全盲の男性が笑顔で挑戦を続ける理由 「未来が見えなくて怖いのはみんな一緒」

    目が見えている人も、未来のことはわからない。ひたすらポジティブな全盲男性の言葉は、誰の人生にとってもヒントになる。

    5年前、世界初の全盲者によるヨットでの太平洋横断に挑み、遭難した男がいる。救助され、無謀な挑戦だったとバッシングを浴びた彼は今、再挑戦に向けた準備を進めている。

    岩本光弘さん(51)。2013年にニュースキャスターの辛坊治郎さんと共に、太平洋横断に挑んだ。この時は福島の小名浜港を出てわずか6日後に、ヨットがクジラと衝突。救命ボートで漂流しているところを自衛隊に救助された。

    批判の矢面に立ったのは、著名人の辛坊さんだった。「無謀」「救助で迷惑をかけた」などの書き込みが相次ぎ、それら批判を取り上げる記事も出た。

    岩本さんにとっては、「全盲者による太平洋横断」という自分の夢を支えるために同乗した辛坊さんが批判されることは耐え難かった。一時は引きこもった。

    「一度きりの人生、ポジティブに生きなさい」

    そんな岩本さんが、再挑戦しようと考えるようになったのは、家族や仲間たちの励ましの言葉と共に、初心を思い出したからだった。

    視覚障害で16歳のときに完全に失明した岩本さんは、生きる気力を失った。それまでわずかな視力に頼っていた日常生活すら送れない自分に絶望した。

    歯ブラシに歯磨き粉をつける。たったそれだけのことができず、衝動的に家を飛び出して、橋から身投げしようとしたこともある。

    しかし、おじに言われた一言。「一度きりの人生。不幸を呪うくらいならポジティブに生きなさい」という言葉に救われた。この時から、挑戦者としての岩本さんの第2の人生が始まる。

    鍼灸資格をとり、筑波大付属盲学校の教諭に。英会話教室で知り合ったアメリカ人女性と結婚し、2006年に家族でアメリカ・サンディエゴに移住。趣味で始めたヨットでレースに参加し始めた。

    「失敗は神様の贈り物」

    ヨットレースからトライアスロンまで。挑戦を続ける岩本さんは講演に招かれることも多い。そこで常に「ポジティブに生きよう」と訴えてきた。

    1度目の挑戦の失敗で引きこもっていたときに、気づいた。「このままでは、私がこれまで訴えてきたメッセージが嘘になってしまう」。そして、こう考えた。

    「広い海の中でヨットがクジラにぶつかるなんて、滅多にない。そんなありえないことがあったのは、次に挑戦して成功した時に、ありえないほど感動するためじゃないかと考えたら、失敗も神様の贈り物」

    「もう一度挑戦したい。それは私の夢のためだけでなく、これまで私を信じてくれた人たちのため、私を応援してくれている人のためでもあります」

    ヨット初心者のアメリカ人をパートナーに

    今回の太平洋横断計画では、2019年2月にサンディエゴを出発。60日かけて、福島・小名浜港を目指す。

    パートナーは、東京に住むアメリカ人のダグラス・スミスさん。ヨット経験はほとんどなかったが、岩本さんの話を聞き、協力したいと申し出たという。

    ベテランセイラーだった辛坊さんとは異なり、今回は航海中は岩本さんが中心となる。今はダグラスさんと2人で練習航海を重ねている。

    「失敗のあとだから、ベテランと一緒にやったほうがいいという人もいる。でも、彼は僕を信じてくれた。僕は彼の成長を信じる。そうして、日米2人組が成功する方が面白いじゃないですか」

    そういって、岩本さんは笑った。

    挑戦に向けて、岩本さんはクラウドファンディングで支援を求めている

    クラウドファンディング「Ready for」のサイトで、岩本さんは次のようなメッセージを書いている。

    外になにがあるかわからない、見えない未来に何が起こるかわからないという怖さは、私達みんなが持っているものだとおもいます。

    でも、とにかく考えているだけではその恐怖から抜け出す事は出来ません。自分が本当にしたいことがあったら、とにかく一歩でも、一歩ずつでもアクションに移してみる。

    もちろん失敗や寄り道もあるけれども、今の自分が考えられることを一生懸命実行に移しつづけると、必ず見たかった景色が見えてきます。

    また、今まで頑張ってくることができたのは、周りの皆さんがいてこそだと思っています。「見えない」私が踏み出し続ける一歩が、他の人たちの一歩を踏み出す勇気になっていることを、マラソンやセーリングへ挑戦する度に気づかされるのです。

    自分の思った未来は、行動し続け諦めなければ、必ず実現できるということを今回の航海で身をもってお伝えしたいと思います。

    先が見えない未来に踏み出すのは、誰にとっても恐ろしい。しかし、足元すら見えない岩本さんは勇敢に飛び込んでいく。その姿に勇気づけられる人がいる。

    乗り込むヨットの名は「Dream Weaver(夢を織る船)」。サポートしてくれる人たちの糸が1本ずつ織りこまれ、夢が紡がれる。そういう思いを込めている。