経産省若手の資料「立ちすくむ国家」が異例の100万DL 政策化へ民間との意見交換始まる

    日本の危機を救うための3つのポイント。その具体策を官民が平場で話し合う異例の取り組みが始まった。

    経済産業省の若手官僚たちが日本の危機を赤裸々に語った話題の資料が、なんと100万ダウンロードを超えた。行政が作った資料としては異例だ。反響をどう政策に結びつけるか、民間との対話が始まった。

    脅威のDL数は、6月13日に都内で開かれた民間との初の意見交換会で、明らかにされた。

    不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜」という資料名に合わせ、「立ちすくむ国家ワークショップ」と名付けられたイベントに、100人を超える参加者が集った。

    満員の会場。30〜40代が多いようだ。職業を聞くと、NPO、学生、行政職員、市議会議員、教員など。企業関係者ではスタートアップ系が目立つ。

    資料を書いた経産省若手プロジェクトのメンバー10人も参加した。

    主催したのは、Code for Japan。エンジニアを中心とした団体で、テクノロジーの力を社会課題の解決に生かそうとしている。

    代表の関治之さんがこの資料を読み、メンバーと連絡をとった際、「多くの人から意見を聞きたい」と言われたことからワークショップ開催に至った。

    「立ちすくむ国家」ペーパーの要点は3つ

    イベント冒頭で経産省若手チームと、元経産官僚であり、若手チームに同期もいる現スマートニュースの望月優大さんとのパネル討論があった。

    望月さんはこの資料に対し、期待と課題指摘を込めた応答を公表し、こちらも話題となった。

    資料のことは知っていても、中身を読み込んでいない人のために、ここで議論をざっくりと整理しておく。

    65ページに渡り、文字がびっしりと詰まった若手ペーパーは、読み応えがあるがプレゼン資料としては読みづらい。

    超少子高齢化という日本の危機や、働き方、生き方、家族のあり方の変化や技術の進歩に伴い、抜本的な改革の必要性を訴える。

    要点は、望月さんも指摘するように51ページに集約されている。

    • 一律に年齢で「高齢者=弱者」とみなす社会保障をやめ、働ける限り貢献する社会へ
    • 子どもや教育への投資を財政における最優先課題に
    • 「公」の課題を全て官が担うのではなく、意欲と能力ある個人が担い手に(公共事業・サイバー空間対策など)

    資料では、主に以下の部分に具体的な内容が書かれている。

    これらの議論は目新しいものではない。若手チームは何度も「こんなに広がるとは思っていなかった」と話した。

    しかし、実際には注目度の高さは群を抜いた。「経産省サイトから100万DLされた」という数字が明かされたときには、会場からどよめきが起こった。

    なぜ、目新しくはない議論がこれほど注目を集めたのか。

    それはピラミッド型組織で発言の自由がないと見られがちな若手官僚が、率直に国家の危機と改革の必要性を書いているからではないだろうか。

    パネル討論では、望月さんが自身が感じる違和感や課題を次のように列挙した。

    • 「財政制約」に関する危機認識はどこまで吟味されたか
    • 自由/権利(〜できる)と制約/財政(〜するしかない)が混ざってないか
    • 「官」「民」の重なり/役割分担を正しくイメージできているか

    これらの疑問に対し、若手チームは率直に答えた。財政に関して細かく吟味したものではなく、また、財政を吟味することによって発想が縛られることを避ける狙いもあったことを。

    公表後の反響で、気付かされた点も多かったという。特に話題となった「人生すごろく」という表現について。

    資料では「『サラリーマンと専業主婦で定年後は年金暮らし』という 『昭和の人生すごろく』のコンプリート率は、既に大幅に下がっている」と指摘した。

    行き方も働き方も、家族のあり方も多様になった。だから、それに合わせて社会のあり方も政府のあり方も変わらなければならないという論理展開だった。

    だが、資料を読んだ地方の人たちから「地方では新卒一括採用も定年もない。東京的な考え方」という意見が寄せられたという。

    「東京的な考え方」という批判は確かに、この資料全般に成り立つ。少子高齢化や労働力不足が都市より早く顕在化している地方への言及がない。

    望月さんの「どれぐらい喧々諤々議論したのか」という問いには「30人の中でそんなにズレがなかった」。大学を卒業し、東京で働く。意見の多様性という点で、若手チームの抱える限界となっている証拠だろう。

    そして、それこそが民間の声を求める動機に繋がる。

    関心があるテーマに別れてチーム討論

    パネル討論後は、参加者と若手官僚チームは先述の3つのトピックに別れた。

    • 人生100年、スキルを磨き続けて社会参画
    • 子供や教育に最優先で成長投資
    • 意欲と能力ある人が公を担う

    それぞれのトピックに30人以上が集まったため、ここからさらに関心が近い人たちがそれぞれ10人ほどのグループに別れ、計1時間話し合った。

    僕は取材者だったが、関心が近い内容を話し合っているグループに参加者としていれてもらい、議論に加わってみた。テーマは「新たな公共」。

    3つ目のトピックに関係するテーマだ。再掲する。

    新しいネットワーク技術を活用することによって、これまで以上に多様な個人が「公」に参画しやすくなる

    日本においては、民間の力を公的分野でも活かす「新しい公共」が民主党政権下で推進された。それもあってか、現在の自民党政権下では「嫌がる政治家もいる」というNPO関係者が少なくない。

    私はアメリカで年に1度開かれている世界的なイベント「Presonal Democracy Forum」に参加したことがある。「新しい公共」の祭典のような場だった。

    そこではテクノロジーを用いて民間組織が公的課題をいかに解決するか、世界中の最先端の事例が語られ、リベラル・民主党からも保守・共和党からも著名な政治家が参加していた。

    新しいネットワーク技術で民間が「公」に参画しやすくなり、社会課題を解決しやすくなった。その歴史的変化に、リベラルも保守もない。

    「新たな公共」グループは、学生、NPO、スタートアップ、メディア、企業、そして経産省若手チームから2人が参加して、それぞれが抱えている問題意識やアイデアを共有した。

    私が述べた問題意識と対策に関するアイデアは、以下の通りだ。

    新たな公共を担う民間団体が出てくるときに問題となるのは、信頼性だ。その団体は信頼に足るのか。国が信頼性を担保する仕組みはできないか。そうすれば、柔軟性とスピード感のある民間団体が公的分野で活躍の場を増やせる。

    この問題意識は多くの人が同感だったようだ。ここから経産省の若手チームも交え、議論は広がっていく。

    では、どんな尺度で信頼性を担保するのか、厳しくすると活動は難しくなり、緩くすると客観性を疑われる。公的機関はリスクを取ることが難しく、前者になりがち。それなら、そもそも政府による信頼の担保はいらないのではないか。

    普段、官僚を交えて異業種の人たちとこのような議論をする機会はなかなかない。会場は熱気に溢れた。「会いに行ける官僚」。そんな言葉も聞かれた。

    「本音の議論」「形にしたい」

    最後は各チームがそれぞれの議論を発表し、3時間にわたるイベントは終了。最後に主催者の関さんは7月10日の週に第2回目を開くと発表した。「次はより深いところまで議論したい」と話す。

    今回は100人超の定員に約300人の応募があったという。それだけ、若手ペーパーが提示した日本の危機を我が事として捉え、何らか力になりたいと考えている人たちがいる。

    「新たな公共」グループでの議論がそうであったように、課題感は近くても、具体的な対策の議論はなかなか収集がつかない。若手チームの資料が最終的な具体策の部分なしで発表されたのも、完璧な解答がまだないからだ。

    参加した若手チームのメンバーからは「SNS上のやりとりではなく、リアルな場で膝詰めで話すから、本音の議論ができる」という感想が聞かれた。

    リーダー役を務める経産省大臣官房秘書課長補佐の上田圭一郎さんは「多くの学びがあった」とBuzzFeed Newsの取材に答えた。今もチームのメンバーは空き時間を使って1〜2週に1度、ミーティングを開いているという。

    「多くの意見をもらい、これらをどうするかを含めて議論を続けているところ。いつになるかの期限はまだ決まっていないが、何らかの形にしたい」

    若手チームの今後の議論やイベントの開催などは、Facebookページ「経産省若手プロジェクト」で情報発信していくという。