メディアの写真はたいてい既視感を与えるものばかり だから彼は新しい土地で懸命に生きる人の痛みや望みを写真に収めた

    「自分を針で刺すと、安心できました。痛みを感じることで、自分は生きていると実感できたから」

    Omar Imam

    アーティスト兼写真家のオマール・イマームは2012年、シリア内戦に巻き込まれていた故郷ダマスカスを離れた。イマームはオランダのアムステルダムに移住した後、同じように戦争の暴力と殺戮から逃れた人々の物語を、作品の題材にし始めた。

    欧米メディアがシリア内戦の写真を取り上げ始めたとき、イマームは、メディアが繰り返し、白いヘルメットをかぶってがれきを掘り返す人々や、母親を求めて泣き叫ぶ血まみれの子供たちといった同じパターンの写真を取り上げており、それへの反応にもある種の独りよがりがあることに気づいた。イマームが始めたプロジェクト「Live, Love, Refugee(難民の生活と愛)」には、こうした動きに対抗する意味合いがある。

    「このプロジェクトでは、レバノンに暮らすシリア難民の精神的な状態を探求しています」とイマームは話す。「内戦に直面し、故郷を離れたことが、人間関係や夢に与えている影響を問いました。新しい土地で懸命に生き抜くシリア人たちの痛みや望みを視覚的に再現したのです」

    シリア難民たちと一緒に、夢の中のようにも見える写真をつくり上げることで、ワンパターンなシリア内戦の報道写真に一石を投じたいとイマームは考えている。「メディアの写真はたいてい、既視感を覚えるものばかりです。人々が考える難民のイメージを壊し、人々の心をかき乱したいと思いました」

    それでは、「Live, Love, Refugee」からいくつかの写真と物語を紹介しよう。

    Omar Imam

    「私の夫は32歳でした。彼は私と同じホムス出身で、いまは隣の難民キャンプに暮らしています。彼を好きだと思ったことは一度もありませんが、母親の力になりたいと思っていました。

    結婚して初めての夜、私はとても怖かったため、体を触らせませんでした。すると、彼は私を殴り始めました。彼の姉妹たちが私のスカーフで私の体を縛り、ドレスを引き裂きました。誰かに体を触られたため、私は大声で抵抗しました。暴力から逃れるため、私はうそをつきました。私は処女ではないと言ったのです。翌日、おじが来て、私を殴りました。一族に恥をかかせたためです。結局、私は夫とセックスしました。本当は処女であることを証明したかったから。

    私の夢はドラゴンになり、あのスカーフや、あのときテントにあったすべてのものを燃やしてしまうことです」

    ―カウサー、16歳

    Omar Imam

    「私は生後6カ月のとき、やけどを負いました。父親はそれを理由に、母親を捨てました。成人した私は、私を外見で判断できない女性と結婚しました。私の妻は盲目で、耳も不自由です。このキャンプにいると、さまざまなNGOが私たちを訪ねてきます。彼らは妻の症状を詳しく調べ、この杖を置いていきました。

    妻は目が見えないため、私は彼女が好きなテレビ番組のストーリーを話してあげます。私はときどき、ストーリーを変えて伝えます……その方が楽しんでくれると思うからです」

    ―バッサム、39歳

    Omar Imam

    「戦争によって、母親と兄弟3人を失いました。もうシリアには戻りたくありません。あまりに多くのことを思い出してしまうためです。私はただ新天地を求めています。

    私は建設会社を経営していましたが、レバノンに来てからは、港で働いていました。しかし、同僚に4階から突き落とされ、今は体がまひしています。手術の日、医師が言いました。"手元にネジまわしがないので、背中の手術を進めることができない"と。自動車整備士と話しているような気分でした。私たちは難民ですが、人間であることに変わりはありません。必要な道具を用意しておくことは医師の責任です」

    ―ファテン、35歳

    Omar Imam

    アメナは、シリア系パレスチナ人だ。ダマスカス南部のヤルムークに暮らしていたが、現在は難民としてレバノン北部のベカーにいる。内戦中に拒食症になり、70キロ近くも体重が減った。レバノンに来ても、食べることはできなかった。

    「食べられるものは雑草しかありませんでした。雑草は喉を通りません。しかし、子供たちに食べ物として受け入れてもらうため、私は無理やり食べました」

    ―アメナ、41歳

    Omar Imam

    「私はシリアでの記憶や体験をもとに、詩や歌詞を書いています。しかし、シリアの思い出はどんどん私から離れていきます。私はこの空白を恐れています」

    ―ハニ、29歳

    Omar Imam

    「私は静寂を恐れていました。私が住んでいた場所ではたいてい、爆撃の後に静寂が訪れるからです。最もつらい時間でした。誰が命を落とし、誰が負傷したかを確かめなければなりません。私は音楽を聴いたり、テレビをつけたりしていると、安心できました。静寂をかき消すことができたからです。私は自分を針で刺すと、安心できました。痛みを感じることで、自分は生きていると実感できたからです。隣人たちのように死にたくないと思っていました」

    ―アメナ、41歳

    Omar Imam

    「革命の中で、男性の役割は変わりました。私の夫は検問を恐れ、外出したがらなかったため、私がほとんど代役を務めました。けれども彼は、少なくとも離婚するまで、私と娘たちをハラスメントから遠ざける役割を果たしてくれました。私はあるとき、"紹介できる仕事はありますよ。ただし、一晩ともに過ごしてくれたらね"と言われました」

    ―ラウド、40歳

    Omar Imam

    「レバノンでは、狭い場所で暮らしていました。今では、広い空間にいると不安を感じます」

    ―フォラト、26歳

    オマール・イマームの作品は、ウェブサイト
    omarimam.com
    で見ることができる。


    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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