女性更衣室から追い出された私は、どこに行ったらいいのだろう。

    男性寄りのトランスジェンダーにとって、女性更衣室で着替えるのはいつだって居心地が悪いものだ。ただ私は、自分が無理やり追い出されるとは思っていなかった。

    数週間前、私はブルックリンにあるプロスペクト・パークYMCAの女性更衣室に入った。前日にジムに入会したので、さっそくプールを往復するつもりで。バッグからジムの用具を取り出していると、ひとりの女性が歩み寄ってきて、私に尋ねた。「自分が女性更衣室にいることをわかっていますか」

    最初は、彼女がどっちの更衣室にいるのかわからなくなって戸惑っているのかと思った。女性トイレで私を見た人が、男性トイレに入ったと思って一瞬あわてふためくのはよくあることだ。だが、その女性はもう一度尋ねた。「ここが女性更衣室だということをわかっていますか?」今度は声に苛立ちが混じっていた。

    私が、ええ、自分がどこにいるかちゃんとわかってます、と答えると彼女は立ち去った。私は、男性寄りのノンバイナリー(男性でも女性でもない)・トランスジェンダーとして何度もこうした経験をしてきたので、この気まずい出来事をわきに追いやると、着替えに戻った。

    ホルモン補充療法を始めて以来、私が気にかけていたのは、いつから男性トイレを使わなければならなくなるかだった。トランスジェンダーといっても、一人ひとり異なっていて、全員が性別適合手術を受ける必要があるわけでもないし、そうした手術を望んでいるわけでもない。だが私には、乳房切除手術とテストステロン(男性ホルモン)の投与という選択がしっくり来た。

    毎朝、アンドロジェルという話題のジェルを塗って、低用量のテストステロンを補充する。アンドロジェルの効果は、他のホルモン補充療法よりもゆっくり穏やかに現れるが、これを使い始めてから私は、身体の小さな変化に気づくようになった。口の上の髭が濃くなり、脂肪のつき方が若干変化して、顔が角張ってきた。

    だが、まだ女性だと判別されることが多い。万が一男性と判別されても、たいていは私をじっと見たり、あるいは、私が話し始めたりすると、男性とは違うことに気づかれる。誰かが私を「サー(男性向けの呼びかけ)」や「彼」と呼んだら、私はふつう、接している間じゅう、何も言わずにいる。そうしている間に相手が途中で間違いに気づいて、しきりに謝ることもある。こうした理由から私は、職場や公の場では女性トイレを、ジムでは引き続き女性更衣室を利用していた。

    多くのトランスジェンダーは、公衆トイレで侵入者呼ばわりされている。トランスジェンダーの犯罪者が幼女や女性を襲うというデマによって、トイレ法案(「トランスジェンダーが公共のトイレを使用する際、出生証明書に基づいた身体の性のトイレを使用することを義務付ける法案)が支持されるようになり、アメリカではここ数年、多くのトランスジェンダーが恐怖に怯えている。だが、まさか金曜日の仕事帰りに、自分が非難されるとは思いもしなかった。

    女性更衣室にいるとわかっているかと尋ねられてから約5分後、私はショートパンツ以外身につけていない姿で、ひとりで立っていた。胸をあらわにしていたので、乳房切除手術の跡ははっきり見えていた。そのとき、YMCAの職員が近づいてきて、ここから立ち去るよう告げた。

    私は彼女に、自分が一番心地よく感じるのは女性更衣室だということを説明しようとした。私はこう告げた。「いいですか。私はトランスジェンダーですが、出生時は女性なんです。他にどこに行けばいいかわかりません」

    突然、更衣室は静まり返った。周囲には他にも着替えている女性がいたが、誰も、話そうとも、行動を起こそうともしなかった。数人が、どんなトランスジェンダーか確かめるかのように、振り返ってじっと見ただけだった。ここは進歩的な地域にあるYMCAであり、ニューヨーク市長のビル・デブラシオも利用している。だから、誰かが声を上げてくれるんじゃないかと期待したが、誰も何も言わなかった。

    職員はもう一度、ここから出て男性更衣室を使うよう言った。この時点で私はなすすべもなく、孤立無援で、惨めだった。私はすぐここを出て泳ぎに行くと告げたが、彼女は、外まで案内するといって聞かなかった。

    荷物を集めて女性更衣室を出た後、職員に、自分が着替えできるような、性別を問わない部屋か個室がないか尋ねたところ、家族用更衣室を使うよう勧めてくれたので、私はようやく着替えることができた。

    数日後、私はYMCAのニューヨーク市本部に電話をした。誰も出なかったので、次に、パーク・スロープのYMCAに連絡したところ、上級ディレクターと話すことができた。女性更衣室の件について話すと、彼女は謝罪して、職員に伝えると言ってくれた。

