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仕事と育児の両立に消耗したらーー ある夫婦の決断は、移住だった

スウェーデンで暮らす家族に話を聞きました。

この季節、身体の芯まで凍りつきそうに寒いが、建物の中はセントラルヒーティングのおかげでポカポカと暖かい。

「朝、布団から出るのが嫌だなんてことはないんですよ」

吉澤智哉さん(36)と妻の貴子さん(36)が、スウェーデンの冬の様子を教えてくれた。2016年3月、家族でストックホルム郊外に移り住んだ。

移住を決めた理由は「働き方」と「子育て」だ。なぜ、日本ではなくスウェーデンに? BuzzFeed Newsは2017年11月、日本に一時帰国していた吉澤さん夫妻に話を聞いた。

仕事をやめる、それぞれの決断

もともと、智哉さんは日本の自動車メーカーに、貴子さんは保険会社に勤めていた。

2013年に長女が生まれた。智哉さんは決断する。娘と過ごす時間を確保するために、長時間労働から脱出することを。

「当時はオートバイの車体設計をしていましたが、残業が出世の最低条件でした。早く帰る人=白旗を挙げた人という、わかりやすい構図がありました」

2014年に外資系の自動車メーカーに品質エンジニアとして転職。確かに早く帰れるようにはなったが、今度は年間120日も出張が入ることになった。

一方、貴子さんは育児休業前、保険の営業事務で7人チームのリーダーを任されていた。復職した後のキャリアを見据えると、「両立」という大きな壁が立ちはだかった。

職場は女性ばかり約100人の部署で、育休や時短勤務の制度は整っていた。復職後は時短勤務を選ぶ人が多かったが、リーダー会議が夕方5時から設定されるなど「配慮されているようで、権限を奪われている」ように感じていた。

実際に仕事と育児を両立する前から働く女性の92.7%は「両立不安」を感じるという調査があるが、貴子さんもそのモヤモヤの渦中にいた。

業務量はフルタイムと変わらないのに、リーダーとしての実質的な権限はない。時短しても午後4時までで、そこから1時間かけて帰宅するから、子どもと過ごす時間を長くとれるともいえない。しかも年の3分の1はワンオペだ。

「両立の理想像を抱えて復職しても、叶わなくてイライラが募るだろうな、と想像できました」

貴子さんは育休が明ける前に、退職を決意した。

夫婦のニーズが合った

専業主婦となった貴子さん。子育ては楽しく、2人目もほしいと考えていた。しかし、将来のことになると不安がよぎった。

日本ではM字カーブと呼ばれる、30代女性の労働力率の低下がある。終身雇用の文化において、出産や育児などでいったん離職した場合、ブランクが長いほど再就職は不利になる。

これから先、仕事をすることはできるのだろうか。

貴子さんは子育てしながら、大学の通信課程で「児童学」を学び始めた。幼児教育や塾、中学受験など、日本の教育の内容や費用に不安材料が多かったということもあった。

その頃、智哉さんもまた、将来に疑問を感じていた。海外出張のたびにドイツの人たちの働き方を目の当たりにしていたからだ。

午後4時すぎにはオフィスに誰もいなくなる。金曜はビールを飲んで昼には退社するという、なんともうらやましい働き方だった。それなのに、庭のある郊外の一軒家に暮らし、子育て世帯への支援も手厚い。

「こんなおおらかな文化で生まれる車と、長時間労働の文化で生まれる車が同じ道を走っているなんて、なんだか不公平だなぁと感じてしまいました」

スウェーデン人の知人の紹介で、スウェーデンの企業がエンジニアの求人をしていることを知った。偶然にも、求められているキャリアや条件が自分にぴったりだった。申し込むのに迷いはなかった。

面接はテレビ電話を通してだった。智哉さんは「妻の人生はどうするのか」と聞かれた。スウェーデンには専業主婦がほとんどいない。同伴する妻のキャリアを真剣に考えているのか、という趣旨の質問だった。

貴子さんの決意は、すでに固かった。

「夫からよく海外の話を聞いていて真剣には受けとめていませんでしたが、転職の段になってこれは本気だな、と。私が抱えていた将来不安の解決策としても、スウェーデン移住はありだと思いました」

2人ともスウェーデン語は話せない。貴子さんは英会話も初心者だった。それでも貴子さんは、大学の通信課程を続けながらスウェーデンでも幼児教育について学び、いずれ保育士の資格を取りたい、と考えた。

