「デス・スター」に入るルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)。

    右:フランスの伝説的なアーティスト、フィリップ・ドリュイエによるポスターのコンセプト。ドリュイエは1974年に、漫画家のメビウスらとともに、『Metal Hurlant(メタル・ユルラン)』誌を創刊した人物でもある。

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    ラルフ・マッカリーによる「レイザーの決闘(Laser Duel)」。台本の第2案で詳述されているディーク・スターキラーとダース・ベイダーの対決を描いたイラストだ。マッカリーのセットデザインは土壇場で、「反乱軍の封鎖突破船」のセットにそのまま採用された。

    私が調査を行うときは通常、1つの場所に1つのアーカイブがある。しかし、この本の調査では、4つの場所に5つのアーカイブがあった。

    1カ所はカリフォルニア州サンフランシスコ市内のプレシディオにあるルーカスフィルムのスタジオだった。残りの3地点は、カリフォルニア州マリン郡のスカイウォーカー・ランチ(ルーカスフィルムの本社がある広大な敷地)だった。

    私はすべての写真のほか、ラルフ・マッカリー、ジョー・ジョンストン、ニロ・ロディス・ジャメロによるコンセプトアートや絵コンテ、すべての台本、インダストリアル・ライト&マジックとルーカスフィルムの全書類、新聞や雑誌の切り抜きを調べた。調査のためだけに8カ月を投じ、毎日8時間、注釈やコピーを作成した後、夜と週末にそれらを処理した。

    次の作業は、それらすべてを整理すること。作品関連の書類を一次資料として使い、起こった出来事をスプレットシート上に時系列に並べた。切り抜きとインタビューはすべてデジタル化。引用を抽出し、スプレッドシートに入力した。そして、数百ページの引用を時系列、テーマ別に参照するため、これら2つをまとめ、巨大なテキストファイルを作成した。

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    SFX専門家のジョン・ダイクストラが開発した、コンピューターによるモーション・コントロールカメラのシステム「ダイクストラフレックス」で撮影中のデス・スター。VFX責任者のリチャード・エドランド(中腰の人物)が、撮影技師のビル・ニール(後ろの人物)とチェックしている。

    私は、映画の筋書き通りに画像を紹介するのが最善だと判断した。こうすれば、シーンごとのプロセスや意思決定がわかる。

    例えば、「ミレニアム・ファルコン号」についていえば、ジョンストンによるオリジナルデザイン、ロサンゼルスのインダストリアル・ライト&マジックでつくられた模型、英国のセットでつくられた原寸大の機体を順番に紹介している。模型とセットを同時に用意していたため、両者に相違が生じないよう、何度も参考資料をやり取りしていた。

    さらに、削除されたシーンの画像、撮影されなかったシーンの絵コンテやコンセプトアートも含めることにした。『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』で、皇帝のために用意されていた溶岩の隠れ家などだ。作品関連書類やストーリー会議の記録、未公開の台本も紹介している。

    最大の難題は、どうすればこれらすべてを小さな本に収められるかだった。なにしろ600ページしかないのだ。

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    完成したミレニアル・ファルコン号の模型を、ダイクストラフレックス・カメラで撮影するため、インダストリアル・ライト&マジックのスタジオに設置するリチャード・エドランド。模型をつくったローン・ピーターソンは次のように述べている。

    「コックピットにモーターを取りつけ、90度回転できるようにしたこともありました。マンボウのように飛び、平らな面で着陸し、離陸時には機体が回転し、コックピットは同じ位置を保つというのがルーカスのアイデアでした」

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    ジョージ・ルーカスが編集した第2次世界大戦のアーカイブ映像を参考にしたシーン。ジョー・ジョンストンは次のように述べている。

    「これ(場面)は、ドイツの戦闘機2機が爆撃機を砲撃する映像を基にしたもので、オリジナルの映像とそっくりに仕上がっています」

    物語も画像も驚きに満ちていたため、1つに絞り込むのは難しい。私が特に驚いたのは、撮影後の編集段階で、ジョージがジャバ・ザ・ハットのストップモーション・アニメーションを俳優に重ねようとしたが、時間も予算もなかったため、ジャバのシーンをカットし、グリードのシーンをセリフ付きで撮り直したことだ。

    また、イウォークは『ジェダイの復讐』にとって不可欠だという認識もあった。考えてみてほしい。何かと戦い、相手は悪だと言うのはとても簡単だが、どのような対立でも、何のために戦っているかを知っておく必要がある。

    ルーク・スカイウォーカー、レイア・オーガナ、ハン・ソロがイウォークと一緒にいるときは、スター・ウォーズでコミュニティー(村)が見られる唯一の機会だ。さまざまな世代がともに暮らし、働き、語り合い、楽しみ、助け合い、互いを支えている。

    イウォークが反乱同盟軍に協力したのは、コミュニティーを守るためだ。勝算はほとんどないが、イウォークは何のために戦っているかを知っている。イウォークは小さく、体が強いわけでもない。帝国の強大なテクノロジーに対抗する手段は、木製の武器だけ。つまりイウォークは、反乱軍が何のために戦っているかを体現する存在なのだ。

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    左からマーク・ハミル、ジョージ・ルーカス、キャリー・フィッシャー、ハリソン・フォード。ジョージ・ルーカスは次のように述べている。

