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はあちゅうと #metoo への批判 ハラスメント社会を変えるために共感を広げるには

世界で広がる #metoo の動きに対し、懸念の声も上がっている。どういう力を持ち、何が課題になっているのか。

作家・ブロガーのはあちゅうさんが過去に受けたハラスメントを証言したBuzzFeedの記事が公開されて以降、大きな議論が巻き起こっている。

自身が受けたハラスメントを証言し、連帯する「#metoo」という運動は、実はそれが広がったアメリカでも議論になっている。運動の発祥から振り返る。

「#metoo (私も)」とは

この運動は10年前にタラナ・バークという女性が始めた。女性が日常的に直面するセクシュアルハラスメントや性的暴行について語り、連帯する動きだ。

その動きを再燃させ、一気に広げたのが、2017年10月の女優アリッサ・ミラノ氏によるツイートだった。

ある友人がこう言いました。

「もし、性的なハラスメントや暴行を受けたことがある女性全員が『me too』と証言したら、ことの重大さをわかってもらえるかもしれない」

当時アメリカでは、ハリウッドの大物プロデューサーだったハーヴィー・ワインスタイン氏によるセクハラ問題に注目が集まっていた。

このツイートに対して10万件以上の反応があり、レディー・ガガ、パトリシア・アークエット、シェリル・クロウ、ビョークら著名な女性も次々と声をあげた。

ミラノ氏は、BuzzFeed Newsへの声明文で、「性的暴行がいかに蔓延しているか、目を向けてもらうのにパワフルな方法だと思いました」と説明している。

なぜ、それがパワフルな方法なのか。

女性へのハラスメントは世界に、もちろん、日本にも蔓延しているのに、改善はなかなか進まない。

相談窓口を設けている会社もあるが、そこに実情を話したら、上司や同僚はすぐに対応してくれるだろうか。

警察に告訴したら、すぐに捜査してくれるだろうか。弁護士に相談し、裁判所に訴えて、現在の仕事を失うことなく、賠償を得ることができるだろうか。個人では、告訴や提訴のための十分な証拠を揃えることも難しい。

そもそも、ハラスメントを防止するために有効な法整備や被害者を支援する社会制度は整っているだろうか。そういう世の中を作っていこうとメディアは積極的に報じているだろうか。

会社も司法も政治もメディアも頼りになる、と言い切れる人は少ないだろう。政治、経済などあらゆる面で女性の社会進出が日本よりも進んでいるアメリカですら、そうだ。

だから、女性たちは自分たちが直接発言できるインターネットの場で #metoo と語り始めた。そして、その動きは国境を越え、世界を変えようとしている。

誰かが声を上げなければ、始まらなかった。

BuzzFeed Japanが始めた「#metoo」ページ

BuzzFeedは世界中で、この #metoo に関連する動きについて積極的に報じてきた。BuzzFeed Japanも #metoo の名前をそのまま使った特設ページを10月に設けて、継続的に報じている。

その最初の記事として公開したのが、BuzzFeed Japanのニュースエディター自身の経験だ。彼女は9歳のときに被害にあい、そのことを誰にも話せなかった。

9歳で身近な人から性的な行為をされた私は10年間、誰にも言わなかった

この記事の最後にこう書いた。

BuzzFeed Japanはこれまでも、性暴力に関する国内外の記事を多く発信してきました。Twitterのハッシュタグで「#metoo(私も)」と名乗りをあげる当事者の動きに賛同します。性暴力に関する記事を「#metoo」のバッジをつけて発信し、必要な情報を提供し、ともに考え、つながりをサポートします。

これは2ヶ月前のことだ。このページでは、伊藤詩織さん、村木厚子さんの証言や、ハラスメントを生み出す社会的な構造について報じてきた。

はあちゅうさんの記事で #metoo が日本で始まった、という論評がなされているが、正確ではない。実際には日本でも様々な人たちが発言し、この動きを作ってきた。そして、BuzzFeedはそれを報じてきた。

