死ぬ気は1ミリもない。おっぱいに未練もない。乳がんになった女性社長の生きる流儀とは

    乳房を切るかどうか。子どもがまだ小さいから、一番大事なのは命。仕事と治療は両立したい。経営者は即決した。

    そのブログのテンションは、異質だった。

    仕事や恋愛についてキレッキレの言い回しで斬る著書やブログが、女性たちに人気の川崎貴子さん。ウートピの連載ブログで1月27日、乳がんを公表した。

    タイトルはずばり、

    「我がおっぱいに未練なし」女社長・川崎貴子、乳がんになる

    川崎さんは、女性に特化した人材コンサルティング会社「ジョヤンテ」社長であり、働く女性向けの婚活サイト「キャリ婚」も主宰する。コラムニストとしても活動し、2児の母親でもある。

    ブログは日記形式で、乳がん告知からの経緯を克明に記録してある。「子育て日記もブログでつけていた」というだけあり、心情描写がリアルだ。

    2016年10月14日、乳がん告知を受ける。

    経営者として土壇場でさまざまな決断をしてきた川崎さん。乳がんを宣告されたときの決断も素早かった。

    先生のお気遣い(BuzzFeed News注:温存と全摘の慎重な説明)は大変ありがたかったが、そもそも「抗がん剤治療なし」で「切って済む」のであれば我がおっぱいに未練なしの私である。

    聞けば、切ったその場で乳房再建の事前処置をやってくれるとのこと。先生の説得を半ばさえぎるように、「切ります! 切ります!」「全摘ってことで!」と、交渉成立。威勢の良い競りのように手術方針がさくっと決まった。

    「ついでに、元のおっぱいより大きくするとかっていうのは難しいですか?」と、あくまでも「ついでに」聞いてみたが、「健常な左乳房に合わせるので無理です」と、真顔できっぱり返される。こちらは交渉不成立。

    9月に自分で右胸にしこりを見つけ、受診。8割がた乳がんだという当たりをつけたうえで検査結果を聞いたというのも、リスク管理に慣れている経営者らしい。

    私が勝手に決めた優先順位としては、二人の子供もまだ小さいことだし当然に「命」が第一で、第二にはやはり「仕事と両立できるかどうか」である。家族を食べさせていかなきゃいけないこともあるし、何より11月以降に入っている仕事でキャンセルが不可能なものもある。

    髪が抜けても、おっぱいもリンパも切っていいから、抗がん剤治療だけは「仕事との両立が厳しそうに思えた」ので、できることならば避けたかった。

    川崎さんは、BuzzFeed Newsの取材にこう話す。

    「仕事でどんどんタスクを増やし、順番に片付けていくという作業を日頃からしているので、頭の中で自動的に優先順位が決まります。乳がんを告知されたときも例外ではありませんでした」

    「立ち止まっていても仕方ない。この状況で、自分が変えられることは何だろう、とまず考えますね。私は医師ではないから手術することはできないけど、治療法を選択することはできますから」

    乳がんで死亡する女性の数


    国立がん研究センターによると、乳がんにかかる女性は30歳代から増えはじめ、生涯でかかる確率は11人に1人とされている。

    最近では、フリーアナウンサーの小林麻央さんが乳がんで闘病中であることを公表し、ブログに思いをつづっている。

    死亡者は増える傾向があるものの、早期に発見すれば生存率が高くなることもわかっている。

    川崎さんも比較的早期の発見だった。

    2016年10月14日、家族に告知する。

    ただ、自分が告知を受けるより、それを家族に告げることのほうが何十倍も怖かったという。

    病院から帰ると子どもたちに、自分は死なないこと、手術すれば大丈夫だということを伝えた。夫には全摘する手術を考えていると説明し、こう伝えた。

    「実はがんになったこともこれから手術することも全部、嫌なことって言えば嫌なことで、98%は本当に嫌。でも、残りの2%だけ実はワクワクしてる自分がいるの。家族に心配かけておいて、こんなこと言うの申し訳ないのだけど」

    どこまでも前向き。経営者として21年。離婚も経験し、数々の土壇場を乗り越えてきた川崎さんは「転んでもただでは起きませんから」と笑う。

    この「乳がんプロジェクト」で右乳房を失くした私が、今度はどんな生物になるのか。泥沼の中から息も絶え絶えに、今度はどんな色味の、どんな香りの蓮の花を摘んでくるのか。2%だけだが、本当のところ、私は楽しみなのだ。

    2016年11月8日、おっぱいにさよならする。

    手術が決まると、2週間の入院に備えて着々と仕事をこなした。1年がかりの事業「キャリ婚」をローンチに導くとともに、入院。

    未練はないはずだったが、ストレッチャーに横になると、おっぱいの思い出が脳裏を駆け巡った。

    小学5年生でチカンに胸をつかまれ「男もおっぱいも世界からなくなればいい!」と思っていたこと(後日見つけて通報→逮捕)

    年頃になったら「どうやら普通より小さいらしい」と気づきパットなどの偽装に手を染めたこと

    大人になって貧乳好きの彼氏に「ちっぱい♡」(失礼な!)と喜ばれたりしたこと。

    2人の子どものためにおっぱいがフル稼働した時期もある。その子どもたちの成長を見るために、おっぱいを切り、生きようとしている。そして目が覚めると、病院のベッドで再び日記を書き続けるのだった。

    人生で何とかならなかったことはない

    仕事や恋愛など、女性たちにアドバイスを送り続けてきた川崎さん。日記を書き、公表する理由のひとつは、若い女性に乳がん検診に行ってもらいたいからだ。もうひとつ理由がある。

    「何か起きたときに、自分の運命を呪っていても仕方ない。思考停止になってとどまるのではなく、ではどうしようかと前向きになる姿勢を見せたいのです。これまでの人生で何とかならなかったことはないので、乳がんもきっとそうでしょうね」

    4回目の日記は2月24日に公開される。その後は月1回のペースで更新する予定だ。