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トイレに“男女”の区別がなくなったら?国際基督教大学にできた「オールジェンダートイレ」を使ってわかったこと

寮にダイバーシティ・フロアを設置したり、健康診断にオールジェンダーの時間を設けたりと、すべての学生の過ごしやすさを目指す国際基督教大学(ICU)。「オールジェンダートイレ」の導入にはどんな反応があったのか、設置に携わった加藤恵津子教授に聞きました。

小学生の頃、男子が女子トイレに入ったり、女子が男子トイレに入ったりしてふざけ合った経験はありませんか。

私はその頃から、「トイレは異性が立ち入ってはいけない場所」という意識が植え付けられていたように思います。

私が在籍している国際基督教大学(ICU)に昨年9月、「オールジェンダートイレ」ができました。

このトイレは個室が一つあるタイプのいわゆる「多目的トイレ」や「誰でもトイレ」とは異なり、一般的なトイレのように個室が連なっています。女性である私がトイレの個室を出たら、隣の個室から男性が出てくる…ということが起こり得る構造です。

多くの学生が使う「本館」の1、2、3階の中央にある大きなトイレが、すべてオールジェンダートイレに改築されました。

「オールジェンダートイレ」に最初に思ったこと

ICUにはジェンダー・セクシュアリティ研究メジャーがあり、もともと性の多様性に配慮した取り組みを積極的に行っています。

しかし、今回の取り組みに対しては、トイレ内で異性とはち合うことなどを懸念してさまざまな意見が飛び交ったのも事実です。

私は、現状の男女別トイレを使いづらいと感じるセクシュアルマイノリティの人々にとって、オールジェンダートイレは必要なものだと理解をしているつもりでした。

一方で、(心と体の性が一致している)シスジェンダーの私は、女性として女性用トイレを使うことが当たり前だとも思っていました。

実際に自分がオールジェンダートイレを使うと思うと、やはりなんだか不安を感じ、落ち着かない気分になります。

これは、自分がマジョリティの側だから感じてしまうことなのだろうか。

そんな疑問から、オールジェンダートイレの設置に携わったICU教授で学生部長の加藤恵津子教授に取材しました。

人権は「マジョリティがマイノリティに認めてあげる」ものではない

ICUは創設当時から人権を非常に重視しており、入学式では新入生が「世界人権宣言」の理念に立つという「学生宣誓」にサインします。

オールジェンダートイレの設置は、人権を大切にするICUのポリシーであり、メッセージでもある、と加藤教授は語ります。

「人権というのは、『マジョリティの人がマイノリティの人の人権を認めてあげる』、というものでは絶対にないんです」

「どんなジェンダー、セクシュアリティ、障害、人種にせよ、どんな背景を持っていても人間が人間である限り全員平等でなければならない。人間が全員持っている、幸福で安全に暮らす権利なんです」

「それを考えると、マジョリティのトイレがほとんどを占めていて、マイノリティの方には『はい、1個用意してあります。なんでここ使わないの?』というものではないんです」

健康診断で「オールジェンダーの時間」

もともとICUにはここ10年以上、セクシュアルマイノリティの学生からさまざまな要望が寄せられていたそうです。

大学はその声に応え、寮に(ジェンダーを含むあらゆる多様性を尊重する)ダイバーシティ・フロアを設置したり、健康診断にオールジェンダーの時間を設けたり、といった対応をしてきました。

今回のオールジェンダートイレの設置は、男女別トイレの「使いづらさ」「居心地の悪さ」を訴えてきた学生たちの声を反映した結果だといいます。

ちなみに、本館のトイレがすべてオールジェンダートイレになったわけではありません。

一番目立つトイレ群がオールジェンダーになりましたが、本館の東側にあるトイレは「男性用」「女性用」に分けたままで改修されました。

オールジェンダートイレを使うことに抵抗がある人は、男女別のトイレを使用することができます。

「全ての人が安心できる『選択肢があること』がとても重要です」と、加藤教授はいいます。

とはいえ、不安の声もあった

これまで男女別に分かれていたトイレが、統合される。私の周りでは、戸惑いの声も聞かれました。

「手を洗うときに隣でガールズトークしながら化粧とかしてる子たちがいて『これどうゆう状況…』てなる」(23歳男性)

「同性だけの空間だったからあった安心感が脅かされている気分」(22歳女性)

大学側が事前にとったアンケートでは、否定的な意見も見受けられたといいます。

加藤教授は、「『生理用ナプキンの音を隣の男子に聞かれるのがいやだ』」など本当に正直な声がたくさんあって、『そうだろうな、そうだろうな』と一つ一つ思いました」と言います。

実際に使ってみると...

なにはともあれ、使ってみなければわからない。ということで、実際に使ってみました。

入り口には「オールジェンダートイレ〜どなたでも利用できます〜」の看板があり、トイレの見取り図が設置されています。

16個の個室が連なっており、うち11室は座るタイプ、4室は男性用の小便器がブースに仕切られていました。

残りの1室はスペースを広めに取り、障がいのある方も利用しやすい作りになっています。

入ってみると、全体的に広々としていて明るい!

一番嬉しかったのは、個室には密閉感があることです。

隣の個室との仕切りは上までぴっちり閉まっており、仕切りというよりは壁のよう。また、扉の上下もギリギリまで隙間が少なくなるよう設計されています。

不安に感じていた音漏れや盗撮がしづらい構造になっていたため、「意外と大丈夫かも」という安堵を覚えました。

さらに、パッと手を洗って出ていくことができるよう個室の中に洗面台があるのも嬉しかったです。

以前までのICUのトイレは、古くて綺麗さがないと学生たちから敬遠されていました。

男女別のトイレとはいえ、仕切りはスカスカ。防犯上の理由もあったのかもしれませんが、個人的にはプライバシーは最低限しか守られていないと感じていました。

それと比べると、オールジェンダートイレに改修されたことでプライバシーが守られるようになったとも思います。

学内アンケートでは90%以上が肯定的な意見

オールジェンダートイレがオープンして一学期が経過した昨年11月末、大学がアンケートを実施しました。

大学に来る学生が少ない状況の中でも、200名を超える学生がアンケートに回答したそうです。

結果は、全体としては「大変満足」と「満足」が約60%、「普通」が約30%。

「満足」と「普通」を合わせると、90%以上が肯定的な意見を持っていることがわかります。

実際にトイレを利用した人に限ると、約60%が「男女別トイレと同じように使っており特に何も意識していない」と回答したといいます。

「利用したがやはり不安だ」という人は15%でした。

「やはり不安だ」と感じた人に対して、「一度は使ってみてくれて、よかった」と加藤教授は考えています。

「使わないで想像で語るのと、使ってから言うのでは全く違うと思うんです」

「人は、使ったことがないものを異質に感じる。でも、使ってみると意外に大したことがないと気づくことも多いのではないでしょうか」

「使ってみて不安に感じた人は、もちろん無理せず男女別トイレを使ってほしいです。ただ、使ってみて『え、なんだ普通じゃん』と思ってもらえたらすごく嬉しいですよね」

不安の声に応えて、様々な工夫がなされている

オールジェンダートイレの設置を決定したICU管理部管財課は、オールジェンダートイレの設置前にもアンケートを取り、好意的な意見から否定的な意見、不安まで学生たちの多様な声を確認していました。