誰もが入れる「保育園」

2016年3月、家族3人でスウェーデンへ。ストックホルム郊外の賃貸住宅で暮らし始めた。

まずやったのは、長女の就学前学校の申し込みだ。

就学前学校は日本でいう幼稚園だが、対象は1歳児から就学前までで、保育も提供されている。

日本では、認可保育園に子どもを預けるためには、両親の就労状況などを細かく申請し、点数が高い順に希望の園に内定する。吉澤さんのように妻が専業主婦の場合は保育園の入園条件を満たさないことが多く、3歳児以降に幼稚園を選ぶことになる。質の高い教育を求め、私立や国立の幼稚園を受験させる人もいる。

スウェーデンの就学前学校は「生涯教育とケアを提供する」場として、希望するすべての子どもの入学が保障されている。1〜3歳児の77%、4〜5歳児の95%が通う。

吉澤さんは自治体のホームページから、希望する就学前学校を第3希望まで選んで申し込んだ。その時点で順番待ちとして登録され、空きが出ると連絡がくる仕組みだ。

「スウェーデンでは、すべての子どもに教育を受ける権利が保障されているんです。自治体には就学前学校に入れる義務がある。親のためでなく子どものための事業なんですね」(貴子さん)

長女が入った就学前学校には広い園庭があり、毎週水曜は森に出かける。保育士1人あたりの子どもの人数は日本より少なく目が行き届くからか、外遊びや少し危険な場面でも、子どもの自由にさせることが多い。

「子どものやりたいことを尊重するという点では同じですが、日本ほど保育士が介入しません。日本の教育を『手をかけすぎ』ととるか『きめ細やか』ととるかで、スウェーデンの評価は変わるでしょう」(貴子さん)

スウェーデンの教育を知ったからこそ、子どもの気持ちを汲み取って手助けすべきところはする日本の教育のきめ細やかさを再認識したという。

子どもが日常にいる社会

2017年6月に、次女が誕生した。

スウェーデンでは、電車などでベビーカーが邪魔だとにらまれたことはない。公共の空間にも子どもがいることは当たり前で、子どもが騒ぐことも当然のこととして受け入れられる。

「子どもだけでなく他者に寛容な文化がありますね。移民を積極的に受け入れていることも関係しているのかもしれません」と、智哉さんは言う。

スウェーデンのマグヌス・ローバック駐日大使によると、スウェーデンは2015年、16万2000人の移民を受け入れた。人口比でみると欧州一の多さだ。社会福祉政策を圧迫するとして2016年に規制を導入したが、「移民は社会にとってのストレステストになった」と労働力の確保や文化の多様性への期待も持っている。

「私たちもまさに移民です。突然アジア人が住むようになって、しかも妻は英語が話せない。それでも近所の人たちからは快く、分け隔てなく接してもらえています」(智哉さん)

夫の育児休業は3カ月

スウェーデンの育児休業は、母親240日、父親240日、両親で計480日間。このうち父母ともに90日ずつはお互いに譲ることができないため、権利のあるほうが取らなければ消滅してしまう。父親の育休取得を進めるための制度設計だ。

子どもが8歳になるまで分割して何度でも取得でき、390日間は所得の約80%(所得水準による)が手当として支給される。

吉澤家の場合、夫の240日の権利のうち120日を妻に譲り、出産後に妻が360日の育休を取得。1年後、夫が90日の育休と1カ月の有給休暇を取るつもりだ。このタイミングで次女は1歳半となって就学前学校に入れるはずだという計算だ。

育休前の今も智哉さんは長時間労働とは無縁。午後5時には帰宅し、家族と1日5時間は一緒に過ごすことができている。

スウェーデンなど北欧の暮らしについてよく指摘されるのが高い税率だが、

「そのぶんリターンがしっかりしているので、高すぎるとは思いません。実際、日本にいたときより可処分所得は減ったはずなのに、きちんと貯蓄もできています」(智哉さん)

ストックホルム郊外に自宅を購入した吉澤さん夫婦は、スウェーデンで暮らし続けるつもりだ。

もちろん、移住したからといってすべてがうまくいくわけでも、悩みが一気に解決するわけでもない。智哉さん貴子さんはそれぞれのブログで、働き盛りで子育て真っ最中の30代夫婦が抱える、等身大の悩みや試行錯誤をつづっている。

「人間は失敗するものだという前提で、個人が何度でもチャレンジできる社会」

これが、吉澤さん夫妻が感じているスウェーデンの魅力なのだそう。結局、どこに住むのかもどう生きるかも、自分たち次第なのだ。

BuzzFeed Newsはスウェーデンの子育てについて「北欧は子育てしやすいって本当ですか?5カ国の駐日大使に聞いてみたら......」にもまとめています。

BuzzFeed JapanNews