人生の最後の1日まで音楽へ情熱 ピアニスト中村紘子さんが残したメッセージ

    「音楽的感動は、決して変わることがない」

    時事通信


    ピアニストの中村紘子さんが7月26日、72歳で亡くなった。1960年代から世界的に活躍。音楽を愛し、大量消費社会と音楽の関係に警鐘を鳴らし、そして、最後まで演奏への情熱を燃やした。

    中村さんは1974年に芥川賞作家の庄司薫さんと結婚し、自らも89年に国際コンクールの舞台裏を描いた著書「チャイコフスキー・コンクール」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。文筆家としても優れた著書を残した。

    2003年に出版した「コンクールでお会いしましょう ーー名演に飽きた時代の原点」では、社会が純粋な音楽に対する感動だけでなく、ピアニストにまつわる物語など「プラスアルファ」を求める風潮を指摘した。次のように書いている。

    本書の冒頭で、私は申し上げました。今日、二十一世紀を迎えて本格化する「豊かな社会」においては、人々の芸術への関心は豊かで多様となり、芸術は単なる「衣食足りてのちの贅沢」ではなくなってきた。それどころか、芸術こそ将来もっとも「ニーズ」の多い「商品」として、社会を活性化させる力を持つのではないか、と期待されるような状況にさえなってきている、と。

    そして、このような状況のなかで、音楽的感動にも「プラスアルファ」が求められる。音楽もまた、現代の「大量消費社会」のなかの「ニーズ」を喚起する有力商品として、次々と新しい刺激、「プラスアルファ」を求められる。

    しかし、ここではっきりと確認しておくべきことがあります。新しい商品が「大量消費社会」のなかでたちまち消費され、次々と現れる新しい商品にとって代わられるように、「プラスアルファ」の刺激に支えられた音楽的感動は長続きはしません。それに対して、私たちの愛するクラシック音楽そのもののもたらす音楽的感動は、決して変わることがない。

    私たちは、記憶も定かでない遥か遠い昔から、「人の生くるはパンのみによるにあらず」、私たちの生きる意味、その充実、その夢を、暮夜ひそかに問い続けてきました。私たちは何のために生きているのか......。そしてこの、私たちの魂の豊かさを求める熱いもの想いの、その最も深いところにこそ、私たちの愛する音楽的感動はこたえるものなのです。

    この本の中で、中村さんはあるテレビ局に取材されたエピソードを紹介している。ピアノを弾ける美人をピアニストにしようという有名レコード会社の企画への感想を問われ、こう答えたという。

    「ピアニストは三歳のときから毎日膨大な時間と心をかけて練習を積んできているのです。冗談じゃありません」

    自らも3歳でピアノを始め、中学3年で日本音楽コンクール1位。1965年のショパンコンクールでは4位に。日本を代表するピアニストとして活躍した。

    ガンで入退院を繰り返しながらも、演奏復帰を目指していた。読売新聞によると、亡くなる前日、夫の庄司さんに、こう語っていたという。

    「モーツァルトからラフマニノフまで、音色に新しい輝きを与える奏法を試したい」

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