そうした学生の声をもとに、設置の際には加藤教授をはじめとした「トイレ委員会」で議論して工夫を凝らしたといいます。

私が使って実感した「密閉感」もその一つです。

「壁を厚くして材質を音が通りにくいものにしたり、壁が天井までピチッと続くようにして音漏れを防止しました」

壁に隙間がないことで、盗撮の不安がかなり軽減されるとも感じました。個室内も、できるだけ凹凸をなくしてカメラを仕掛けられない構造になっています。

さらに、トイレで異性とはち合わせるのが嫌、という人への配慮もなされています。

「なんとなく男性が入りやすい入り口と、なんとなく女性が入りやすい入り口をそれぞれ作ったんです」

入り口は二つあり、手前側の入り口から入ると、近くに男性用の小便器ブースが並んでいます。一方、奥の入り口から入ると、座るタイプの個室が連なっている仕組み。

個室の配置も工夫されています。

「個室がズラーっと並んでいる形ではなく、入り口が風車のように取り付けられています。全体的に、入り組んだ迷路みたいになっている」

「さらに、デッドエンドがなく、追い詰められて逃げられないような場所を作らないようにもしました」

使ってみると確かに、迷路のよう。人に会いたくなければ、スッと避けて出ていくことも可能な印象を受けました。

さらに、このトイレには「隠し扉」が設置されているといいます。

開けておけば男女のスペースがつながっており、閉めれば完全に男女別になる。

ICUが英検の受験会場などとして開放され、外部から多数の人が来る場合は、状況に合わせて男女別に分かれたトイレにもできる仕組みになっています。

自分の持っている特権に気づいて欲しい

加藤教授は「マジョリティと呼ばれる側は、これまで自分が置かれていた状況が自然だと考えるよりも、自分はおまけをしてもらっていたんだ、extra favorをしてもらっていたんだと気づくことが重要です」と言います。

社会のマジョリティであるシスジェンダーの女性・男性にとって、男女別に分かれたトイレは使い勝手が良い。

しかし、そこから排除されている人から見れば、シスジェンダーの人々は優遇されていると言えます。

「シスジェンダーの人たちが、『あれ、自分たちって優遇されてきた?』『もしかして自分で自分を優遇してきた?』ということに気づいて欲しい。気づかなきゃいけないんですね」

「そういうことをいちいち考えるのは面倒くさいし、苦しいこともあるかもしれません。だけど結局は下駄を履かせてもらっている人が下駄を脱ぐことなしには平等っていうのはないと思います」

「どんな人も、自分は知らない間に得をさせてもらってないかというのを振り返る必要があると思います」

始められる場所から、オールジェンダートイレを導入してみては

欧米では数年前から、公共施設へのオールジェンダートイレの導入が進んでいます。

日本でも社会全体に性の多様性に関する理解が広がってきており、オールジェンダートイレの普及も見込めるのではないでしょうか。

そんな問いに対し加藤教授は「オールジェンダートイレ化と人権思想を日本に浸透させることは、同時進行だと思います」と語ります。

「人権思想抜きでオールジェンダートイレをどんどん増やしていっても、不満の声が増えていくのに過ぎなくなってしまうと、すごくもったいないですよね。そういう意味では人権思想の浸透と同時進行じゃなきゃいけないと思います」

一方、すぐにでも始めて良いのではないかと思う場所もあると言います。

「あまり男女の区別をつけない、ユニセックスの服やコスメを売っていらっしゃるお店とか。始めるとみんなが喜ぶスペースというのはあるんじゃないかなと思っています」

「あるいは、コンビニや居酒屋など、スペースの問題でオールジェンダートイレになっているところもありますよね。盗撮カメラが置かれにくいように気をつけるとか、人権配慮に改善の余地があればどんどん進めていただけたらいいなと思います。できるところから広められたら、いいですよね」

取材を終えて

あれだけ不安を感じていたオールジェンダートイレですが、実際に使ってみると懸念点が解消されており、思いのほか使いやすいということがわかりました。

あとは、ICUの学生たちにとって「これが当たり前」という感覚が浸透すれば、もっと使いやすいものになるのではないかと思います。

すべての人にとって住みやすい環境を作るために、これまでの環境を変える必要がある場合もある。

自分も、そうして少しずつ社会や環境が変わってきたことの恩恵を受けているのだと気付きました。

「慣れないから」とはなから否定するのではなく、加藤教授が語るように、多くの人に「とにかく一度でも試してもらえたら」と思います。

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