    ところが、その翌週の8月24日、再び家族用更衣室を使おうとしたら、前とは別の職員が私には利用資格がないと思ったらしく、あなたは親でも子でもないからここを立ち去るように、と言ってきた。先週、職員に連れられて女性更衣室を出されたばかりだったので、女性更衣室には戻れないと思ったが、かといって男性更衣室に行くのは不安だった。自分が男性として「通用する」気がしなかったからだ。私はその場を立ち去った。

    トランスジェンダーやジェンダー不適合者に対して、単一性別のプログラムの利用や、自分の性同一性や性表現と一致する施設の利用を禁じることは、「ニューヨーク市人権法」に違反する。それにもかかわらず、また、YMCAに138ドルの会員費を払ったというのに、私は、ニューヨーク市法が利用できると定める女性更衣室を使うことができなかった。

    こうした苦情に応える相談窓口があったので、問い合わせをしたが、対応は鈍かった。YMCAは、私が最初に苦情を伝えた後も、対策を取ることはなかった。私が人権委員会に訴えた苦情は、今後裁定されるかどうかはっきりしない。

    強力な法律が整っている都市でさえ、いまだにこのような差別が起きていることをアメリカの人々は知るべきだと思う。こうしたことは、私だけでなく、私の知る多くのトランスジェンダーやジェンダー不適合者の身にも起きているのだ。


    こうした二度の出来事のあと、私は完全にYMCAをやめることも考えた。しかし、スイミングプールの往復は、私にとって大きなストレス解消法だ。これまでの人生のほとんどを通じてずっとそうだった。子どものころのスイミング教室から、高校時代の競泳、講義の合間を見つけて泳いだ大学時代まで、私はいつも水が大好きだった。プールに飛びこんだ途端、その日1日にたまったストレスや心配がすべて溶けてなくなるような気がするのだ。

    昨年、両乳房切除手術とも呼ばれる胸の手術を受けてからは、胸のすぐ下に走る目立つ傷あとが、プールを出入りするときに、まわりの人の目を引くようになっていた。更衣室でもプールサイドでも、まわりの人の視線を感じることが多かったが、これまではそのほとんどを無視することができていた。

    YMCAの施設で性別を問われた経験があるトランスジェンダーは、私だけではない。2016年には、シカゴ近郊のYMCAで、ある女性が従業員に対し、10代のトランスジェンダーの少年が女性用更衣室を使っていることに懸念を示した。この件と、ほかのいくつかの同じような事例を受け、メトロシカゴYMCAは、トランスジェンダーの会員やゲストを受け入れる際のガイドラインを公開した。

    だが、YMCAのような場所がトランスジェンダーを受け入れるポリシーを持っていたとしても、こうしたポリシーをスタッフやジムの会員が認識していなければ、ほとんど役に立たない。場合によっては、地域や州に差別禁止法があったとしても、公共施設や民間施設の従業員が、会員の性別を取り締まり、男性や女性の外見は「こうあるべき」という恣意的な基準から外れていると見なされた人を追い出すのを阻止できないこともある。

    「トランスジェンダーの平等のためのナショナル・センター」が実施した調査では、トランスジェンダーの60%近くが、公衆トイレの使用を避けていると回答している。衝突やハラスメント、攻撃の不安からだ。

    2018年8月には、オクラホマ州のアキルという小さな町の学校の保護者たちが、12歳のトランスジェンダーの少女への暴力を煽る言葉をフェイスブックに書き連ねる事件があった。保護者たちは、少女を「あれ(it)」と呼び、彼女の生命を脅かす内容の書き込みもあった。「女になりたいのなら、女にしてやれ。よく切れるナイフがあれば、あっというまにできる」

    この事件は全米でニュースになり、郡保安官が、学校の一時閉鎖を命じる事態に至った。

    保護者たちの脅迫は、その12歳の少女が、学校で女子トイレを使っていたことに触発されたものだった。地域の保護者たちが参加するフェイスブックグループでは、その少女がトイレの個室のドアの上から覗いていたという噂が広まっていた

    アメリカのトイレ論争に関しては、生まれた時の性別が男性だったトランスジェンダーの少女や成人女性が、ひときわ大きな怒りや疑いを呼び起こす傾向がある。いっぽう、生まれた時の性別が女性だったトランスジェンダーの少年や成人男性をめぐり、トランスジェンダー関連のパニックが巻き起こるようになったのは、ごく最近になってからだ。

    だからと言って、私のような男性寄りのトランスジェンダーが、性別で区別される場所にいるときに、詮索や嫌がらせを受けていないというわけではない。ときには、完全に拒絶されることもある――オクラホマ州アキルのような保守的な田舎町に限らず、ニューヨークのような進歩的な安息の地とされている街でさえそうなのだ。

    あのときの更衣室の光景を思い返しているうちに、あの出来事は実は自分のせいで起きたのではないかと思い始めた。そもそも私は、女性用更衣室で着替えるべきだったのだろうか? 2月から使っている少量のテストステロンと胸の手術の影響で、すっかり男性として通用するようになっていて、あの場にいるのがもはや不適切になっていたのではないだろうか?

