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Laura Gallant / Tim Lane / BuzzFeed

無職でホームレス。そんな男が何千人もの人をHIV感染から救った

2016年のイギリスでは、HIV感染者数が激減した。その立役者であるグレッグ・オーウェンが、BuzzFeed Newsの独占取材で体験を語ってくれた。

2016年、クリスマスの数日前のこと。かかってきた電話は、それまで誰も予想できなかったような内容だった。

シーナ・マコーマック教授は、HIVウィルスを追跡し、それと闘うことに生涯を捧げてきた疫学者であり、世界でもっとも高い評価を受けるHIV専門医だ。マコーマック教授はその日、電話の相手に対して、トップニュース級のメッセージを伝えた。この12カ月間で、HIV感染症の診断を受ける男性同性愛者の数が40パーセント、イングランド全域では3分の1も減ったという知らせだ。

HIVウィルスが発見されてから35年以上が経つが、これほど大幅に減るのは異例のことだ。このあまりにも大きい数字は、医学界では驚きを通り越して虚偽にさえ見えてしまう。だが、この数字は本当だった。

この物語の背景には、秘密裏に何度か行われた会合と、人々のネットワークがあった。その中心にいたのは、ある男性だ。医学の歴史が変わった陰には、人知れず彼の力があった。男の名はグレッグ・オーウェン。彼こそがマコーマック教授の電話の相手だった。彼の物語が余すところなく語られるのは、今日が初めてだ。

オーウェンは、BuzzFeed Newsのオフィス内にある、音が反響する会議室で椅子に腰を下ろし、そのときの会話を回想した──その電話でマコーマック教授が彼に本当に伝えたかったことを。

「彼女はこう言った。『パーセンテージは気にしないで。この事実を別の角度から見てほしい。今年、あなたのおかげでHIVに感染せずに済んだ人が何千人もいるんですよ』」

オーウェンは涙をこらえきれなかった。電話のあとも毎日泣いていたという。

「役に立つことをしているという実感はあったけど、具体的にはわかっていませんでした。最高の気分です。僕と同じ立場にいる人たちが一体どれだけ、同じことをすると思いますか?」

この前例のない功績をマコーマック教授から認められた彼は、医師仲間でもなければ、チャリティの代表者でもなければ、政治家でもない。オーウェンは元セックスワーカーのホームレスで、現在は失業者だ。

彼がやってのけたこと、そして、その理由はあまりに突飛であるため、ロン・ウッドルーフが引き合いに出されるのは当然の帰結だろう。映画『ダラス・バイヤーズクラブ』でマシュー・マコノヒーが演じたロン・ウッドルーフは、実在のエイズ患者で、1980年代のアメリカでエイズに苦しんでいた人々のために未承認の抗HIV薬を密輸した。

二人の違いは、ウッドルーフの場合は悲劇に終わった法外な物語だったが、オーウェンの場合は、悲劇の物語が、法外ですばらしい成功に終わったという点だ。

2015年夏、当時35歳だったオーウェンは、バーテンダーやクラブの宣伝のアルバイトをしていた。北アイルランドのカトリック系労働者階級の家庭に6人兄弟の1人として育った彼は、俳優の訓練を受けるためにイングランドに出てきたが、ロンドンのナイトライフの喧噪の中で生きるようになっていた。その夏、彼は苦渋の決断に迫られていた。

かねてからオーウェンは、HIVの予防に用いられつつある新たな治療法についての噂を耳にしていた。これは「PrEP(暴露前予防投薬)」と呼ばれるもので、その一環として抗レトロウイルス薬「ツルバダ(Truvada:商品名)」の投与が毎日行われる。オーウェンは、HIVウィルス感染を恐れていたが、ツルバダの服用を開始すべきかどうか決めかねており、その入手法も知らなかった。

イギリスの国営医療サービス事業「NHS」を通じて、PrEPを受けることはできなかった。全額自費負担となると月額およそ500ポンド(約7万円)がかかった。

当時のNHSでは、ツルバダの効果や投与すべき対象者を確認するための大規模な研究「PROUD」が進められていた。そしてこの研究の責任者を務めていたのがマコーマック教授だった。

オーウェンは、長い話の途中で、「セックスパーティでPROUDのことを聞いたんです」と事も無げに言った。彼は普通の人の2倍のスピードで話す。彼の話す文章は、節のなかに節が組み込まれ、脱線がまた別の脱線へと枝分かれし、時には戸惑いを覚えるほどに連ねられる。

PROUDへの登録はすでに打ち切られていたので、オーウェンの参加はかなわなかった。当時の彼は、自身の混沌とし​​た状況をますます自覚するようにもなっていた。恋愛関係の破綻と自殺未遂ののち、オーウェンは友人宅を転々としながらソファで眠る生活になり、次第に完全な現実逃避モードへと陥りつつあった。

「危ないことは嫌というほど繰り返してきました」とオーウェンは語った。「当時は『やらずにはいられないんだよ』という調子で週末はずっと、違法ドラッグに手を出し、覚醒剤を吸っていました」

だが、オーウェンの決断にはもう1つの理由があった。愛する人がHIV感染症の診断を受け、精神的に崩れていってしまう様子を、彼は見ていたのだ。

「本当にひどい状態でした」とオーウェンは語る。その男性は、受けた診断のことを頭から消し去ろうとしてドラッグに深くのめり込み、それから間もなくして心臓発作を起こした。「完全にまいってしまっていた。何もかもがメチャクチャでした」

オーウェンは彼を何とか助けようとしたが、無駄な努力だった。その後、オーウェンはHIV陰性を保ちつつも、HIV陽性の人々に広く手を差し伸べる方法はないか模索するようになった。

2015年8月11日、オーウェンはFacebook投稿で、PrEPを開始するつもりだと友人たちに知らせた。HIV陽性の診断を受け、治療の一環としてツルバダを処方されていたある友人が、薬を切り替える前に、予備のツルバダを何錠かあげようと言ってくれたのだ。オーウェンは、ツルバダの服用を開始して、自身の経験をブログで報告するつもりだった。「一つ一つのことを詳しく書こうと思ったんです」と彼は笑った。

怒ったり、顔をしかめたり、喜びではにかんだりしているときを除けば、オーウェンはよく笑う。その笑いにしばしば添えられるのは、過剰なまでのジェスチャーだ。彼がじっとしていることはほとんどない。


Facebookへの投稿の翌日、オーウェンはセクシャルヘルス・クリニックに行った。ツルバダを服用する前に、HIV陰性であることを再確認するためだった。少ししてオーウェンは、ピンプリック法による簡易血液検査の結果を看護師から伝えられた──陽性だった。彼はHIVを予防するチャンスを逃してしまっていたのだ。

「吐き気がしました」とオーウェンは語った。「『タバコを吸いに行かせてくれ』と言うのが精一杯でした。ショックでした」

翌日の夜、Facebookの友人たちが、PrEPのことについて尋ねてくるのがわかっていたオーウェンは、ゲイバーでの仕事中にアップデートを投稿し、自分がHIV陽性であることを皆に知らせた。

この行動が、のちにすべてを変えることになる。一連の出来事の引き金だった。

「2時間後、休憩で外に出て確認すると、375のいいね!と175のコメント、50のシェアを獲得していました。『ウソだろ!』って感じでした」と彼は語った。

「Messengerを開いてみると、皆からの告白やら応援メッセージやらで溢れ返っていました。2時間で50~60人ぐらいからメッセージが届いていたと思います。『君がしたことに本当に驚いた。自分もHIV陽性だけど、誰にも言ったことなんてない』とか、『自分は家族にしか言っていないのに、君は5000人に発表したんだね』とかいったメッセージでした」

しかし、やがてメッセージの内容が変わり始めた。「『このPrEPって何? 君はPrEPを受けてたのに、どうしてHIVに感染したの?」みたいなメッセージが来るようになった。1週間も経たないうちに、1日に10人からPrEPについての質問を受けるようになりました。しかも、その10人がそれぞれ10個の質問をぶつけてくるのです」

