2020年6月14日

    なぜ「黒人の命は大切」か知るため、今見るべき37枚の写真

    ここで紹介する数々の写真は、アメリカにおける人種差別撤廃のための長い激動の闘いを捉えている。1917年の「サイレント・プロテスト(沈黙の抗議)」から、最近のジョージ・フロイド氏の死亡事件を受けた「Black Lives Matter」デモまで、100年を知るための37枚だ。

    ミネアポリスでジョージ・フロイド氏が警察の拘束下で死亡し、アメリカ中、そして世界中で抗議の声が上がっている。力強い画像や映像も、世界中を飛び交っている。

    これらの写真や映像は、「今後の公民権運動」を定義し、「アフリカ系アメリカ人の市民的自由を求める闘い」を未来の世代が形づくる基礎となる。

    2016年、ルイジアナ州バトンルージュで、アフリカ系男性のアルトン・スターリング氏が白人警察官2人に撃ち殺された。この事件の後、歴史家のマーク・スペルツ氏は、「現代のアメリカ人の多くは、写真を通じて公民権運動を学びます」と〈Time誌〉に書いている

    「現代アメリカの公民権運動を定義する写真は、この国の過去を視覚的に物語るうえで欠かせない試金石です」

    公民権運動の長い歴史は、写真で辿ることができる。今回は、何十人もの黒人が殺され、何千もの人が家を失った「イースト・セントルイスの人種暴動」を受けて、何千もの人がマンハッタンの通りを埋めた「サイレント・プロテスト(沈黙の抗議)」(1917年)から現在までの100年間に焦点を当てる。

    1917年に行われた「サイレント・プロテスト(沈黙の抗議)」から約1世紀後の現代でまったく対照的なのは、2014年に米ミズーリ州ファーガソンでマイケル・ブラウンさん(当時18歳)が白人警察官に銃殺された後に撮られた写真だ(以下参照)。

    1963年の「ワシントン大行進」や1965年の「セルマ大行進」(別名:「血の日曜日事件」)のときのような、1960年代の公民権運動が活発だった時代の闘争を思い起こさせるような武力で、2014年にデモ参加者は向かい撃たれた。

    これらの写真は、この何十年で事態がほとんど変わっていないことを明らかにしている。

    「(1960年代から)何十年経っても、(今回生まれた)Black Lives Matter運動の(画像や)動画は、過去から続く抗議や運動の視覚的な物語の上に積み上げられます」とスペルツ氏は2016年に書いている。

    ここで紹介する写真では、アメリカにおける公民権運動の100年を振り返る。

    Underwood Archives / Getty Images

    1917年の「イースト・セントルイスの人種暴動」を受け、警察によるアフリカ系アメリカ人への対応に抗議して、ニューヨーク市で行われた「サイレント・プロテスト(沈黙の抗議)」。

    何千もの人が、ひと言も発さずに五番街を行進した。シュプレヒコールもなし、プロテストソングもなし。

    聞こえるのは、戸惑うほど悲しげなくぐもったドラムの鈍い音と、熱い舗道の上を歩む抗議者の足音だけだった。沈黙の抗議の行進だった。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1922年、アメリカにおける私刑(リンチ)の禁止を訴え、ワシントンD.C.で3,000人以上がプラカードを掲げた。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1934年1月1日、抗議のため首に絞首刑用の縄をかけ、プラカードを掲げ、米国愛国婦人会の博物館の前に立つ人々。

    Afro Newspaper / Getty Images

    1938年7月16日、ワシントンでアフリカ系の男性が射殺されたあと、警察の暴力に抗議して、プラカードを持ち行進するデモ参加者。

    Afro Newspaper / Getty Images

    1943年8月7日、メリーランド州ボルティモアのハーレム付近で、人種差別反対のデモ開始前に、笑顔で歩く若者の集団。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1949年9月4日、ニューヨーク州コートランド・マナーのホロー・ブルック・ゴルフ・クラブで、アフリカ系の男性歌手ポール・ロブスンのコンサートが開催された。

    会場から帰ろうとする男性を、州警察官たちが殴っている。

    コンサートに行った人たちを反ロブスンの抗議者から守るはずだった州警察官や警察が、一緒になってアフリカ系市民を攻撃した。

    Underwood Archives / Getty Images

    1956年、アラバマ州モントゴメリーで、白人の乗客にバスの席を譲ることを拒んで逮捕され、指紋を取られるローザ・パークス。

    これに端を発して、バス・ボイコットが始まった。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1957年9月6日、登校初日に、他の学生からの罵声や視線を無視するエリザベス・エックフォード。

    全米有色人種地位向上協会(NAACP)による法的措置により、連邦裁判所命令でリトルロック・セントラル・ハイスクールへ入学した9名のアフリカ系アメリカ人学生のひとり。

    Shel Hershorn - Ha / Getty Images

    1958年、オクラホマ州最大のデパートJohn A. Brown'sの地下食堂で座り込み抗議する人々と話す警察官。

    Francis Miller / Getty Images

    1963年8月28日、ワシントンD.C.のリンカーン記念堂の外で行われた「雇用と自由のためのワシントン大行進」。

    抗議者の群衆に向かって演説するマーティン・ルーサー・キング・ジュニア。

    Michael Ochs Archives / Getty Images

    1963年5月、アラバマ州でのバーミングハム運動で、抗議者を制圧しようと消火ホースを使う消防士たち。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1964年7月21日、ブルックリンのベッドフォード=スタイベサント付近で起きた暴動で、警察官から怯えて逃げる少女ら。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1965年3月9日、公民権デモの一環で、アラバマ州セルマのアラバマ川に架かるエドマンド・ペタス橋を渡る抗議活動の参加者らを見る州警察官。この2日前、抗議活動のため橋を渡ってくる市民を止めようと、州警察が過剰に武力を使い、市民が1人、死亡した。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1967年11月17日、1,000人を超える抗議者が警察と乱闘になり、学校の管理棟の外で抗議者が何名か逮捕された。写真は、そのひとりを引きずる警察官。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1967年5月20日、伝統的なアフリカ系アメリカ人の大学であるテキサス・サザン大学での市民暴動で、逮捕した学生らを監視する警察官。

    Afp / Getty Images

    1968年6月19日、ワシントンD.C.で行われた「貧者の行進」の最終地点で集まる人々。

    「貧者の運動」は、1968年にマーティン・ルーサー・キング牧師と南部キリスト教指導者会議によって、アメリカの貧しい地域に対する経済援助を要求するために組織された。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1968年、メンフィスで反対運動をしようとしている公民権活動家と、銃剣を振りかざして阻む州兵。

    Popperfoto / Getty Images

    1968年のメキシコシティーオリンピックで、表彰台の上で黒い手袋をした拳を挙げて「ブラックパワー・サリュート」をするアメリカの金メダリストのトミー・スミス(中央)と銅メダリストのジョン・カーロス。

    Bettmann

    1968年7月22日、オークランドで、ブラックパンサー党の共同創立者であったヒューイ・P・ニュートンの裁判に抗議する党員たち。

    Keystone-France / Getty Images

    1970年8月26日、ブラックパンサー党メンバーの解放を企てたとして米連邦捜査局(FBI)から告発されたアンジェラ・デイヴィスを支持してデモ行進をするThird World Women's Alliance。

    Bettmann / Bettmann Archive

    1987年12月21日、人種差別を理由にアフリカ系の男性マイケル・グリフィスを殺害した罪で起訴された若い白人4名が、殺人罪を逃れた「ハワード・ビーチ裁判」。その判決に抗議するデモ参加者たち。

    Smith Collection / Getty Images

    1985年、オークランドで、警察による暴力に反対するデモで話す抗議者たち。

    Lindsay Brice / Getty Images

    1992年4月30日、ロサンゼルスで、アフリカ系男性ロドニー・キングの逮捕・警察による集団暴行のあとに起きたロサンゼルス暴動の影響を見つめる母と子ども。

    Andrew Lichtenstein / Getty Images

    1997年8月29日、7,000人のハイチ人がデモ行進をした。

    ハイチからの移民アブナー・ルイマがブルックリンのナイトクラブの外で逮捕され、ニューヨーク市警に暴行されたことへの抗議だった。

    Jason Green / Getty Images

    1999年4月15日、警察による暴力に抗議して、サインを掲げて、ニューヨーク市ブルックリンからマンハッタンへ行進するデモ参加者たち。

    アフリカ移民アマドゥ・ディアロの死亡事件に対する抗議デモ。彼はブロンクスの自宅アパート前で、丸腰だったにも関わらず、警察に41発も撃たれ死亡した。

    William Thomas Cain / Getty Images

    2002年7月3日、フィラデルフィアで写真を掲げる男性。

    ジョージ・ワシントン米初代大統領の奴隷や、他の奴隷だったアフリカ人の子孫8名が、同市における奴隷の歴史を見せるためにデモをした。

    Mario Tama / Getty Images

    2007年10月10日、ニューヨーク市コロンビア大学で、アフリカ系アメリカ人教授のオフィスのドアに絞首刑用の縄がかけられたことに抗議して集まった人たち。

    Allison Joyce / Getty Images

    2012年2月26日にフロリダ州サンフォードでトレイボン・マーティンが殺害された事件で、3月28日、ニューヨーク市庁舎の階段で正義の処罰を求める記者会見に参加したニューヨーク市議会議員らと市民。

    Scott Olson / Getty Images

    2014年8月17日、米ミズーリ州ファーガソンで、10代のアフリカ系青年マイケル・ブラウンが警官に殺害されたのを抗議するデモ。通りで膝をつき両手を上にあげた女性に、催涙ガスが降り注ぐ。

    Scott Olson / Getty Images

    2014年8月11日、米ミズーリ州ファーガソンで、ビジネス街から別の地域へと抗議者を追いやる警察官たち。

    Jonathan Bachman / Reuters

    2016年7月9日、ルイジアナ州バトンルージュの警察本部近辺で、アルトン・スターリング射殺に抗議するデモ参加者を拘束する警察官ら。

    David Mcnew / Getty Images

    2014年12月6日、エリック・ガーナーを窒息死させた警察官を不起訴にするニューヨーク大陪審の決定に抗議して、ロサンゼルスのハリウッド大通りを行進する人々。

    Michael Zagaris / Getty Images

    2016年10月2日、カリフォルニア州サンタクララで行われたダラス・カウボーイズとの試合前の国歌斉唱で、抗議のために拳をあげるサンフランシスコ・49ersのアントワン・ベセア(背番号41)、ラシャード・ロビンソン(背番号33)。同じく抗議のため、片膝をつくイーライ・ハロルド(背番号58)、コリン・キャパニック(背番号7)、エリック・リード(背番号35)。

    Mark Makela / Getty Images

    2018年4月15日、フィラデルフィアのスターバックスの外で抗議をするデモ参加者を見張る警察官。センター・シティのスターバックス店内で待っていただけのアフリカ系アメリカ人男性2人を逮捕し、同社CEOが謝罪した。

    Spencer Platt / Getty Images

    2020年5月29日、警察によるジョージ・フロイド殺害に抗議し、ニューヨーク市マンハッタンのフォーリー・スクエアに集まった多くの抗議者たち。

    Lawrence Bryant / Reuters

    2020年5月30日、ミネアポリス警察の過剰な暴力でジョージ・フロイドが死亡した問題で、米ミズーリ州ファーガソンで抗議をする人々の上空で炸裂する花火。

    抗議者の1人がひざまずき両手を挙げている。

    Stephen Maturen / Getty Images

    2020年5月31日、ジョージ・フロイドが死亡した問題に抗議して、ミネアポリスのミシシッピー川に架かるI-35W橋でデモ行進をする人々。

    タンカーが抗議者の列に突っ込み、デモは中断された。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。 翻訳:五十川勇気 / 編集:BuzzFeed Japan

    BuzzFeed Daily

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