「『待機児童ゼロ』って、『安全・安心のまちづくり』と同じくらい、どの政党もどの候補者も言いますよね」
「#保育園に入りたい」のハッシュタグでつながった保護者たちの間では、東京都議選はこんなふうにささやかれている。候補者たちの多くが、公約や政策で「待機児童をゼロにします!」と宣言するが、「口ばっかりで誰が本気で取り組んでくれるのかわからない」というのだ。
このグループには、子どもが待機児童になったため、育児休業を延長したり、仕事を辞めざるを得なかったりした人もいる。厚生労働大臣に申し入れたり、国会の委員会で陳述したりして待機児童対策を訴えてきた。グループ代表で3児の母親、武蔵野市の会社経営の天野妙さん(42)はこう話す。
「『待機児童ゼロ』とだけ書いていて具体性がない公約は論外。どういった政策を考えているか、その政策に実効性はあるのか。そのような視点で選挙を見ていきたいです」

7割が「待機児童解消」を掲げる
7月2日に投開票される東京都議選では、259人の候補者の多くが、公約に「待機児童解消」「待機児童ゼロ」を掲げている。
BuzzFeed Newsは、待機児童の問題がとりわけ深刻な23区について、候補者の公式サイトを調べた。6月28日までにサイトを確認できた149人のうち、公約または政策に「待機児童対策」や「保育の充実」といった趣旨の記述をしている人は、102人(68%)。それらも含む子育て支援全般について掲げている人は118人(79%)だった。
それぞれ、どんな対策を考えているのか。2016年度に待機児童数が都内ワースト10にランクインしたある区で、候補者のサイトを比べてみた(抜粋)。
- 保育所の整備促進、保育人材の確保、利用者支援の充実(自民・現職)
- 都立公園や民間の土地活用の推進(自民・新人)
- 多様な保育サービスの供給(民進・元職)
- 認可・認証保育所、保育ルームなどの整備促進、増設(公明・新人)
- 認可保育園を増設(共産・現職)
- 記述なし(都民ファースト・新人 )
提言している対策はそれぞれ違う。待機児童について真剣に考えているようにもみえるし、党の政策をコピペしただけのようにもみえる。
「保育は市区町村の事業」
別の区も確認してみると、保育関係者や子育て中の親として当事者意識をもっている候補もいれば、東京都の発表資料をそのまま貼り付けただけの候補もいる。情報量や積極性には、ずいぶん温度差があるようだ。
都議会の3月議会で、一般質問に立ったのは26人。そのうち「待機児童」について質問したのは4人だった。
今回の都議選には出馬しない現職都議の塩村あやかさんは、「保育は市区町村の事業だとして、都は傍観の立場をとってきた」と指摘する。あくまで区や市マターの仕事であり、都議にとっても他人事だった、というのだ。
「待機児童対策が都の最重要課題の一つになったのは、ごく最近のことです」
待機児童問題は「東京問題」

2014年2月、杉並区で、認可保育園の内定を得られなかった親たちが区に異議申立をする、全国初の「保育園一揆」が起きた。2016年2月に話題になった匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」の発信元は、都内の会社員女性だとされている。
東京都の待機児童数は2016年4月、8466人。全国の都道府県でダントツのワースト1だ。待機児童問題は「東京問題」ともいえる。
その東京で、待機児童をどうやって減らすのか。安心して子どもを預けて働ける社会をどう目指すのか。都議がやる気のある姿勢を見せてくれるのは心強い。「待機児童ゼロ」にするというなら、あらゆる手を尽くしてその公約をまっとうしてほしい。
なぜ「待機児童ゼロ」が難しいのか
待機児童数を国が初めて発表してから22年間、各自治体の首長や担当者が知恵を絞って取り組んでも、保育の需要は供給を上回り続けている。
働いていないと保育園に子どもを預けることができないのが実情だが、保育園が増えると「預けることができたら働きたい」という人が出てくる。つまり、供給が増えるほど、需要が掘り起こされるのだ。
「保育園を作っても作っても追いつかない、いたちごっこだ」というのは、ここ10年ほど、多くの自治体の担当者から聞こえ続けている「言い訳」だ。
待機児童ゼロの実現が難しい理由は、もう一つある。
これまでは自治体によって待機児童の数え方が異なっていたが、厚生労働省は3月、統一の基準をもうけた。育児休業中で復職の意思がある人などを含めるようになるため、基準を全面適用する来年4月には、数倍はいるとされる「隠れ待機児童」が待機児童としてカウントされるようになる見込みだ。
5月に「待機児童ゼロ」を発表した川崎市も、この新基準で数えると「最大で200人の待機児童が推定される」。今後は、数のまやかしによる「待機児童ゼロ」は通用しなくなる。
保育士の給与アップの独自策

ただ、東京都では待機児童対策が目下、急ピッチで進んでいるのも事実だ。
昨年8月の小池百合子知事の就任直後、知事のブレーンが専門家やメディア関係者に、課題についてヒアリングをする動きがあった。
就任からわずか1カ月後、「待機児童解消に向けた緊急対策」を発表。およそ考えうる対策が網羅された内容だった。
その後も、次々と都の独自策を打ち出す。
他業種に比べて低い水準だった保育士の給与に、今年度は平均で月額4万4000円を上乗せしている。自身の子どもが待機児童になってしまった保育士には、ベビーシッター代を補助して復職を促す計画もある。
国家戦略特区によって公園内に保育園を設置したり、窓のない部屋でも保育室として使えるようにする建築基準法の規制緩和を国に提案したりもした。保育施設のために貸し付けた用地は、固定資産税を免除する。いずれも全国初の試みだ。
2017年度予算で、待機児童対策につけたのは、過去最大の1381億円。
小池知事は、保育の定員を7万人増やすことで「2020年3月末までに待機児童ゼロを目指す」と宣言する。「待機児童ゼロ」は知事の約束でもあるのだ。
小池知事はBuzzFeed Newsのインタビューに、「こうした課題に向き合うために、前に進む勢力を(都議会で)確保していくことが大事」と述べている。都議にできるのは結局、数の力で小池知事の政策を後押しするということなのだろうか。
「二重行政」の穴

実際に、現場の声を受けて待機児童対策に取り組むのは、やはり市区町村の議員だ。輝かしい成功をおさめるわけではない、地味で地道な活動だ。子どもの成長によって対象者が代替わりするため、継続的な支持も得にくい。
港区の清家あいさん(42)は6年前、子育て支援に取り組むために、ジャーナリストから区議会議員に転身した。
フリーで働いていたため、子どもを認可保育園に預けることができず、公立幼稚園も抽選による大激戦。仕事と子育ての両立に苦労した。2010年に、子育ての意見交換の場としてブログ「港区ママの会」を開設すると、すぐにメンバーは200人に達した。
当選直後の2011年ごろの区や区議会は「少子化なのに保育園を増やしてどうするの」といった慎重な意見が多く、保育園の必要性をひたすら訴えてきた。
ブログに意見を寄せてくれた人に、時には面会して詳しく聞き取り、同じ悩みを抱えている人が複数いれば集まりを開いた。その場で陳情をつくることもあった。だが、最近は様子が違うという。
「今では、保育園をつくることに反対する人はほとんどいません。官民が力を合わせて待機児童対策に真剣に取り組もうとしているのに、需要に供給が追いつかず、適切な物件も見つからない。物理的な限界を迎えています」
保育園に適しそうな物件を見つけたら区に報告するが、すでに区の担当者も探し尽くしていて把握済みだったりする。
都議ではないのに、都に電話をすることもある。保育園の種別には、区が実施主体である認可保育園のほかに、都の独自基準によって運営される認証保育所や、都に指導監督権がある認可外保育所などがあるからだ。
「陳情や要望は現場(区)に来るのに、施設の巡回や補助金の設定は都が担当する。二重行政になっているややこしさがあります」
清家さんは、都議に期待する待機児童対策について、こう話す。
「机上の空論で、現場を知らないまま進められるのは困ります。区議よりも潤沢な政務調査費を活用してデータを分析するなど、現状を把握してほしい。また、区に裁量権がある予算を配分してもらいたいです」
都議選の公約で「待機児童ゼロ」を声高に宣言するからには、実効性のあるアイデアを出してほしい。土地や物件を見つけ、近隣住民と調整し、優良な事業者を探してきてほしい。保育士の待遇を改善してほしい。保護者が「保活」に奔走しなくとも、安心して預けられる施設を確保できるようにしてほしいーー。
単なるリップサービスに惑わされないほどには、保育園を探す保護者たちは情報収集をしているし、現実的な問題に直面しているのだ。
都議選で1票を投じる前に。主な6党が公約に掲げている保育政策・待機児童対策を確認しておきたい。
・自民党

・民進党

・公明党

・共産党

・日本維新の会

・都民ファーストの会

BuzzFeed Newsでは、東京都議選に関する記事をこちらにまとめています。
(サムネイル=Yuya Shino / Reuters)