「チップ制度を終わりにしたい」動き出した米レストラン関係者たち

    チップ込みの給与で生活している労働者の多くは、最低賃金も、もらえていない場合がある。

    ブレアナ・フルトンにとって、チップで生計を立てることは空を眺めることを意味する。嵐が来れば、離陸できない飛行機の搭乗客たちが、彼女が給仕を担当しているケネディ国際空港にあるレストランに押し寄せ、週の給与が数百ドル増えることを意味する。しかし、好天続きでスケジュール通りにフライトが続けば、同じ額の毎月の家賃、ガソリン代、食費、そして携帯電話代を払うために、倍のシフトをこなさなければならないことになる。

    アメリカ国内で、チップで生計を立てているおよそ430万人の労働者の財政状況は、予測不可能なものだ。シフトのスケジュール、勤務先の飲食店の寛大さ(あるいはケチさ)、そして天候が、どのくらいの額を稼ぐことができるかを決めるのだ。減速する経済や、メニューの変化といった小さな要因が、収入の減少に直結することもある。そしてチップをもらっている労働者の時給が、連邦政府の定める最低額を下回る州は43 の州にのぼり、そのうち19の州では、たったの2.13ドル(240円程度)の最低賃金だ。

    今、アメリカの外食産業ではチップ制度の改革を求める気運が高まっている。ハンバーガーとミルクセーキで有名なチェーン店「シェイク・シャック」などを経営する「ユニオン・スクエア・ホスピタリティグループ」のダニー・マイヤーCEOを含む新たな雇用者連合は、労働者がチップをもらっていることを理由に、給与が最低賃金未満でも雇用可能になる状況を変えていこうとしている。

    彼らの挑戦には、二つのハードルがある。第一に、全米レストラン協会(NRA)に真っ向から対決することになる。 全米ライフル協会と同じ略称を持つこの業界団体は、豊富な資金とロビー活動で知られ、全米の最低賃金の上昇に対し、猛烈に反対している。

    そして第二に、チップ制の労働に対して多くの人々が抱いている楽観的イメージを変える必要がある。このようなイメージは多くの場合、しゃれたバーやレストランでの接客係とやりとりをした個人的な経験や、 元ウェイターたちのセンセーショナルな暴露話にから生まれているものだ。

    「チップをもらっている労働者はほとんどが学生だとか、高級レストランで年にチップで5万ドル、6万ドル、1000万ドルも稼ぎ出している高給取りのウェイターだという誤解があります」と、労働者の権利擁護団体、 レストラン・オポチュニティー・センター(Restaurant Opportunities Center:ROC)で共同ディレクターを務めるサル・ジャヤラマンは、BuzzFeedニュースに語った。ジャヤラマンは「実際、チップをもらっている労働者の大半が女性で、多くがアメリカのチェーンレストランである IHOPApplebee’sといった店で働いています。その認識を変えることが重要なのです」

    アメリカにおけるチップ制の賃金の歴史は、奴隷制に起源がある。1938年に最初の連邦最低賃金を立案するにあたり、米政府は黒人労働者が大半を担っていた職業に加え、接客係、靴磨き、家庭内労働者、そしてプルマン式車両と呼ばれる、汽車のポーターの仕事の最低賃金を設定することを除外した。

    その代わり、これらの歴史的に補償されていない労働者の賃金は、顧客の寛大さ、つまりチップによってもたらされることになった。このチップの習慣は、その時までに移民や帰国する旅行者らによって、アメリカの大西洋沿岸からヨーロッパへと広まっていた

    チップ付きの賃金に関する法律は、1966年の連邦最低賃金が指標となっているが、チップをもらう労働者の基本時給は1991年に2.13ドルまで上昇したにすぎない。アラバマ州、ジョージア州、ケンタッキー州、ルイジアナ州、ミシシッピ州、サウスカロライナ州、テキサス州、バージニア州を含む19の州では、チップをもらう労働者の現金基本給は2.13ドルのままである。

    7つの州が最低限度額未満の賃金を廃止した一方で、43の州では依然として、雇用者が連邦政府の定めた下限である、7.25ドル(820円程度)の一部を支払うことを認める法律がある。そして、チップが足りない場合は、雇用者が差額を補てんするという規則が、十分に実施されていない。

    2014年にホワイトハウスが行った調査では 接客係の10人に1人が、連邦政府の定める最低額を下回る賃金しか受け取っていなかった。このとき、面接調査に参加した、チップをもらっている労働者たちは、彼らが受け取る見せかけの給与明細を「形式上のもの」と呼んだ。なぜなら、通常は源泉徴収されてしまえば、ほとんど何も残らないからだ。

    NRAで報道官を務めるクリスティン・フェルナンデスは、従業員の基本給とチップを足した額が連邦政府の定めた最低賃金に達してない場合、 雇用者は法律上、差額を支払うことが義務づけられている、という。

    フェルナンデスは、従業員が最低でも7.25ドル(連邦政府の定めた最低額)以上を稼ぐことができなければならない、と強調した。「私たちは、最低限度額未満の賃金など存在しないと信じています。なぜなら、雇用者には、従業員が十分な額を稼げるようにする責任があるからです」

    「問題は、チップに対する控除自体が非常に複雑な問題であることです。誤解がたくさんあります。協会として、私たちは協会員にコンプライアンスについて全力で教育しようとしています。...... 困難とは言いませんが、法律は州によって異なります。複雑な問題なのです」

    ユニオン・スクエア・ホスピタリティグループのマイヤーCEOは「シェイク・シャック」に加え、13軒の高級レストランを運営している。彼が チップ制をやめて「サービス料込み」の価格設定に切り替えたことは昨年末、大ニュースとなった。彼はチップをもらっている労働者たちの、現状と政府の役割について、率直に考えを述べている。

    「チップ制の労働者に対して、調整最低賃金があるかぎり、飲食店の店主に何かしようというやる気は起きない」と、彼はBuzzFeed Newsに語った。「それは麻薬のようなものです。麻薬を絶つのは難しいのです」

    マイヤーは、賃金法や税金の還付において、労働者の費用負担でレストラン経営者が恩恵を受けていることについても、自分の意見を主張している。そのシステムでは、経営者側にチップ制を維持する動機を与えているのだ。大規模なレストランビジネスにおいて、チップ制維持から得られる恩恵は大きいのだ。

    「チップという麻薬を断たないための動機が、政府からもたらされているのです」 −−ダニー・マイヤー

    「調整最低賃金の維持という麻薬を断ち切るとすぐに、長年にわたりすっかり当たり前になっていた政府からの多額の控除をあきらめなくてはなりません」とマイヤーは言う。「1年の間に、 連邦政府からの払い戻しとして我々のポケットに入るはずだった140万ドルもの現金を、あきらめることになるでしょう。ちなみにこれは(納税者である)皆さんが支払うものです。ですから、チップという麻薬を断たないための動機が、政府からもたらされているのです」

    マイヤーと30人の飲食店店主仲間は、チップ制の廃止に全力で取り組むことに決め、何十ものレストランが後に続いた。そのうち最も有名なのが、全米に130の支店をもつシーフードのチェーン店、「ジョーズ・クラブ・シャック」だ。この店が チップ不要システムの実験的採用を昨年、18の店舗で開始した。それに合わせてメニューの価格は上がった。

    では、チップで実際に生計を立てている人たちは誰なのだろうか?チップ付き賃金の影響を受けている労働者の大多数が、主に低価格レストランで、早朝深夜などの時間帯で勤務する、有色人種の女性たちだ。

    チップ付きの低い賃金は、賃金格差に貢献するだけではなく、女性たちが 職場でセクシャル・ハラスメントを経験する可能性が2倍ある、ということに、労働者の権利擁護団体のROCが気づいた。賃金が顧客頼みであることは、従業員が夜勤の際に、卑猥な声かけやそれよりひどいことにもすすんで耐えることを強いている

    チップをもらっている労働者は、貧乏暮らしをしている可能性が チップをもらっていない労働者の倍近くになる、ということが、左派系シンクタンクの経済政策研究所(EPI)が発表した数値を見るとわかる。チップをもらっている労働者が、食料配給券に依存する傾向は、チップをもらっていない労働者の倍である。家族がいる労働者だけでみると、子供の40%に無料ランチの受給資格があるという数値も出ている。労働省によると、アメリカで最も賃金の低い仕事ワースト10のうち、7つが外食産業の仕事だった。

    NRAはすでに最低賃金の引き上げに反対するロビー活動に多くの都市や州で成功しているが、主戦場となるニューヨークでは敗北に帰した。アンドリュー・クオモ州知事が、賃金委員会を 通じて ファーストフード店従業員の給料を時給15ドルまで値上げしたからだ (ニューヨーク市では2019年までに、ニューヨーク州では2021年までに導入)。

    「最低賃金の引き上げに際して、チップをもらっている労働者は対象から除外するよう求めます」 −− ニューヨーク州レストラン協会

    しかし、2重構造の賃金法のおかげで、チップをもらっている労働者はニューヨーク州の賃金引き上げ対象に含まれておらず、NRAは現状の維持を求めた。1月に、匿名のレストラン経営者100名が、クオモ州知事に手紙を書き、チップをもらっている労働者の現在の賃金を凍結し、今後の賃上げ対象から彼らを除外するよう求めた。今までのところ、クオモ知事は、ファーストフード店の従業員が、抗議によって苦労して手に入れた賃上げ対象を、フルサービスのレストランでチップをもらっている労働者まで拡大するとは言っていない。

    「業界には、この劇的な賃上げ適応するための時間が必要です。私たちが最低賃金の引き上げに際して、チップをもらっている労働者は対象から除外するよう求めているのはこのためです」と、ニューヨーク州レストラン協会の会長兼CEOのメリッサ・フレイシャットは 声明文の中で述べている。「今回の賃金引上げにより、すでに閉店に追い込まれたレストランや、営業時間を短縮したり、従業員の解雇を余儀なくされているレストランも出てきています。経営者はテーブル席にタブレット型コンピュータを組み込むことを視野に入れなければならなくなっています。これ以上の賃上げは、これらの問題を悪化させるだけです」

    これらの意見の証拠は、これまでのところ ほとんどが事例証拠だった。すでに最低限度額未満の賃金を廃止している7つの州のうち、ほとんどの州で 1人当たり平均の売上額と 雇用の増加率が 両方とも、最低限度額未満の賃金を維持している州の事業体よりも高いということを、ROCが明らかにしている。そして 複数の独立した 研究が、最低賃金の値上げを行った州の近隣州における雇用数を測定したが、NRAが警告しているような劇的な悪影響は測定されなかった。

    チップで不安定な生活を送っている労働者の給与を上昇させることを目指すRAISE連合にとって、勝利は連邦法の改正よりも、地方における段階的な改革からもたらされる可能性がずっと高い。10月にホワイトハウスが主催した「労働者の声」に耳を傾けるサミットで、オバマ大統領は、ホワイトハウスでの残りの任期中に、議会が「レストラン従業員の基準を引き上げる」のを見届けることはできない、と率直に発言している。

    しかし、すでに最低賃金を引き上げている都市や州(ニューヨークを含め15の自治体)では、チップ付きの最低限度額未満の賃金を廃止することができた(これはまさにクオモ知事が今、検討している行動であり、同時に州のレストラン協会が反対していることである)。

    実際、メイン州ポートランドの議員らは、昨年偶然にもこれを実行してしまった。市が一般最低額を10.10ドルに引き上げた際、彼らは うっかりとチップ付きの最低賃金も同時に引き上げてしまい 、その後、地元のレストラン協会の気配を察するといち早くこれを撤回した。チップをもらっている人が、通常の従業員よりも賃金が少ないことさえ知らない議員もいるのだ。

    数十年前、カリフォルニアで自身が経営するレストラン、「シェパニーズ」からオーガニック料理の運動を起こした第一人者、アリス・ウォーターズは、チップ制に対する変わりゆく姿勢を、地元のオーガニック材料の活用に対する業界の遅々とした姿勢と比較した。

    「オーガニック料理でも同じようなことを耳にしました。コストがかかりすぎる、ってね」と、彼女は1月に行われたフォード財団のイベントで語った。「それがファーストフード文化から聞こえてくるメッセージです」

    しかし、オーガニックのトマトと地元産のケールが次第に高級レストランからマス・マーケットに普及していったように、レストラン経営者の中にも、チップ制に対する主流のアプローチにも変化は避けられない、と考える者もいる。マイヤーらは、「チップ不要」を 「禁煙」 や「グルテン・フリー」の新バージョンと呼んでいる。ブルックリンで料理店を経営するアンドリュー・ターロウは、 ロゴまで発注した

    Uberなどのオンデマンド式アプリでは、現在、チップの額を事前に計算して、顧客が暗算する負担と、店の従業員が税額を換算する手間を省くサービスを提供している。高級レストランでは、舞台裏で自動的にチップ込みの勘定の支払いを行う予約アプリを活用してきた。

    業界の180度転換により、あるいは法律により、チップ制が完全になくなるのかは、消費者にとっては、あつれきが1つ減るだけのことにすぎないだろう。また、奴隷制度の法律上の遺産に終止符を打ち、男女間の賃金格差の縮小や、レストランにおけるハラスメントの減少にもつながるだろう。

    「受け入れなければならない時がやってきます」と、RAISEのメンバーで、オースティンのガストロパブ、「ブラック・スター」を経営するジョニー・リブセイは言う。「これまでの間ずっと、追加分の賃金を自分たちが払い続けてきたということをもっと良く理解するようになれば、飲食店は変化を推進するでしょう。……人々が今どんな問題を抱えているかに関わらず、これが業界の行き着く先なのです」