人生や自身のブログに本腰を入れて取り組みたいと思っていたオーウェンは、知人や見知らぬ人たちからひっきりなしに寄せられる質問で、かなりの時間がとられてしまうことに気づいた。何か手を打たないと、と思った彼は、友人のアレックスに相談を持ちかけたが、そのときあることを思い出した。

「僕はこう言いました。『どこかの集まりに参加していたときに、ジェネリックのC型肝炎治療薬なら10分の1の値段で輸入できるって言っていたよね?』」と彼は語った。このひらめきが、終わることのない質問攻め(オーウェン流に言うなら『PrEPのことを聞いてきやがるウザイ野郎ども』)から彼を解放する一歩に思えた。

オーウェンは、見つけられる情報をすべて盛り込んだウェブサイトを立ち上げて「PrEPから手を引く」ことに決めた。この皮肉について彼は笑った。結局、この決断は逆の結果を招くことになったからだ。このウェブサイトの目的は、事実の提供だけでなく、海外の製薬会社から安価なノーブランド版──いわゆる「ジェネリック」──のツルバダを読者が購入しやすいようにすることでもあった。

あとは、これをどうやって行うかだ。オーウェンにはセクシャルヘルス・クリニックで働く知人がいた。彼はその男に電話をかけた。

「『薬を輸入できるかもしれないって聞いたんだけど。何か知ってる?』って尋ねると、彼はこう答えた。『もちろん。明日の午後3時に来てくれ』と」

翌日、2人はクリニックで会った。オーウェンはすべてを秘密にしておくように言われた。

「彼はこう言いました。『ここのクリニックを利用している患者の一部は、あるウェブサイトからジェネリック薬を自分で調達している。僕たちも、バレないように気をつけながらモニタリングを行ってきた。薬が作用しているか確認するため、定期的に血液検査もしている』と」

この一言で、すべてが可能になった。ノーブランド版のツルバダを買える場所はあったのだ──しかも、月額およそ50ポンド(約7000円)、プライベート・プレスクリプションの10分の1の価格で。おまけに、これらノーブランド版のツルバダが正しく作用していることを確認できる見込みまであった。当時、NHSではPrEPを受けられなかったため、薬が腎機能に悪影響を及ぼしていないか、偽物ではないかを確認するための尿検査も血液検査も、公式には求められていなかった。

オーウェンによれば、クリニックのこの男性が、彼の計画を実行可能なものにしてくれたのだという。彼はオーウェンに、どのウェブサイトが患者たちにジェネリックのツルバダを提供しているのか、どこが扱っている薬が効くのか(クリニックは有効性を確認する検査を行っていた)を教えてくれた。

「僕はこう言いました。『じゃあ、これは合法なんだね。合法だけど、危ないんだね。僕たちはできるんだろうか?』。すると彼はこう言いました。『もちろん。可能なだけでなく、やらなければならないことなんだ。誰かがやってくれるのをずっと待っていた。クリニックでは毎日、HIV感染症の診断が下されている。PrEPならそれを食い止められるのに、どうすることもできない現状を見ているときの悲痛な想いがわかる?』」

オーウェンに必要なモチベーションはこれだけだったという。彼と友人のアレックスは、数週間を費やしてウェブサイトを立ち上げ、できるだけ多くの情報を集めた。ジェネリックのツルバダを販売・出荷するアジアの薬局にリンクする、シンプルな購入ボタンも追加した。そして2人は、このウェブサイトを「IWantPrEPNow.co.uk」と名づけた。

「ビクビクしていました」と彼は語る。「効くか効かないかわからないバイアグラを売っているんだったら、その被害はペニスが勃起しない程度です。でも僕が売っているのは、HIVが予防できるかもしれないと人々が頼るかもしれない薬なんです」

2015年9月、PROUDの研究結果が発表された。次のような内容だった。PrEPはコンドームに匹敵するぐらい、極めて効果的だ。さらにツルバダは、コンドームと違って、性的欲望に駆られたときに予防措置を講じられるか、という各人の能力や意志に依存しない。薬物やアルコール、低い自尊心、自己破壊衝動などの要因を加味すると、全ての年齢層でコンドームがあまり使われないのは驚きではない。PrEPは実効性のある代替手段を提供していた。

ツルバダを服用するとほかの性感染症(STI)の割合が増えるのではないかという懸念もあったが、PROUDの調査では、有意なほどには高くなかった。したがって、多くの人々が抱く懸念は事実無根だったのだ。そんなわけでオーウェンにとっては、海外のオンライン薬局がまともなジェネリック薬を売り続けてくれさえすれば、すべてがうまくいく見込みだった。

IWantPrEPNow.co.ukは2015年10月19日に立ち上がった。最初の2ヶ月間、オーウェンは「不安に立ち向かい」ながらも、自信満々のふりをするしかなかった。そのころも、まだ彼は友人宅のソファで眠っていた。

「何の知識もない素人でした」と彼は語る。「病院に勤めた経験もなければ、薬剤師の経験もなかった。何の経験もない。その年が終わるまで、誰かから『おまえのせいでHIVに感染した』ってメールが来るんじゃないかとずっと不安でした」

しかし、何かが彼の背中を押し、自己不信を抑えた。HIV感染による苦悩が元で心臓発作を起こした愛する人の存在だ。自分たちの身に起こったことを埋め合わせるのだという使命感のなかで、モチベーションがどのようにわき起こってきたかを彼は説明しようとした。

「彼と僕の身に起きたことを、ただなんとかしたいと思ったのです。誰か1人のHIV感染を防ぐ役に立てれば、僕のHIV感染は相殺される。もう1人助ければ、僕の勝ちだだと思いました。恥とか罪悪感とか後悔とか、そんな気持ちで行動していたわけじゃなくて、『自分のHIV感染を意味のあるものにしよう』と思っていただけです」

サイト立ち上げから数日のうちに、オーウェンがソーシャルメディアに記事を投下して宣伝したおかげで、アクセス数が増えはじめた。来なくなるだろうと期待していた質問は、逆に増えるばかりだった。メディアの取材依頼が舞い込むようになり、PrEPとサイトについて、ブリストルのラジオ局で話す機会も来た。「『いったい何をどうしたら、こんなことをする羽目になるんだ?』と思いました。僕は全然、何もわかってなかった。PrEPに使われるエムトリシタビン(emtricitabine)とテノホビル(tenofovir)の発音もわからなかったくらいです。適当に発音したのです」

オーウェンは、長距離バスで4時間をかけてブリストルへ行き、ラジオ番組で20分ほどしゃべり、また4時間をかけて帰宅した。「一文なしだったから、旅費は借りなければなりませんでした」。IWantPrEPNowのアクセス数は、たちまち跳ね上がった。

その後は、彼の言葉を借りれば、「何もかもが、すごいことになりました」。サイトには要望や質問が殺到した。その多くは、オーウェンがGoogleで調べなければ答えられないような内容だった。「目の見えない人が、目の見えない人を先導するようなもの」。オーウェンはそう言って、いまだに不安と緊張のただなかにいるかのように、険しい表情を見せた。

一方、セクシャルヘルス・クリニックにとっては、IWantPrEPNowは求めていたツールだった。PrEPに興味がある患者に教えられるURLができたのだ。それに目を留めたのが、ロンドン中心部にあるイギリス最大級のセクシャルヘルス・クリニック、モーティマー・マーケット・センターのHIVコンサルタント、マグス・ポートマン医師だった。ポートマン医師はオーウェンに連絡をとり、クリニックのすぐ近くで、ワインを傾けながら話をした。それが転機だった、とオーウェンは言う。

「彼女はこう言いました。『私に何ができる? 苦労していることはない?』って。僕は、『目下、勉強中だけど、信用と注目が必要だ』と答えた。そうしたら、『私に任せて』って言ってくれました」

ポートマンは重要な行動を起こした。英国医学協議会(GMC)に問い合わせ、PrEPに関心を持つ患者や、NHSでまだ提供されていないPrEPをすでに利用している患者について、セクシャルヘルスケアの医師がどう対応すればいいか、助言を求めたのだ。

「医者たちは、PrEPについて患者と話し合うことさえ不安に思っていました」とオーウェンは言う。「GMCの回答は、とっくにわかりきっていて、ガイドラインにも書かれていることでした。基本的には、たとえそれがNHSが関わる委託(コミッショニング)が行われない治療でも、患者にとって最善の治療を勧めるのは医者の義務だ、ということらしいのです。つまりGMCは、PrEPについて話してもいい、とゴーサインを出したってわけです」

それ以降、ジェネリックのPrEPをオンラインで買っているという同性愛者が次々に病院を訪れ、治療的血液モニタリングと呼ばれる尿と血液の検査を依頼するようになった。数週間のうちに、そうした要望に応えるセクシャルヘルス・クリニックの数が増えはじめた。さらに、ポートマンと同僚の医師たちとの話し合いの結果、オーウェンはモーティマー・マーケット・クリニックで、PrEPに関する医療スタッフのトレーニングをすることになった。

「まったくおかしな話です」。オーウェンはそう言って、その一見ばかばかしいアイデアに笑い声をあげた。「教授や医者を相手に、僕がスタッフトレーニングをするのですから」。とはいえ、オーウェンは自分がそう求められた理由をわかっていた。「僕は世界中の何百何千というPrEP使用者と、いつも話をしています。彼らが何を必要としているのか、どうすれば正直に医者と話ができるのか、それを知っているのです」

そのあいだも、オーウェンは休みなしに動いていた。IWantPrEPNowに寄せられた質問に徹夜で答えることもしょっちゅうだった。TwitterやFacebookでも、サービスの情報拡散に努めた。立ち上げから2カ月間のIWantPrEPNowのユニークビジターは2500人ほどだった。大きな数字には見えないかもしれないが、イングランドでHIVと診断される人の数が年間6000人ほどであることを考えれば、相当な数といえる。しかも、その数はさらに増えていった。

予想もしていなかった新たな闘いがはじまったのは、2016年3月のことだった。NHSイングランドのPrEP委託プロセス(医薬品の資金援助につながるプロセス)が、18カ月にわたるHIV関連セクターとの協議のすえ、頓挫したのだ。PrEPをまもなく患者に提供できるようになるはずだと期待していた医師や慈善団体は、突然の失望を味わった。オーウェンは、サイトを自分で運営するのは、PrEP提供の仕事をNHSが引き継ぐまでの数カ月間だけと考えていた。だがいまや、この先しばらくは、この活動が自分の人生の一部になりそうだと覚悟した。

ただし、この判断が報道されたことで、興味深い効果が生じた。それまでよりも多くの人がPrEPの存在を知るようになり、PrEPを求めてIWantPrEPNowを訪れるようになった、とオーウェンは説明する。アクセス数が2倍、3倍に増えはじめた。ソーシャルメディアでのオーウェンの注目度も高まり、それがさらなるトラフィックとメディアの注目を呼んだ。BBCに出演したのをはじめ、ラジオ討論や新聞に登場する回数も増えた。グレッグ・オーウェンは、ミスターPrEPになりつつあった。

NHSイングランドの判断を受け、HIV関連のあらゆる主要慈善団体が一致団結して闘った。会合が次々に開かれた。オーウェンは活動家としては唯一、そうした会合に招かれて出席した。というのも、彼こそがPrEPを求めるたくさんの人々をつなぐ中心人物であることを、HIVの専門家なら誰でも知っていたからだ。BuzzFeed Newsは、会合への出席を認められた唯一の報道機関だ。

高名な医師や、歴史の長いNGOのリーダーたちが慎重に戦略を練っていた一方で、オーウェンは話が本筋から逸れたと感じると、ときに声を荒げて、相手の話を遮った。テーブルにこぶしを叩きつけんばかりの勢いで、世界中のPrEP使用者や仲間の活動家から聞かされてきた話を伝えたこともあった。イギリスの人たちはPrEPを必要としている、でもそれだけじゃない、NHSがこの薬を提供すれば、ほかの主要国の医療制度もあとに続くかもしれない。その熱のこもった態度とマシンガンのような口調が訴えていたのは、ただひとつのこと――いますぐに闘い、そして勝たなければならない、というメッセージだった。

NHSイングランドは、HIV予防は地方自治体の仕事ではないので、PrEPの提供はNHSの責任ではないと主張していた。その主張を引っくり返そうとしてナショナルAIDSトラストが起こした訴訟により、法廷闘争がはじまった。事態が進展し、ニュースで状況が報じられるたびに、IWantPrEPNowのアクセス数は増えていった。

NHSイングランドが高等法院で敗訴した8月までに、サイトの1カ月あたり訪問者数は1万2000人に達していた。NHSイングランドは即座に上訴したが、ジェネリックPrEPの注文件数は増えつづけていた。

一方、「グラインダー(Grindr)」や「スクラフ(Scruff)などのゲイやバイセクシュアル向けの出会い系アプリでは、プロフィールにPrEPを服用していると明記するユーザーが増えはじめていた。この現象は、欧州全体でも起きていた。IWantPrEPNowのビジターのうち、もっとも多いのはイギリス人だったが、欧州大陸のさまざまな国に住む多くの人が、IWantPrEPNow経由でPrEPを購入し、送ってもらっていた。

NHSが行きづまる一方で、オーウェンが押し進めてきた地下運動は、本格的に走り出していた。

「この体験のすべてが、すごく奇妙な感じでした」とオーウェンは言う。「個人的なレベルで言えば、いつもヴォクソール (ロンドンの地区)のクラブでふらふらと売春みたいなことをしている、身持ちの悪いクズとして見られていたのが、いきなり『良いゲイ』とか『コミュニティのリーダー』として見られるようになったのです」

オーウェンにとって、それはナンセンスだった。「こんなことを思いました。僕がときどき歩かなきゃならないのは、オイスターカード(ロンドンのバスと地下鉄の乗車カード)を買えないからだなんて、あんたたちは知らないだろ、って。文字どおり1日1食しか食べないのは、金がないからだとか、誰かのソファで寝てるのは、この活動に関して僕に金を出そうと思う人が誰もいないからだとか、そんなことはみんな知らない。僕の生活は、セックスワーカーだったときと何も変わっていないのです」

8月までにオーウェンは、2軒のバーでしていたパートタイムの仕事を辞め、IWantPrEPNowに専念することにした。無報酬でだ。無一文で週60~70時間働いていたオーウェンは、ときどき故郷ベルファストの母親の家に戻り、キッチンから、イギリスのHIV予防薬の主要窓口を切り盛りした。母親はずっと大きな支えだった、とオーウェンは言う。

昨夏、オーウェンはある医師(オーウェンが匿名を希望した)に、銀行口座の情報を訊かれた。その医師は、サイトの運営費に充ててほしいと、1000ポンド(約14万円)を寄付してくれた。

11月、NHSイングランドは上訴審で敗れた。PrEP委託の道が拓かれたのだ。その翌月、NHSの声明が発表された。PrEPを2017年初夏から3年間、1万人に提供し、その後、より大規模な提供を開始する、という内容だった。

声明が発表されたのは、2016年12月4日の真夜中だった。オーウェンはそのとき、一時的にベルファストに滞在し、バーでパートタイムの仕事をしていた。「ビールを注いでいました。5分だけ休みをもらったら、TwitterもFacebookも大騒ぎになっていた。それから1時間くらいは、カウンターで背中を向けてはすすり泣いて、そのたびに涙を拭いて、またビールを注がないといけませんでした」

そのころにはすでに、ロンドンのいくつかのセクシャルヘルス・クリニックでHIV診断件数が大きく減っているという噂が、オーウェンの耳にも届いていた。だが、それを事実だと保証してくれたのは、声明発表のすぐあとにマコーマック教授がかけてきた電話だった。マコーマック教授は、オーウェンがいままでしてきたことに対して感謝を告げた。

「彼女はこう言ってくれました。『私たち、教授や医師や研究者は、みんながんばっています。でも、私たちの誰にもできなかったことを、あなたがしてくれました。みんながPrEPを使いたいと思うようになったのは、あなたがみんなに簡単に使える、ということを教えてくれたからです。それに、彼らをサポートして、簡単にPrEPを買えるようにしてくれたからです。私たちの誰にも、そんなことはできなかったのです。あなたのような人はいなかったから』」

オーウェンによれば、HIVと診断される人の数は、マコーマック教授が所属するロンドンのクリニックだけでも、2016年に300人も少なくなったという。BuzzFeed Newsの取材を受けた際、マコーマック教授はすかさず、HIV診断件数の減少に関してIWantPrEPNowが果たした役割を強調した。

「IWantPrEPNowの存在はとにかく重要です」とマコーマック教授は言う。「私たち医師は、仮にNHSがPrEPプログラムを委託するにしても、事態の進展はあまりにも遅いものになるだろうと思っていました。IWantPrEPNowがなければ、私たちが(PrEPを)使うように導くことはできなかったでしょう。グレッグと迅速に手を結んで、純正な薬を確実に提供するためのセーフティーネットをつくりあげることもできなかったと思います」

マコーマック教授によれば、何が新たな感染者数の減少を導いたのかは、疑う余地がない。2015年末以前も、セクシャルヘルス・クリニックでは、新規感染者数を減らすべく、検査や治療を強化するさまざまな新しい取り組みが実施されていた。だが、効果は出ていなかった。「(感染者数減少の)おもな要因はPrEPです」とマコーマック教授は断言する。

IWantPrEPNowは、PrEPの入手経路を提供しているというだけではない。このサイトのアクセスが増加した経過は、ジェネリックPrEP薬を使用している来院者の増加や、感染件数の減少の経過と、ぴったり一致している。

「サイトへの問い合わせ数は7月がピークで、それ以来、きわめて高い水準で推移しています」とマコーマック教授は言う。「私たちの記録を見ると、新規PrEP使用者の数も、同じころにピークを迎えています。そして、私たちが新規感染者数の大幅な減少に気づきはじめたのも、ちょうどそのころです」

オーウェンのサイトの影響が見られるのは、イギリスだけではない、とマコーマック教授は言う。「PrEPの入手経路を持たない欧州大陸在住の人たちも、IWantPrEPNowを利用し、イギリス経由でPrEPを入手する方法を見つけています」。バルセロナやアムステルダムといった欧州の主要都市でも、2016年に新規感染者数が急に減少したと、マコーマック教授は説明している。

IWantPrEPNowのおかげでHIV感染を予防できた人の総数を正確に知ることはできないが、マコーマック教授によれば、その感染予防効果の規模や全容は、この分野で働く者にとっては圧倒的なものだという。

「言葉では言い表せないくらい大きなことです」とマコーマック教授は言う。「効果が実際に出ているのを目にするのは、我々の取り組みや試みのすべてが報われる、究極のご褒美です。夢見ていたような出来事です」

オーウェンもそれに同意する。「最高の気分です」とオーウェンは言う。「自分のHIV感染を無駄にせず、反撃するために、ものすごく苦労しました。個人的にもたくさんのことを犠牲にしました。どうして破産しなかったのか、わからないくらいです。この18カ月を振り返ってみると、自分にできる最高のことをしたな、って思います。人生がめちゃくちゃになって、自殺にも失敗して、何が悪いのかもわかりませんでした。。でも、いまにして思えば、HIVにそんなに関心を持っていなかったら、あれほど一生懸命にならなかったんじゃないかと思います。これまでのすべてを、いま振り返ってみると、ああそうか、その体験にはそういう意味があったんだなって思えます」

オーウェンは、愛していた人のことを再び口にした。HIVに感染し、心臓発作で死にかけた男性だ。

「彼が崩れてしまうのを、僕には止められませんでした」とオーウェンは悲しそうに言った。

我々はBuzzFeed Newsのオフィスを出て、ロンドンの歴史あるゲイの中心地、ソーホーに向かった。同性愛の男性たちが何世代にもわたり、出会い、セックスをして、関係を築いてきた場所だ。その途中でオーウェンは、初めて、しばらく黙り込んだ。

「その罪悪感を振り払うのに、何年もかかりました」

この記事は英語から翻訳されました。翻訳:阪本博希、梅田智世/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan


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