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Kate Ferro for BuzzFeed News

中絶が禁じられている国で中絶を選択した女性たち

「誰であれ、この経験をひとりだけでくぐり抜けるべきではない、と強く思うようになりました。だから一生懸命に調べました。もぐりの中絶専門家みたいになるまで」

人工妊娠中絶を禁じている国は、現在6カ国ある。これらの国では、妊婦の命を救うために必要な場合でも、妊娠中絶は認められない。また、例外になるケースはあるものの、中絶を基本的に違法とみなしている国々も10カ国以上ある。

妊娠中絶をめぐる権利は、世界中で脅かされ、激しい議論の的になっている。そんな中でも、あまりメディアに出て来ない声がある。実際に妊娠中絶を経験した人たちの声だ。

BuzzFeed Newsのヘルス部門では、BuzzFeedコミュニティのメンバーに、自身の中絶をめぐる体験談を募った。回答フォームは広く共有され、複数の言語に翻訳された。英語のフォームだけでも、1200人から回答が得られた。

世界でも特に厳しい中絶禁止法がある国々からも、複数の女性が回答を寄せてくれた。この記事では、読者が語ってくれた体験の中から、いくつか紹介する。一部の体験談は、ポルトガル語から、英語を経て日本語に翻訳されたものだ。

チリ

チリでは、妊娠中絶が例外なく禁止されている。チリの法律のもとでは、中絶した女性と中絶手術を行った医師が、刑務所に入れられる可能性もある。

「この国では、中絶は何がなんでも違法で、公式なメディアにはまったく情報がないのです」 - チリ在住の25歳、アビ

チリでは、中絶はとても難しく、とても危険です。私はこれまでに2度、自分の意志で中絶をしました。最初の1回は、まだ高校生だったとき。私はすごく若くて、中絶について何も知りませんでした。でも、妊娠判定の結果を見て、ほとんど無意識のうちに心を決めました。子どもを持つには若すぎたからです。お金も全然なかったし、彼は、私よりもさらに若かったのです! 子どもを産むという選択は、不可能でした。いまでも、あの選択は、これまでの人生でいちばん重要で最良の選択だったと思っています。

中絶には薬(ミソプロストール)を使いました。安全だけれど、きちんとした情報を持っていなければ、命にかかわることもあります。16歳だった当時の私は、なんの情報も持っていなかったけれど、とにかく実行したんです。それしか方法がなかったから。私が考えていたのは、母親になりたくない、ということだけでした。トラウマになるようなことはありませんでした。だって、自分の決断は正しいと確信していたから。

それ以来、誰であれ、この経験をひとりだけでくぐり抜けるべきではない、と強く思うようになりました。だから一生懸命に調べました。もぐりの中絶専門家みたいになるまで。この国では、中絶は何がなんでも違法で、公式なメディアにはまったく情報がないのです。私はそれ以来ずっと、自分にできるかぎり女性たちを助けようと努めています。

2度目に中絶を経験したのは、最初のときの8年後。そのころにはもう、十分な知識があったから、落ち着いていられました。


アラブ首長国連邦とジャマイカ

アラブ首長国連邦は、妊婦の命を救うためにどうしても必要な場合を除いて、妊娠中絶を禁止している。ジャマイカでも、妊婦の命を救う目的か、妊婦の心身の健康を守るために必要な場合を除いて、中絶が禁止されている。

「私にとってつらかったのは、中絶そのものではなく、中絶した女性に着せられる汚名でした」 - アラブ首長国連邦在住の18歳、匿名女性

1年前に、(中絶が事実上違法である)ジャマイカで中絶しました。というのも、当時は(中絶が非常に厳しく禁止されている、アラブ首長国連邦の)アブダビに住んでいたからです。セックスしていたときに、彼がコンドームを外したのには気づきませんでした。私のゴッドマザーはジャマイカの有力な医師で、ジャマイカで中絶手術をしている人を紹介してくれました。

ジャマイカでは中絶は違法だけれど、開業医のなかには、中絶処置をする人もいます。外科手術だけれど。私は何時間も泣いたあと、次の日の朝にまた病院へ行って、手術を受けました。手術室に歩いて入って、椅子に横たわったのを覚えています。足を開くための装置があって、椅子の端にはバケツが置かれていた。注射をされるあいだ、私は泣き叫んでいました。とても怖かったからです。

両親には、悪い評判が立つかもしれないから、誰にも話してはいけないと言われました。友だちにも親戚にも、誰にも話しませんでした。両親と話すこともできませんでした。私を妊娠させた男は、本当に最低な奴でした。話ができたのはゴッドマザーだけだったのです。でも次の日には、飛行機に乗ってジャマイカを離れました。時差も8時間あるし、とてもつらかったです。

私にとってつらかったのは、中絶そのものではなく、中絶した女性に着せられる汚名でした。ずいぶん長いあいだ、自分は汚いと感じていました。誰かと触れあうと、たとえちょっと寄り添うだけでも、苦しくなりました。もう愛される資格なんてないと思っていたから。少しずつ乗り越えられるようになったけれど、心の奥底には、それがいつもありました。汚れた小さな秘密です。


アイルランド

アイルランドは、妊婦の命を救うためにどうしても必要な場合を除いて、妊娠中絶を禁止している。毎年、数千人の女性がイギリスに渡り、中絶手術を受けている。オンラインで入手したを使い、アイルランド国内で中絶を試みる人もいる。

「体が空っぽな感じがしています。どこかに悪いところがあるような気がするし、いまでも多少の罪悪感があります」 - アイルランド在住の26歳、匿名女性


慈善事業サイトで中絶薬の錠剤を注文して、イギリスに届くように手配しました。クリスマスのあとで、お財布事情はかなり厳しい時でした。でも、日が経つにつれてどんどん具合が悪くなっていって、とうとう母に話すしかなくなりました。母は外科手術を受けるお金を貸してくれました。

私の家系は、遺伝的につわりが重いんです。いつまでも待っていたら、数週間か、もしかしたら数カ月、入院することになるかもしれませんでした。その時点で、中絶という選択肢はなくなってしまいます。だからその週末に、イギリスのクリニックで急ぎの中絶手術を予約する必要がありました。そうでないと、旅行もできない状態になってしまうだろうからです。

イギリスのクリニックに行く予約がとれて、私は少し安心しました。アイルランドで薬を使って中絶したら、何かあったときに病院に助けを求めないといけなくなるかもしれません。そうなったら事態はもっと悪くなります。それに、外科手術を受ければ、つわりの吐き気もすぐによくなるはずでした(中絶薬は効くまでに何時間もかかり、吐き気などの症状が消えるまでには、長ければ2週間かかるからです)。

空港で待っているあいだは、行きも帰りも最悪でした。クリニックや、クリニックと契約しているタクシードライバーは、これ以上ないほど親切でした。でも、なにしろ気分が悪かったから、自国でできればどんなによかったか、と考えました。とにかく早く自分のベッドに戻りたかったのです。

それからまだ5日しか経っていません。まだ痛みはあるけれど、仕事には復帰しています。何かありふれた理由で病欠していたふりをするのは、簡単ではありません。あれは正しい決断だったと、100%確信しています。でも、体が空っぽな感じがしています。どこかに悪いところがあるような気がするし、いまでも多少の罪悪感があります。

金銭面では、私は恵まれていました。お金を借りられたし、家族にも打ち明けられました。でも、手術のために遠くまで出かけるのは、具合が悪かったせいもあって、本来よりもずっと大変で、疲れる経験でした。

ホンジュラス

ホンジュラスは、妊婦の命を救うためにどうしても必要な場合を除いて、妊娠中絶を禁止している。

「この国では、中絶は違法。中絶した女性も、処置をした医師も、刑務所に入れられます」 - ホンジュラス在住、匿名女性

20歳のとき、2度目の妊娠をしました。私には4歳の子どもがいて、2人目の子を持つのは怖かったのです。大学に行きながら仕事をしていたから、(2人目を産むのは)無理だと思いました。

夫はいたけれど、私たちは二人ともおびえていました。10代のうちに親になり、とても大変でした。当時の私たちには、2人の子を持つなんて想像もつかなかったのです。だから中絶する方法を探しました。この国では、中絶は違法。中絶した女性も、処置をした医師も、刑務所に入れられます。

私たちは友だちを通じて、中絶する方法を見つけました。まだ妊娠4週目か5週目だったと思います。当時は、罪悪感は、あまりありませんでした。けれど、26歳になったいま、中絶したことが心に重くのしかかっています。それは夫も同じです。何度も二人で一緒に泣きました。いまでも、私たちの子どもは娘がひとりだけです。でもいつの日か、神のお恵みにより、もっと子どもを持てるようになると信じています。いまの私たちは、中絶したことを後悔しているし、誰かに勧める気にはなれません。


ベネズエラ

ベネズエラは、妊婦の命を救うためにどうしても必要な場合を除いて、妊娠中絶を禁止している。

「私は医師の治療を受けずに、こっそり中絶しました。家族も知りません。だから、本当に怖くて、孤独でした」 - ベネズエラ在住の27歳、匿名女性

私は20歳でした。友だちのひとりが、同じことをした女の子を知っていて、薬の入手を助けてくれました。口と膣から1錠か2錠を摂取して、お尻と脚を上げた状態で横になり、尿意が来るまで待ちました。そのあと、何日も出血が続きました。ものすごく重い生理のような感じでした。すごく熱いお茶を飲まなければ耐えられませんでした。

何日も泣き暮らしましたし、7年経った今でもときどき涙が出てきます。自分で決めたことでしたし、母親になる準備ができているとは思えませんでした。私のしたことを誇る気はないし、もう一度同じことを繰り返そうとは思わないけれど、後悔はしてません。それでも、いまだに悲しい気持ちになります。忘れているときもあれば、頭から離れないときもあります。

私は医師の治療を受けずに、こっそり中絶しました。家族も知りません。だから、本当に怖くて、孤独でした。


ブラジル

ブラジルでは、レイプか近親相姦によって妊娠した場合、中絶しなければ妊婦の命を救えない場合、あるいは、胎児が無脳症である場合を除いて、妊娠中絶が禁止されている。

「この気持ちをずっと抱えていくのは私自身であり、罪だと思う必要はないのだ」 - ブラジル在住、匿名女性

私は2度、中絶を経験しました。それについて話せる(書ける)ようになるまでには、かなりの時間がかかりました。私はずっと、中絶なんて、よく話に聞くような16歳の女の子にしか降りかからないものと信じていました。でも、私の状況はそうではありませんでした。私は母親で、結婚もしていました。私が中絶したのは、夫の子を、二度目と三度目に妊娠したとき。予定外の妊娠でした。

どちらのときも想像もできないような状況で処置を受けました。年をとった女性の家の絨毯に横になりました。彼女が外科的な知識を持っているかどうかもわかりませんでした。最初のときは、二度目のときと比べればいくらか『穏やか』でした。二度目のときは意識を失ったからです。病院へ行きたかったし、自分は死ぬにちがいないと思いました。その二度目の処置のあと、すごく高い熱が1週間続き、用を足すときには、胎児が体のなかから出てくるような気がしました。あの時の記憶は、頭のなかにはっきり残っています。

あの2人の子を産んでいたら、どうなっていただろうかと考えます。先週もずっと、私のまわりの人たちは中絶した私を許してくれるだろうか、と考えていました。それでも、ずっと自分に言い聞かせているのは、自分は間違ったことはしていない、傷ついたのは私自身だ、ということです。この気持ちをずっと抱えていくのは私自身であり、罪だと思う必要はないのだ、と。

エルサルバドル

エルサルバドルは、妊娠中絶を例外なく禁止している。

「合法化すれば、女性の体を危険にさらさずにすむよう、中絶の規則を定めることができます」 - エルサルバドル在住、匿名女性

妊娠がわかったのは、まだ妊娠1カ月にもなっていないころです。私は大学生で、まだキャリアも始まったばかりだったから、子どもを産むのは無理でした。学校へ通っていたし、学生ローンもありました。

何も考える必要はありませんでした。絶対に子どもは産みたくなかったんです。目標達成も、キャリアも、遅れることになるだろうから。私はインターネットで方法を探し、副作用として流産を誘発する薬を見つけました。当然、処方箋なしで薬局で買うことはできないけれど、闇市場でなら売られていました。用量は売人が教えてくれます。医師の助言を得ている、と彼らは断言していたけれど、それは本当かもしれません。

薬は1錠50ドルでした。私は妊娠のごく初期だったから、3錠を使うように言われました。私の知るかぎりでは、妊娠期間が長くなるほど、用量は多くなるようです。私は2錠を膣に挿入し、1錠を舌の下に入れました。

効果が出始めるまで、30分くらいかかりました。薬の引き起こす激しい子宮の収縮のせいで、死んでしまう気がしました。もちろん出血もありまた。一晩じゅう眠れませんでした。水を飲むだけでも吐いてしまいそうだったので、痛み止めを飲むこともできなかったんです。

どんな気持ちだったか? 私は神に許しを乞いました。間違った行いだとわかっていたからです。けれど、自分の将来を犠牲にするつもりはなかった。母親になりたいと強く思ったこともなかったんです。みんなが私を批判したり、あれこれ噂したりするだろうことはわかっています。でも、私は気にしません。誰かに認めてもらおうなんて思っていません。あれから3年が経ち、私は普通の暮らしを送っています。

いちばんつらかったのは、身体的な苦痛でした。私と同じことをしようと決めた人がいれば絶対に助けるけれど、子どもを産みたいと思う無私な母親のことをどうこう言う気もありません。妊娠中絶の合法化には賛成です。それが最善の選択だと思う人は、そうすればいいと思います。最悪の選択だと思うなら、選ばなければいいのです。合法化すれば、女性の体を危険にさらさずにすむよう、中絶の規則を定めることができます。闇市場を使う人も減ると思います。


グアテマラ

グアテマラは、妊婦の命を救うためにどうしても必要な場合を除いて、妊娠中絶を禁止している。

「子どもを産むか産まないかの選択権を、すべての女性が持つべきだと思います」 - グアテマラ在住の27歳、匿名女性

私は過去に3回、自分で流産を誘発して中絶しました。父親は3回とも同じで、彼は自然に流産したと思っています。でも実を言えば、私は子どもは欲しくないのです。少なくとも、いまはまだそうです。この国では中絶は違法なので、中絶したい人は、天然薬(治療師が調合した薬)を使ったり、処方箋を偽造して中絶薬を手に入れたりしています。

中絶は繰り返すにつれて、前のときよりひどくなっていきました。痛みはすさまじかったです。でも正直に言えば、産みたくないと思っている子どもを産む苦痛に比べれば、たいしたことじゃありません。後悔もしていません。これは私ひとりだけの秘密で、誰にも話したことがありません。私の暮らす社会では、中絶の話題はタブーだからです。中絶したなんて認めたら、きっと吊し上げられます。

個人的な意見を言うなら、子どもを産むか産まないかの選択権を、すべての女性が持つべきだと思います。なんらかの理由で中絶したいのなら、そのために必要な手段を、あれほど苦労しなくても利用できるようにするべきです。


ドミニカ共和国

ドミニカ共和国は、妊娠中絶を例外なく禁止している。

「パートナーと話し合って決めたことだけれど、私の意志というよりは、むしろ彼の意志でした」 - ドミニカ共和国在住の24歳、ローラ

20歳のときに、自分で流産を誘発して中絶しました。パートナーと話し合って決めたことだけれど、私の意志というよりは、むしろ彼の意志でした。彼は心理的に、私に大きなプレッシャーをかけました。だからといって、私の行為が正当化されるわけではないけれど。私は自宅で、サイトテック(ミソプロストール)の錠剤を膣に入れました。妊娠3カ月くらいでした。ひどくつらい経験でした。錠剤(3錠)を挿入してから胎児が出てくるまで、だいたい3時間かかりました。あのときの記憶は一生つきまとうと思います。

自分がこんなことをするなんて、考えたこともありませんでした。私はずっと中絶に反対していました。とても後悔しているし、もう一度同じことをするつもりもありません。

いまの私には、2歳のかわいい娘がいます。この子を産むことには、なんの疑問も持ちませんでした。誰であれ、中絶を決めた人を批判するつもりはありません。

大多数の女性にとって、中絶は簡単な決断でも簡単な行為でもないと思います。この経験は、親友にしか打ち明けていません。

この記事は英語から翻訳されました。翻訳:梅田智世/ガリレオ、編集:中野満美子/BuzzFeed Japan


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