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片腕がない同性愛者。そんな私がありのままの自分でいられるようになるまで

障害と恋愛。あまり楽しくないときもあった。

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Leah Goren for BuzzFeed News

レベッカとの初めてのデートに向かう車の中で、私は急いでリップを塗り直した。グラノーラバーをあわてて食べながら、話すかもしれないテーマを頭の中で何度も繰り返した。私はひどくナーバスになっていた。ネットの情報からすると、レベッカは賢くて、クールな人みたいだった。

出会い系アプリTinderにあったレベッカのプロフィールは、こんな感じだった。「クロップトップ、猫、ジョアン・ザ・スクリーマーが人生のカギ。いまは青い髪」。そのうえ、彼女はゴージャスだった。

一方、私のプロフィールはこうだ。「ワインと本、フェミニズムが好き。あなたと、ケツが汚いあなたのボーイフレンドとの3Pはお断り」。私の障害のことは、プロフィールでは触れていなかったけれど、写真を見ればわかるはずだった。

待ち合わせたバーに着くと、私は深呼吸してから、意を決して車を降り、中に入って、ブルックリンっ子たちの海のなかでレベッカを探した。彼女は、ビールの入った背の高いグラスを前にして座っていた。黒のトップスにショートパンツといういでたちだ。私たちはすぐに意気投合し、何杯も注文するにつれてますます盛り上がった。2人とも見ていたくだらないテレビ番組のことや、カミングアウトの体験談、まだ残っている数少ないニューヨークのレズビアンバー「ヘンリエッタ・ハドソン」や「キュビーホール」へ行った話を語り合った。

私の腕のことは話題にのぼらなかった。レベッカに「何をしているのか」と訊かれ、ボランティアで発展途上国の腕や足を切断した人たちのため、支援金を集めていると答えた。その時、ようやく私は話を止め、今回のデートでまだ自分の腕のことに触れていなかったことに思い至った。

レベッカが気づいていないかもしれないので、私は念のため、そのボランティアの仕事を熱心にしているのは、自分も腕を切断しているからだと説明した。「ほんとに!?」とレベッカはジョークで答えた。私はそのとき義手をつけていなかったから、左腕の肘から下がないことは一目瞭然だった。レベッカは気にしていないようだったし、私も彼女が気にするとは思っていなかった。


とはいえ、以前からこれほど簡単だったわけではない。もっと若いころは自分の腕のことをひどく気にしていた。ニューヨーク州の保守的な郊外で、同性愛者として10代を闘う。それだけでは生ぬるいかのように、私には左腕もなかった。クラスメートたちから直接、腕について言われたことはなかったけれど、ときどき何か言われるのではないかと不安になった。自分が女性と付き合いたいことは早くから自覚していたが、この腕のせいで魅力的でないと思われるのではないかと、心配するようになった。

けれど、ありがたいことに、同性愛者の女性たちは、障害を受け入れる傾向がより強かった。そして、年を重ねるにつれて、この腕が自分の魅力を損なうかもしれない、という不安は小さくなっていった。

自分の障害を悪いものだとは思わない。ときには、良いものだと思うことさえある。20代になったいまは、年齢と人生経験、そして最高の義手のおかげで、これまでになかったほど自信を持っている。それでも、その境地に至るまでは長い道のりがあった。障害と恋愛をめぐり、あまり楽しくない瞬間もあったのだ。


初めてのガールフレンド、チャーリーとデートしたのは15歳のときだった。私たちはチャーリーの家の地下室でこっそり、レズビアンたちを描いたドラマ『Lの世界』を観ていた(両親は、私がダンス教室に出ていると思っていた)。つきあっていた2年のあいだに、腕についてチャーリーと話した記憶はまったくない。そのころの心配は、チャーリーの前の彼女ほど、自分が痩せていないことだった。肘の毛深さは気にしていたけれど、腕のことは気にしていなかった。

一度だけ、いつもと同じように『Lの世界』を見ているときに、登場人物のジェニーとニキの身体つきを見て、突然泣き出してしまったことがある。身体に油を塗ってオイル・レスリングをしている2人が、あまりにもスリムで、あまりにも美しかったからだ。

私とガールフレンドがオイル・レスリングをするところを想像してみても、(男性同士の関係を描く)ブロマンス・コメディでジョークのネタになるような場面にしか思えなかった。ジェニーとニキみたいにはとうてい見えなかった。チャーリーはすごくがっしりしていたし、私は演劇好きの変人のような見た目だった。

私はきれいになりたかった。私が求めていたのは、どんな女の子でもあたりまえに望む美しさだ――すらりとした長身に、流れるような長い髪。当時、私の欠けた腕は、まだそれとは無関係だった。当時、私の腕は、自分が気にしていた美しさとは関係なかったのだ。同性愛者の場合、ジェンダー表現はさまざまで、一般的な基準とは違う見た目を受け入れる傾向がある。だからといって、どんな女性にも向けられる「型にはまった美しさ」のプレッシャーを受けないわけではない。