    「私の映画は、個人の自尊心や、やればできるという姿勢を促す傾向があります。メッセージは、“他人の言うことなど聞かず、自分の気持ちに従えば、何でも成し遂げられる”です」

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    トーントーンの粘土模型。大人がスーツを着用し、背中に子供を乗せるという案が出されていた。周囲にあるのは雪獣ワンパの頭部とデザイン画。

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    「ホスの戦い」のセットをつくるアニメーターのフィル・ティペットとジョン・バーグ。

    興味深いことに、ストーリー会議ではジョージは全員の意見を聞き、キャラクターがさらに良くなる、シリーズの哲学が際立つと判断したら、喜んで筋書きの細部を変更した。

    反対に、自身がつくり上げた哲学に悪影響を及ぼすと判断したら、全く耳を貸さなかった。

    作品関連の書類には、面白いメモがいくつもあった。例えば、『ジェダイの復讐』のメモには、「ハンが味方を殺しすぎる」から良くないと書かれていた。

    俳優陣とインダストリアル・ライト&マジックの技術者が楽しい時間を過ごしていたのは明らかだった。現場でふざける写真がいくつも残されている。一方、ジョージはしばしば、セットで考え込み、キャラクターの位置やジェスチャーにとてもこだわっていた。

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    ダース・ベイダー(デビッド・プラウズ)の「フォース・チョーク」(フォース=理力で相手の気管を締め上げること)。プラウズは次のように述べている。

    「私は役になりきる必要がありません。マスクをはめ、衣装を着せられる過程で、少しずつ邪悪な気持ちになっていくからです」

    私は執筆を終えて初めて、スター・ウォーズがどれほど自分のキャリアに影響を与えていたかに気付いた。

    1977年5月下旬、13歳になったばかりだった私は、休日の昼間、自宅のカーペットに座り、ベイクドビーンズを乗せたトーストを食べながら、「BBC」のニュースを見ていた。番組の最後に、全米の心を奪っている新作映画の騒動が報じられた。映画館の外は長蛇の列で、映画の一場面も流された。

    私はくぎ付けになった。冷たいベイクドビーンズでふやけたトーストを手に、カーペットに座ったまま、幾何学的な黒い宇宙船が素早く動き、船体を翻しながら、流線形の空飛ぶ円盤にレーザービームを発射するのを眺めていた。私はとりこになってしまった。

    その瞬間から、1977年の夏と秋にかけて、私はスター・ウォーズに関する情報を、小さなものまですべて集めた。そして1978年1月29日、地元の映画館での公開日には父親に頼み込み、初上映の4時間前に映画館に送ってもらった。確実に座席を取れるようにだ。英国イングランドのヌニートンでは、『ベン・ハー』あるいは『風と共に去りぬ』以来の大ヒット作になることが確実だった。

    私は、赤れんが造りのビルの裏口に回った。冬の冷たい雨が降っており、映画館の外には誰もいなかった。私はポケットのお金を触りながら、自分一人で映画を見る初めての機会をひたすら待った。

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    左から、ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)、プリンセス・レイア・オーガナ(キャリー・フィッシャー)、チューバッカ(ピーター・メイヒュー)、ハン・ソロ(ハリソン・フォード)。デビッド・スティーンが撮影したプロモーション写真。

    ついに、私はチケットを購入し、座席に腰を下ろした。映画館が暗くなり、「遠い昔、はるかかなたの銀河で」という冒頭の一節が表示され、タイトル、音楽、宇宙船と続いた。ずぶぬれの冷たい体が一気に温まり、私はまさに望み通りの場所にいた。

    当時はわからなかったが(知る由もないが)、スター・ウォーズは、自分の心を将来の可能性に向けて開くきっかけとなった。私は現在の人生、つまり、映画本の執筆と編集に向かってまっすぐ歩み始めたのだ。

    2年後、私はファンマガジンを創刊。最初に書いたのは『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』に関する記事だった。

    このような理由から、私は今回の本を、13歳の自分、そして、13歳で同様の経験をしたすべての人にささげることにした。

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    反乱軍の「Xウイング」が、帝国の「TIEファイター」に攻撃される象徴的な画像。ジョージ・ルーカスは次のように述べている。「いつも頭にイメージが浮かんでくるので、私はそれらのシーンをつくるだけです。私は素晴らしい映像に仕上げなければならないという衝動に駆られています。宇宙船2機が宇宙の要塞を通過し、一方がもう一方を砲撃するシーンを。イメージは頭の中にあります。それをスクリーンで見るまで、休むことはできません」

    スター・ウォーズのような映画をつくることは困難な重労働だ。膨大な時間がかかり、期限は容赦なく迫ってくる。しかし、制作に関わった賢く才能ある人々はいつも絶好調で、確実に作品を完成させた。

    それを率いるジョージ・ルーカスは、人々に対して、新しい概念に挑戦し、失敗し、厳しい基準を満たすまで何度も挑戦する勇気を与え、制作プロセスのあらゆる面で卓越するよう促した。私の本では、こうしたビジネス手腕、技術革新、芸術的試みについて、テキストや画像、文書で紹介・解説している。

    もしこの本を読んだ人が一人でも、物語を伝えたり、映画をつくったりする気になってくれたら、私は時間をかけた甲斐があったと思えることだろう。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan