「あなたが私をいらないというなら…」EU離脱のイギリスから去る人たちの思い

それはまるで別れ話を進める恋人たちのように。

    「あなたが私をいらないというなら…」EU離脱のイギリスから去る人たちの思い

    それはまるで別れ話を進める恋人たちのように。

    「衰退する国に、人生の時間をつぎ込みたいのかってことです」

    イングランド南西部サマセットの小さな村に住む教師のバネッサ(33歳)はイギリスを去ることにした。

    スペインからイギリスに移ったのは10年前。イギリス人の夫サイモンと2歳の長女ヌリアと幸せに暮らしてきた。

    そこにあった昨年のEU離脱をめぐる国民投票。結果は賛成派が上回った。

    残留を支持した夫はパブでこう吐き捨てられた。「イギリスの愛国心を支持しないなら、スペインにケツまくって帰れ」

    「村の人は移民について、まるで私が存在しないかのように話します」とバネッサ。「いまやイギリスに将来が見えない」

    一家は今夏、スペインに移ることにした。


    イギリスが正式にEUを離脱する前に、数千単位の人がイギリスを去る。何が彼らをそう決心させるのか。BuzzFeed Newsは移住を考えていたり、その影響を受けたりしている7人に話を聞いた。移民受け入れを検討する日本にとっても、遠い話ではない。

    ①バネッサ 英語教師 スペイン出身

    バネッサが移住するのはビザの問題とは関係ない。イギリスに永住権があるし、イギリスを離れる前の今夏にパスポートも手に入ることになっている。では、なにか。

    「EU離脱がコミュニティを飲み込んでいます」。そう指摘する。地元に歓迎されていない感覚。そして離脱後の経済状況への不安。その両方が移住を後押ししたという。地元は離脱派が勝ち、もはやこの国にコミットする気持ちが失せた。

    「200人ほどの村で、ヨーロッパ出身は4人です。だれも盗人なんかじゃないのに。村人たちが移民について話しているときは、その事実に気づかないようです」

    いま小中学校でスペイン語を教えている。以前はスペインで英語教師をしていた。今夏、スペインに戻ったら、再び英語教師のキャリアを探る計画だ。

    「昨日、地元のパブに行ったら、『お別れパーティーはやるのかい?』って聞かれました。ノーって言いましたよ」「私たちに去るように投票した人たちと、なんでお別れパーティーをしなきゃならないんですか?」

    娘の学校が始まるのは9月だ。スペインには両親の家があり、家賃を払うことなく暮らせるという。

    ただ、夫がスペインで職探しに失敗したら、イギリスに戻ってこなければならないかもしれない。心配なのは長女だ。「ヌリアという名前はとてもスペイン風。中学ではどんな扱いを受けるでしょう? 外国人だといっていじめられないでしょうか?イギリス人でもあるんですが」

    ②セルジオ 看護師 イタリア出身

    イタリア・シシリア島で3年前、看護師資格を取ったセルジオ(33歳)はイギリスに来ないかと誘われた。イギリスの国民保健サービス(NHS)のリクルーターたちがやってきたのだ。

    「大学や病院を直接訪れ、『NHSは看護師を必要としている。来ないかい?』と誘っていました」と振り返る。

    セルジオは2014年春、イングランド北西部のブラックバーンに移り住んだ。当初は、外国で挑戦するのはいいチャンスだと思ったし、収入もある程度あると思った。

    だが、広がる反移民の空気。少しずつ疑いを抱き始めた。

    3年前、近郊の町ブラックプールを訪れたときのこと。こう振り返る。「母国語で話をしていたら、一人の女性から叫ばれました。『おまえが私たちの仕事を奪ったんだ。福祉目的でここにいるんだろう』」

    現在の雰囲気も居心地が悪い。

    「いま人々がEUについて話すとき、何か良くないものかのように言います。おまえを歓迎しないと。この国の外から来た者だと知ると、よそよそしい目で見ます」

    現在、ロンドンの病院で看護師として働く。ロンドンの北約120キロのピーターバラに家も買った。賃貸に出している。「ずっとやりたかったことなんです。家を買って、ローンで返済する。国民投票がなければ、去ることなんて考えもしなかった」

    だが、コストや煩雑な書類を考えると、いまイギリスに残るか決めかねている。「永住権のために、ビザ申請するのは大変です。5年は住まないといけないし、86ページもある書類を書かなければならない。5年分の銀行書類、給与明細、納税証明書。内務省に送った書類が、重さ11〜12キロにもなった人を知っています」

    イギリスから心が離れ始めた。「私が好きなのは、移動したいところに移動し、住みたいところに住む自由。だからここにも来たんです。高いビザもなく、カフカの小説のように不条理な居住手続きもなかった」

    すでにドイツとスウェーデンから採用通知をもらった。いずれも現職より条件がいい。スウェーデンは月4000ユーロ(約47万円)、ドイツは月2200ユーロ(約26万円)。現在の給料は月約1600ポンド(約22万円)だ。

    「今はドイツに移ることを考えています。イギリスのEU離脱で状況がよくなる国のひとつだと思うから」とセルジオ。語学コースは無料。福祉も厚く、1ヶ月働けなくても家賃などは社会保障で賄われる。

    「私は独身だから、職場に退職を届けて、スーツケース2個で、旅立てる」

    ③マシュー 介護ホーム経営 イギリス出身

    EU圏からの労働者を失いつつあるのは病院だけではない。社会福祉施設も、ヨーロッパ大陸での求人や、来てもらった職員に働き続けてもらうのに苦労している。経営上、欠かせない労働力であるにもかかわらず。

    マシュー・マニング=スミスは、イングランド南部ウエスト・サセックスで「マナー・ケア・ホーム」を運営している。学習障害がある大人向けの特別介護施設だ。

    マシューは3月、イギリス議会の委員会でEU離脱による影響を訴えた。感情を抑えるので精一杯だった。

    委員会では、マシューのような介護施設は、EU圏のスタッフなしには経済的にやっていけないと訴えた。このままでは施設を閉めざるをえず、大規模施設に移ってもらうしかないだろうとも警告した。それは1980年代、イギリスが転換しようとした政策だ。

    「国民投票以降、EU圏スタッフが数人辞めました」。マシューはBuzzFeed Newsの取材に答えた。

    「いま求人は難しくなっています。国民投票以来、イギリスに人々にそれほど来てもらいたいとは思わない底流があるからです」

    最新の移民データによると、国民投票後の4ヶ月で、イギリスを離れるヨーロッパ出身者は急増した。なかでも東ヨーロッパ出身者は約3割増え、3万9000人に達した。

    足元の動きはまだわからない。ただ、オックスフォード大移民研究所のロブ・マクニール研究員は、EU市民がイギリスに来たいと思わなくなっている要因に、経済と外国人排斥の二つを挙げた。

    「(投票後)人々の移動は確かに始まりました。歓迎されていないという感覚や、目に見えて増えた暴力のせいかもしれません」とBuzzFeedNewsの取材に話した。

    「英ポンドも急降下し、ポンドで収入を得て、ユーロ圏に送金する人たち(に影響があります)」

    つまり、給料が同じ、またはたとえ上昇したとしても、ユーロに対するポンドの価値が下がると、母国で受け取る金額は減ってしまう。

    ④ステファニー 大学研究員 オーストリア出身

    「決心したのは1月です」。イングランド南西部ブリストルで荷物を詰めながら、ステファニー(37歳)は打ち明ける。「単一市場を抜けるという発表があり、それが後押ししました」

    イギリスの数々のトップ大学でホームレス研究をしてきた文化人類学者だ。過去8年の大半をイギリスで過ごしたが、今月、ウィーンへ戻る。

    「イギリス外に数ヶ月いたことがあったために、永住権を取れないんです。研究員なので、契約期間は半年から3年。滞在し続けるなら、契約が切れるたびに、送還されるんじゃないかと脅えることになります」

    ステファニーがイギリスを去る理由はそれだけではない。スペイン出身のバネッサやイタリア出身のセルジオも指摘した「反移民の空気」だ。

    「国民投票後、電話でドイツ語を話しているのを見る人々の顔つきが変わりました。それまでは仲間内だけで話していたのでしょうが、いまや外国人への嫌悪を表に出す権利を得たかのようです」

    ステファニーは来年1月の契約終了まで、現在の大学には遠隔で働き続ける。

    イギリスのトップ24校の研究者は、5人に1人がイギリス外のEU圏出身だ。「この人たちがみんなイギリスのアカデミアを去ることになったら、大きな問題が起こるでしょう」。ステファニーは指摘する。

    事実、科学者たちの大移動「エクソダス」は静かに始まっている。

    ⑤ヨナス 遺伝学者 ドイツ出身

    「今年中に引っ越すつもりです。雰囲気が変わってしまった」

    ドイツ出身の遺伝学者ヨナス(45歳、仮名)にとって、18年住むイギリスは理想の場所だった。

    いまイングランド東部ケンブリッジにある科学企業で、管理職を務める。同じくドイツ出身の妻も似た分野で働き、二人の子どもは小学校に通う。

    「生活やよくなるだろうとは思えません。ここにがんばって居続ける価値もないと思います。友人たちのうち半数は引っ越すことを考えています」

    ヨナスが指摘する研究現場の変化は深刻だ。「求人は難しくなっています。EU離脱のせいで、われわれの採用を断ったヨーロッパ大陸の人たちもいます。イギリスのプロジェクトに対するEUの研究資金を得るのも難しくなっています」

    ヨナスはドイツで二つ、スペインで一つ、職に応募した。妻も同様だ。遺伝学の世界でトップを走り続けてきたイギリスだが、すぐにその地位から陥落すると見ている。そうなったとき、イギリスにはいたくないというのだ。

    「遺伝学の世界は非常に競争が激しい。フォーミュラ・ワンみたいなものです。4年間、トップのチームを確立したとしても、例えば10%資金が減ったら、人も10%減ります。ナンバーワンだったとしても、あっという間にその他大勢の中に埋没します。イギリスは5年以内にそうなってしまうでしょうね」

    ⑥ホセ 獣医 スペイン出身

    獣医のホセ(仮名)はあるイギリス人女性と恋に落ち、16年前に南スペインからイギリスにやってきた。その女性は妻・レベッカ(仮名)だ。

    二人はイングランド北西部のブラックプールに住む。10歳と8歳の娘がいる。家族がいなかったらすでに引っ越していただろうとホセ。「妻は国民投票の結果に非常に傷ついています。スペインに移住するために必要なら、自分の国籍を放棄するとも言いました」

    「最も悲しいのは、近所の人が『あなたは大丈夫。長い間ここにいて、実質的にイギリス人なんですから』と言ってくれることです」。ホセは嘆く。

    「でも私には何の保証もないんです。『心配するな』と言われると追い討ちをかけられるよう。もちろん、心配していますから」

    ホセはスペインでの獣医の仕事に複数応募している。だが、イギリスのマイホームも改装している。

    家族ごと移住する決断は容易くできるものではない。「イギリスは私の人生の大部分を占めます。娘たちはここで生まれました。私もすっかり馴染んでいます。お年寄りたちと一緒にアート教室に通っていますし、サイクリング・クラブにも所属しています。引っ越すなら、一からやり直しです」

    たしかに外国人への嫌悪はこれまでも経験してきた。だが投票前は、いつも一笑に付していた。「差別されたことはあります。職場で一度変な人にイギリス人の獣医じゃなきゃ嫌だ言われました。娘たちとスペイン語で話していて、『イングリッシュ』と叫ばれたこともあります。でも、概して、大多数は素晴らしい人たちだった」

    だが、国民投票の結果と、そしてそれがえぐり出した人々の姿勢は、受け入れられないものだった。特にホセの住む地域は約7割が離脱を支持していた。

    「このメンタリティーに耐えたいと思うかってことなんです」

    「歓迎されていない感覚があります。子どもたちには、孤立主義のイギリスで育ってほしくない気持ちもある。これまでのプロセスで、意見表明させてもらえる機会がなかったことが、とてもこたえます」

    家族がEU市民であることが有利だと考えている。「一番の魅力は、チャンスです。娘たちにもより広くドアが開かれると思うんです。ただ、不確実な未来へのジャンプでもあるのですが」

    ⑦エリザベッタ マーケター イタリア出身 

    「ここに未来は見えません」。ロンドンの大手多国籍企業でマーケティングを担当するエリザベッタ(42歳)は打ち明ける。

    年内に母国イタリアに戻るつもりだ。職探しも始めた。「仕事が見つからなくても、引っ越します。もうこの国には本当にエネルギーを注ぎ込みたくないんです」

    エリザベッタはロンドンが変わってしまったと嘆く。

    「ロンドンは、生き生きとした文化や態度を失いました。かつてはあったんですよ。どんなことでも起きうるし、たくさんの生活のチャンスがある場所でした。でも今、それは減っています。クールな場所とは思えなくなりました。島国根性丸出しで後進的。だから、なんで他の場所でチャンスがある人間が留まるべきなんでしょう?」

    友人たちも同様にイングランドでの生活を再考しているという。「イタリアやスペイン出身の友人がたくさんいます。みんな代替策を考えていますよ」

    エリザベッタも、看護師のセルジオのように身軽だ。

    「私は家族はいないので、自由に移動できます。パートナーはいるので、じっくり考えなければならないですが、それだけでは、ここにとどまり続ける理由になりません」

    EU離脱によって、イギリスの魅力は大きく失われてしまった——。そう考えている。「経済と雇用の面で、イギリスの将来を非常に恐れています。社会的にも、より緊張が高まり、暴力が増えるでしょう」

    「10年も待って、ここで身動きできなくはなりたくない」「私の愛した場所が没落するのをここで見ていたくはない」

    イギリスのEU離脱。エリザベッタは、別れ話をする恋人たちに例えた。

    「愛する人に浮気されたような感覚です。裏切られたように感じます。私はいつもルールを守り、良き市民でいました」

    だから、今こんな気持ちだ。

    「あなたが私をいらないというなら、私もあなたはいらない」

    (敬称略。一部の人は、匿名やファーストネームだけを載せることを条件に取材に応じました。)

    この記事は英語から編集・翻訳しました。