はあちゅうさんからの相談

はあちゅうさんからBuzzFeedに相談があったのは、実はワインスタイン報道や#metoo運動が再燃するよりも前のことだ。

彼女は、以前から自身のブログなどで電通在籍時に、著名クリエイターの岸勇希氏からハラスメントを受けていたことを示唆する書き込みをしていた。しかし、岸氏の実名や具体的な内容を書くことはなかった。

2017年になって公に証言しようと考えたきっかけが、昨年から話題となった電通の高橋まつりさんの自殺問題だという。高橋さんは職場でのハラスメントについてツイートしていた。それを読み、自分の経験がフラッシュバックした。

そして、その悩みを友人に相談している時に「BuzzFeedに話してみたらどうか」というアドバイスを受けたそうだ。

個人では、証拠や証言を集めるのは難しい。その中で調査報道にも取り組むBuzzFeedを頼った。

本当に記事にできるのか

担当記者となった播磨谷拓巳と編集長の私の2人で、はあちゅうさんと初めてあったとき、私は正直に彼女に告げた。「証言を聞いた上で、裏どり取材が必要になる。記事にできるかはわからない」と。

それを納得した上で、彼女は証言してくれた。ただし、当初は匿名での証言を希望していた。「逆に批判されることもあるだろうし、仕事に影響することが怖い」と話していた。

その通りだ。そして、それが怖いから多くの人は話せない。私は被害者に証言を無理強いすべきではないという考えだ。だから、彼女にこう告げた。

匿名で証言したとしても、著名な相手を名指しで告発した場合、誰が告発者か特定されることがある。しかも、はあちゅうさんはすでにブログなどに被害を示唆する書き込みをしているので、特定される可能性が高い。

記事にした場合、岸氏から名誉毀損で訴えられる可能性も十分にある。そのリスクも考えた上で、記事にするか考える必要がある。

はあちゅうさんの答えは「しばらく考えさせてください」だった。

「#metoo に勇気づけられました」

重大な内容だけに、BuzzFeed社内でも私と播磨谷に情報はとどめ、裏どりや周辺情報の取材を慎重に進めた。はあちゅうさんが本当に証言をするかどうか、記事になるかどうかは、この段階ではまだわからなかった。

そして、10月のある日、彼女から連絡があった。「実名で証言しようと思います。#metooに勇気づけられました」

ハリウッドの大物プロデューサーのハラスメントを実名で告発していくアメリカの動きが、業界の著名クリエイターへの告発を決心させた。

次に会ったときに、はあちゅうさんはこう言った。

「パワハラやセクハラをやめるように自分が発言できていたら、高橋さんの件はなかったかもしれない。それに、今も苦しんでいる人がいるかもしれない。私が証言することで、世の中が少しでも良い方に変わったらいい」

彼女の言葉を受けて、私たちは取材を本格化させ、多くの証言や証拠を得た。その上で、岸氏本人に取材を申し込んだ。

質問状を先に渡した上で、都内のオフィスまで岸氏に会いに行ったところ「書面で返答したい」と言われた。

その翌日、BuzzFeedへの連絡なしで、岸氏がBuzzFeedからの質問状と返答をネットにアップした。質問状が公開されているのに記事が出ないのは不自然だ。我々は急遽、その返信を含んだ形で記事を公開することにした。

「はあちゅうさんの出版のタイミングと合わせたマーケティング」という批判があるが、完全な誤りだ。数ヶ月に渡る取材をし、記事をだすタイミングはこちらが選べるものではなかった。


広がった「#metoo」

この記事の反響は大きかった。記事を読んで自身の体験を話す「#metoo」の動きも広がった。

#MeToo はあちゅうさんの記事を読んで、書きました。未だかつてないレベルで素の言葉です。▷泣いたサンタの5年後、私も(#metoo)|雪樹(ライター)|note(ノート) https://t.co/nGVBcW88sL

