テロは当事者以外の「心の健康」にも影響を及ぼす

    イギリスで相次いだ事件。心理学者たちに話を聞いた

    6月初旬、ロンドン橋でのテロ事件が起きた後、地元住民たちは自宅を開放し、見知らぬ人々を招き入れた。その2週間前、マンチェスターでテロが発生したときも、住民たちは空き部屋やベッド、ソファーを提供した。

    善意の行動は、多くの人にとって悲惨な出来事に対する自然な反応だ。しかし、決してくじけないと表明する人たちがいる一方で、静かに苦しんでいる人たちもいる。それは、テロに巻き込まれた人々だけではない。

    BuzzFeed Newsは、テロが生存者、さらには一般市民の心の健康に及ぼす影響を研究している心理学者たちに話を聞いた。

    テロの生存者たちも立ち直ることはできる

    最も大きな打撃を受けているのは、テロに巻き込まれ、生き延びた人々だ。

    テロの生存者たちは、たとえば不安を感じ、神経質になるとか、夜眠るのが難しい、望まない記憶や思考、イメージが突然現れるといった経験をしているかもしれない。心的外傷後ストレス障害(PTSD)と言いたくなるような症状だが、臨床の現場では、重度の心的外傷を経験してから少なくとも1カ月は診断を下さない。

    PTSDの治療を専門とする臨床心理学者・マシュー・ホエーリーは、「恐ろしい出来事に直面したら、相当な苦痛を経験するのは至って正常だ」と話す。「心配無用とは言いたくない。異常な体験をしたなら、そうした状態になるのは至って正常だ」

    1カ月もすれば、望まない思考や症状が徐々に消えていき、普通の生活を送ることが可能になる人もいる。「われわれはストレスや喪失に慣れることができる。人はもともと驚異的な回復力を持つ。たとえ重度の心的外傷を経験しても、立ち直ることができるのだ」

    ただし、すべての人に当てはまるわけではない。「論文によって数値は異なるが、(テロに)直接さらされた人の30~40%がPTSDになってもおかしくない」

    PTSDの症状は次の4つに大別できる。

    • 出来事そのものの再体験(悪夢やフラッシュバックなど)。
    • 心的外傷を思い出すような物事の回避(現場に再び行くことを拒絶するなど)。
    • 信念や気分の変化(自分を責める、もっと何かできたのではないかと罪の意識を感じるなど)。
    • 常に警戒・緊張し、場合によっては睡眠や集中が難しくなる。

    「人は通常、何かが起きて1カ月たったら、1カ月前の出来事として思い出す」とホエーリーは話す。「しかし、PTSD患者はしばしば、それが記憶なのか、再び実際に起こっているのかを区別できない。1カ月前の出来事を思い出すとき、同じことが再び起きているように感じてしまうのだ。これは本当につらいことだ」

    テロを経験していない人でも心理的な打撃を受ける

    しかし、たとえテロの現場に居合わせたり、テロに遭った人が身近にいたりしなくても、心の健康に影響が及ぶことはある。

    ホエーリーは2007年の論文の中で、テロが発生した直後は、一般市民も不安や気分の落ち込みを経験しているようだと指摘している。

    「そのような経験をしている人の割合は、数週間でピークに達し、その後、急激に減少していく」とホエーリーは説明する。「おそらく1~2カ月以内には、元の割合に戻っているはずだ」

    ウォーリック大学心理学部の学部長ロビン・グッドウィンも同様の結論を導き出している。グッドウィンの研究テーマは、テロによって人々の価値観や行動がどのように変化するかだ。

    グッドウィンは2005年7月7日、ロンドン同時爆破テロが起きた後、英国全土の一般市民を対象に調査を行った。フランスでも同様の調査を行っている。具体的には、2015年1月にパリで風刺新聞「シャルリー・エブド」のオフィスが襲撃されたときと、11月にバタクラン劇場でテロが起きたときだ。

    グッドウィンはBuzzFeed Newsの取材に対し、「皆さんが予想されるとおり、人々は安全性についてより懸念するようになる」と述べた。友人や家族を大切にする特性は心理学で「善意(benevolence)」と呼ばれるが、こうした特性を持つ人たちはテロ後、不安が増大する傾向にある。性別による違いも見られる。男性より女性の方がより心配する傾向にあるのだ。ただしグッドウィンは、「男性が心配しないというわけではない」と言い添える。

    グッドウィンによれば、英国の研究では、ロンドンの中心部やロンドン以外で暮らす人々に比べ、ロンドン郊外に住む人々の不安のほうが大きかったという。その一因として、ロンドン郊外の人々は毎日の移動時間が長いことを挙げている。ロンドン同時爆破テロでは、公共交通機関が標的にされたからだ。ただし、ほかの要因が関係している可能性もある。「多くの人やものに囲まれているほうが、外からその空間に入っていくより脅威を感じないのかもしれない」

    こうした不安は、人々の行動がテロ後に変化することを意味している可能性がある。身近な人にたびたび連絡をとるようになった人もいる。テロ直後に無事を確認するだけでなく、数カ月たっても連絡を続けていたようだ。市街地など、標的にされやすいと思う場所を避けるようになった人もいる。

    テロをきっかけに他人を信用できなくなる人も

    当然ながら、テロをきっかけに、他人を信用できなくなる人もいる。

    スウェーデン、ルンド大学の公衆衛生・疫学研究者ニック・ジョルダーノは「英国世帯パネル調査」の一環として、英国全土の1万人近くを対象に、信頼の度合いを調べた。調査結果をまとめた論文によれば、「全般的な信頼」の度合いは2005年に落ち込んでいる。ロンドン同時爆破テロが発生した年だ。

    全般的な信頼とは、基本的に、街で出会った見知らぬ人をどれくらい信頼できるかということだ。ジョルダーノは次のように説明している。「例えば、列車に乗っているとしよう。3~4駅ほどしか停まらない長距離列車だ。荷物にはノートパソコンとスマートフォンが入っている。そんなとき、見知らぬ人に『コーヒーを買いに行きたいので、荷物を見ていていただけますか?』とお願いできるだろうか。それとも、荷物をまとめ、すべて持って行くだろうか」

    ただし、次の調査を実施した2007年には、英国民の全般的な信頼は元の水準まで回復していたという。さらに論文によれば、安全性に関する不安や身近な人への連絡も、たいてい数カ月後には元に戻っているという。

    さらに、ロンドン同時爆破テロの後、ロンドンの地下鉄利用者を調べた研究でも、同様の変化が確認された。テロの4カ月後、地下鉄利用者は8%減少していた。少なくとも、地下鉄に乗ることは以前より危険になったという考えが一因である可能性が高い。ところが、1年足らずで、人々は地下鉄に戻ってきた。

    「こうした影響は長続きしないと見られる」とグッドウィンは言う。「人には生活があるのだ」

    SNSをよく使う人の方が不安を感じやすい?

    最近の研究では、テロ発生後にソーシャルメディアが人々の精神状態にどのような影響を及ぼすかも調べられている。

    グッドウィンは、テロ後のソーシャルメディア利用頻度と不安の大きさには関連性があると述べる。しかし、不安が人々をソーシャルメディアに向かわせているのだろうか? それとも、ソーシャルメディアが不安の引き金になっているのだろうか? 現在のところ、どちらも証明されていない。

    「どちらが先かを断定するのは容易ではない。もともと不安の大きい人が(ソーシャルメディアを利用する)傾向にあるかもしれないためだ。これはかなり困難な謎だ」

    ただし、両者の関連性を発見したとき、グッドウィンは驚かなかった。「FacebookやTwitterはとても私的で直接的なコミュニケーションの形だ。もし脅威について語るフィードや、脅威の噂を流すフィードが絶えず表示されたら、人々の不安が増大するのも無理はない」

    フランス、グルノーブル大学のエマニュエル・モンフォールが行った別の研究によれば、2015年11月にパリでテロが起きた後、もともと感情を抑えることが困難で、ソーシャルメディアの使用頻度が多かったタイプの人は、精神的苦痛がより大きかったという。

    モンフォールがこの研究を始めたきっかけは、テロ後の数週間、自分の教えていた学生たちがソーシャルメディアにとりつかれたようになり、そこでのやりとりに夢中になっていたことだ。こうした現象は、テレビ、新聞といった伝統的なメディアでは見たことのないものであり、モンフォールは「感情の伝染」と呼んでいる。

    このような現象が起きた理由を解明するには、ソーシャルメディアの使用頻度だけでなく、テロ後、人々がどのようにソーシャルメディアを使用しているかをもっと詳しく調べる必要があると、モンフォールは考えている。情報収集が目的の人もいれば、社会的支援を求めている人、自身の不安を伝えたい人もいるだろう。

    もしFacebookやTwitterで不安が広がるとしたら、逆に、それらが希望を広めることも可能だろうか。つまり、「#PrayForManchester」(マンチェスターのために祈ろう)といったハッシュタグには、希望を広め、人々を救う効果があるだろうか? ハリケーンのような自然災害の場合、ソーシャルメディアが重要な情報を伝えるのに役立つと示唆する研究はあるが、「プラスの感情」を広めることができるかどうかについてははっきりしていない。「心理学的には、ソーシャルメディアが有益なものか、不安を伝染させるものかはわかっていない」とモンフォールは話す。

    自分は心配性だと自覚する人には、しばしば、インターネットと距離を置き、決めた時間にニュースをチェックするのみにした方がいい、というアドバイスが与えられる。モンフォールらの研究は、そうしたアドバイスが適切であると示唆するものだ。グッドウィンは、「大きく報道されていても自分の家族や友人に直接的な影響はない出来事の場合、もしかしたら、ニュースを追い掛けたり、絶え間なく情報をチェックしたりする必要はないのかもしれない」と助言する。

    善意には人々の心の健康を守る効果がある

    一方でホエーリーは、もっと直接的な影響を受けた人へのアドバイスとして、テロ直後にまずすべきことは、家族や友人など、自分にとって自然な支援ネットワークに頼ることだと述べている。「とにかく、自然だと感じられることをした方がいい」。身近な人がテロに巻き込まれた場合、話したくなったらいつでも聞く準備があることを伝えた方がいい。ただし、プレッシャーを与え、無理に話を聞き出してはならない。

    また、テロより交通事故に巻き込まれる確率の方がはるかに高いからという理由で、「テロの心配をするのは馬鹿げている」と思う必要はない。「交通事故よりテロのほうを心配するのは決して不思議なことではない。テロの方がよく目立ち、はるかに劇的で、めったに起こらないためだ」とグッドウィンは説明する。「私たちには、人間はこういうものだという概念があるが、テロはその概念を揺るがす出来事だ。その結果、私たちは世の中を悲観し、周りの人たちに疑念の目を向けるようになる」

    朗報もある。広く報道されている人々の善意が、私たちの想像以上に人々の助けになる可能性があるということだ。ジョルダーノによれば、人々の支援の申し出は、社会の中での人々の結びつきを表す概念「ソーシャル・キャピタル」に寄与するという。つまり、たとえ大きな恐怖や脅威に支配されていても、私たちはリソースだけでなく善意を共有し、重要な社会的ジェスチャーを示しているということだ。

    避難場所を提供したり、誰かを慰めたりすることは小さな親切に見えるかもしれないが、人々の心の健康を守る効果があると、ジョルダーノは述べる。「ソファーを貸したり、献血に行ったり、見知らぬ人を助けたりする人々は、たとえテロが起きてもソーシャル・キャピタルは存在し続けているという証拠だ。この事実は、人々が立ち直る助けになるだろう」

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan