4月の有効求人倍率は1.32倍と、4カ月連続で前の月を下回った。新型コロナウイルスの影響で打撃を受けた宿泊・飲食サービス業などでは、新規の求人が大きく落ち込み、4月の完全失業率は2.6%となった。
私たちの働き方を大きく変えた「コロナ・ショック」とも呼ばれる出来事。これからも付き合っていかなければならないが、働き方や雇用はどうなっていくのだろうか。
BuzzFeed Newsは5月29日、労働政策に詳しいリクルートワークス研究所アドバイザーの大久保幸夫さんに、オンライン会議システムを通してインタビューをした。
「雇用崩壊」を免れたわけ

アメリカでは4月の失業率が14.7%となり、1930年の世界恐慌以降で最悪の水準になりました。過去最悪を更新して、25%までいくのではという厳しい予測もあります。
一方、日本の有効求人倍率1.32倍というのは、まだ求人が求職を上回っている状況で、海外と比べると、いわゆる「雇用崩壊状態」は免れたという印象です。
緊急事態宣言が解除された時点で、日本は海外ほどには雇用情勢は悪化せずに済んだといえると思います。
日本の雇用情勢が極端に悪くならなかった理由は、二つあると考えています。

一つは、新型コロナウイルスの感染が拡大する直前に、求人が溢れている状態だったということです。景気が下りはじめた時期でしたが、完全失業率は2.4%、有効求人倍率1.49倍と、求人件数も高止まりをしていました。
コロナの影響により、4月の求人数は前年比で37.4%も減り、特に宿泊・飲食サービス業、生活サービス関連・娯楽業、製造業で大きく減りました。
それ以外の業種でも、人事のスタッフが在宅勤務になったため、採用のオペレーションができず、採用活動を先伸ばしにする企業もありました。それでも、もともとの求人数が多かったため、持ちこたえたといえるでしょう。
もう一つの理由は、日本型の雇用慣行が今回に関しては功を奏したということです。
日本は「雇用維持型」ですから、雇用を守るためにこれまでの不況期にいろいろな対策を始めていました。すでに法整備がされ、ノウハウも蓄積しています。
雇用調整助成金はもともと1970年代のオイルショックの頃にできたものですが、2008年のリーマン・ショックで発動して失業率を抑え込むことに成功し、その後は支給要件も緩和されました。
リーマン・ショックのときには、製造業を中心に非正規雇用の労働者の雇い止めや派遣切りが社会問題化しましたが、それ以降に労働者を守る法整備がされてきました。
雇用保険の適用対象は、短時間就労者や派遣労働者まで大幅に拡大され、有期雇用の契約を更新し続けている人の無期転換ルールもできました。
こうした法整備を通して日本では、短期的な危機の場合には雇用を維持して乗り切るという下地ができており、今回はとても大きなパワーを発揮したのです。
長期戦は乗り切れない

しかし、短期戦の場合は乗り切れますが、長期戦になった場合には弱い面もあります。
雇用維持型であるの半面、転職の市場が流動化しているわけではないので、いったん失業してしまうと、長期の失業者が多くなるリスクがあるからです。
また、こうしたセーフティーネットにかからない、短期のアルバイトやフリーランサーが受けるダメージは大きいです。正社員や常用のスタッフを守るために、それ以外の人をある意味、犠牲にしているからです。
今後、第二波や第三波も予想される中で、長期戦にならないようにすることと、フリーランサーのセーフティーネットをどうするかが課題になってきます。
日本型雇用の限界

今回はたまたま、雇用維持型の慣行がポジティブに効果を発揮しましたが、そもそもこうした労働慣行は、コロナの前から「働き方改革」の名のもとに転換しつつありました。
日本経済団体連合会(経団連)は2020年1月、春闘の経営側の交渉指針となる「経営労働政策特別委員会報告」の中で、新卒一括採用や終身雇用などの日本型雇用システムについて「転換期を迎えている」と言及しました。
日本型雇用はもう限界なのだと経団連が発信する状況にまでなって、まさしく変わるべきときに、コロナ・ショックが起きました。日本型雇用のいい面も悪い面も、両方を実感したうえで、ポストコロナ、Withコロナの働き方に議論が移っていくでしょう。
リモートワークの経験は

特にポストコロナで注目したいのは、働き方改革の一つでもあったテレワーク(リモートワーク)です。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、総務省や厚生労働省はテレワークを推進していましたが、本格導入しないままの企業が多かった中、緊急事態宣言で出社できなくなり、やむにやまれず導入することになったという企業がほとんどでしょう。
一人一人が自律的に働き、一人一人の個性や強みを生かすという点では、柔軟性のあるリモートワークが適しています。しかし、出社ありきの長時間労働をベースにした日本型雇用のスタイルから脱却することができず、リモートに踏み切れる経営層は多くありませんでした。
そうした経営層の意思とは別に、実際にリモートワークを経験したことで実績データがたまり、これからの働き方を考える材料が生まれました。
違いを生かして働ける
ここ10年ほど企業ではダイバーシティ&インクルージョンの重要性が議論されてきています。多様な構成員が一緒に働くというだけでなく、一人一人の違いを生かして働くという意味です。
人口減少社会に入って労働人口が減っていくことを考えると、いろいろな背景や事情のある人たちの、個々の能力を生かしていく必要があります。
長時間労働や滅私奉公は、新卒一括採用で終身雇用の男性正社員といった、ごく一部の属性の人しか頑張ることができないワークルールでした。
しかし、社会にはさまざまな属性の人がいますし、人による違いだけでなく、ライフサイクルもあります。子育ての時期、勉強したい時期、親の介護をする時期、高齢期など、人生のどんな時期であっても、すべての人が安心して仕事を頑張ることができるのかということが問われています。
自律した働き方ができるリモートワークは、ワーク・ライフ・バランスの向上にもつながります。
今後も普通に出勤する元のスタイルに完全に戻るのではなく、リモートワークの実績が、日本型雇用システムから脱却するエネルギーになっていくのではないでしょうか。
リモートワークできない人たち

リモートワークに転換しにくい仕事もあります。それには、二つの論点があります。
一つ目は、どうしてもリモートワークになじまない仕事が存在するということです。
コロナの中で、大変な思いをしながら社会機能を支えるために頑張ってくれた人ーー例えば医療関係者、介護従事者、インフラを支える人、食料品を販売する人、宅配ドライバーなどーーこうしたエッセンシャル・ワーカーと呼ばれる人たちは、物理的にリモートワークに切り替えるのは難しいです。
感染リスクがあるにも関わらず、われわれすべての人たちのために頑張ってくれている人たちは報われるべきだとして、賃金を上げたり、危険手当を出したり、労使の賃上げ交渉を国が支援したりという動きが世界的に出始めています。社会全体でしっかりと支えようということです。
変化に適応するしかない

二つ目は、接客サービスなどリモートワークになじまないと思われていた職種でも、ビジネスモデルやテクノロジーによって変化する可能性があるという点です。飲食店がデリバリーを始めたり、対面のサービスがオンラインでも提供できるようになったり。
印鑑を押すためだけに出社していた人たちが電子認証に切り替わって在宅勤務ができるようになるなど、これまでリモートワークの"障害"とされてきた経費精算や契約書業務、個人情報の取り扱いも、コロナによるやむをえない事情をきっかけに、新しい知恵とルール変更によって一気に変わりました。
今後もコロナとは付き合っていかなければならず、ソーシャルディスタンスの概念はずっと残りますから、オンラインで済むものはオンラインでということになるでしょう。仕事そのものの「当たり前」が変わり、やり方をアレンジすることになり、働く人のほうが変化に適応していかなければなりません。
新しい問題にどう対処するか
そこで、在宅勤務をすることによって起こる新しい問題にも対処していかなければなりません。
私が関わっている、働く人たちの困りごとを解決するオンラインサービスには、在宅勤務に関する相談が相次いでいます。その内容は、主に5つに分けることができます。
1)在宅勤務の環境が整わず、ストレスが溜まる。
2)家族との関係が悪くなった。
3)体調管理がうまくできない。アルコールやゲームに依存する。
4)騒音など、隣近所のトラブルが増えた。
5)同僚とのコミュニケーションがうまくできない。
中には企業だけでは解決できないこともありますが、従業員のパフォーマンスを上げるためには、こうした新たな問題にどう対処していくのかを企業は考えていかなければなりません。
例えば、定期券代として支給していた金額を自宅のネット環境を整えるための補助にするとか、健康管理のデバイスを配ってセルフケアを促進しつつ、外部のサポート機関にオンラインで相談できる仕組みを作るとか。
オンライン飲み会でのハラスメントなどもすでに報告されており、福利厚生やマネジメントは新たな問題に対処する能力が問われています。
性善説に立ってフラットに
リモートワークにおけるマネジメントでもっとも大事なのは、性善説に立ち、監視型のマネジメントに陥らないことです。
個人の活躍を最大限にし、多様性を担保し、自律的に働ける体制にするのが理想なので、「パソコンの前にいない限りは仕事をしているとみなさない」というような管理型のマネジメントは逆行しています。
オンライン会議は、参加メンバーの関係がフラットになるというメリットもあります。会議室では、立場が上で声が大きい人しか発言しなかったとしても、オンライン会議中に若手がチャットに書いた意見が的を射ているなど、新しい発見をすることができます。リモートワークを効果的にマネジメントするのは管理職の腕の見せどころでもあるのです。
もちろん個人としても、生産性を上げて心地よく働くために、仕事の効率化や時間管理など、リモートワークのノウハウを新たにつくっていかなければなりません。
仕事の価値を改めて考える
会社に出勤することでなんとなく仕事をした気持ちになったり、バタバタと対応して1日が終わっていくような状態だったりしていたかもしれませんが、リモートワークに慣れて少し落ち着いてくると、自分がしている仕事に改めて、向き合うタイミングが出てくるでしょう。
オンラインでは無駄なことを省くことになるので、「自分がやっている業務にはどんな意味があるのだろう」「この仕事には価値があるのか」などと、仕事の意味や価値について考えざるを得なくなってきます。
これは、本当の意味での個人のキャリアデザインになります。働く環境の変化が、キャリアの節目や転機になるということもあるでしょう。
しかもリモートワークだと、合間の時間を使って副業がしやすくなります。関心のあることや、誰かの役に立つことをまずは副業で体験することによって、自分の仕事について考え直すことができます。
その結果として、転職する人もいるでしょうし、新しい目標を見つける人もいるでしょうし、今よりもっといい仕事をする人もいるでしょう。
コロナをきっかけに、社会としても、個人としても、いろいろな働き方の変化が起こるのではないでしょうか。
※参考:リクルートワークス研究所「リモート・マネジメントプロジェクト」