「高橋まつりさんが亡くなったことどう思う?」「君みたいな容姿が綺麗な人がハキハキ意見を言うのが気に入らない」「女を武器にしている」「化粧が濃い」「スカートが短い」 どれも電通の選考中の言葉です。今まで怖くて黙っていたけれど未来の就… https://t.co/c1DFopMSCV

広告業界に限らずセクハラ・性的要求は世の中に蔓延してる。 断ったら仕事の話が白紙になったこと何回もあるし。 その度に悲しい気持ちになるけど、クズとの仕事未然に防げてよかったと思う。 もしされたら、絶対に要求を呑んではダメ。それを成… https://t.co/6dI3Ev4lEu

批判する声も広がる

批判には2種類ある。一つは #metoo で発言した個人に対する批判。もう一つは #metoo 運動そのものの問題点の指摘だ。後者から見ていく。

代表的な #metoo 運動への批判は、被害を言ったもの勝ちになるのではないか。魔女狩りのように、なんでもセクハラと言われるようにならないか。会社に相談するか、裁判所で決着をつければいいのではないか、などだ。

会社への相談や裁判所で決着というのは、現実的ではない。

BuzzFeedにこれまで寄せられた情報の中にも、会社へ相談したが対応してもらえなかったり、裁判を起こそうにも個人でどう証拠を集めれば良いかわからなかったりする例が多い。

それに、たとえ裁判で勝ったとしても、ハラスメント問題と、それをいかに解決するかが世の中に知られなければ、社会全体の改善にはつながらない。

しかし、そうはいっても #metoo が過激化していく懸念は、先に運動が広がったアメリカでも指摘されている。

NewYork TimesのコラムニストBret Stephensは「When #MeToo goes too far(#MeToo が行きすぎたその先には)」と題したコラムの中で、#metoo で広がるハラスメントに関する主張についてこう述べた。

聞く耳を持つことは常に不可欠だ。しかし、一方的な会話は、多くの男性が女性にそうしているようにダメになる。「#MeToo」も、それが「黙れ。私の話を聞け」ということを意味するようになるなら、成功しないだろう。

世の中を変えようとする運動が、相手を教育して変えていくのではなく、脅して罰しようとするようなものなら、嘲笑や反発を招く。

朝日新聞によると、はあちゅうさんの記事が出るまでの2ヶ月間で約6万件だった#metooに関するツイートは、記事公開後の2日間だけで7万件に増えた。

運動に注目が集まる中で、慎重さを求める声が出るのは当然だ。

なぜ「童貞」を笑いのネタにしてはいけないのか?

運動そのものではなく、個人的な批判もある。社会問題に対して声をあげる個人に対する批判は、必ず出てくる。

根拠のない誹謗中傷もあれば、注目を集める論点もある。今回、はあちゅうさんの記事が出た後で、最も大きな議論になったのは彼女の過去の発言だった。

性的な経験のない人や少ない人を「童貞」とからかうような発言はセクハラではないのか、という点だ。

作家・エッセイストの渡辺由佳里さんは「なぜ「童貞」を笑いのネタにしてはいけないのか?」で、その論点を説明している。

「はあちゅうさんの行動は勇敢だし、これをきっかけに日本の職場が変わってくれるのではないかと希望を抱いている」と前置きした上で、こう指摘した。

「童貞いじり」をネタにするほうは「でも、私は見下していない。かえって愛情を抱いている」という言い訳をするかもしれない。「そのくらい笑い飛ばせなくてどうする?」と言う人もいるだろう。

だけど、愛があれば、処女いじりやゲイいじりもOKだろうか。そうではないことは、置き換えればわかるはずだ。

言葉には力がある。

アメリカでは、「ホモ」や「ゲイ」が嘲りや笑いの言葉として使われる影響で同性愛の若者が自殺する。それは、LGBTQの活動家たちから何度も聞いている事実だ。

笑っているほうにとっては軽い冗談であっても、その影響はそこで止まらない。ソーシャルメディアの時代には、価値観やプレッシャーも広まりやすい。セクハラや性暴力も、そんな価値観やプレッシャーではびこりやすくなる。

「童貞いじり」の背景に、マッチョな男尊女卑の価値観が存在する、と渡辺さんは指摘する。それは、性暴力や様々なセクシュアルハラスメントを生み出す構造と一致している、と。

これが、はあちゅうさんへの批判が大きくなった理由の一つだ。ハラスメントを指摘する彼女の意識の中に、ハラスメントが内包されているんではないか、と。

一方で、前述の「When #MeToo goes too far」 には、こうも書かれている。

全ての社会は、重犯罪と軽犯罪、死刑と軽い刑罰の間に区別をつける。

このコラムは、マット・デイモン氏の「お尻を軽く触るのとレイプは違う」という発言に対して、#MeToo を支持する人たちの間から「両者を生み出す意識は一緒だ」という批判が出たことをきっかけに書かれたものだ。

ネットでの童貞いじりと、深夜に職場での力関係を利用して女性社員を自宅に呼び出すことの間にも違いがある。

しかし、その意識構造には一致する部分があるという指摘は重要だし、両方の行為で、傷つく人がいることも間違いない。

誰しもが加害者になりうる。私自身もだ。ハラスメントが蔓延する社会の一員である以上、加害者になるだけでなく、他の加害を見過ごしている責任もある。

小島慶子さんはBuzzFeedに寄せたエッセイで次のように述べている。

もしもあなたが#MeTooに興味がないなら、ブラックな働き方やセクハラやパワハラや人権侵害が横行しても声をあげることができない世の中に住み続けたいか、助けを求めると袋叩きにあう世の中に暮らしたいか、自分の子どもをそこに送り出したいかを考えてみてください。

答えがYESなら、あなたはそうやって暴力を振るってきた人間でしょう。もしもNOなら、あなたは #MeTooの一員なのです。そう、あなたが男性でも、性暴力の被害者でなくても。

社会をより良い方向へ変えていくために

#metoo は、世の中で見過ごされてきたハラスメント問題を可視化した。

その多くは男性から女性に対し、そして職場などの力関係を前提に生まれる。もちろん、男性が被害者になることも、学校や家庭が現場になることもある。

BuzzFeedには、#metoo の特設ページを設けてから、多くの証言が寄せられている。はあちゅうさんの記事以降、特に増えた。

ハラスメントの証言の裏づけを取ることは非常に難しい。物的証拠がないことや少人数の職場で他の証言を得られないこともある。全てをBuzzFeedが報じることは不可能だ。

しかし、全く報じないということではない。BuzzFeed以外のメディアでの報道も増えていくだろう。#metoo で直接相手から謝罪を引き出す例も出てきた。

「俺と寝たら売れさせる」舞台演出家によるセクハラ。本人は謝罪、横浜トリエンナーレとの契約打ち切り

これらの事例は、将来のハラスメントに対する抑止力となっていくだろう。

また、個々の事案だけではなく、被害が発生した際の支援制度や発生を抑止するための法整備、社会の意識改革を訴える動きもある。BuzzFeedを含むメディアもこれを後押ししていく。

全ての人が社会の一員として、どうやってハラスメントを防ぐ世の中を一緒に作っていけるか。

被害を受けた当事者が語る #metoo はそれに向けたきっかけの一つだ。


BuzzFeed Japanはこれまでも、性暴力に関する国内外の記事を多く発信してきました。Twitterのハッシュタグで「#metoo(私も)」と名乗りをあげる当事者の動きに賛同します。性暴力に関する記事を「#metoo」のバッジをつけて発信し、必要な情報を提供し、ともに考え、つながりをサポートします。

新規記事・過去記事はこちらにまとめています。

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訂正

「When #MeToo goes so far」は「When #MeToo goes too far」の誤りでした。訂正しました。