    しかし、まだテストステロンを使っておらず、乳房切除手術を受けていなかったときにも、別のジムの更衣室で着替えをしていたら、スタッフから、その更衣室は「女性専用」だと言われたことがあった。当時、私のトランスジェンダーとしてのアイデンティティは今よりもはるかに不安定だった。バツの悪いやりとりをできるだけ早く終わらせたかった私は、本当はそうではなかったけれど、「私は厳密に言えば女性です」と説明した。そのすぐあと、私はそのジムを解約した。

    だがこれは、ひとつのジムやYMCAを超えた問題だ。詮索を受け、ときに公共の場から追い出されるのは、トランスジェンダーの人たちだけではない。男性的なレズビアンや、乳房切除術を受けた、トランスジェンダーではない癌のサバイバー、女性的な男性など、「特定の性別ステレオタイプにあてはまらない外見」を持つ人の多くが、この種の性別威圧を受けている。

    トランスジェンダーたちに対して、ほかの人たちの安心のために、トイレや更衣室の使用を控えろと要求するのは、残酷で非人道的であるばかりでなく、私たちが公的な生活に参加するのを妨げることにもなる。私はYMCAで泳ぎたかっただけだ。誰も傷つけてはいなかった。ただ、自分の人生を送ろうとしていただけ――ただ学校に通おうとしていた、オクラホマ州の12歳のトランスジェンダーの少女と同じだ。

    自分の身に起きたことをニューヨーク市人権委員会に報告したところ、委員会の広報担当者からはこんな説明を受けた。「ニューヨーク市人権法の規定では、ニューヨーク市の雇用主、家主、公共施設が、性自認や性表現を理由に個人を差別することは違法です。これには、トランスジェンダーやジェンダー・ノンコンフォーミング(性別の表現が従来の文化的な規範に当てはまらない人を広く指す用語)に該当する人による、トイレや施設の使用を拒否することも含まれます。自分以外の誰かの性自認や性表現に不快感を抱くというのは、トイレや施設の使用を拒否する法的な理由にはなりません」

    ふたたびYMCAに接触し、今回は記者として連絡をとったところ、その日のうちに広報責任者のエリック・オプサルが折り返し連絡してきた。オプサルは私に、グレーター・ニューヨークYMCAの事業運営担当バイスプレジデント、エリカ・ラウテンシュトラウフを紹介してくれた。

    ラウテンシュトラウフは、私が遭遇した出来事について真摯に謝罪し、YMCAのポリシーでは、トランスジェンダーの人は、女性用、男性用、家族用を問わず、自分が最も安心できる更衣室を使用できると定められていると明言した。さらに、私が次にYMCAへ行くときに同席し、そのポリシーをどう徹底すればいいかを話しあおうと申し出てくれた。

    その後、オプサルからメールで公式声明が送られてきた。「YMCAの一支部で会員が歓迎されていないと感じられたことを、深く謝罪いたします。YMCAは、あらゆるジェンダー、民族性、バックグラウンドを持つニューヨーカーのために存在しています。すべての人が歓迎されていると感じ、安心できるようにするために、トランスジェンダーの方には、本人の性自認に合った更衣室を使用する機会を提供しています。こうした指針をスタッフや請負業者に改めて伝え、再発の防止に努めます」

    さらにオプサルによれば、現在ブロンクス区に建設中で、2020年オープンを予定しているYMCAの2つの新ジムには、ユニバーサル更衣室があるという。

    ラウテンシュトラウフと話をしたとき、どの更衣室を使うのがいちばん安心できるかと尋ねられた。「たぶん、女性用ですよね?」と彼女は言った。今月はじめまでなら、たしかにそうだったかもしれない。けれども、私はもう、女性用更衣室では安心して着替えられなくなっていた。しかし、安全上の理由から、男性用更衣室を使う覚悟もまだできていなかった。家族用更衣室を使うのも、落ち着かなかった。本当のことを言えば、私が安心できる場所はどこにもなかった。

    けれども、パーク・スロープYMCAにはジェンダーニュートラルな更衣室はなく、ほかに選択肢はなかったので、私はまた女性用更衣室を使うようになった。いまは、まっすぐに、仕切りのある着替えスペースへ行き、出入りの途中ですれ違う人とはいっさい目を合わせないようにしている。それは楽しみな体験とはほど遠く、私はできるだけ急いで終わらせるように努めている。

    プロスペクト・パークYMCAの外には、こんな看板が掲げられている。「私たちは、あらゆる大きさ、あらゆる色、あらゆるジェンダー、あらゆる信条、あらゆる宗教、あらゆるタイプ、あらゆる人を歓迎します」。その思いは立派だが、真実が書かれているとは私には思えなかった。けれど、いつの日か真実になることを願っている。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:古森科子、梅田智世/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan