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美しさに「細さ」はどれくらい関係するのだろうか。13歳からモデルをしてた私が見てきた事実

人間を見た目だけで評価する価値観は、どんな年代の人にも影響を持ちうる。

おとぎ話をお聞かせしよう。田舎町に住む十代の少女がある日、友だちと連れ立って都会へ遊びに行く。その少女は手足が不格好なまでに長く、不器用で、周囲から浮いた存在だった。友だちは騒がしくて自信たっぷりに振る舞い、世界は自分たちのものだと強がっていた。けれどもその日、ある人の目に留まったのはその少女だった。その人は少女に声をかけ、名刺を差し出すとこう尋ねた。「モデルになりたいと思ったことはあるかい?」

友人たちは少女を妬んだ。彼女は密かに胸を躍らせた。その日の夜に自宅に帰ってその話をすると、両親は心配した。だが、決して怪しい話ではなく、少女をスカウトしたのはロンドン最大のモデルエージェンシーの1つだった。会いたいと言うので、1カ月ほど経ってから、少女は母親と一緒にロンドン行きの電車に乗った。そして、ピンクのiPodでエマ・リー・モス、通称エミー・ザ・グレイトの歌を聴きながら、通り過ぎる貨物列車や空きビル、原っぱ、裏庭にいる人々を眺めた。少女はまだ13歳だったが、自分はれっきとした大人だと感じていた。

ロンドンに着くと、少女と母親はまっすぐにエージェントの事務所に向かった。そこはまるで不思議の国のようだった。鏡張りの廊下があり、壁には写真がずらりと貼られていた。そこに写っている美しい女性たちがこちらをじっと見つめている。エージェントは、そのうち少女もそこに仲間入りできると言う。それから、「VOGUE」でよく見かけるブランドの名前を並べ立てた。バーバリー、プラダ、シャネル。もしかしたら、少女もいずれはそういうブランドのページに載るようになるかもしれない。そしてまもなく、少女はそのエージェントと契約を結び、モデルになった。その話はすぐに学校に広まった。その口調に嫉妬心が入り混じっていたことは言うまでもない。


少女とはもちろん、私のことだ。これは私の物語。こういった話は誰でも耳にしたことがあるはずだ。無名の少女に白羽の矢が立ち、あっという間に華やかな存在となっていく。ウキウキするような話に聞こえるだろう。だって、新たな可能性が生まれ、まったく異なる未来への扉が大きく開くのだから。

ところが、(比較的)貧乏な少女が(それなりの)お金持ちへと生まれ変わっていくという物語の展開は、私には起こらなかった。実を言えば、私のような立場でそういう巡り合わせになる人はほとんどいない。私のような立場とはつまり、若いうちにチャンスを手にし、テスト撮影や雑誌などの仕事を数年間続けて、キャットウォークデビューが法的に可能な16歳を心待ちにする少女のことだ。

デビューにこぎつけられれば、大きなステップアップになる。でもそれ以外の人は、その年齢に達するととてつもないプレッシャーに直面する。ひたすら痩せるか、少なくとも、無理だとしか思えないような体型を維持するよう求められるようになるのだ。しかし私は、ほかの多くの少女たちと同様、その年齢に達する前に、モデル業界から足を洗った。

その理由は主に、十代半ばで脊柱側彎症(背骨が側方に極度に曲がった状態)と診断され、私が思い描いていた未来の展望が打ち砕かれてしまったからだ。私は集中的な外科治療を受けて、曲がってしまった背骨を矯正しなくてはならなかった。あっという間に、私は「憧れの存在」から「異常体型の人間」に変わった(その後、また別の存在になったのだが、それはまた別の話となる)。

とはいえ、モデル業界に足を踏み入れてから2年が過ぎるころには、私はすでに意気消沈していた。想像していたようなモデルの仕事が自分には来ないことがわかり始めていたのだ。万が一そういう仕事が舞い込んだとしても、それが本当に自分のやりたいことかと聞かれれば疑問だった。結局、私は15歳の時にエージェンシーを辞めた。手にしたのは、モデルとして稼いだ27ポンド(現在のレートで約3800円)と、撮影時の楽しい思い出やエピソード(なお、この金額は各種の経費が差し引かれた後の額だが、現在はそうした減額は取り締まられている)。加えて、なかなか消えない不安感が残った。そして、その原因を理解するまでにはかなりの時間を要することになる。

当初、私は混乱していた。どうして自分が不安を覚えなくてはならないのか、わからなかったのだ。モデルをしている間につらい経験をしたわけでも、体を壊したわけでもない。多くの人がひどい目に遭って、勇気をもって声を上げているが、そんな経験は私には皆無だった。未知の世界に足を突っ込んでみたものの、夢破れただけの、ありふれた話だった。それなのに、あれから5~6年が過ぎた今でもまだ、ほんのわずかな期間だけ体験した不思議な世界の後遺症に対処している。

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モデル業は、ティーンエイジャーだった私にチャンスや可能性を与えてくれた。ほかでは絶対に得られないチャンスだ。それは今でもありがたいと思っている。素敵な服を身につけることができたし、適切に扱ってもらえた。それに、生まれて初めてカメラの前であらゆるキャラクターになりきって、未来の自分を思い描いてはぞくぞくとするような興奮を覚えた。それがとても嬉しかった。一度など、仕事でパリまで出かけていったこともある。あのころがモデルとしてのクライマックスだった。想像していたきらびやかなモデルのあるべき姿に一番近づいた時だった。

しかしその一方で、私が飛び込んだ世界は、見た目だけで評価されるところだった。そうした価値観は、年代を問わず、きわめて大きな影響力を持つ。ましてや、ホルモンの変化や学業、面倒な友だち関係で何かと大変な思春期ならなおさらだ。そして、そうした独特の、ごく短期間しか続かない評価の仕方には欠点があった。エージェントと契約を結んだ時、私は13歳で、まさに思春期を迎えようとしていた。当時の私は自分の体型を恥ずかしく思っていたが、大人たちはよく、一番小さなサイズの洋服が着られるのはすごいと褒めてくれた。だから私は、ろくに考えもせずに、それを自分の長所だと思うようになった。ほっそりとしていることはいいことなのだ、と。

やがて思春期が過ぎると(思春期は生理が始まるだけのものではなく、数年を要するプロセスだ)、エージェンシーがポラロイドカメラで初めて写真を撮った時に履いていた超スキニーなジーンズが入らなくなり、私は突然、自分がダメな人間になったと思った。太るということは、モデル業界が暗にほのめかす価値のある何かを失うことを意味する。要するに、私は「成長する」という罪を犯したのだ。


今となってみれば、ばかばかしいことだ。更衣室の鏡で自分の姿を見るのが大嫌いになったこと。14歳の時にラクに着ることができた洋服が入らないとわかって、しきりに泣いたこと。あるいは、かつての細身の体型か、それに近い姿に戻れるだろうと、つい1~2年前まで信じ込んでいたこと。そういった態度や考えすべてがばかげているのは言うまでもない。しかしそこには、女性の価値と見た目に対するきわめて歪んだ定義づけが、ありありと反映されている。

私はいったんモデルを辞めたが、それから数年後にふたたび復帰した。それ以降も、出たり入ったりを繰り返している。なんだかんだ言って、ファッション業界には私が心から愛してやまない側面があるからだ。そして、以前よりもずっと積極的に取り組める機会を得たことを嬉しく思っている(とりわけ、美しい装いができることは嬉しい)。しかし、ファッション業界に対しては相反する思いを抱いている。というより、自信を奪われるような不安だ。

ファッション業界は、大人への階段をのぼっていた私に、不可解な試練を与えた。何もここで、それに対して個人的な愚痴をぶつけたいわけではない。私が伝えたいのは、22歳の成熟した大人になった今になって、以前にもまして驚かされている(まごついている)こと。つまり、不器用なティーンエイジャーだったころのほうが、大人の女性に洋服をアピールするのが簡単だったということだ。今よりも若かったころのほうが、楽に洋服を売り込むことができたのだ。

思春期のころの、従順で、自分自身にも周りにも確信が持てなかったころの私は、ファッション業界の理想を具現化していた。その理想は、確固たるものでも明確なものでもなく、文字通り、実体がなかった。それこそが売り、魅力だったのだ。そして、メイクをし、ハイヒールを履いて生意気なポーズをとっては悦に入っていた私は、大人の完璧な複製版として作り上げられた少女でしかなかった。そうやって「大人のふり」をすることは、当時の私にしてみればゲームだった。けれどもそのゲームが、自分にははっきりと理解できないルールでプレイされていたことにようやく気がついたのは、その後、少しだけ成長してからだった。

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そうしたことを痛感したのは、つい最近、あるスタイリストと仕事をした時だ。彼女とは、まだ十代半ばだったころに撮影で一緒になったことがあった。私は彼女に好感を持っていた。とても有能で、まだ若かった私をちゃんと扱ってくれ、応援してくれたことには今でも感謝している。けれども今回、そのスタイリストは、大人である私、ヒップも胸も成長を遂げ、前に比べて自信をつけた私を前に、どう接していいのかわからずに戸惑っていた。私の体型を見て混乱したようなのだ。そして、フィットしない服、ちっとも似合わない服を私に着せようとした。私は対応に困ってしまった。ほんの少し肉付きが良くなっただけで、それほどまごつくものだろうか。私は、そのスタイリストと以前に撮影をした時よりも、今の自分の体型に満足しているし、体のことを理解している。それなのに彼女は、私の体に関心を覚えるどころか、問題があると考えたのだ。

断わっておくが、私は身長約180センチで、洋服のサイズは10か12だ(イギリスのサイズ基準。日本では11号から13号)。これは、ファッション業界の基準とされる「標準(サイズ6か8、またはそれ以下)」と、「プラスサイズ(サイズ14以上)」の間に位置する。自分が恵まれた立場であることを重々承知の上で言わせてもらうと、ほぼどんな基準に照らし合わせてみても、私はスレンダーだと言われる体型をしている。思春期のころと比べればカーブを描いたメリハリのある体型だが、世間一般でいう「許容範囲」、つまり「魅力的」だとされる体つきだ(もちろん、そうした基準がくだらないのは言うまでもなく、「標準」や「プラス」というカテゴリーがあること自体がおかしな話なのだが)。しかし、ファッション業界に関して言えば、中間サイズに名前がついていないことは注目に値する。自分のための特別な立ち位置を作り上げない限り、入り込む余地はない。

ラッキーなことに、先述のスタイリストと再会したのは、小さいサイズの服が着れないことを恥ずかしいと思わなくなってからだった。考えを改める前、つまり、自らの値打ちをウェストの大きさで判断し、自分には何かが欠けていると感じていたころだったら、スタイリストの態度をずっと気にしていただろう。でも今は、単に癪に障るだけ、自分のためのみならず、私たちを取り巻く限定的なイメージに傷つく大勢の女性を思って腹立たしく思うだけだ。


自分の不安がおおむねどこから生まれているのがわかったのはその時だった。私たちはそんなふうに扱われるべきではない。私たちの体型や肌の色、年齢は、もっと適切に描写されるべきだ。リアルな肉体とはかけ離れた美のイメージが巷にあふれている。なぜそのせいで私たちは、悔しさや悲しさを覚えなくてはならないのだろうか。

こんなことを言うと、そうした美のイメージは「単なる夢だ」と擁護する声がしばしば返ってくる。「現実的なものではない! 美しさに憧れ、自由に空想しているだけだ! それの何が悪いのか」と。こうした反論を耳にすると、私はいつも不思議に思う。いったいどこの誰が、夢がどのようなものなのかを決めているのだろうか。夢がこれほどまでに限定的なのに、文字通り、すべての人に共通する夢だとされているのはどうしてなのか? ファッション業界には想像力が欠如していて、そういった凝り固まったイメージがほぼ間違いなくサイズ6止まりであることをどう弁明するのか? おまけに、とても若くて長身で、白人でなくてはならないのはなぜか? 成熟した女性より、成長しきっていない細身の少女が好まれる理由は何か? 洋服を買えるだけのお金を持っているのは成熟した大人の女性であるというのに、なぜなのだろう?

何よりも大事なことは、その傲慢さだ。私たちが実生活でまねすべき、あるいは憧れるべきだとされている外見やライフスタイル、体型、洋服を、「夢」という言葉を使ってアピールしているのだから。そして最後には、マジシャンのように種明かしをしてみせるのだ。「この夢は初めから、絶対に手の届かないものだったのに。まさか、真に受けたわけじゃないよね?」と言うように。

擁護派の主張はそれだけではない。「細身の体型のほうが洋服が映える(モデルが着る服は、そもそも細身の体型に合うように縫製されている)」とか、「標準サイズ、サンプルサイズというものが必要だ」という声もある。サンプルサイズとは、キャットウォークや雑誌などの撮影で、モデルが着るサイズのことだ。サンプルサイズは作られる数が限られており、デザイナーやカメラマン、スタイリストなど関係者の仕事を楽にするために、ある特定のサイズでなくてはならないのだという。そして、サンプルサイズを絶対に着ることができるモデルが必要不可欠なのだそうだ。しかしそうした意見には、サンプルサイズがそれほどまでに小さくなければならない理由は含まれていない。現在モデルに求められているスリーサイズは85cm、60cm、80cmかそれ以下だ(身長は約176cm以上)。こうした要件がどんなに忌々しいまでに有害であるかを訴えるモデルたちに、私は何度も会ってきた。とはいえ、モデルとして仕事を続けたければほかに選択肢はないのだ。


確かに、生まれつき細身で(かつ驚くほど健康な)美しいモデルはたくさんいる。そのすべてが思春期のティーンエイジャーだというわけではなく、20代も少なくない。数は多くはないが、エリン・オコナーのように20年以上のキャリアを積む優れたモデルもいれば、ダフネ・セルフのように80代でも活躍しているモデルもいる。ファッション業界について記事を書いていると、つい極端な考えに陥ってしまい、それとは対極の実例があることを忘れてしまいがちだ。

また、ある種のボディ・シェイミング(Body shaming)、つまり、理想的だとされる体型から外れる人にプレッシャーをかけることに加担しやすくなる。実際、見た目という厄介なテーマを取り上げる時は特に、あまりにも多くの人がある一定の存在を称賛しようとするあまり、図らずもそうでない存在をさげすむ結果となってしまいがちだ(社会や文化、メディア全体が「魅力的」とは何かを定義しようとするのは言うまでもない)。しかし、この記事の趣旨は、体型や見た目に優劣があることを強調することではない。それよりも、理想とされている体型や見た目がなぜこれほどまでに限定的なのか、ファッション業界の大部分が変化を頑なに拒み続けるのはなぜなのかを検討するのが目的だ。

希望にあふれた変化の兆しは見えている。特に「Instagram」は、スタイルのヒントが得られる評価の高い情報源となりつつある。また、長く活躍するファッションモデルがより身近な存在となり、業界での体験についてソーシャルメディアで率直に語るケースも増えてきた。ただし、そういったケースの多くは依然として、標準から逸脱した例外だとされている。それはつまり、標準がいまだに存在することを意味する。その標準こそが、多くの人を不幸にするのだ。

こうした問題が叫ばれ始めると、ファッション業界を標的として見下す流れが生まれ、腐敗した取るに足らない業界だとして一蹴される動きも出てくる。しかし、そういった反応は安易で無益、おまけにかなり退屈だ(しかも、そうした意見は女性蔑視を帯びかねないが、それは意見をどう解釈するかによるだろう)。どんな業界でも、プラス面もあればマイナス面もあり、誇れる面もあれば嫌な面もある。私が関心を持っているのは、プラス面を最大化する方法、ファッション業界をよりインクルーシブかつ活気ある場にすることだ。


足を踏み入れた当初から、ファッション業界は私に、洋服には遊び心と可能性があることを教えてくれた。そしてそれをきっかけにして、自分自身をどう定義すべきか、人生をいかに心地よく歩んでいくかを示してくれた。すべての人にそうした機会を提供できるよう、ファッション業界がより努力していく様子を私は見たいと思っている。素敵なドレスや完璧なカットのパンツ、歩くたびに揺れるスカートなどを身につけ、生まれ変わった気持ちになることがどんなに胸躍る素晴らしい体験なのかをもっと広めてほしいのだ。ただし、それが実現するのは、もっと多くの人たちの体型がファッションに反映・考慮された時であって、それらが除外された時ではない。

モデル業もそうあるべきだ。洋服を完璧に着こなすだけでなく、それをまとう体のほうも大事にするべきなのだ。近ごろの私は、自分の体と折り合いをつけられるようになってきた。実用的ないい体だ。ストレッチマークやシミがあり、足は長すぎて、胴体は少し曲がっている。背中には、細く長い手術跡もある。でも、歩く、泳ぐ、山を登る、踊る、眠る、セックスする、食べ物を楽しむなど、生きていく上で支障はない。おまけに、胸元に危ういほどの深い切込みが入った70年代のグリーンのマキシドレスが最高に似合う。自分の体の素晴らしさを、ティーンエイジャーのころよりもずっとよくわかっている。

モデルの仕事とおとぎ話を結びつけたのは私が初めてではない。よくあるたとえだ。両方とも、主人公は若い女性であることが多い。けれども、この2つを比較する上で好都合なものといえば、どちらにも頻繁に登場する「鏡」だ。誰がいちばん美しいかを競うことに取り憑かれたファッション業界には、ぴったりな象徴だろう。けれども本当は、もっと多くの人が、鏡に映った自分の姿をちゃんと見るべきだ。そして、「美しい」という定義が当てはまる顔や体型は、ひとつだけではないことを知るべきなのだ。そのとき鏡に映し出されるのは、とても豊かな世界になることだろう。


この記事は英語から翻訳されました。翻訳:遠藤康子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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