きまりの悪い話だけれど、『Lの世界』は、私の自意識とセクシュアリティとの折り合いの付け方に大きな影響を与えた。その点は、ほかの多くの同性愛の若い女性たちも同じだったはずだ。『Lの世界』は、いくつも問題があるとはいえ、私たちにとっては神聖なものだった。この番組に出てきた「レズビアンらしい」スタイルを、私は残らず試してみた。シェーン(ダークな時代)のように髪をばっさり切って、Tシャツとブレザーを着るようになったが、最終的には、長い黒髪と赤のリップのジェニーに乗り換えた(そう、私はジェニーのファンだ。それについて謝る気はない)。大人たちからは、よく「そんな格好をするなんて、勇気があるね!」と言われた。障害をものともせず堂々としていることを、褒めなければいけないと思われていたのだと、今ならわかる。


付き合いは続いていたけれど、チャーリーは内緒でほかの女の子に言い寄るようになっていた。自信のなかった私は何も言わなかった。裏切られているとしても、チャーリーをあきらめられなかったし、失いたくなかった。私たちは言ってみれば、トラウマから生まれる絆で結ばれていたようなものだ。ふたりは、高校ではじめておおっぴらにつきあった同性愛カップルのうちの1組だった。チャーリーは私よりずっと強かった。廊下で私たちを「レズ」と呼んだストレートの男子や、ロッカーの前でキスをする私たちをぽかんと眺めるクラスメートの相手をするのは、いつもチャーリーだった。

チャーリーとのつきあいに満足していたとは言えない。けれども17歳だった私は、彼女以外の同性愛の女性には出会えないかもしれないという、理不尽な不安を抱いていた。関係はうまくいっていなかったけれど、私たちは別れなかった。


私たちが17歳のころに、「フォームスプリング」が流行した。フォームスプリングは、2009年に全盛期を迎えた匿名制のソーシャルメディアだ。ユーザーのプロフィールページに、ほかのユーザーが完全に匿名でなんでもコメントできる。当然のことながら、このサービスは、誰かをいじめたい高校生の間で人気を博した。私がプロフィールをつくったのは、クラスメートたちが私のことをどう言っているかを知りたかったからだ。心の底には、みんなから醜いと思われているのではないかという不安があった。最悪なのは、この腕のせいで醜いと思われているかもしれない、という考えだった。

私のフォームスプリングのプロフィールには、「あなたは人々に、自分らしくあろうという勇気を与えてくれる」という褒め言葉が寄せられた(実験的な格好をし、自分の考えを言うことを怖れなかったからだ)。その一方で、侮辱も同じくらい殺到した。同性愛者であることや、ボディカラーリングで肌をオレンジ色にしたこと、演劇オタクであることへのひどいコメントだ。しかし、腕の障害を侮蔑するコメントはひとつもなかった。

クラスメートたちの意見を見られるようになるまでは、腕について考えることはあまりなかった。けれど、彼らが安全なコンピューター画面の向こうからなんでも言えるようになった途端、誰かから腕のことを笑いものにされるのではないかと不安に思いはじめた。

私のもとには、「あなたはチャーリーとつきあっているの?」という質問が来た。チャーリーは完全にカミングアウトしていた。チャーリーのプロフィールには、ストレートの女の子たちを同性愛者に変えているという非難にまざって(チャーリーはすごく魅力的で、ストレートの子も含め、女の子たちはみんな彼女が好きだった)、私についてのコメントも来ていた。「どうしてデイナとつきあってるの? あの子、オレンジ色なのに」

腕について書かれてはいないけど、うれしくないコメントだった。でも、チャーリーは私をかばわず、その手のコメントを承認して、そのまま自分のプロフィールに残していた。私のことなど、もうどうでもいいと思っているのだと感じた。私はそれに腹を立て、子どもっぽいことをした。もういちど私を好きにさせる計画を立てたのだ。


ある日の放課後、まっすぐコンピューター室に向かった。両脇に目をやり、誰にも見られていないことを確かめると、私は1台のPCにログインし、チャーリーのフォームスプリングのプロフィールを開き、匿名でコメントを書いた。「片腕しかない女の子なんかと、どうしてつきあえるの?」。それを打ち込んでいるとき、私の手は震えていた。

私は図書室に残って、宿題をしながら、憑かれたようにチャーリーのプロフィールページをチェックしていた。チャーリーが返事をしたのは、数時間後のことだ。私をかばう彼女のコメントを読んだときに感じた高揚感は、ほとんど性的快感といえるものだった。チャーリーは、誰であれそんなことを言う人とは闘うと宣言し、私のいいところをずらりと並べたてた。チャーリーがこっそり言い寄っていた女の子までが、会話に飛び込んできて私をかばった。「デイナについて、ろくでもないことを言うのをやめないと、あんたが片腕をなくすことになるよ」と彼女はコメントした。

腕を理由に、デート相手にふさわしくないと露骨に言う人は、誰ひとりとしていなかった。なのになぜ、私はそんなことをしたのだろうか? 私は障害を気にしていないし、悩んでもいないと、自分では思っていた。けれど、どうやらそうではなかったようだ。私がチャーリーにかばってほしかったのは、もうずっと長いあいだ、そうしてもらっていなかったからだ。結局、このすぐあとに、私たちは別れた。けれど何よりも私は、誰かから、「片腕しかないから魅力がない」と言われるのを怖れていた。だからこそ、自分からそれを言って、痛みを和らげようとしたのだ。


大学へ行くと、だんだん自分に自信が出てきた。障害について聞かれる回数は増えたけど、言い寄られたり、誰かとつきあったりすることも増えた。成長して、自分のスタイルを持つことで、モテるようになったと感じていた。

けれど、それもある夜までだった。大学1年生のとき、当時つきあっていた女の子と、ロングアイランドの典型的な安酒場「ディジーズ」に行ったとき。私は酔っぱらって泣きながら、このなかで私だけが異質な存在だと言った。彼女は「あなたが片腕で良かった」と言った。私を慰めようとしていたのだろう。「そうでなかったら、あなたはストレートで、すごく浮気者だったと思う」

そのとき、私はその言葉にほとんど反応できなかった。酔っぱらって泣きごとを言うのに忙しかったからだ。私たちは数か月後に別れたのだが、私はその後も、彼女の言ったことを考え続けた。いま思い返してみると、何よりも引っかかったのは、彼女の言葉のなかに、障害のある同性愛の女性は、障害がなければ異性愛者だったはずだ、という含みがあったことだ。

障害について学んだことがない人は驚くかもしれないが、これはよくある考え方で、有害なステレオタイプだ。障害のある同性愛の女性は、男性に拒絶されたから同性愛に「なった」と思われているのだ。もちろん、それはまったくもってばかげた話だ。私が女性を好きだと自覚したのは、障害がセクシャリティや恋愛に影響を与えるのだと気づくよりも、ずっと前のことだった。

たしかに、ある面では理解できる。私に2つの手があったなら、たぶん、言い寄ってくる男性はもっと多かっただろう(いまでも、かなりの数の男性に言い寄られている。私の胸のせいだ)。けれど別の面では、まったく理解できない。たとえ2つの手があったとしても、やはり私は同性愛者だったはずだ。


ディジーズで酔っぱらって泣いていたころと比べると、自信はついている。でも、たいていの人と同じく、気持ちは日ごとに変動する。月経前症候群(PMS)の時期や、そのときの体重、そのとき着ている服によって変わる。とはいえ、たいていの日は、とても気分よく過ごせている。

先ほど話したフォームスプリングとディジーズの件は、わかりやすい例にすぎない。障害のせいでひどい気分になったことは、ほかにもいくつか覚えているけれど、ほかのケースはもっと微妙で、それほどはっきり意識してはいない。最近では、障害についてはほとんど考えないようになっている。

いまの私に不安はまったくないし、美人でおもしろくて賢くて健康なレベッカとも楽しくデートしている。けれど、障害が私の恋愛に影響を与えていないと言えば嘘になるだろう。問題は「影響を与えているかどうか」ではなく、むしろ「どう影響を与えているのか」という点だ。

Tinderで相手を探すことに、障害は思っていたほど影響しなかった。それはたぶん、私が同性愛者で、そうした特殊なアイデンティティの要素が、良い形で絡み合っているからかもしれない。もしかしたら、あまり影響を受けていないと感じるのは、自信がついて、モテるようになって、自分らしいスタイルを身につけたからかもしれない。とはいえ、そうした要素に関係なく、社会的な偏見や差別が影響することもある。もしかしたら、単にラッキーだっただけかもしれない。


レベッカとは、2度目のデートで映画に行った。このときは、最先端の義手をつけていた。私にとって、この義手はまぎれもなくセクシーだった。ハイヒールを履いて、右手で手すりをつかみ、義手でハンドバックを持ちながら、注意深くバランスをとって階段をのぼった。私はレベッカをすごく好きになっていた。1度デートしただけで、これほど誰かを好きになったことはない。映画を見に行く群衆のなかに彼女を見つけると、心臓が高鳴りはじめた。映画の途中で身を寄せてキスされたときには、よりいっそうドキドキした。

以前は、気になる女性の近くにいると、ひどく落ち込むことがあった。それは、女性の習性として、自分と相手をつい比較してしまうせいでもあったし、この腕のせいでもあった。

けれどこのときは、すごく素晴らしく、心地よくて、セクシーな気分だった。映画館の後、バーでもキスをした。そしてレベッカのベッドに移ったとき、義手を置く場所を見つけるのに苦労した。

「ちょっと待ってくれる?」

義手を外すときに鳴るおならのような音にさえ、気まずさを感じなかった。そのあいだずっと、自分の障害のことは意識していなかった。それは私という人間の一部であり、避けて通れないものだけど。

レベッカが笑いながら私の義手をナイトスタンドに置いてくれたとき、私はもう、彼女が好きだということしか考えられなくなっていた。


この記事は英語から翻訳されました。翻訳:梅田智世/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan