ハリウッドやスポーツ界のセクハラや暴行の告発を受け、性暴力の被害に遭った人たちが、Twitterのハッシュタグ「#metoo」で声をあげている。
日本でも、レイプ被害を手記『Black Box』で綴った伊藤詩織さんを応援するコメントを中心に「#metoo」のタグで被害を告白する人が相次いでいる。これまで表れていなかっただけで、性暴力の被害者はたくさんいることが可視化されつつある。
性暴力を含む被害者支援に長く携わっている武蔵野大学教授の小西聖子さんは、被害者が声をあげるこうした動きを評価しながらも、「性暴力の被害はなくならないし、被害の実態は何も変わっていない」とBuzzFeed Newsに話す。
性暴力の実態は何も変わっていない
こにし・たかこ / 武蔵野大学教授、精神科医、臨床心理士。トラウマケアの専門家として1993年から犯罪被害者支援に携わる
性暴力の被害がいかに深刻で、長く続き、被害者に社会的、身体的、心理的なダメージを与えるかは、あまり知られていません。
知られていないから誤解されたままで、誤解したままだから二次被害がたくさん起きて、二次被害が起きるから被害を告白するのをやめよう、とぐるぐると輪のような構造になっています。その悪循環をどこかで止めなければなりません。
他の犯罪被害もそうですが、被害者の「本当につらいんだ」という声がある程度まで増えてくると、周囲が被害の深刻さを認識し始めます。「これは大変だ」ということになり、法律ができたり支援体制が整ったりします。
2000年に「児童虐待防止法」、2001年には「DV防止法」が施行された。性犯罪については、約110年ぶりに大幅改正された刑法が今年7月に施行。強姦罪は「強制性交等罪」に名前が変わり、法定刑の下限が引き上げられるなど厳罰化された。
しかし、性暴力被害は全然なくなっていません。被害の実態は、何も変わっていないんです。
1983年9月、民間のボランティア団体の女性たちによって、日本で初めて東京・強姦救援センターが設立されました。その頃から声をあげていた被害者はいました。ただ、世間の関心を集めてはいませんでした。
私が最初に被害者調査をしたのが1995年くらいでしたが、性暴力も性的虐待も職場でのセクシュアル・ハラスメントも、どんな性暴力被害にしても、当時アンケートに自由記述で書いてもらった内容と今の被害実態とは、何も変わっていません。
30年前と今とで違うこと。それは、支援が少しずつ拡がりつつあるということと、性暴力被害者の声をマスコミがまともに取り上げるようになったということです。
実態は、8割の女性が被害
小西さんらの研究グループが2000年ごろ、東京都の3地域の女性を対象に実施した調査がある。
どのような被害経験があるかを聞いたところ、「言葉による嫌がらせ」は3分の1以上の女性が経験。公然わいせつにあたる「性器を露出された」は過半数が体験していた。無理やり体を接触させられたり抱きつかれたりといったいわゆる痴漢の被害は、大半が経験していた。
回答した女性の8割超が、何らかの性的な被害の経験があった。「性器を触られた」と答えた人(21.4%)の半数以上は18歳以下で被害に遭っていた。
つまり、およそ10人に1人は、子どものころに性的な虐待を受けた経験がある。クラスに2人か3人はいるということだ。
『新版トラウマの心理学』より抜粋引用(457人、複数回答)
一方、被害を受けて通報した人の割合は、強姦が約8%、強姦未遂が4.5%で、どの被害でも通報率が10%を超えてはいなかった。
警察庁の統計によると、2015年の強姦の認知件数は1167件、強制わいせつは6755件。これらは通報された件数であり、実際の被害者は、その4〜20倍はいると推測されている。
通報されている性犯罪のデータと性暴力被害の実態とは、全く違います。
内閣府男女共同参画局の「男女間における暴力に関する調査報告書」(2015年)によると、異性から無理やり性交された人のうち、警察に相談したのはわずか4.3%。67.5%は、誰にも相談していません。
悪意なく被害者に怒りをぶつける
相談しない背景には、根強いレイプへの偏見(rape myth)があります。暗い夜道で無理やり若い女性が引きずりこまれる、というイメージによる偏見のことです。
「強姦するのは見ず知らずの変質者だ」「露出度の高い服を着ていると狙われる」「抵抗しなかったせいだ」などといって被害者の落ち度を責めるのです。
しかし実際、警察庁の統計では2015年の強姦検挙件数のうち55%が、内閣府の調査では異性から無理やり性交された人のうち74.4%が、顔見知りによるものでした。
相手が夫や恋人であっても、合意のない性行為がレイプや性暴力にあたるという認識はあまり広がっていません。身近な人からの被害ほど通報しづらいという事情もあると思います。
実情と異なるイメージや偏見は「二次被害(セカンドレイプ)」を生むことがあります。
私が相談を受けた中で、二次被害を経験しなかったという人はほとんどいません。まず、産婦人科、警察、家族、友人に話す過程で理解されなかったり非難されたりするのです。
被害者が勇気をもって打ち明けたのに、周りの人が「そんな目に遭うのはあなたにも悪いところがあったのでは」「過去のことだから考えるのをやめたら」などと言うことがあります。それも決して悪意があるからではなく。
特に家族は、家族自身も衝撃を受けるので、「どうしてそんなところに行ったの」と被害者に対して怒ってしまうことがあります。最初から「大変だったね」と寄り添える家族は少ないものです。身近な人が加害者である場合などは、その出来事を機に家族が分断してしまうこともあります。これは被害者に強い自責感を与えます。
二次被害が回復を遅らせる
性暴力の被害そのものによる症状は、強いストレスや恐怖を感じたり、それに伴って感情が麻痺したりします。自責の念や不信感を抱くこともあります。
そこに二次被害が加わることで、これらの症状が悪化したり、回復が遅れたり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になりやすくなったりします。ただでさえ具合が悪いのに、誰にもそのつらさをわかってもらえない、誰ともつながれない。被害者は物理的にも精神的にも、孤立を深めていきます。
一方で、周りに助けてくれる人がいると、回復は早くなります。周囲で支えてくれる人で一番多いのは母親や恋人ですが、姉妹や友人がずっと助けてくれるケースもあります。被害直後の「急性期」に、安心できるようにそばにいたり、話を聞いたり。仕事や買い物に行けない場合、生きていくうえで必要な食料や情報を提供する身の回りの助けも必要です。
被害者もさまざまで、大変だねと言ってほしい人もいるし、大丈夫だよと言ってほしい人もいる。どんな言葉をかけていいかわからないし、被害の話は聞くほうもつらいものです。
それでも、ただ一緒にいることがすごく大事だったりするんです。被害を受けた人から逃げないで、受け止める。まずはよく聞き、一緒に考える。必要なことを少し手伝う。支援ってそういうことなんですよね。
あまりにも理不尽だから
誰もが「#metoo」と声をあげられるわけではありません。声をあげても加害者に罰を与えられるわけではないし、声をあげたときの反応は、前述のように必ずしもいい反応ばかりではない。また「もう忘れたい」とひたすら願っている人もいます。
声をあげること自体が被害者の救いになるわけではありません。それで楽になれるというわけでもないでしょう。それでも訴えたいと思うのは、あまりにも理不尽だという感情があるからです。
被害に遭ったことや、その後の二次被害に対してです。怒りも悲しみもあります。世の中にこんな理不尽なことがあると訴えたい、とやむにやまれず、勇気を持って声をあげているのです。ある種の使命感からきているようにも感じます。
一方、性暴力の情報が多く出回ることで、自分と似たような体験を目にしたことがきっかけで、フラッシュバックが起きる人もいます。つらい記憶が突然よみがえってきて、心身に不調をきたす症状です。今は見たくないという人は、治療やケアをしたほうがいいということだとも言えます。
また、性暴力被害者に限らず、犯罪被害者や遺族の自助グループでは「私のほうがもっとひどい目に遭っている」といった感情が生まれることもあり、他人を攻撃したり、他人と自分を比べて落ち込んだりすることもあります。
具合が悪い人は見ないようにしたほうがいい情報もあります。でもそれは具合や時期の問題であって、そういう情報を出すべきではないということとは違います。
実際にたくさんの人が、これだけ具合が悪くなったり、苦しまざるを得ない現実を知ってもらいたいのです。勇気を出して声をあげた被害者の声を、きちんと受け止めてほしい。性暴力被害者の支援をずっとしてきた立場から、強くそう思っています。

